回想終了。
過去を詳細に思い出しながら、しかし必要な所だけ抜き出して伝えるこの話も終わりが見えてきた。
「そして賊を討伐して戻って来たら」
「私達が居た」
「最も貴方は関羽に首ったけで私の事は目にも入っていなかったけどね」
「話を聞くに、その時点で私はとても大きな失敗を二つ犯しているのね。
気配を消して膝を付いていた貴方の輝きに気付かなかった事。
そして二人の軍師を門前払いしてしまっていた事」
「諸葛亮と鳳統の事ね。二人は元々天の御遣いを保護したという貴方の元に向かっていた。
けれど取次を頼まれた兵が外見から二人を侮り、賊を追い立てるからここら一帯は広く戦場になる、さっさと何処かへ行きな、と作戦を漏らした上で追い返した」
「まさかそんな兵がいたなんて……ああ我慢ならないっ、本当に腹立たしい!」
「あの辺りが戦場になると知った二人は前日世話になった老夫婦がいる村の話をしたけど、避難勧告は出ているはずと取り合って貰えず、作戦決行前に自分達が走って老夫婦の元に駆けつけた、と。
兵士からしたら戦功を挙げられる大規模な作戦を、数名の村人のせいで遅延させたくなかったのかな」
「教育が行き届いていなかった証ね。そのせいで私は二人の得難き人材を最も強大な相手に送る事になった」
「あの二人がいなかったら最も強大な相手と言われなかったのは確かだね。
ともかくこれが貴方と出会うまでの私の人生の大部分。そこからは関羽の動向を知る為に私達も張ってたから良いでしょ?」
「ええ、そこからの概要は必要ないわ。
でもここまでで分かるのは貴方そのものだけ。最初に言っていた世界に馴染んでいない、という疑問の回答にはなっていない」
「そうだね、それを感じたのは貴方達と出会った少し後の話。
あまり面白い話でも無いし、私の主観でしかないから、今までよりも掻い摘んで話すね」
最初に違和感を感じたのは黄巾の乱が終わり、平原の相として領地を監督し始めた直後の事だった。
仲間達は誰もが忙しく走り回って仕事をし、私もご多分に漏れず睡眠時間まで削って仕事していた。私の主な仕事はその地域で根を張る豪族や貴族、役人、業種のまとめ役なんかと顔合わせをして話をする事。
その内の一人、鍛冶の長との会合が終わった際にこんな会話をした。
実は鍛冶師を目指していた息子さんがとある事情で鍛冶師を断念せざるを得なくなり、それを機に元々興味があって腕も確かだった料理の仕事に就こうと修行に行き、最近帰ってきて料理屋を始めたのだそうな。
結構な有名店で修行をし、料理長にお墨付きを貰って凱旋したのだが、彼は奥手で人前に出るのも宣伝を行うのも苦手で積極的に行えず、そのせいで売上が芳しくないのだと言う。
なので私に料理を食べて宣伝して欲しいと頼まれた。
だけど公的な役職に就いている私が一個人の店を大々的に宣伝するのは宜しくない。けど立場ある人の相談をきっぱりと断るのも支障が出そうだから、一度私が食べに行って納得すれば仲間を誘ってみますね、ぐらいに留めておく。
それから間を置かず紹介されたお店の近くで別の会合があったので、帰り際にちょっと寄ってみようと考えた。
お店は大通りから二本三本外れた道にあったけど、鍛冶長さんが丁寧かつ熱心に分かりやすい道筋を教えてくれていたので紆余曲折ありながらも何とか辿り着く事が出来た。
戸を開けて愕然とした。鍛冶長が言ってたように、繁盛するはずの時間帯ですらがらんどうで可哀想になってしまう。お店の場所が悪いなーと思いながら私は中に入り、とりあえず自信のある料理を出してもらう事にした。
あまり期待していなかったのだが、予想に反して料理はすごく美味しかったのだ。宣伝力さえあれば瞬く間に繁盛すると確信した私は別日のお昼に仲間を誘って再びこの料理店に来ようと決めたのだった。
それから何日後かのお昼の事。
御飯時すら不定期になっていた慌ただしさも落ち着きを見せ始めていたので、私は皆を例の料理店に誘った。
しかし指示を出せる者が皆向かう訳にも行かないので、私達は別の日に一緒させて貰います、と諸葛亮と鳳統が辞退した。最もな配慮だったので、私は埋め合わせはちゃんとするからと言い、関羽、張飛、趙雲の四人で行く事にしたのだ。
お店に行った経緯、外観、どんな料理があり、その時に自分は何を食べたか等、お店の情報を話しつつ、私は大通りを先導して歩いていた。
非常に楽しく道のりを消化していたのだけど、お昼時でお日様が中天に座っているのだから、大通りの往来はまあすごくて、ふとした拍子に三人と逸れてしまった。
周囲を見渡して、少し歩いて探してもみたけど見つからなかった。
人がごった返していたし、これ以上探しても見つけられないだろうなと思い、私はお店に行く事にした。
三人は私の強さを知ってるから、心配はするだろうけどすぐには大事にしないだろうと思ったから割り切りは早かった。
そうして私は大通りを進み、以前と同じ道筋でお店に辿り着いた。
そして私は驚愕する。
なんと三人がお店の前に居たのだ。
三人は逸れた事に対する謝罪と心配をしてくれたけど、私はそれ以上に三人が何故ここに来られたのかが知りたかった。私は三人を探す為に少し時間を割きはしたが、大通りには居ないと確信してからは真っ直ぐ進んできた。だから三人が私よりも先に来ているのが不思議でならなかったのだ。
そこを追求しようとして、張飛のお腹が盛大になった。
その音を聞いて気が抜けた。そして奇妙なほど焦っていると客観視が出来たので、深呼吸をしてからお店の中に進むのだった。
相も変わらず貸し切り状態の店の中、私達は席に座って菜譜を広げて見ていた。
私は以前来た時に次は何を食べようかと決めていたので、すぐに注文する事は出来た。けどそれだと皆を急かしかねないと思い、悩んでいる振りをしていた。のだが、三人は菜譜をちらりと見ただけで即決してしまった。再び違和感が強くなるが、とりあえず注文してから色々と聞こうと思ったので、店員さんを呼んだ。
私と関羽はごく普通の定食を選んだのだが、趙雲は炒飯メンマ大盛りという追加を当然のように頼み、張飛は六品頼んだ内の二品は菜譜に載っていない物を頼んだ。
店主は少し慌てたが、なんとか対応できるものだったのか、結局何も言わず料理に取り掛かった。
この時点で私の違和感は限界を突破しており、同時にとても強い恐怖を感じていた。
だが私はそれを顕わにする事無く、何気ない様子で聞いてみた。
何故ここが分かったのか、という問いに対しては、気付けば道を曲がっていて私を見失っていた。そして話に聞いていた大通りはあっちだろうと適当な所で曲がって進んでいたら話に聞いていた外観と名前の店があり、その前で待機していたとの事。
あり得なくはない話、けれど可能性の低い話だった。
次いで菜譜に乗っていない品を頼んだ件について尋ねる。
すると趙雲は何となくあると思って頼んだ、もしなければ普通の炒飯と適当な副菜を頼んでいたと言い、張飛に至っては自然と頼んでいたと言う始末。
この店に来た事があるかと聞くと、三人共聞いた事もなかったですと答える。そこに嘘偽りは全く見られず、私の困惑は深まるばかりだった。
これ以上追求しても答えらしい物は得られないだろうと思った私は無理矢理に料理に意識を切り替え、美味しい料理に舌鼓を打つ事にした。
一応確認の為、会計の時にこっそりと店員と店主に三人の来訪を聞いてみたが、来ていない、あんな美人で目につく人が来たら忘れる筈もないと言われた。
何もわからぬまま店を出る。
そこで私は三人が来た順路を辿ってみようと言ってみた。
三人は分かりましたと言って私を先導してくれる。してくれたのだが、これが非常に難解な道だった。言ってみればその道は路地裏も路地裏。計画された道、場所ではなく、建物が無秩序に立ち並び、人と物と動物が雑多に雑然と乱雑に入り乱れているのだ。
しかも時間によって人や物が移動するので通れる道が刻一刻と変化する。
進もうとしていた道が目の前で塞がれたのに、三人は焦る事無く、恐らくこっちですな、多分こちらでしょう、きっとあっちなのだ、とするすると私を案内してくれた。
そして気付けば行きよりも大分早い時間で勤め先に帰ってくる事が出来た。
三人はいやー勘が冴えてましたな、方角さえ分かっていれば何となくで分かるものです、やっぱり鈴々はすごいのだ等と言っていたが、そこら辺の感覚は鋭いと自負している私でも、初見で最短経路を行くのは不可能だと言い切る。
だけど三人が平然と言うものだから、私はそれ以上口に出せず、煩悶とするしかないのだった。
貴方に追いやられたり、仲間が増えたり、領地を得たりと色々とあって、その中でも私は時折先のような現象とちらほら出会っていた。先の出来事よりは大きくないが、小さな違和感は積み重なり、徐々に恐怖は大きくなり、解決されぬ謎は増えていった。
そんな得体の知れないものとの付き合いにも多少慣れ、しばらく経ったある休みの日の事。
私はとある書店にいた。
本が欲しかった訳でも、誰かの付き合いで来た訳でもない。ただそのお店の前を通りかかった時、お店の中に積み荷を運んでいた初老の男性が腰をやってしまったのだ。
私は医学の心得があったので、その男性を治療したのだが、初老の男性の代わりにえっちらおっちらと積荷を降ろしていた若い女性が危なっかしくて見ていられず、ついでに積荷を降ろしてあげた。
二人はとても恐縮した様子で感謝してくれたが、日頃の鍛錬のおかげで荷降ろしは苦でもなく、すぐに終わったので気にしないで、と言って去ろうとした所、せめてお茶でも! と強く勧められたのでお邪魔する事になった。
二人は親子である事、別の街で書店をしていたが戦火を逃れてここに移転した事、今は娘さんが店長である事、蔵書はここらで一番であり、流行りの物も積極的に増やしている事など、多くを聞く事ができた。
まあ書籍と言えば諸葛亮と鳳統だ。あの二人は知識の収集だけでなく、文字そのものを読むのが好きな乱読家でもある。なので新しい書店が増えればそれだけで喜ぶだろうと思って城に帰った時に話してみた。二人共とても良い食いつきだったので、明日にでも案内してあげると誘うと、すごく喜んでくれたのだった。
この時私はふと思った。以前三人に対して感じた異常を、この子達も抱えているのだろうかと。
思い至ってしまえばそれは呪いのように私の思考を容易く塗り潰した。
そして翌日、私は二人と護衛数人を連れて書店の近くの場所まで来ていた。
後はすぐそこの道を左折して、右側二本目の道を入ってしばらく進むと目的地という所までやってきた。
私はそこで、所用を思い出したから急いで帰らなきゃいけない。後はそこの道を左折して、確か四本目か五本目の道を曲がってしばらく行けば目的地な筈だから。道案内を買って出たのに先に帰ってしまうし、道も最後はうろ覚えだしでごめん。と申し訳ない表情を作って言った。
二人は少し残念そうな表情だったが、護衛も居るし、時間もあるので、心配しないで大丈夫です。気をつけて戻ってくださいね。と優しげに言ってくれた。
ごめんね! ともう一度謝ってもと来た道を引き返し、視線が切れた所で気配を消して軽く変装し、再びもと来た道を引き返した。
もし何事もなければ所用は別日だったとして謝って合流しよう、そう思いながら歩きだした二人と護衛の尾行を開始した。
声がぎりぎり聞こえる位置取りをしつつ、皆を観察する。
護衛も二人もこの近辺には来たことが無いのは確認済みだ。護衛は少し堅い表情をしているので本当に来た事がないのだと推測できる。自然を装いつつ、気を引き締めて二人の周囲を固めている。
一団は道を曲がり、右側を見ながら進んでいく。
一本目を過ぎ、二本目を過ぎようとした所で二人が足を止めた。
小声で何かを話し合い、その道を曲がろうとする。
すると護衛が静止の声を掛ける、劉備様は四本目か五本目と仰っていた筈ですが、と。
二人は、劉備様はうろ覚えと言っていたので、確認しながら進みましょう。と言って護衛を引き連れてそのまま真っ直ぐに進んでいった。
確かに二人の言い分は正しく、二人の性格なら有り得る行動。
だがそれならば何故一本目を通り過ぎたのかが分からない。
後で聞いてみようとは思うが、だけどまあ予想はつく。何となく、勘で、そんな不確かな言葉が続くのだろう。
私は諦観が混ざった表情で彼女達に背を向け、そして城に着く頃には完全に表情を作り変えていた。
それからまた小さな違和感が積み重なる。
例えば新しく入ってくる武将達の馴染む速度が異常に早すぎるだとか、知らない筈の情報を共有して知っていたりだとか、嫌な予感が正確過ぎるだとか、そんな有り得ないの連続。
しかもこれが周囲だけでなく、自分にも当て嵌まるときた。なのにそれが何処から来ているのか、どういった原理が働いているのか皆目見当もつかない。不思議というよりも不気味なものを私は感じていたのだが、それはどうやら私だけのようで、周囲は違和感にすら気づいていない。
それもそうだと思う。さっきは私も当て嵌まると言ったが、頻度、精度が全く違う。私の何となくは他の仲間と比べて頻度も精度も二割か三割といった所。私は武器にも薬にも藁にもならないから受け入れられず、彼女達は恩恵を強く受けられるから無意識に何らかの理由をつけて受け入れられるのだ。
そんなもやもやする物を胸に抱きながらも、私達は手を携えて駆け上がり、全てが決したあの戦いへと突入する。
違和感の極限、赤壁の戦いである。
「ここまでの話で気になった事はある?」
「無い、訳ないんだけど、自分の中で整理したい。気になる部分があまりに多すぎる」
「存分にどうぞ。けどその前に一つ言いたい事と聞きたい事がある。
赤壁は今まで通りかそれ以上の違和感が付き纏う戦いだったのは間違いない。
けどそれは今までのように不確かで何とも言い表せない曖昧な何かが原因じゃない。皆が魂魄までも削りに削って編み出した作戦が尽く失敗した裏には明確な理由が存在していると私は睨んでいる」
「……」
「今回の戦いの中心は私でも孫策さんでも貴方でもない、天の御遣いこそが中心にいたのだと私は推測する」
「?!」
「そして聞きたい。
彼は戦の後、何処に行ってしまったの?」
初めはこの辺りの話をノーダイジェストで書いていたのですが、絶望感が強すぎるのでダイジェストにしました。恐らく何時か書き直します。