今昔夢想   作:薬丸

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同日二話投稿です。


80.出会いは続く

 彼女は許可が貰えた事でやる気を出したのか、ものの二週間で小屋をそれなりの学び舎に進化させてしまった。

 建材はどうしたのかとか、本当に私と二人でやったのかとか疑問はあったが、そこで始めた治療所兼教室は大好評で、村の皆が抱いた疑問はすぐに雲散霧消した。

 

 物珍しさにやって来た村の人が一人治療を受けるとその効果は絶大。

 狭い村でその効果が知れ渡ると三日目にして村人全員が診療所に押しかける問題が発生。

 村長が症状の重さで順番を決めなければあわや大騒動になっていたかも知れない。

 全員が治療を受けて診療所は大分暇になったが、時折怪我の治療や美容の相談なんかに人は来ていた。

 

 それに比べて学び舎の方は基本的に閑古鳥が鳴いている。

 そして一番教育の必要のある子供なのだが、既に労働力として桃園で働いており、やって来る事はなかった。

 皇帝への献上品に選ばれ独占されている桃園は働き口としてはかなり優良だ、親は勉学なんぞ教えて外に憧れを持たれるのを嫌がって子を寄越さなかった。

 

 大人の受講者も全然いなかった。村人の半分は平穏を退屈と思って一度は外に憧れて出て行くのだが、外の悲惨な状況を知ってほとんどが戻ってくる。そして残った村人も話を聞いて外への興味を一切失っている。そして殆どの村人が最低限の学だけあればいいと割り切りが済んでしまっていたのだ。

 それでも文字や算術を興味本位で習いに来た大人が数名いたが、この人達は半年ほど基礎を学んでそれからは来なかった。

 

 明確な意志を持って一年以上習いに来た村の人は村長のお孫さん、近隣の村にいた中級医師の次男坊さん、私ぐらいのものである。もう一人先生の生徒と呼べる人がいたけど、それは後述。

 村長のお孫さんも医師の息子さんも私に良くしてくれたけれど、残念な事に二人ともそこまで長い期間授業に出る事はなかった。

 村長の孫である十三才のお兄さんは村長の後をついて回らなきゃいけなくて、ちょくちょく空いた時間に学びに来るだけで不定期。医師の次男坊さんは一年と少し学んだ後は中央に行ってしまった。予想以上に賢くなった次男坊に親が期待をかけ、縁作りの為に私塾に通わせるようにしたようだ。

 馬鹿な事をしたと思う。二人共平均よりも賢かったから、後三年も先生の元で学ばせておけば望む栄達を手にしていただろうに。

 

 そんな中、用心棒として街に駐在している母の子である私だけは桃園での労働に縛られる事無く、また母の意向もあったので毎日教室に通う事が出来た。

 母は二ヶ月で完治宣言をされたが、先生(教室に通うようになってはおねーさん呼びから先生呼びに改めた)はここは居心地が良いと言って結局六年ほどは桃花村に居着いた……違うな、居着いてもらった。

 その間、私はほぼ毎日毎時間先生に引っ付いてあれこれを教えてもらっていた。

 一日を共に過ごす時間は母よりも長くなっていて、私の生活は先生一色になった。

 

 

 先生の授業の一幕はこのような感じ。

 

「せんせー! さんじゅつって生きるのにひつよーですか?」

 

「無いとお金で困る事になるだろうから必要だね。大丈夫、数学的思考は劉備ちゃんにとても合うと思うよ」

 

「せんせーが言うならまちがいない! がんばる!」

 

 ……

 

「なにこれすっごくおもしろい。なんにでも答えがあるってすっごい」

 

 

 

「せんせい! れきしって生きるのにひつようない気がします」

 

「何も知らない状態で未来を見通すのは難しいけど、歴史という過去を知っていればそこから推測出来る事が多々あるんだ。瑠花さんに怒られたらその怒られた事はもうしないでおこうって考えられる。それでしばらく怒られる行動について積み重ねが出来てきたら、まだやった事のない行動でもこれをやったら瑠花さんに怒られそうだなぁって推測が出来るようになる。そんな感じで知識と経験は予測を生める。そして歴史を知る事はその知識の部分を補えるんだ、先人の積み重ねを頂ける訳だからね。

 数学的思考、特に確率計算なんかと組み合わせるととても役に立つし、劉備ちゃんにはきっと必要になるよ」

 

「せんせいが言うならまちがい無いね! がんばります!」

 

 ……

 

「うーん、知れば知るほど、なんで人ってこんなに同じ事をくりかえすんだろ。……あれかな、太るって知っててもおかわりしちゃう、みたいな?」

 

 

 

「先生、母のような用心棒か先生のようなお医者様になりたいという希望から色々と教わらせてもらってますけど、誘惑術と詐術って必要ですか?」

 

「両方共知って身に付けておくとそれで防御になるからね。それに劉備ちゃんとしては不服かも知れないけど、君とそれらの人心に作用する術はとても相性が良い。心理学関係は学べるだけ学んでおこう」

 

「先生が言われるなら間違いないのでしょうが……とりあえず頑張ってみます」

 

 ……

 

「あーこれは役に立つなぁ、人の考えが透けて見えるみたい。用心棒としても医者としても交渉する上で絶対必須だ。やっぱり先生の言う事に間違いは無いなぁ」

 

 

 私が始まってからの六年間、そうやって生活のほとんどを生徒として過ごしていた。

 六年の間に学んだ事を詳らかに全て列挙しようとすると日が暮れるので割愛する。

 変な話だが、学ばなかった事の方が少ないのだ。

 算術、文字の読み書き、歴史、科学化学物理学、薬学、医学、軍学、礼儀作法、人付き合いの仕方、自然の中で生き残る方法、人心掌握術、誘惑方法、騙し方騙され方などなどの座学。

 身体の育て方、効率の良い動かし方、整体術、体術、各武器術、暗殺術、馬術などなどの実践。

 自身の非才はすぐに自覚したので、狭く深くではなく広く浅くを重視し、覚えたと思ったらすぐ次の事に取り組んで六年間新たな事を学び続けた。

 五感が鋭いお蔭で手先が器用だったり人の変化を見逃さないという少し変わった才能こそあれ、ずば抜けて優れた才能が無かった自分。一時は自身が特別ではないと落胆したが、身体の作りも頭の出来も悪くはなく、また努力も厭わない性格だったので先生からは生徒としてとても優秀だったという評価を貰う事が出来た。その評価は私の誇りであり、自信の源である。

 

 

 さて、幼少時の私の事は語り終えたので村について少し触れる。

 とはいえあの村は完結していたから、特筆するべき事は片手に収まる。

 皇帝が独占する為に地図には載せず、物資補給も専属の商人にさせていたし、正規兵の見回りはそこそこの頻度であって、腕の立つ用心棒である母を雇い入れるお金も国が払っていた、しかも街道に程近い隣村はこの村を隠す為に作られていたりと、桃花村は世界から完全に切り離されていたのだ。

 

 ただそんな平穏過ぎる村でも三つばかり事件が起こった。

 一つ目は先生の来訪と母の治癒。二つ目は謙信さんがやってきて一週間ほど、まだ教室が始まっていないので先生とは呼ばず、おねーさんと呼んでいた頃に起きた。

 

 

 母が治ってから先生が教室を開くまでの間、私は時間と感情を持て余していた。

 普段は桃園の手伝いや内職の手伝い等をしていたが、ここ最近は母の看病が忙しくて何も出来ない状態だった。

 幸いな事に病が完治し、看病の必要が無くなった私にはやる事が無くなっていた。

 桃園の手伝いは母が治っても皆から今は母に付いていてあげなと諭され、内職は母が体力作りに鍛錬を始めた事で監督する人がいないので出来なかった。

 なので私は母の鍛錬を手伝っていたのだが、母はとてもやり辛そうだった。

 その時に自覚は無かったのだが、私は辛そうな顔で鍛錬をしている母の隣でにこにことしっぱなしだったと後から聞かされた。

 母の辛そうな所を見て笑っているのは薄情過ぎると思われるが、正直これは仕方無いのだ。ちょっと前まで母は死ぬのだと本能で察していたのに、それが奇跡的に覆された。母が調子を取り戻そうとするその行為は生の証明である訳だから、それを感じ取った私は顔がにやけて仕方がなかったのである。

 水いる? 汗を拭う? なんてとにかく何か手伝わせてという空気を出して声にも出して、とにかく母の傍にいた。

 母も私の心情が分かっていたから、一時間程は私に付き合ってくれた。

 そして私がある程度満足したと思ったら、

 

「今日はもうそろそろ切り上げるから、次は謙信さんの所に行って何か手伝っておいで」

 

 と言って先生の所に行くように促す。

 

「うん、わかった! おかーさんはゆっくり休んでてよ! あたしがんばって恩返ししてくるっ」

 

 と言って先生が改築している家まで走り出すのが私の午前中の日課になっていた。

 後になって気付いたんだけど、一時間で体力作りを切り上げるのは私を気遣った方便であり、穏便に追い出してから本格的な鍛錬を始めていたんだろうなぁ。

 

 

 先生の所に走って向かっていた最中、村長が話しかけてきた。

 

「おお劉備ちゃん、謙信殿の所に行くのかい?」

 

「うん! おいえを直すおてつだいしてくるよっ!」

 

「ほうそうかそうか、なら一つ伝言を頼まれてくれんか?」

 

「うん、いいよ!」

 

「実はまた旅の者が訪れての、その者らが上級資格持ちの医者という事なんじゃ。この村に旅の者、しかも旅医者が立て続けに来るというのが何というか……出来すぎていての。謙信殿に彼が本物の医者かどうかを見極めて欲しいんじゃ」

 

「そーなんだ、こんなに人が来るなんて珍しーね」

 

「じゃろ? 旅人は二人おってな、今日一日は旅の疲れを癒やしてもらう為に儂の所で逗留してもらおうと思っとる。なんで謙信殿には時間が空いたら儂の家まで来て欲しいと伝えておくれ」

 

「うん、わかった」

 

 そんなやり取りをしてまた走り出す。

 母を治してくれた、とても綺麗な気を持っている、ずっっと見ていたくなる美貌、何でも知っている聡明な頭脳、私に対して気を許してくれている。そんな大好き過ぎる人の元に向かうのだ。私が先生に会いに行く時はいつも全速力だった。

 

 そして大好きなおねーさんの所に辿り着くと、

 

「劉備ちゃん、いらっしゃい。また全速力で来たね、お水いる?」

 

 そう言っていつでも笑顔で出迎えてくれた。

 全速力で来た私を家に通してくれて、水までくれるのが一連の流れ。

 いつもはそこから手伝いっぽい何かをし始めるのだが、私は忘れない内にと村長から聞いた話を早速するのだった。

 

「けんしんおねーさん! なんかねっ、旅の人がまたきたの!」

 

「旅の人って言う事は、商人でも近隣の村の人でもないのかな? 桃花村ってあんまり他所人が来るような場所じゃないって聞いてたけれど?」

 

「遠くからくるよーなしらない人なんて三年に一回くるかこないか、って前にそんちょーさんが言ってた」

 

「ならやっぱり珍しい事なんだね」

 

「そうなの! それにね、その人もおねーさんと同じでおいしゃさまなんだって!」

 

 そう言った時、先生の目がとても鋭くなったのに気付いた。

 雪の日に感じるような冷たさが背筋を走って、私は思わず上を見上げながら背筋を触ってしまった。

 そんな感覚は初めてだったから、晴れてるのになんで雨漏りがしたのかな? なんて不思議に思って首を傾げたのを覚えている。

 

「その人もおねーさんと同じじょーきゅーごーかくしょ持ってるらしいんだけど、あやしいかも知れないからおねーさんにたしかめて欲しいんだって。今日はずっとそんちょーさんの所にいるらしいから、いつでも良いから来てねって」

 

「へぇ、しかも上級資格持ち。これはつまり……いや、その判断はまだ早いか」

 

 先生はそう言って頭を振り、すぐ初めてみた時の優しい目に戻ってくれた。

 

「ごめん、少し怖い目をしてしまったね。取り敢えず村長さんの気を揉ませ続けるのは忍びないから、午前中に伺おうかな。それまでは昨日の続きをしようか」

 

「がんばるよっ!」

 

 それから家の裏手に回り、昨日目一杯消費した筈の木材が家の裏でまた山積みになっているのを不思議に思いつつ、切って組み立てて建てて貼り付ける作業に没頭するのだった。

 

 

 

 一時間ほどで一区切りが付いたので、私と先生は村長の所に出掛けた。

 私を帰らせなかったのは、家に帰らせると母の邪魔をしてしまうと先生が判断したからだろう。

 それに子供がいると何がしかの反応が出やすいからだと後々学ぶ。

 

 村長の家につき、奥さんに連れられて行った部屋には村長と二人の客人がいた。

 一人はがっしりとした体躯に白い着流しを着て、髪の毛を全て後ろで束ねている精悍な男性だった。歳は見た所四十前後ぐらい。

 もう一人は私よりも少しだけ年上の男の子で、快活で意志の強い目が印象的だった。

 

「おお謙信殿、来てくださいましたか。どうぞどうぞ」

 

「ええ、劉備ちゃんから話を聞いて堪らずやって来てしまいました。

 お客人方、急な来訪申し訳ありません。私も旅医者をやっている身でして、同業者として是非とも交流を深めたいと思いここに来ました。少し話をさせて頂いても構いませんか?」

 

 村長と二人の客人にそう言って頭を下げながら、見かけとても優しい笑顔で語りかける。

 村長は何故だかこほんと咳払いをし、男の子の顔は真っ赤で、男性は無表情を崩さなかった。

 

「構わない。情報交換が出来るならば歓迎する」

 

「感謝します。私の名は謙信、医術と薬術の上級免許持ちです。私の隣りにいるこの子は劉備ちゃんと言って私がお世話になっている家の子です。家主から預けられているので連れてきました」

 

「りゅーびです!」

 

「俺の名前は華陀。医術は上級、薬術は中級、五斗米道の流れを汲む旅医者だ。隣のこいつは阿陀、俺の弟子だ」

 

「あ、阿陀です、よ、よろしくお願いします」

 

「ほう、五斗米道という事は気と鍼の専門家ですね。五斗米道は気術の扱いの難しさから術師が減っていると聞いていますし、教義に沿って旅をされている方は更に少ないと聞き及んでいます。出会いの奇跡に感謝ですね」

 

「はい! 師匠は本当にすごい人むぐっ」

 

「俺は非才だ。気術での才能はお前にすら劣るのだから、あまり誇張してくれるな。

 それにお前はまだ触らないと気の流れが分からんから大口を叩けるが、謙信殿を前にして俺如きを誇ろうなど烏滸がましいにも程がある」

 

「医学は才覚ではなく経験と努力の積み重ねです。華陀殿の気は量こそ並ですが、研ぎ澄まされていてとても美しい。長年真摯に患者と自己に向き合ってこられた証でしょう。と、些か上から目線過ぎますね、失礼しました」

 

「いや、俺よりも余程の才と経験を有するであろう謙信殿から言われるのなら喜びだ。

 あーしかしなんだ、最早一子相伝とまで揶揄される程に数が少なくなった五斗米道を良くご存知で」

 

「旅の中で幾度か邂逅してますからね」

 

「ほう、俺以外にも旅なんぞに出る偏屈がいたのか。数十年旅をしてきたが、俺の師匠以外の五斗米道の者を見たことがない。謙信殿は余程巡り合わせが良かったのだろうな」

 

「此度の出会いもまた巡り合わせ、大事にしたいものです。とはいえ、巡り合わせとは必然が重なりあって起こるもの。華陀殿はどういった用向きでこちらに参られたのか、良ければ教えて頂けませんか?」

 

「別に隠す必要もないから構わん。俺はある人に頼まれてその人物の友人の様子を伺いに来ただけだ」

 

「ほう、そうでしたか。大体の者は夕方に仕事を終わらせて戻りますが、名はなんと?」

 

「確か劉弘という者だ」

 

「あっ、おかーさんだ!」

 

「むっ、なんという巡り合わせ」

 

「まさしく巡り合わせですね、ならば私達が案内しましょう。一息つき、昼食を食べてから再びこちらに伺いましょうか」

 

「いや、様子を見るよう頼まれただけなのでな、早急に用事を済ませて戻ろうと思っている。

 だからそちらが良ければ今からでも案内を頼みたい」

 

「私達はこれと言って火急の用などありませんので構いませんが、しかしそちらのお弟子さんは疲れていませんか?」

 

「あ、いえ、全然大丈夫です! 今すぐにでも動けますよ!」

 

「との事なので、大丈夫だろう。正確な自己管理も医者として必要な要素だと常々教えてる。ゆえに言ってのけたのならやってもらわねば」

 

「う、いや、大丈夫です」

 

「ふふ、ではすぐにでも向かいましょうか」

 

 優しげに男の子に笑いかける先生と、その笑顔を向けられてどぎまぎしている男の子にもやもやした気持ちを抱えながら、私は三人を先導するようにして家に帰るのだった。




少し修正箇所が多く、後々文章を整理すると思います。

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