今昔夢想   作:薬丸

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同日三話投稿です。

投稿が遅くなってしまって申し訳ありません。
エアコンが壊れた事で連鎖的に色々と狂ってしまいました。


93.噂の真相

 馬で再び元集積所の近くへ。

 潜ませていた兵に状況を聞けば、もうすぐで森から賊の先頭が出てくるようだった。

 私達は隠れながら時を待つ。

 雑多な音が徐々に大きさを増していく。人が地を踏みしめる音、怒号に悲鳴、木の揺らめく音にぶつかる音。

 そして森からにじみ出るように人が溢れてきた。

 先頭集団は集積所前に放置された馬を見てざわめくが、少し気にした程度でそのまま集積所に入っていった。

 作戦成功を確信する。

 

 四人を助けた私達の姿は歩兵にもしっかりと見られていたから、すぐに死体と私達を結びつけたのだろう。そうして視線と思考が偽装死体に行き、修復しきれなかった柵や見張り台の一部に気付かれる事は無かった。

 多少の違和感はあったかも知れないが、自分達が追われている状況、集積所に辿り着けた安心感、後ろから来る人の波に押し流され、立ち止まる所までは行かなかった。

 そして前が行けば後ろは何の考えもなく追従する。どんどんと集積所に人が流れ込んでいく。

 

 二千人の内三百人程度が中に入ったのを確認した私はすぐさま見張り台にいた人物に合図を出した。

 するとすぐさま煙が上がり、次第に煙の黒より火の赤が周囲を染めていく。

 もっと中に入れて燃やす事は出来ただろうが、違和感の声が大きく上がる前に火をかけたかった。

 一瞬でも冷静になる時間があれば芯が座ってしまう。もう数百人敵を多く屠って死兵を作るより、数が多かろうが心が折れた弱兵を蹴散らす方が被害は少ないと判断。

 

 火が瞬く間に集積所を嘗め尽くし、怒号ではなく戸惑いと悲鳴の声が上がったのを確認した瞬間、笛を強く吹いて潜ませていた兵を一斉に襲いかからせる。

 集積所前で呆然としていた賊は完全に心が折られてしまい、ただ右往左往して逃げ出すのみ。

 私はそんな集団の中で一直線に逃げ出す賊を見つけ出し、奴らが向かう方角を随時記憶していく。

 奴らが向かう先はきっと臨時の集合場所になっていると当たりをつけ、集合先を知っているという事は賊の中でも古参か中心に近いという事だと推測する。

 そういった輩は積極的な排除が必要だ。

 

 私は義勇兵の中でも熟練した二百人を六個の隊に分けている。

 その内の四つを集合先となっているだろう方向へ差し向ける。

 分隊一個で三十人ばかりだが、疲弊し困惑して訓練も行っていないだろう相手など百人いても無傷で制圧も可能だ。

 とはいえそれ以上となると危険なので、負傷者を出す可能性がある数がいた場合は動き出すまで待ち、向かった方向だけ確認して戻ってきてもらう。

 残りの二隊は愛紗ちゃんと鈴々ちゃんと共に集積所近辺の掃除と集積物資の護衛をしてもらう。

 

 

 ここまでは元より決まっていた作戦なので事は迅速に進む。

 私も定位置に向かう振りをしつつ、逃げた賊を追おうとして、

 

「演技からの奇襲に火攻めとは悪辣至極な作戦をこうも表情も変えずに的確に指示なさるとは……いやはやさすが。

 で、貴方は集積所から奪った物資を守る役回りではありませんでしたかな?」

 

 私が動いたのを目敏く見つけた趙雲さんがにやにやとした表情で声を掛けてくる。

 

「そっちは別に手配してるから大丈夫だよ。

 腕が鈍らないようにそろそろ鍛錬をしようと思ってたから、丁度良い機会なんだ。趙雲さんも一緒に来る?」

 

 傍に控えていた信頼する古参兵の一人から変装道具をもらい、準備を整える。

 白い頭巾を被り、白い手ぬぐいで口周りを隠し、髪型を変え、衣装を変え、武器と道具を服に仕込む。

 

「それは勿論ですが……それは何を?」

 

「私と知られたくないから変装してるの。だから趙雲さんも私に付いて来るなら内緒にしてね、味方にもだよ」

 

「劉備殿がそう仰られるならばそうしますが……しかし、この少人数で向かうのですか?」

 

「義勇兵の皆には残って軍師の二人について貰うから、二人きりかな。それじゃあ向かおっか」

 

 最後に黒い上着を羽織り、馬の腹を蹴った。

 

 

 

 賊が向かった方角と地図にあった地形から大体の当たりを付け、少し迂回しながら進む。

 そして目的地が近くなったので馬を近くに待機させ、気配を探りながら進む。

 

「言われた通りの場所でしたな。地図に印が合ったわけでもないのに、良くお分かりになられた」

 

「地図に直接的な印はなくても、目印になる地形や物っていうのは必要だからね、目星はつくよ」

 

「しかしこれは……」

 

 趙雲さんも気配を巧みに読める人だから分かる。

 

「二百人ぐらいかな。一番集まる所に来ちゃったか」

 

 賊の持っている武器、負傷の度合い、持っていただろう役割を観察して計算する。

 武器は短剣が多くちらほら長剣が見られる、誰も彼もが満身創痍、十人ほどは経験を感じるが、他はその十人に付いてきただけの雑兵。

 群れとしても個としても実力は低い、が、

 

「ならば作戦通りに待機して、逃げる先の確認ですな」

 

「それは無い、あの人達は此処で全員叩く。

 出来るだけ散らすように追い立てたけど、ここは人が集まり過ぎた。

 集団になったから変に落ち着いてしまってるし、気も大きくなって荒れてる。

 あれは見境を失くした手負いの獣。人に仇なすだけの存在だから、解き放たれる前にここで狩ろう」

 

「なっ?!」

 

「二人なら向こうも逃げ出す事はないでしょ。趙雲さんは運が良いね、こういう状況を経験したいって言ったばかりですぐに機会が巡ってくるんだから」

 

「三姉妹と同じ経験を積めば槍の軽さが無くなるかもとは言っていましたが」

 

「自信ないの?」

 

「っ、ええい、分かりました! やってやろうではありませんか!」

 

「相手は疲労困憊で満身創痍、けど興奮して精神が身体を上回ってる状態。まあ頭は煮詰まってるだろうから、そこを突きたい……けど時間をかけてやりすぎちゃうと興奮が冷めちゃって逃げちゃうから、頭に血が上ってる間にささっと片付けちゃおう」

 

「つまり速攻以外の作戦無し、と」

 

「そういう事になるね。私が矢を撃って敵がこちらに気付いてから攻撃、後は臨機応変に」

 

「そこは混乱に乗じて奇襲する場面でしょう?!」

 

「それだと混乱しきっちゃってすぐに逃散する可能性が高くなる。せめて三十を切るまでは数を減らしたいから粘って貰わなきゃ」

 

 周囲を見渡し丁度良い木の枝を見つけて飛び乗る。

 ここは集積所からも離れているので間伐されず手付かずの木々が生い茂っているので、丁度良い物が多い。

 そして弓と矢を三本取り出し、構える。

 一呼吸、そして一射二射三射。

 中央付近で頻りに会話をしていた三人の首に矢が生える。

 途端の事に一瞬間が空く。その間に再び三本取り出して三連射。

 これで指揮官級と思われる敵が一人二人しか居なくなる。

 賊は一斉に立ち上がって喚き散らして、周囲を見渡す。

 そして私は木から飛び降り、下で待機していた趙雲さんと共に姿を現す。

 するとすぐさま混乱が収まる。追撃もないので私達が二人だけという事、顔を隠していない趙雲さんがとびきりの美人である事が分かって興奮が戻ってきたのだ。

 戸惑いの声はすぐさま雄叫びに変わり、狂奔に空気が染まる。

 二百対二の戦闘が始まった。

 

 

 

 もうそろそろ日が赤くなりだす時間に始まった戦い。

 服も装備もボロボロで、鬼の形相となり、猿叫を上げる賊の集団が面で押し寄せてくる。

 

「これはさすがに気圧されますな」

 

「そう?」

 

 趙雲さんは飛び出す機会を伺っているようで、突撃する姿勢を取ったまま隣りにいる。

 私は特に気負う事無く矢を番えて放つ、放つ、放つ。

 正面から来ているので顔が狙いやすくて良い。残り十数本も全部使い切る勢いで放ち続ける。

 一射一殺とまでは行かないが、少しだけ勢いを落とす事に成功。

 

「では行きます」

 

 そして趙雲さんは駆け出して疾風のごとく先頭集団とかち合い、槍を水平に薙ぎ払った。

 胸から上を狙った攻撃で三人が致命傷以上を負う。そしてその後ろに居た賊は顔に血を浴びて勢いが落ちる。

 正面の勢いが無くなり、次いで右横の対処。

 二人はなぎ払い、一人は首を突き、一人は石突で吹き飛ばして後ろを巻き込ませる。

 左横、趙雲さんからは後ろになる所から剣が突き出されるが、彼女はそれを見る事もなく避け、右横の対処が終わったと同時に振り返り、そのままの勢いで横に薙ぎ払う。それで三人の胴体が別れ、一人の腕が落ちる。

 これで後ろを除いた死体の垣が出来たから対処が楽になった、上手いものだと感心する。

 

 と観察をしていた私だが、勿論何もしていない訳ではない。

 矢を全て使い切ったので白兵戦に移行しなくちゃならない。

 趙雲さんの背を守るように戦おうかなとも考えていたが、彼女が思った以上にやるので私は独自で戦う事にする。

 

 私は手近にあったそこそこ大きな木を背にして彼我の距離を測る。賊の間合いに入る直前、私は飛び上がって木を蹴り、先頭の頭上を越し、集団の中へ一気に切り込む。

 唐突に降ってきた私に周囲は驚き、動きが止まる。

 なので剣を抜き打ちぐるりと斬り払い、すぐさま反転しようとしているだろう先頭に向かって斬り込んでいく。

 態勢が整わない所への強襲は上手く嵌り、勢いは完全に死んでいる。

 あらゆる戦闘集団は勢い、整然とした動きがなければ価値が地に落ちる。

 止まった時点で九割の働けない人員を抱える鈍重さを生み、訓練も行っていないから前進以外の行動からの切り替えも遅いし、互いの意思疎通にも時間がかかる。

 だから内から外へ向かうのも非常に容易で二十近くの敵が無抵抗のまま散っていった。

 二十人分の空間がぽっかりと空き、私の姿が晒される。

 薄暗い森の中、返り血で赤黒く染まった私はとても不吉な物を想起させたようで、皆が皆後ずさり。

 だがまだ減らし足りないので逃げないように調整しなくては。

 私は一瞬屈んで足を溜める。私が動作した事で賊の警戒心が上がるが掛かっては来ない。近付いて無意味に死にたくないと思うのは仕方ないが、それで先手を譲ればもはや先手を取る機会は存在しなくなる。

 飛び上がり木を蹴り、他の木の枝に着地してまた跳び、忘れない程度に暗器を飛ばし、また跳ぶ。そしてついには集団の最後尾を飛び越した。

 人垣によってこの辺りの賊は何が起こったのか何も分かっていない。なので唐突に現れた私に戸惑いしか生まれない。

 隙だらけだから首元を狩らせてもらい、立ち直りかけた敵は胴元を切らせてもらう。

 剣が良すぎるので首の骨、肋骨、脂肪と断ち切りにくい筈のものがするりと切れる。私の拙い技量と膂力でもなんとかなっているのはこの剣の存在が大きい。

 

 さて、再び十数人の命を絶った所で賊の人数は三分の二にまで減っていた。

 私が四十、趙雲さんが三十といった所なのだが、賊が突撃してから百秒程しか経っていない。

 ここまで来てようやく賊も気付きだした訳である、ああ、こいつらは向かっていっては駄目な存在だったのだ、と。

 そして今は前後を挟まれた形。前門の槍、後門の獣である。この状況、賊はどう動くか。

 私の方へは来ないだろう。意味不明な軌道で襲いかかる血塗れの獣に誰が向かって来るというのか。

 なら左右の内、左という選択肢はない。

 私達は迂回してきたのだ。北から南へ向かっていた敵の西から攻撃を仕掛けたので、西を向いている賊からしたら左は戻る道になる。

 だから残る道は右の南か前の西しかない。そして前には洗練された槍手が立ち塞がり、死体の山を築いている。

 ならば結局の所、南に逃げるの一択。

 集団の動きとしては無様ではあったが、流れは一致して速かった。……速かったのだが、簡単に予測出来る事だったので私の動き出しはもっと速い。

 私はもう何も考えずに敵に突貫する。

 心が折れて逃げに意識を向けた人間は抗えない。撤退戦は精兵が群れとして訓練と経験を十分に積み、本番においては個々の機転と覚悟を持ってようやく体裁を成すのだ。もはや彼らには何の脅威もない。

 とはいえだ、この場に置いて抗わぬ敵に成り下がった賊ではあるが、それでもまだ数が多い。当初の目的通り、小さな村が襲われても撃退可能だろう三十までは数を落としたい。

 剣を振るい、暗器を使い、自然を利用し、体術で潰してがむしゃらにひたすらに数を減らす。

 そうして再び百秒を数えた所で、

 

「片付いたね」

 

 私は変装の為にしていた手ぬぐいを取り払い、死体の人垣に囲まれながら座り込む趙雲さんに近付き、話しかけた。

 

「……そのようですな」

 

 白い衣を真っ赤に染めた趙雲さんと真っ黒な私。

 趙雲さんの周囲には死体が山と積まれ、また周囲の木々にも死体が張り付いている。

 死体を積んで距離を稼ぎ、それを越えようと、崩そうとする者には死体を蹴りつけてぶつけていたのだ。

 

「ねえ趙雲さん、貴方は望みの物を得られた?」

 

「……得られましたとも。

 三姉妹がどのような経験を積んで今に至るのか、実際に経験できました。

 三姉妹の噂が食い違うと思っていましたが、実際に見て長女の噂は本当で、むしろそれ以上だと知れました。

 貴方の本質が善だけでないのだと、実際に戦いぶりを見て感じられました。

 間違いない、貴方は乱世を駆け抜ける主役の一人だ」

 

「望みが叶ったのなら幸い。それじゃあ帰ろう」

 

「そうですな、帰りましょう」

 

「ああそうだ、念押しなんだけど、来る時に言ってた事は守ってね」

 

「人に話さぬ、でしたな」

 

「それと私の元を離れない事。私のこの戦い方を知っている人は外にやれない」

 

「用心深い事で。出来ましたら疑問に二つお答え願いたい」

 

「何かな?」

 

「一つ、貴方の獣の如き戦い方を見て失望を感じた私は曹操の元に向かう、等と言い出したら?」

 

「私に失望するのは勝手だけど、曹操の元に向かわれるのは困るな」

 

 私は笑顔でそう言う。

 

「……恐ろしい笑顔をなさいますな。とても自然なのに、読めない。

 もし貴方を見限ると言えば、私は今ここで殺されるのですかな?」

 

「ご想像にお任せするけど、一応そんな事したくはないと言っておくよ」

 

「ふふっ、底が知れませんなぁ。なに、私はむしろ貴方をより好きになった。実力と清濁を併せ持った徳高き理想家、こんな奇跡のような存在に巡り会えるとは僥倖以外の何者でもありませんよ」

 

「ありゃ、嫌われるかと思ったけど」

 

「人の深い、暗い部分を見た所で印象を変える程、私は初心ではありませぬよ。にしても貴方は人の感情を読むのは得意でも、自身へ向けられる感情には些か鈍いようですな。

 次いでの疑問なのですが、何故その力をお見せになられない?」

 

「都合が良いからだよ。

 強い指導者が民を導くなんてこれまでと一緒で何の進歩もない、期待と責任だけ負わされて潰されるのが落ち。

 弱い指導者だと周囲が強くなる。子を守る母が強いように、幼子を守る兄姉が強いように、人は守りたい物があると強くなれるでしょ。

 そして最後は、来るべき一騎打ちの為に、かな」




劉備の回想は次回で終わります。
今はスマホで文章を打っていますので、改行などが不自然になっているかも知れません。数日中に直します。

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