今昔夢想   作:薬丸

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同日二話投稿です。


84.知識と経験

 放たれた矢は馬の首元に突き刺さった。

 馬が痛みと混乱から前足を跳ね上げ、そのまま暴れだす。

 

「殺ったのは一頭、躓いたのは二頭、動きを止められたのは四頭。そこそこだね」

 

 躓いたのはもう使い物にならないだろうし、動きを止めたのも馬の興奮を宥めるのに時間がかかるだろう。

 再び矢を放ち、一頭削る。しかし相手も警戒していたので他は巻き込めない。三射目、回避行動を取ろうと馬の首元に矢が刺さる。他の弓使い達がもう二頭仕留めた。

 

「うーん、予想以上に弓で減らせなかった」

 

 馬は速くて筋肉の塊で汗をかく生き物だ。速さは当てにくさに繋がり、筋肉は鎧、汗は鏃を逸らせる。

 更に馬は大きいから当てやすいと思われがちだが、正面から見たら存外に狙いにくい。足は細いし、激しく上下するし、胴体は筋肉の塊でしかも曲線を描いている。

 上に乗っている盗賊は更に的が小さく、また倒せても馬を直接倒すより混乱が引き起こしにくい。

 そういった理由があり矢による有効打を狙うにはかなりの実力者でなければ厳しい。それを補うには数を撃てば良いのだが、護衛に実戦練度の弓使いは私を含めて四人しかいないので無理。

 とにかく三分の一の馬が戦力外となったが、盗賊達の突撃は止まらない。

 まあもう止まれる距離じゃないしね。

 

 さて、馬の正面に立つ関羽さんに張飛ちゃん、君達はどうするのかな?

 馬対策に長槍を構える護衛達、その前に陣取る二人。

 密度は減ったとは言え、馬が面となって突進してくる様は恐ろしいだろうに、二人共飄々としている。

 

「関雲長、推して参る!」

 

「張益徳、やってやるのだ!」

 

 気の篭った声が響く。それだけで一瞬、馬も人も動きが鈍る。

 ああ、怖いよね、生き物としての格の違いに気付かされちゃったよね。馬は感覚の鋭い動物だ、その声を聞いた時点で目の前にいた小さな標的が大山に見えただろう。

 だがそれを悟っても恐怖で脳は麻痺し、惰性で走り続けるしかない。

 

 さて、馬も乗っているだろう賊も一瞬だけ気を飛ばしたのだ、その隙を突けない彼女達じゃない。

 関羽と張飛は瞬時に間合いを詰め、一閃。

 それだけで二頭の馬の首が落ちた。

 相手も高速で動いてるんだよ、それを横合いから一刀両断って……いやー非常識だよね。

 呆気に取られる敵味方だけど、彼女達の攻撃の手は休んじゃいない。

 跳躍して馬上と目線を合わせたら関羽は横に一閃、それだけで二人の首が落ちた。

 張飛は跳躍後、盗賊を蹴りつけ、他の盗賊にぶつけて馬から落とす。

 

 もうあんな動き見せられたら戦いじゃないって分かる、一気に戦意喪失。二人が暴れまわって私が弓で援護してすぐに戦闘終了。敵は馬含め六十で、味方は歩兵ばかりが二十という絶望的な戦力差の中、私達は見事無傷での勝利を飾った訳である。

 

 

 

 捕縛され、身包みを剥がされた盗賊を十二人、無傷な馬八頭を前にして商人さんと話し合う。

 討ち漏らしはなく、他は全員野ざらしだ。

 

「それで商人さん、賊はどうします?」

 

「うむ……この場で処断したく思っている。馬はありがたく頂いて行こう」

 

「色々考えてもそれが一番ですよね」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 命だけは、命だけは助けてくれっ!」

 

「その言い分は通らないよね」

 

 するりと剣を抜いて護衛の人達と囲みながら近付いていく。

 

「ちょっと待ってくれ!」

 

 前からではなく、後ろからの声に皆の動きが止まる。

 

「どうしたの関羽さん?」

 

「護衛の護衛が差し出がましいようだが、引き渡しという選択肢は無いのだろうか?」

 

「この辺りで引き渡しが可能な場所となると君達と合流した都市まで戻るしか無いのだ。連れて戻る労力と危険を考えると実行し難い」

 

「……そうか」

 

「報奨金が気になる、わけじゃないみたいだね?」

 

「違う。その、だな、命乞いをしている者を殺すという状況が、どうにも慣れないだけだ。すまない、ただの甘えだ」

 

「その甘えはとても尊いものだけど……あー今これを言ってもしょうがないか。

 とりあえず甘えと理解してるって事は、決定に抗いはしないって事で良いよね?」

 

「護衛の護衛が意見を言うだけでも非常識だとは理解している」

 

「うん、なら今回は依頼者の意志を優先させてもらうよ」

 

「友の護衛であり、今回の最大功労者である人物の意見を汲みたくはあるが、すまない」

 

「いや、こちらこそ余計な口を挟んでしまい、申し訳なく思う」

 

「うん、仕方無い事なのだ。愛紗、行こう」

 

 そうして張飛は消沈した様子の関羽を引っ張り、元いた荷台に戻っていった。

 

「劉備殿も戻ってゆっくり休んでいてください。本来なら護衛は一応という形であるのに、私の護衛達よりも活躍していただきました。後始末は彼らに任せてあげてください」

 

「有り難く受けさせてもらいます、が、賊に聞きたい事があるので、少しだけ時間をください」

 

「ええ、分かりました」

 

「では失礼して」

 

 情報を得る為に賊に対して幾つか質問を投げかける。

 面に出やすく、また駆け引きも下手だったので、知りたい情報はすぐさま抜き出せた。

 まあそっちの方が互いに手間なく済むので有り難い。

 情報の共有のために商人さんに近づく。

 

「もう宜しいので?」

 

 私は小さく頷き、小声で報告する。

 

「ええ、十分です。彼らはあの都市と繋がりのある情報収集隊で、今回は私達の情報を持ち帰ろうとしていました。ですが護衛の規模を聞いて自分達で全てを得ようと欲を出したようです。

 私達の情報の持ち帰りを阻止した形ですが、本隊がこの近隣を根城にしているのは間違いないので、とり急ぎ通過しましょう。後、出来れば死体は埋めるか、街道から離れた位置まで移動させてください。

 そして一応、身内に裏切り者はいないようです」

 

「盗賊は口も開いてもいないのに、そこまで詳細に情報を得られるとは……やはり劉備殿は読心術でも会得されているのでは?」

 

「そんな便利な仙術など持ち合わせていませんよ。ただ人の顔色を伺うのが得意なだけです」

 

「顔色伺いは商人の命綱とも呼べる技ですが、劉備殿を前にしては脱帽せざるを得ませんな。

 なにはともあれ情報感謝致します。ゆっくりお休みを」

 

「はい、失礼しますね」

 

 

 

 私が荷台に戻ると関羽が張飛に膝枕をしながら髪を手櫛で梳いていた。張飛はとても安らかな顔をして眠りこけている。

 

「さっきはお疲れ様、獅子奮迅の活躍だったね」

 

「劉備殿の正確な援護あってこそだ。しかし剣を佩いているからそちらが本命かと思っていた」

 

「こっちも弓と同程度には使えるよ」

 

「その年であれだけの弓術を修めているだけでも凄いのに、同等の剣術を修めているとは驚きだ」

 

「あはは、器用貧乏なだけだし、関羽さんと張飛ちゃんを前にしたら自分の技量を誇る気にはなれないかなー」

 

「それは少し謙遜が過ぎるのではなかろうか。しかし……」

 

 そう言って関羽は言葉を切り、しばらく逡巡した後、切り出した。

 

「少し、踏み込んで聞いても良いだろうか?」

 

「うん、良いよ、私も踏み込むからお相子という事で」

 

「……劉備殿は私塾を出たばかりと聞いた。ならば何故、そのように朗らかにしていられるんだ?

 先程盗賊に襲われたんだ、怖くは無かったのか? 人の命を奪ったんだ、後悔は無いのか? 命乞いを聞いたんだ、迷いは無かったのか?」

 

「答えは全部一緒かな、怖くも後悔も迷いも何も無かったよ」

 

「何故、そこまで平然としていられるのかっ」

 

「うぅぅ」

 

「関羽さん、張飛ちゃんが起きちゃうから声を抑えて。大きく息を吸って吐いてー」

 

「うっ、す、すまない。すぅーはぁーすぅーはぁー」

 

「落ち着いた?」

 

「ああ、少し興奮してしまった。改めて伺いたいのだが、劉備殿は私と年も違わず、私塾を出たばかりで経験も少ないだろうに、何故平然としていられたんだ?」

 

「そうだね、年は同じだし、私塾に通ってる内に盗賊退治なんて出来ない。けど私塾に通う前に多少の経験があったんだ」

 

「どういう事だ?」

 

「私塾に入る前だからもう三年前になるのか。その頃の私は先生と慕っている人と半年間ぐらい盗賊退治をして回ってたんだよね。期間は短かったけど、大小合わせて数十は潰したかなー。まあ殆どは先生がやっつけた感じだけど」

 

「十歳の頃に、だと? それが本当なら壮絶と言えるが」

 

「効率的な討伐方法、逃して良い人と逃しても良い場合、数人逃した方が良い場合、誰も討ち漏らしちゃいけない場合、逃して得られる効果と結末、逃がさないで得られる効果と結末、討伐した後始末とか、色々教えてもらったよ。

 私には教えてくれた人がいて、貴方達にはいなかった、それが違い。私は運が良くて、貴方達の味わった苦しみを知識としてだけ知っている」

 

「……」

 

「貴方の性分ならさっきと似た場面で逃した事もあったんだろうと予想できる。そしてその結果、貴方達は報復されたか、その行動が原因で何処かの村が壊滅したりしたかもね。

 それで次は引き渡したりしたかな。きっと普通に殺すよりも残酷に殺されただろうね」

 

「……」

 

「先生から教わった事を並べ立てただけなんだけど、全部当たってたみたいだね。

 今回引き渡しを提案しようとしたのは、まれにその方が穏便にいったからじゃない?

 でもね、今の時代、犯罪者を見せしめにしないって事は後ろ暗い理由があるからだよ。

 今回の場合、引き渡せば見た目上穏便に行くよ。ケチな報奨金が手渡され『あいつらは奴隷として売り飛ばされる』とか『監視付きで奉仕活動をさせる』とでも言われるのかもね。

 けどそんな事にはならない。あいつらの本隊はここら一帯の権力者と癒着関係にあるってさっき確認できたし、裏で解放されて終わり」

 

「っ!」

 

「真実を知りたがるだろうから先に話したんだけど……その顔を見るに、話さない方が良かったかな」

 

「……いや、感謝する。学のない私は自身の行動から学んでいくしかないんだ。どんなに辛かろうが、知らなければ前に進めない」

 

「そっか、関羽さんは強いんだね」

 

「強いかどうかはわからん。だが今の世は間違っている、何かせねばならんのだと覚悟を決めて村を出た時、弱さは捨てたつもりだ」

 

 その迷いのない透き通った言葉に、私は心底惚れ込んだ。

 

「うん、やっぱり貴方達の在り方はとても尊いものだ。ねえ関羽さん、もし良かったら私も世直しの旅に一緒させて貰えないかな?」

 

「劉備殿の腕前と気性ならば大歓迎だが、良いのだろうか? 貴方ならもっと良い場所で活躍できそうな気がするが」

 

「ううん、貴方達じゃないと駄目。貴方達と一緒なら遥か高みへ、そして何よりも道を誤らずに行けそうな気がするんだ」

 

「そうか、そこまで言ってくれるのなら、是非お願いしたい」

 

「うん、これから仲間って事で! と言いたいけど、一応契約はちゃんと果たしておこう。

 故郷の村までは依頼者と護衛って形にしておいて、その期間中に互いをちゃんと見極めよう」

 

「それもそうだな。会ってまだ半日しか経っていないのだから、ここで判断を下すのは性急すぎるか。

 ……まだ会って半日しか経っていないのに、何故だろうか、ずっと長くの時を過ごしてきたような気がしてしまう」

 

「あはは、私もだよ。

 という訳で張飛ちゃん、そういう事だから」

 

「はぅっ、ば、ばれてたのだ」

 

 張飛が驚いた声を上げて目を開けた。とはいえ起き上がる事はなく、頭は未だに関羽の膝上にあった。

 

「ほう、劉備殿はすごいな、私でもこやつの寝たふりは分からないというのに。私が声を荒げた時に起きたのか?」

 

「えへへ、もう少し前の」

 

「私が荷台に上がった時に起きたんだよね?」

 

「うわ、すごいのだ、その通りなのだ!」

 

「ふふん、私の感覚もやるものだねっ。と、御者の護衛さんが戻ってきたね」

 

 御者の人がこちらに一声掛けてきて、ゆっくり馬車が進み出す。

 振動がここで止まる前よりも激しいのは、私の助言を聞き届けてくれたからだろう。

 周囲の警戒も強くなるだろうし、少し気を抜いても良いかもしれない。

 

「それじゃあまた何か起きるまで、会話を楽しもう」

 

「何かなど起きて欲しくないが、それが起こりやすい世情だからな」

 

「だねぇ。それで会話の種なんだけどね、関羽さんが旅して見て聞いてきた事を聞かせて欲しい。私も私が見て聞いて感じた事を全部話すから」

 

「そうだな、劉備殿と私達では見てきた物は大きく違うだろうから、情報交換をすればよりこの国を詳細に知れる」

 

「それと知りたい事は学問でも技術でも何でも聞いて。経験は少ないけど、知識だけは豊富だから。

 仲間になるかどうかの判断はまだ先だけど、志を同じくする人が賢くなって強くなるのは喜ぶべき事だと思うんだ」

 

「有り難い。もし依頼が終わって道を違える事になったとしても、この恩は必ず返すと誓おう」

 

「ふふ、期待してるね。それじゃあ……」

 

 

 幸いな事にあれから盗賊に襲われる事もなく、私の故郷である桃花村に最も近い村まで私達は長く穏やかに言葉と感情を交える事が出来た。

 

 商人さんとはそこで別れる事になったのだが、その際に護衛料として盗賊から奪った馬を三頭貰う。

 護衛料は馬車に乗せていってもらう事としていたので一度は断ったのだが、命の借りとしては安すぎるからこれは前金のような物、貸しはまた徴収しに来てください、と言われたので受け取るしかなかった。

 商人は借りを残したままなのを誰よりも何よりも嫌う。そんな商人が借りを残しておいても縁を繋いで置きたいと言ったのだ。私はその期待に最大限応え、大きくならなければいけない。

 だからここはふてぶてしく一番良い三頭を貰っておく事にし、商人さんと固く再会の約束を交わして別れたのだった。

 

 その後は馬を手にした事で旅支度を改めて整え、周辺の情報を集め、ご飯を食べる。

 

「やる事もやったかな」

 

「ああ、劉備殿の故郷、楽しみだ」

 

「桃が特産なだけの長閑な村だから期待しないでね」

 

「ももっ?! それは少し食べたりできるかもかも?」

 

「あー今の時期だと無理かな。数ヶ月後の収穫時期になら分けてもらう事も出来ただろうけど」

 

「そっかー、残念なのだ」

 

「けど今は花見の時期だから、花びらの雨が見られるかもね」

 

「ふむ、それは少し楽しみだ」

 

「うん、楽しみにしてて良いよ。あれは記憶に焼き付くぐらいの見応えがあるからね」

 

「張飛は花よりも実に興味があるのだー」

 

「ふふ、まあ張飛ちゃんならそうなるよね。桃は出せないけど、家で精一杯の歓待をさせて貰うから、それで我慢してね」

 

「えへへ、それは楽しみなのだ!」

 

「ふふっ、それじゃあそろそろ行こうか」

 

「うん! また劉備お姉さんのお話を聞かせて欲しいのだ!」

 

「劉備殿の話は何もかもが為になる。道中また教授願いたい」

 

「教授と言える程立派なものじゃないけど、そうだね、まだまだ一杯話そう」

 

 そうして私達は私の故郷、桃花村へと馬を走らせるのだった。




一先ず連日二話投稿はここでストップです。
これからは隔日投稿になると思います。

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