――誰も何も知らない
――誰も彼を■う事が出来ない
輪廻の輪の中、自分の不甲斐なさに涙が出そうになる。既に意識は摩耗し全に飲まれつつある。歯を食いしばり、留まる。
彼があそこまで■れてしまった。否、自分を無くしたのは間違いなく
此方は3人で生きていければいいと思っていた。
彼が起こした罪は知っている。彼が全てを■ってしまったのも知っている。
ただ、そこに存在しない存在だった彼に意味を与えてしまった。
死してやっと気付いた違和感。彼はあの子を救えなかったのだ。だけど、それでも此方だけでも救おうとした。してしまった。
あの時の此方はただ、日常が崩れるのが怖かったのだ。だから、此方はあの子がいなくなるのも彼がいなくなることにも耐えられなかった。
だから、彼は自分を■した。その身に起こる全てを否定し、あの子の亡骸を守るように、そして。此方が存在したという証を残すために……
ずっと、何百年も座り込んでいる彼を見守る。輪廻に引っ張られようと必死に抵抗して彼を見届ける。此方は先祖様のように秘術を身につけていない。だから現世に転生することも出来ない。ただ、見守るだけしか出来ない。
何故誰も気付かない。何故誰も理解しない。
あそこで笑顔を向けているのは、他でもないあの子であり彼ではないのだ。
彼という個が薄れている。消滅も時間の問題だろう。それにより何が起こるかは誰にもわからない。それこそ全知全能の神でないといけない……
あの子自身がいれば、或いは彼を救えるかもしれない。だけど、輪廻の輪にあの子はいなかった。既に他の存在に転生したのかもしれない……
もどかしさを感じる。手をいくら伸ばしても届かない。いくら声を張り上げても彼には聞こえない。
今こそ真価を見せるべきであろう能力も意味が無い。昔の彼だからこそ、あの時の彼だからこそ意味のあった能力。
今、少しでもいい。あの妖怪の賢者が全ての虚実を歪めたら届くかもしれない。一瞬でいい。刹那でも構わない。
彼という存在を生み出してしまったからこそ此方が背負わなければならない業。現世の者に任せられない大事なこと。
"此方は既に救い得た。今度は
藻掻く。藻掻く。消滅などさせてなるものか。其方に未だ恩を返しておらぬのだぞ。
忘却を超えてないと意味が無い?偉そうに言うでない。其方は此方の記憶を消せてはいないではないか。
記憶とは、個ではない。集団に存在する。其方が望めば他者が忘れようとも消滅には至らぬではないか。
其方は馬鹿だ。大馬鹿者だ。何故此方は其方の元にいない。何故其方は此方の側にいない。
何故、其方はこうまで、此方に優しいのだ……
"誰か、誰でもいいから!あの子を彼の元へ!"
このままでは間違いなく、輪廻に落ちる前に彼は消える。彼が本当の自分を戻す事は不可能だろうが、此方とあの子と過ごしていたあの時の彼に戻ることは可能なはずだ。
それだけは此方には出来ない。だからこそ、頼む現世の者達よ。此方の願いを、聞き届けてくれ……
精一杯集中し、なけなしの存在をかけ、思いを伝える。記憶を消されようが、概念をいじられようが、感情というものは残る。感情が消えるのは全てを消した時だけ……ならば、此方の思いを受け取ってくれる存在がいる筈だ。いない筈がない。
此方に出来る事は既に無い……今度こそ…全に飲まれ…
”まだだ”
まだ諦めてなるものか。伝えていないことがまだまだあるのだ。ここで消えられない。
何を捨ててもいい。何を失ってもいい。
此方の為に全てを失った彼に伝えるため此方は待ち続けるぞ。数多の時が流れようと、此方という存在が消え失せようと、其方を待ち続ける……