今昔夢想   作:薬丸

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同日二話投稿です。


88.桃園の誓い

 私の言葉を受け、関羽さんは少し遠い目をしながら言葉を紡ぐ。

 

「私と張飛は幼馴染でして、貧しく活気のない寒村に生まれ、大人も子供も今日一日を生き抜くのに精一杯な風景の中で共に育ちました。

 大変ではありましたが、幸運な事に私と張飛は腕力に秀でており、幼い頃から小さい猪程度なら仕留める事が出来たので多少生活は楽でした。将来は腕を頼りに軍人になり、立身出世をするのだと思い生きていました。

 成長して猛獣すら狩れるようになったある時、私と張飛が大きな熊を仕留め、村に還元した際に最年長のお婆さんに言われたのです。ああ、まるであの時の白き衣の人のようだと。

 興味を引かれた張飛が詳しく聞きたいと頼むと、お婆さんはお伽噺になっている白き衣の人の話をしてくれました。そしてその話をした上で、白き衣の人は実際にいて私の小さい頃にこの村を助けてくれたのだと言いました。罠や動物の習性を教えて狩猟の効率を上げてくれて、薬草毒草の見分け方を教えてくれて、農耕の方法を教えてくれたと。その御蔭でなんとか今までを生き延びてこられたのだとお婆さんは微笑みながら教えてくれました。

 そこでようやく私達は色々な事を知ったのです。

 生き抜くのに精一杯なこの村が寒村の中ではむしろ恵まれていた事、外がもっと酷い惨状にある事、人々を救う気高き人が居る事等です。

 そこで私達は決意しました。軍人になるよりも素晴らしい事がある、だったらそれをしようじゃないかと。

 しかし……」

 

 昔を懐かしむ目が閉じられ、眉間にしわが寄る。

 

「思い立ったが吉日と私と張飛は勧善懲悪の為、志を同じくする者と出会う為に旅へ出ました。

 しばらくは困っている人を助ける為に盗賊狩りなどをして満足を得ていましたが、次第にそれだけでは駄目だと気付かされました。個人が振るう武力だけで解決できる事の少なさに気付いたのです。

 目の前の暴力以外には本当に無力で、病気の者を前にしても、貧しい者を前にしても、私達は手を差し伸べる事すら出来ない、希望を見せる事が出来ない。更にはそんな弱者たる人々から私達は盗賊討伐の報酬を貰わなければいけなかった。私達も人間だ、食べられなければ死んでしまう。盗賊を倒して継続的な被害が無くなったのだからマシだろうと思い込み、自身の不甲斐なさに蓋をして日々を過ごしていました。

 何時か聞いた白き衣の人は村の人が食べていけるだけの何かを無償で授けていたのに、私達は対価を得て限られた事をするのみ。何かが違うと思い、しかし他に何が出来ると旅を続けていました」

 

 苦悩の表情は消え、再び開いた目には希望が見えた。

 

「そんなある日の事、私達はとある噂話を耳にしました。天の御遣いの降臨の噂です。

 私はこれだ、と思いました。学のない私でも天の御遣いに仕えれば何かを変える事が出来るのではないか、少なくとも天の御遣いが良い存在であれば、救いを求める者に天の御遣いの庇護を勧める事が出来ると考えました。だからここ数ヶ月は盗賊討伐ではなく、護衛を主にして各地を巡って天の御遣いの噂を集めていました」

 

 そして目線が私と合う。

 

「そんな中で、貴方に出会いました。

 初めはただただ綺麗な人だと思い、羨望と嫉妬を抱きました。

 話してもまだ負の感情はありましたが、それよりも凄い人だと単純な憧憬が強くなりました。

 盗賊を射抜いた後に手を見せて触らせてもらった時、その手に積んだ修練を想って頭が下がりました。

 貴方の故郷に辿り着いた時、私は再び羨望と嫉妬を抱きました。

 そして今、貴方の理想を知った。羨望と嫉妬は畏敬に変わり、確信を得ました。

 私が仕えるべきは天の御遣いではない。この大陸を深く知り、辿り着くべき未来を見せてくれた貴方こそ、私が、大陸の民草が仕えるべき人だ」

 

 無垢で真摯な目だった。

 ああ、この目があるなら、私は道を誤る事もないだろう。

 そう思わせる芯と熱が彼女にはあった。

 そして視線を下にやれば、とても穏やかな寝顔を晒した張飛ちゃんの顔があった。

 

「あらら、退屈だったかな」

 

「退屈とは違うでしょう、安心したのだと思います」

 

「安心?」

 

「貴方の熱が本物だったから、今ここが本物の世界だと理解し、温かさに任せて寝てしまったのだと思います。

 難しい話は分からないけど、本質を理解する子です。ちゃんと伝わっているはずですよ」

 

「そっか、私の理想に触れてこうして安らいでくれているなら、私も本望だよ」

 

 張飛ちゃんの頭を撫でる。

 くすぐったそうにしながらも、手から彼女が逃げる事はなかった。

 

「昨日は眠れなかったって言ってたから、このまま寝かせてあげよう。

 あっ、関羽さんもどう? 張飛ちゃんがちっちゃいからぎりぎりだけど二人いけると思う」

 

「え、あ、いえ、自分は」

 

「張飛ちゃんが眠れないと言った時、関羽さんは張飛ちゃんの気持ちが分かるって言った。

 という事は関羽さんも深く眠れなかったんでしょ? なら遠慮せずにどーぞ」

 

「あぅ、その、では、失礼します……」

 

「うんうん、素直で宜しい」

 

 張飛ちゃんの頭の位置を調整し、関羽さんの頭も太ももに乗せる。

 心地より重みが増した事で微笑みが強くなる。

 関羽さんは恥ずかしさから頬を赤らめつつ、こちらをちらちらと盗み見る。視線がぶつかる度にもぞもぞと頭が動く。

 私は関羽さんの綺麗な髪を撫でつつ、先程の続きを話す。

 

「関羽さんは私が仕えるべき人間だって言ってくれたけど、それはまだ保留にして欲しいんだ。

 私は私がまだまだ未熟だと知っているし、私よりも優秀で五常に通じ、和をもって統べられる人がいたらその人にこそ率いて欲しいとも思ってる」

 

「……劉備殿以上の人物はそうおられない気がします」

 

「噂とか人伝の情報ではあるけど、私よりも凄い人なんてそこら中にいるよ。少なくとも全てにおいて敵わない存在を私は見て触れて知ってる訳で、私を上に置くっていうのは早計だと思う」

 

「全てにおいて敵わないというのは謙信先生と呼ばれている人の事ですか?」

 

「そう、だから主とか先生とか呼ばれるのもまだ重たいんだよね。私はそう呼ばれるに相応しい人物には至ってないんだから。

 というかね、二人とも、これから出会うであろう同志とも、私は対等でありたいんだ」

 

「現状からして同等ではありません。様々な事を教えて貰っていますし、目指す場所も示して貰いました、これで対等だ同等だと言うのは恥以外のなにものでもないでしょう。それに関係性をはっきりとしておかなければ、いざという時に対応が遅れてしまいます」

 

「それもそうなんだけどね、これがまた難しい所なんだ。

 誰かが先頭に立って皆を引っ張って、そしてその誰かが頂点へ至って王政へ。昔っから変わらない下克上の基本形だよね。

 けどそれじゃあただ歴史をなぞるだけになる。成し遂げた瞬間だけが平和になり、数十年、数百年後にまた今と同じ状況に陥る。

 それじゃあ駄目だからこそ、私はここを理想として掲げたんだよ。平等ではないけど公平公正に近く、一つの目標に一致団結して挑み、困難も皆で助け合って解決を模索し、富は頑張りに相応しく分配されるこの村の在り方を国の普遍としなきゃ、世界は永遠に良くならない」

 

「……劉備殿の理想はあまりに高い。私は半分も理解できませんでした、けれど」

 

「けれど?」

 

「心の奥に火が灯ったとしか思えないほどに熱い。貴方の理想の礎になれると考えると、無意識に手をぎゅっとしてしまうのです」

 

「ふふっ、そう言ってくれると嬉しいな。ならこれから一緒に頑張ろうね」

 

「はい、劉備殿! ……あの、二つほどお願いがあるのですが、宜しいでしょうか?」

 

「ん、何?」

 

「一つは貴方と真名を交わしたいと言う事」

 

「うん、喜んでだよ! 張飛ちゃんが起きたら皆でしよう!」

 

「有難うございます。二つ目は……私と義姉妹の関係を結んでいただきたいのです」

 

「えっ、関羽さんみたいな綺麗な姉妹が出来るのは嬉しいけど、またなんで姉妹?」

 

「私達の関係性をはっきりとさせたいからです。先程も申した通り私達と劉備殿は実質対等ではありませんが、対等であるべきだと劉備殿はおっしゃいます。

 それに対する折衷案であるとか、貴方の特別になりたいとか、そのあれやこれやをまとめてですね、貴方を姉とすれば解決と言いますか……。

 貴方が姉であれば私達が貴方に物を教わり、行動を示唆してくれるのも自然。そんな賢い姉を守って支えるのも妹の役目として自然。この村の在り方の中にあっても自然。何も矛盾しないでしょう?」

 

「まさかの姉と来たか。二人の素敵な妹が出来るなんて無条件で受け入れちゃうのに、ご丁寧に理由まで作ってくれちゃったら歯止めがきかないよ?」

 

「私のような至らぬ妹で宜しければ、是非なって頂きたいです」

 

 関羽さんの綺麗な瞳が私の心を射抜く。

 

「なら今日この時から、私は貴方の義姉になる」

 

「今日この時から、私は貴方の義妹となります」

 

 二人でしばし見つめ合い、穏やかに笑い合う。

 心の奥、魂の部分で繋がったかのような感覚。

 理想を掲げた熱とは違う温かさが身体の中に灯った気がした。

 

「それじゃあ早速妹を可愛がっちゃう!

 近くで見てると色々気付いちゃうなー関羽さんまつげ長いよね! 肌きめ細かい! 髪ツヤツヤ! というか全体的に綺麗!」

 

「あのっ、えっと、急過ぎませんか?!

 それにそこまで褒められるものでは……髪も肌も先日頂いた物を使わせてもらったお蔭ですから」

 

「薬効成分を含んだ石鹸だけど、元が綺麗じゃないとさすがにここまでの艶は出ないかなー。ああ、これでお化粧を覚えれば絶世の美人さんだっ」

 

「私なぞ劉備殿に比べれば十人並みです」

 

「いやー関羽さんに比べられると厳しいかなー。お化粧してこれだもん、お化粧取ったらお察しって奴だよ」

 

「化粧は元が良くなければ映えない物ではないのですか?」

 

「それがそうでもないんだよねぇ、お化粧次第で本当に二十歳は若返って見えたりするんだよねぇ」

 

「二十も?! それは、恐ろしい話ですね」

 

「だねぇ、あそこまでいっちゃうと呪いの類」

 

 そう言って二人が吹き出す。

 

「なんでしょう、こうして穏やかな会話をするのは随分と久しぶりな気がします」

 

「私は昨日母親としたばかりだけど、私塾時代には出来なかったなぁ」

 

 そんなこんなで、私達の会話は張飛ちゃんが起き出すまで華やかに続くのだった。

 

 

 

「んがっ、世界を黒仮面の好きにはさせないのだっ!」

 

 良く分からない寝言を言って張飛ちゃんが飛び起きた。

 あまりの勢いに私も関羽さんも驚き、皆起き上がる。

 張飛ちゃんが恐ろしいほどに気を研ぎすませている。寝惚けて襲いかかられると大事になりそうなので私達二人も気を張る。

 そして敵も居ないのに臨戦態勢で向かい合う三人が出来上がった。

 

「武器っ、武器はどこなのだ!

 ……って、ここはどこなのだ?」

 

 ようやく張飛ちゃんが夢を見て呆けていたのだと気付いてくれ、緊迫した空気が弛緩する。

 

「ここは桃花村。張飛ちゃんはさっき桃のお酒を飲んで寝ちゃってたんだよ」

 

「あれ、そうだったっけ。んぁーそうだったような?」

 

「まだ寝惚けてるのか?」

 

「なんか夢がすっごく現実で、だからまだ頭がこんがらがってるのだ」

 

「すごく鮮明で本物みたいだったんだね、明晰夢ってやつだ。ねぇ、どんな夢を見てたの?」

 

「……忘れちゃったのだ、何かすっごく大事な場面で、いっぱい強い人がいた気がする」

 

「そっか、大事な場面で強い人がいっぱいいる光景か。もしかして国を統一する時の場面だったのかも知れないね」

 

「そうかもしれないのだ。あぁー覚えてないの、何か悔しいのだ!」

 

「ふむ、お前が寝惚けるのは珍しくないが、そこまで拘るのは珍しいな。

 何にしろ、驚いたぞ」

 

「あぅ、ごめんなさい」

 

「まあ何事も無かったからいいじゃない。それじゃあ張飛ちゃんも起きたし、今まで話してた事を要約して伝えるね」

 

 そして関羽さんと話し合った事を伝えると、張飛ちゃんは飛び跳ねて喜んだ。

 何よりも私が姉となる事を喜んでくれて、すぐに受け入れてくれた。

 故郷が綺麗なままだった、母に真名を呼ばれて認められた、深く母を知った、決意を新たにした、姉妹であり同志が出来た。何をとっても素晴らしき慶事であり、何か特別な事がしたくなった私は二人に聞いてみた。

 

「今日という日は本当に特別な日だから、何かやりたいんだ。二人はしたい事ある?」

 

「確かに今日という祝すべき日に何もしないというのは些か勿体無いですね」

 

「同じご飯を食べて、一緒に寝て、互いを思いやれれば家族同然だってばっちゃが言ってた。だからもう二人は家族なのだ。けど何かするなら大歓迎なのだっ!」

 

「あはは、家族って特別な事をしてなる訳じゃないって言われちゃうと、確かにそうなんだけどね。

 だったら盛大に宣言と乾杯だけしよっか。私達は家族だって大陸中に響くぐらい高らかに謳おう」

 

 私は三つの盃に桃の果実酒を注ぎ、その内一つを取って立ち上がる。

 

「私、劉元徳、真名を桃香が宣誓する。

 私は私の理想を全大陸に広げる! そして姉妹の姉として折れず曲がらず、姉として受け入れてくれた今の自分を忘れずに飛躍する!」

 

 次いで関羽さんが盃を持って立ち上がる。

 

「私、関雲長、真名を愛紗が宣誓する。

 私は私の夢を託した人を全力で守る! そして姉として毅然と、妹として凛然と、文武を極めて全てにおいて二人を支えよう!」

 

 最後に張飛ちゃんが盃を持って立ち上がる。

 

「鈴々は張益徳、真名を鈴々が大宣誓するのだ!

 鈴々は皆が幸せになる世の中にしたいのだ! そんで大陸一番の妹になって、お姉ちゃん達を守って、お姉ちゃん達の敵をばったばったと薙ぎ倒すのだっ!」

 

「我ら三人、生まれた時は違えども!」「姉妹の契りを結んだ今この時から心は同じ!」「死ぬ時は三人一緒なのだ!」

 

 三人で盃を掲げ、

 

「「「乾杯!」」」


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