今昔夢想   作:薬丸

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三話更新です。


66.仕事人間の休日

 張遼は日暮れと共に別れると思っていたようだが、今日はこのまま外に出ると伝える。

 

「外出るん? そらまたなんで?」

 

「極少人数での旅の予行練習。張遼は二三人での野宿した事あるか?」

 

「えーと、あれ、案外無いんか。野宿は軍とか部隊単位でしかした事ないんやな。けど慣れとるは慣れとるで?」

 

「大人数の行軍と少人数での旅は全然別物だよ。料理、天幕張り、見張り、火付け、可能な限り自分でやらないといけないからな。

 行商とか、商人の護衛とか、単純に旅行とか、経験しとけば何かと役に立つだろうし、やっておこう」

 

「あー確かに自分で全部やるのは久しぶりやし、料理とかは全部他人に任せきりでからきしや。良い経験になると言えばそうかも」

 

「そういう訳で行こう。道中色々教えながら行くから、必要と思うものだけ頭に入れてくれ」

 

「はいよー」

 

 

 そして荷物をまとめ、夕暮れの中出発する。

 この四百年で得た知識を経験談を元に語っていく。

 張遼は楽しそうにしつつ、しかし真剣に話を聞いてくれた。

 そうして川の近くで馬を止めて荷物を下ろす。

 火を起こし、天幕を張る。

 

「今日はここで寝よう」

 

「あー自分で火起こししたり天幕張るとか新兵以来やからめっちゃ手間取ってもうた」

 

「案外自分では出来ると思ってても、細かい部分を覚えてなかったり、使っていた道具が違っていたりで出来なかったりするからな。

 それじゃあ適当に料理を作るとしますかね」

 

「やったー謙信のご飯や!」

 

「陳留の近くだから新鮮な野菜をふんだんに使えるけど、本来はもっと粗食だから注意。

 後、食材も持ち運びやすいもの限定で、器材なんかも少ないからどうしても質は落ちる、あんまり期待しないでくれよ」

 

「うんうん、分かっとる分かっとる」

 

「料理の手伝いもして欲しい所だけど、夜の野外で初料理は難易度が高すぎるよな。

 取り敢えずどんな感じでやるのか、手順だけ見といてくれ」

 

「はーい」

 

 

 

 その後、星空の下で食事にする。

 料理を食べる音、焚き火が爆ぜる音、虫の鳴く音。少数だからこそ感じる夜の差異がそこにはあった。

 

「なんや、風情、物寂しさ、少しの怖さ。いろんな感情が混ざった不思議な感覚やわ」

 

「二人だからマシだけど、一人だったら流石に怖さや寂しさが勝つよ。

 後風情というなら、上は見たか?」

 

「なんやいきなり。上?」

 

 見上げた空には満天の星空がある。

 

「うわぁーーなんやこれ、星空ってこんなに綺麗なもんやったっけ?」

 

 油の効率的な精製法は過去の生徒に伝えており、ここ百年程で火のコストは大幅に下がった。

 だからそこそこ裕福な街では、街の至る所で煌々と火が焚かれているし、個人宅でも火が扱われている。

 だから街の生活に慣れてしまうと、火の光と煙で星がくすんで見えるのだ。

 

 忙しい張遼が夜に街の外へ出るとなれば行軍ぐらいのものだろう。

 そして軍として外に出るタイミングでもこれ程綺麗な夜空を見上げる事はほぼない。

 夜になれば天幕を張り、将は天幕の中で過ごす。外に出たとしても見張りの為、獣避けの為に盛大に火が燃やされている。

 奇襲目的で夜に火を焚かないとしても、上に注意を向けるなんてしないだろう。

 

 だからずっと戦いに身を置いていた張遼が、ここまで鮮明で明瞭な星空を見たのはきっと久しぶりの事なのだろう。

 

「満天の星空、下弦の月、鈴の音、話の分かる相方、美味い手料理、最高に旨い酒が飲めそうやわ」

 

 

 それから色々な話をした。

 幼少期の話、丁原の話、董卓軍の話、曹操軍の話を聞き、俺は昔丁原と同じ私塾にいたと言い、丁原の格好いい、恥ずかしい、馬鹿馬鹿しい話を披露した。

 料理も食べ終わり、酒も見張りに支障が出る手前まで飲んだので、後はもう俺謹製のテントで寝るだけだ。

 

 見張り番はくじを引いて俺が先に寝させてもらう事になった。

 少人数での見張り番は張遼にとって初めてかかなり久々の経験だろう。さて、張遼は見張り一番の大敵、退屈をどうやって潰すのか。

 その事を気にしつつ、俺は天幕の中にいそいそと入り、寝袋に潜り込んで寝る体勢に。しばらく明日のプランニングをしていると、外からぼそりと一言聞こえた。

 

「さて、飲むか」

 

「馬鹿言うなっ!」

 

 テントから飛び出て叱ったら、ちゃんと見張りをしてくれました。

 

 

 

 翌日の朝、簡単な調理を手伝ってもらいつつ料理を仕上げ、二人で食べていた。

 

「ウマウマー。なんやウチ、料理の才能あるやん」

 

「簡単な料理だったけど、捌くのも調味料のさじ加減もすぐにコツを掴んでたな」

 

「にゃは、謙信に褒められると自信つくわ!

 そういえば、これからどないすんの? 旅気分も味わえたし、もう帰るんか?」

 

「いや、そう掛からない距離に寺子屋もどきがある。そこが今日の目的地だ」

 

「は? 屋根あるとこが近くにあんのにわざわざ野宿したんか?」

 

「良い経験になっただろ?」

 

「いやまあそやけどさ……まあええか、そこで何かするん?」

 

「家族と過ごすように、ひたすらのんびりとした生活をしてもらう」

 

「のんびりした生活ってのはとんと無縁やったから、経験の一つにはなるんやろけど……何か勿体無くない?」

 

「時間の贅沢な使い方ではあるな。まあ戦いのない世を想像する土台にはなるだろうから、今後のためって考えてくれ」

 

「まあ謙信の言う事やし、やってみるわ」

 

「多分途中で音を上げるだろうけど、それも経験だ」

 

「何に音を上げるって言うんや?」

 

「それはおいおいな。それじゃあ向かうか」

 

「??」

 

 首を傾げる張遼に意味深な笑みを返して話を切り上げる。そして朝食を食べ終わった俺達は元学び舎へ向かうのだった。

 

 

 

「ありゃ、結構綺麗に手入れされてる」

 

 学び舎はそこそこ綺麗に保たれていた。

 陳留近郊の最後の教え子達は華琳の祖父である曹騰の代になるので、結構ボロボロになっていると思っていたのだが。

 きっと未だに教え子の誰かが直接来るか、教え子に頼まれた人が来て掃除をしてくれてるんだろうな。

 

「はー森の中にこんな立派な建物があるとはなー」

 

「森の中じゃないと木の仕入れが出来ないから一人で作れないんだわ」

 

「えっ?」

 

「いや、何でもない。取り敢えず中に入ろう」

 

「ええんか?」

 

「大丈夫大丈夫、注意事項を守ってくれたら誰でも使っていい、と壁に彫り込んであるからな」

 

「あっ、ほんまや。よー知っとんなー」

 

「こういう施設は国中に点在してて、俺も旅をしていた時に世話になっていた」

 

「はぁ、謙信といると世の中知らんことばっかりなんやと痛感するわ」

 

 しみじみと言う張遼に笑みを返しつつ、行動を促す。

 

「それじゃあまず掃除からやろう」

 

「使わせてもらう礼やな。いっちょやったるかっ!」

 

 さすがに十数人が使っていた学び舎を二人だけで一気に清めるのは荷が重いので、まずは使う所だけを掃除していく。

 一時間近くを掃除に使い、綺麗になった談話室でようやく一息をつく。

 

「あーつかれたー掃除ってこんな大変なんか。身体の変な所が痛い」

 

「普段使わない筋肉だろうからな。はい、水」

 

「ありがとー。ん、生き返る~!」

 

「酷いようなら整体もしとくか?」

 

「あっ、頼める?」

 

 二十分ほど筋肉を解してやると、張遼は違う意味でぐったりとした様子。

 

「これあかんやつや」

 

「時間は幾らでもあるから、好きなだけぐったりしてて良いぞ」

 

「うん、ちょっとぼーっとしとくー」

 

 その間に俺は掃除の続きでもしておこう。

 

 

 三十分ほど掃除をしていると張遼が起きてきた。

 

「なあ謙信、ウチここで何したらええの?」

 

「自分のやりたい事をやるか、寝転がって身体を休めるか、どっちかじゃないか?」

 

「いや、こんな何もない所でやりたい事って何もないし、疲れも取れとるしなー」

 

「なら掃除の続きを手伝ってもらえるか?」

 

「うっ、それは朝の内に大分やったから、もうちょっとだけ勘弁して欲しいかなー。

 うーん、仕方ないから得物でも振ってよかな」

 

「いってらっしゃい。ある程度経ったら昼食の準備を手伝ってもらうから宜しく」

 

「あいあい」

 

「後注意、馬の遠乗りとかこの場所から離れるの禁止という事で」

 

「なんやそれ、まありょーかいや」

 

 そう言って張遼は学び舎の外に出て行った。

 俺はにやりと笑ってその後姿を見送るのだった。

 

 

 二時間ほど掃除に集中し、ほぼ全ての場所を綺麗にする事が出来た。

 陽も中点に差し掛かろうとしているので、そろそろ昼食の準備をしよう。

 俺は身を清めた後、張遼を呼びに行く。

 彼女は体育の授業に使っていた小さめのグラウンドで偃月刀を振っていた。

 

「張遼、そろそろ昼飯の準備するから手伝ってくれ」

 

「ん、ああ、もうこんなに陽が高くなっとる。それじゃあ汗流したら炊事場行くわ」

 

 そうして張遼に食事の準備を手伝ってもらう。

 料理手伝い二回目だが、要領が良いので教えをどんどん吸収し、それらしい様になっていく。

 出来上がった料理を二人で食べ、会話に花を咲かせる。

 そして片付けをして、再び張遼が聞いてきた。

 

「そんじゃあウチ何したらええの?」

 

「言ったろ、やりたい事を探す、寝転がる、どっちかだよ」

 

「えっ、また何か経験を積ます為にここ来たんちゃうの? 午前中は昼まで時間がないからやらへんのかと思ってたけど……」

 

「それも言ったろ、泰平の世になった時の予行練習をしようって。今から何もやる事がない日をどう過ごすか、実践してもらう」

 

「えっ?」

 

「という訳で、泰平の世になったら維持以上の鍛錬は必要ないだろうから、これ以上の鍛錬禁止」

 

「えっ!」

 

「それじゃあ平和的な過ごし方を探して練習してみて」

 

「えぇぇっ」

 

 こうして張遼の苦心が始まるのだった。

 

 

「えっと、取り敢えずごろごろしてみよ」

 

「……」

 

 二十分後。

 

「あかん、落ち着かん!」

 

 

「狩り、狩りはありか?」

 

「良いね。けど無益な殺生は生態系を壊しかねないから、夕食で食べれそうなのを二人で食べれる分だけ」

 

「任せろっ」

 

 二十分後。

 

「どや! 兎と鳥狩ってきたで! ……あっ、夢中やったから全力でやってもうた。全然時間経ってないやん」

 

 

「血抜きとか教えて」

 

「ここをこうしてこうしてこう」

 

「はー見事な手際やなー。って、ウチの仕事盗られたっ」

 

 

「ちょっと馬の世話して来る」

 

「宜しくー」

 

 十分後。

 

「アンタの馬に夢中なウチの愛馬に追い出されました」

 

 

「掃除してくる!」

 

 一分後。

 

「やる所なくなってた」

 

 

「ごろごろ」

 

 十分後。

 

「あかんっ、何かしたい衝動が止まらん!」

 

 

「遠乗りは禁止されとる、訓練も禁止された、料理も食べたばっかり……ウチ、他に休日になにやっとったっけ? あっ、酒、酒盛りどや?!」

 

「昨日の夜にほとんど飲んだから、夕食に飲む分で無くなる」

 

「なんでやーっ!」

 

 

「やる事、出来る事、寝る以外、鍛錬禁止、遠乗り禁止、狩り禁止……あーもう分からーん!」

 謙信! 何かやる事無いか?!」

 

 ほぼ一時間でギブアップだった。

 

「やっぱり音を上げたか。まあここには何も無いし、暇つぶしも用意させなかったからちょっと意地悪だったな。

 一応聞いておくけど、本当にもう思いつかない?」

 

「あかん、考えれば考えるほど泥沼やし、ごろごろしてたら自分の中の何かが崩壊しそうになる。なあ謙信、普通の人は休日って何しとるもんなん?」

 

「温泉や景観の為に旅行、家の中でごろごろ、裁縫なんかの座りながら出来る趣味、籠編みなんかの簡単な内職、買い物、食べ歩き、家族との団欒、誰かと友好を深める、芸術関係の制作、自己鍛錬、異性との出会い、恋人との睦み事、読書、掃除。

 ぱっとすぐ思いつくだけでもこれぐらいあるかな」

 

「あー言われればそんなんもあるなー」

 

「なあ、張遼って趣味ないの?」

 

「酒、人との会話、鍛錬、武器の手入れぐらいかなー」

 

「仕事に絡む物ばかりで、休日にしか出来ないって趣味はないんだな。

 んー今できる物は……ごろごろ、紙と筆があるから絵、書、詩を描いてみる、短刀があるから彫刻を彫ってみる、後は無難に読書かな」

 

「ん、本とか持ってきとったん?」

 

「隠し棚があってね、三十冊ほど置いてあるよ」

 

「隠し棚って、よう見っけたな。んーそんじゃあ絵と彫刻に手を出して、飽きたら読書でもしよかな。

 あっ、そういえば謙信は何やってんの?」

 

「俺か? 今は手紙を書いてるよ」

 

「誰に? って聞くのは野暮か。しかし手紙か……ええ機会かも知れんなぁ。

 なあ謙信、ウチにも筆と紙貰えるか?」

 

「ああ、手紙を書き終えたら医学書をまとめようと思ってたし、紙は束であるよ。これを機にいろんな人に書くと良い」

 

「おおきに!」

 

 

 結局その後、張遼は夕飯の時間になるまでずっと手紙を書き続けていた。

 故郷にいる人達、育ての親、昔の仲間に宛ててあーでもないこーでもないと苦心しながら、しかし楽しそうに筆を走らせていた。

 

 張遼が狩ってきた兎と雉を使って結構贅沢な料理を食べ終え、さあ陳留に帰ろうと後始末をしている時、張遼が神妙な様子で話し始めた。

 

「三日間の休日も、もう終わりなんやな」

 

「そうだな」

 

「長いようで短かった、けど密度はすっごい濃かったわ」

 

「おう、楽しめたか?」

 

「初めての事ばっかりで楽しめたし、謙信の思いつきには苦しめられたし、新しい情報の吸収に慌ただしかったし、自分の見識の狭さを知って勉強になったし、総じてやっぱり楽しかったよ。

 ウチ自身の方向性みたいなもんも見えたし、得る物の多い休日やったわ」

 

「それなら何よりだ」

 

「ありがとな、謙信。

 ……ウチの真名、霞や。アンタにならウチの真名を預けられる。一応、男に許すのは初めてなんやで?」

 

「そりゃ光栄だ。俺は白という」

 

「うん、ありがとな。なあ白、天下泰平の世が来たら、また付き合ってや」

 

「喜んで。俺も霞といた日はずっと楽しかったよ。帰っても宜しくな」

 

「うん! これからもよろしゅうな!」




絡めていなかったキャラなので無理矢理休日編として話を作った形です。
次回更新話は赤壁前夜の話となります。

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