今昔夢想   作:薬丸

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遅くなってしまって申し訳ありません。
今回の連続投稿後、予定では後は七話ほどで魏編は終わりです。


64.最後の休息

 その後、二日を待たずして現れた援軍に助けられて俺達は窮地を脱した。

 

 あえて華琳が綱渡りをした甲斐があり、広大な領地を治めきれずに劉備軍に攻められたが、それは”見せかけの失態”であり、まんまと踊らされた蜀軍を曹魏は見事に撃退した。曹魏は敵を陣地に誘い込む狡猾さを持ち、寡兵で大軍を破る強大さも合わせ持つ最強の陣営である。という風評を作り上げる事に成功。

 袁家の影響が強かった土地もついに華琳を認めるに至り、潜在的反乱分子も火種が潰されて大人しくなり、周辺諸侯もいよいよ打つ手をなくして魏に降る事になった。

 

 領土は再び増えたが、華琳の評価が民草に良い形で浸透して地盤がしっかりした事で華琳と腹心達の忙しさは以前よりも大分マシになった。

 諸侯は華琳と民草の目を気にして治世を行うようになり、良い人材が流れてくるようにもなり、意識を向ける相手が減り、更には匈奴が実は味方であるという秘密のアドバンテージもある。

 

 今までずっと気を張り詰めて駆け上がり続けてきた皆に、ようやく一息つく余裕が生まれたのだった。

 

 

 

 袁紹の領土を完全に掌握して三ヶ月程経ったある日、定期的に行われている会議の為に玉座の間に皆が集められていた。

 普段は参加しない俺も何故か参加させられていたので、何かあるのだろう。

 ある程度の情報が交わされ、そろそろ議題も尽きたというタイミングで華琳が、

 

「順次三日間の休暇を取らせる。綿密な計画を立てたから三日の間は仕事を一切気にしなくて良いわよ」

 

 気を緩め始めていた皆を前にして、唐突にそう切り出した。

 突然の休暇宣言に皆ぽかんとしている。

 その様子を満足そうに見渡し、悪戯成功ね、と華琳は楽しそうに微笑んだ。

 取り敢えず代表して突っ込んでおく。

 

「随分と唐突だな」

 

「皆を驚かせたかったというのもあるけど、実際調整が難しくて、こんな時期になってしまったわ」

 

「予定も組まれているとなると強制か?」

 

「ええそうよ。ここが頂点に至る最後の休息になるから、少し無理矢理にでも休暇を取らせる事にした」

 

 大筋の未来を知っている俺を除いて、ほとんどの者は再びぽかんと驚きの表情を晒している。

 軍務と内政を司る軍師達も風を除いて懐疑的な表情だ。

 だってそうだろう、最後の休息を取るには早過ぎる。今はまだ袁紹を降して領土を安定させたばかりで、涼州の馬騰、益州の劉備、呉の孫策と英傑が残っている状況。残る全員が手を組めば如何に曹魏といえど厳しい戦いを強いられる。

 故に多くの精鋭と広大な土地を持つ彼女達との決着は腰を落ち着けて、外交、武力、交易などを行いながら徐々に力を削り取っていく。それこそが常道であると皆ちゃんと理解している訳だ。

 

「涼州を降す算段は既につけている、後は機が熟せばすぐさま涼州は我が手に落ちる。

 そうなれば後は一瞬。

 私達の敵は蜀と呉のみになり、二勢力は私達と戦う為に手を組まざるを得ず、大陸の趨勢を決める最終決戦と相成る」

 

「おお、流石は華琳さま! 既に涼州への渡りをつけているとは!」

 

「涼州を降すその方法とは?」

 

 単純に華琳を褒め称える春蘭と冷静に続きを促す秋蘭。

 

「もう決定事項だから伝えておく、馬騰は病魔に冒されてもう長くないわ。

 風に任せていた情報部隊が得てきた情報で、周辺の状況を見ても非常に確度は高い。

 そして馬騰の娘たる馬超は既に一軍を率い得る非凡の存在となっているが、領土を継ぐ器に非ず。そして器を育てる時間も最早無い。

 馬騰が倒れた際にすぐさま涼州を突き崩す算段もつけているから、そこが契機となるわね」

 

「成る程、納得です」

 

「余程予想外の事態が起こらぬ限り、一年以内に馬騰は没し、それから一年以内に蜀と呉を降す決戦となるでしょう。

 だから今の内に最終決戦への気力を養い、決戦後に続く未来への予行をしておいて貰いたいのよ」

 

 そう言って華琳は周囲を見渡す。

 

「久々のまとまった休日をどうやって過ごすか、皆今から計画を立てておきなさい。議題は以上、では解散」

 

 皆がそわそわしながら玉座の間を退出していく。

 はてさて、俺はどうやって過ごそうかね?

 

 

 

 張遼の場合。

 

「そこな別嬪のお兄さん、ちょっと時間ええか?」

 

 そこにはやたら傾いた服装の美女が立っていた。

 神速の騎将と名高い張遼だ。

 

「神速の騎将とか言われとるのは知っとったけど、面と向かって言われるとこんな恥ずいんやな。

 って、出鼻挫かんといてよ」

 

「悪かった、それでどうした?」

 

「んーちょっとな、謙信に相談事があんねん」

 

「俺にか?」

 

「うん、今度ある休日についてなんやけどな」

 

「今相談事って言ったらそれだよな、けど俺に?」

 

 張遼は俺が華琳の元から去った後に曹軍に加わった武将だ。

 仲良くなるタイミングが掴めず、負傷兵の応急処置や感染症風土病の防止説明会等で顔を合わせた際、軽い怪我をして治療を受けにきた際に少し話す程度の仲でしかないのに、休日の相談?

 

「相談事ってちょっと距離の離れとる方が良かったりするし、謙信は皆の相談事も結構受けとって慣れとるやろ?」

 

「まあ俺は武官とも文官とも程よく距離が離れてるし、医務室は防音も利いてて色々話しやすいし、治療の際の暇潰しに色々聞いたりするかな」

 

「うんうん、そんな経験豊富な謙信やからこそ相談なんやわ。明後日から始まる休日をどう過ごしたらええか一緒に考えてくれへん?」

 

「んー俺で良いなら構わないけど」

 

「ほんまか! 他にも相談したい事があってな、今日の訓練が終わった後にでもまた部屋に行ってええかな?」

 

「何時でもどうぞ、適当につまみでも作って待ってるよ」

 

「謙信の料理食べれるんか?! 美味しいって聞いてたからめっちゃ楽しみやわ! 期待しとるで~」

 

 そう言って張遼は手を振って去って行った。

 んーしかし、休日の相談をする相手って本当に俺でいいのかね?

 首を傾げながら、あれやこれやと雑多に休日のプランニングを考えるのだった。

 

 

 

 そして日が暮れてしばらく経った頃、部屋にノックの音が響いた。

 書類仕事を中断して入室を勧める。

 

「どうぞー」

 

「お邪魔するなー」

 

 静々と入ってきた張遼に椅子を勧める。

 俺も仕事机から離れ、料理の置かれた机を挟んで張遼に勧めた椅子の反対側に座る。

 

「ごめんな、遅くなってしもた上にこんな気遣いまでさせて」

 

「どうせ遅くまで起きてるし、夜食も俺のついでだしな、気にしなくていい。

 ただ匈奴との交流で得た食材なんかを使った創作料理が多いから、口にあうかは分からんよ」

 

「こんな美味しそうな匂いしてるもんがまずい筈ないやん」

 

「だと良いけど。塩辛いのと甘いのを半々で作ったから、好きに摘んでくれ。

 酒も一応用意してるけど、量がないから飲み過ぎると後が寂しくなる、注意してくれ」

 

「お酒もあんの?!」

 

「清酒と馬乳酒と果実酒だな、各四杯分ぐらいしかないから」

 

「清酒って最近市場に出回り始めたやつ?」

 

「そうだよ。これは店から買ったやつじゃなくて、曹操と俺の合作だけど」

 

「孟ちゃん謹製?! それって味の保証付きって事やんっ、今日は最高の酒盛りになるな!

 ……って、ちゃうちゃう! 休日の相談をしに来たの忘れかけてたわ!」

 

「忘れてないようで良かったよ。それじゃあ飲み食いしながら話しをしよう」

 

 

 張遼は俺の作った味噌焼き、油漬け、浅漬、酒蒸し、パンケーキ、饅頭などに舌鼓を打ちながら、その胸の内を語ってくれた。

 

「ウチな、物心つく頃からずっと戦っててん。武官の家に生まれてずっと技量を磨き続けて、そこそこ育ったら武勇を丁原の義母さんに見出されて、そこからは軍人として色々と転戦してたわ。

 そんであれよあれよといつの間にかここにいた、なーんて慌ただしくも寂しい人生やったんやわ。

 そんでな、そんな人生を歩んできたウチがさ、いきなり天下泰平になった時の予行練習をしとけと言われた訳よ。えっ、どうすればええんやろ? ってなるのは仕方ないやん?」

 

「そっか、そうなると確かに面食らうというか、戸惑うな。

 普段の生活ってどう過ごしてるんだ?」

 

「早朝に鍛錬と馬の世話して、日が上がったら馬に乗らん訓練、昼にご飯食べて、午後は馬乗って訓練やったり他部隊との合同訓練して、その後は風呂食う飲む寝るで終わりやな。

 休日は適当に部下連れて酒屋行ったり居酒屋行ったり遠乗りしたりしてたよ」

 

「ふむ、別に天下泰平になってもそれでいいんじゃないか?」

 

「そういう訳にも行かへんやろ。ウチらは騎兵や、戦時じゃない場合は無視出来ひん金食い虫になる。

 泰平の世になったら騎兵隊は間違いなく大幅に縮小される。歩兵部隊や親衛隊とは比較にならんぐらいな」

 

「けれど完全に解体される訳ではないだろ?」

 

「勿論外敵や巡回に馬は必要やから、ある程度は残るやろ。

 けど兵が減るのもそうなんやけど、飼料削減のために練習量も下げざるを得ん。そうなると暇な時間が増えすぎて困る訳よ。

 後な、軍に残されるやろう職業軍人はほとんど結婚しとる。

 そうなると酒には簡単に誘えんやん、そしたらウチ一人やん。一人の酒も好きやけど、そればっかりは飽きるやろしなぁ。あーウチ天下泰平の世でやっていけるんやろか」

 

 職業軍人は高給取りだし、普段家に居ないし、もし亡くなっても配偶者には国からある程度の援助もある。

 なので結婚相手としてはかなり人気の職業なのだ。

 

 というか、戦乱の世を生き抜くより天下泰平の世の過ごし方で悩む張遼はどこかおかしい。

 張遼は騎馬兵が減らされる事を受け入れている、それは泰平の世ってものをちゃんと理解出来てる証拠だ。

 それなのに何故か今の延長線上で物を考えてしまっている。

 なんだろう、違和感を感じる。

 

「なあ張遼、視点を変えてみる事は出来るか?」

 

「視点?」

 

「軍に居ない自分、馬を降りた自分とかはどうだ?」

 

「戦わんウチを想像しろって事?」

 

「そうだ、出来るか?」

 

「ちょっと待ってな……………あー全然出来ひんな。働かずに酒飲む光景しか浮かばん」

 

「そっか、張遼、お前の人生は本当に戦い尽くしだったんだな」

 

「まあ確かに戦いはウチの根本になってしもとるな」

 

 恐らく治安も良く、活気に満ち、子供達の笑い声が仄かに聞こえてくる陳留の街を見て、平和な世の中というものを何となくではあるが想像できるのだろう。

 けれどそれが自分の世界であるとは認識できていない。

 自分はあの世界を外から守っているのだと、そう思っているのかもしれない。だから想像の根本が欠如しているのではないだろうか?

 そう指摘しようとして、まずは彼女自身から話を聞かなければと思い留まった。

 

「張遼は戦いばかりの人生を、どう思う?」

 

「誇りに思うとるよ」

 

 何でもない顔をしながら、彼女は即答した。

 俺はそれを聞いて、彼女に別の生き方を言葉で聞かせる事をやめた。

 彼女は既に完成している、ならば言葉は揺さぶりにもならない。

 

「今度の休日はさ、色々な体験をして過ごしてみるか」

 

 だから言葉だけじゃなく、実際に体験してもらおう。

 

「は?」

 

「町娘のように可愛く着飾って、ご飯や小物や服を見てきゃっきゃと騒ぐ。良く行く居酒屋で給仕として、料理人として働いてみるのも面白そうだ。商人っぽい事をして仕入れ、値切り、売りとかやれば普段の生活にも役に立つだろうし。

 とにかくそういう今までやった事のないものを色々と経験してみよう。それで気に入った行動、行為を探してみれば、戦い以外の何かを生活の中心、または一部にする事が出来るかもしれない」

 

「んー理屈は分かるし、納得もした。けどいきなりそんな事出来るもんかな?」

 

「やる気があるなら任せとけ。こう見えても顔は広い、手伝いを申し出れば大抵は受け入れてもらえる自信がある。

 それに俺は今暇だから、隣で一緒にやってみるし、不安がらなくても良い」

 

 今各勢力は自領の安定に必死だ。

 蜀は益州をまとめ切れていないし、涼州は馬騰が病に臥している、呉は大陸南部の平定に忙しい。

 なので本格的な戦闘もなくて医者は暇なのだ。

 

「ほな、頼んでみよかな。宜しくお願いします」

 

「承った」

 

「あっ、それで頼み事の追加なんやけど、このお酒融通してもらえん?」

 

 抜目のない張遼だった。


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