雨が上がり、地面に溜まった水溜りには真っ青な空が映っている。上空での戦いにより、雲一つない空となっている光景を眺めて忘却の妖怪は荒れ果てた大地に突き刺さった大岩に腰掛けた。
彼の眼前には彼に挑み、敗れた者達が倒れている。誰も死んではいないが、意識を保っている者などはいなかった。
決着は八雲紫達が到達して突然決まった。彼は彼女に少しばかり期待をしながら戦っていたのだ。しかし、彼女は期待に応えられなかった……
彼はため息を吐いて、倒れている八雲紫へと視線を向ける。
延々と繰り返され続けたこの戦いをこれからもずっと続いていくのだと彼女は思っているのだろう……
また忘れさせられ、記憶の綻びから修正をし、挑む。その繰り返しだと……
しかし、違う。だって次なんて無いのだから……
それを知っているのは忘却の存在だけ、数百年忘却の妖怪と付き合ってきた友人達も知らない事。
八雲紫が虚実の境界を弄っていたからこそ訪れた最期。輪廻の輪から届けられた言葉を忘却の存在自身も受け取っていた……
自身を生み出した存在の言葉を聞き、それは今回が自身の最期なのだと決めたのだ。
準備は終えていた。後は負けるだけだった。
しかし、八雲紫に自身の敗北のヒントを散々彼は与えていたのだが、彼女はとうとう答えにたどり着けなかった。
今代の博霊の巫女はある意味で彼に対抗する手段の一つだったかもしれない。だけど、彼女では届かない。能力の本質は違えど、その性能は同質。故に千年この能力と向き合ってきた忘却の妖怪に分配が上がることは間違いがなかった。
「眠たいな」
忘却の妖怪が呟き、空を見上げる。未だに戦いを繰り広げている人達、遠くから虎視眈々と機会を窺っている月人。
どれもこれもが違う。忘却の妖怪を打ち倒すには力不足なのだ。
「今度も■の勝ち■■■」
そう、妖怪は呟く。
それに待ったをかけるように、いくつかの足音が森の奥から聞こえてきた。
妖怪は何だ?と思いそちらへと視線を向ける。そして、嬉しそうに口角を上げ、立ち上がり、自分に向かってくる存在の方へ歩き出した。
「……」
現れたのは5つの小さな存在。力も弱く、数だけが多いため淘汰されてきた彼女達。約一名を覗いて、人間ですら彼女達を恐れないかもしれない……
その様子を見ていた月人は絶句する。何故こんな所にあのような存在が現れるのかと……自分たちでは到底叶わないであろう相手を前に悠々と彼女達は歩いてくる。
倒れていた者達の何人かが目覚める。過去に挑んだ者達は何故かまだ記憶がある事に疑問を持ちながら、歩いてくる存在へと目を向けた。
「私達はこのままでいいと思っていた」
5人の中心に立っていた少女が忘却の妖怪へと話しかける。
その様子は、普段の少女とは思えないような口調。少し震えているような声で彼女は続ける。
「私達でアンタを独占できるしさ。でもね、聞いてしまったんだよ。アンタを助けろっていう言葉がね」
彼女達も森近霖之助や魂魄妖忌に天魔、そして忘却の存在が聞いた声を聞いていた。
それぞれ起こした行動は違うが、忘却の存在を覗いた者達で、その言葉の真意を理解できたのは間違いなく彼女達だった……
「アンタ消えるつもりなんでしょ?」
「………」
目を覚ました者達は否定しない妖怪に驚いた。
千年生きた妖怪が、ただ忘却を繰り返してきた妖怪が消えるつもりだったのだと、全く思わなかったからだ。
しかし、驚いたのはそれだけではない。話している少女達の言葉から倒れていた者達は彼女達が忘却という力を受け付けていなかったと言っているように聞こえたからだ……
「友達が消えようとしてるのを黙って見てるなんて出来ない。まだずっとアンタとは遊びたいから、私は……いや、あたいはアンタを止める。この最強のあたいが倒してみせる」
その言葉に妖怪は満足気に頷き、構えを取った。
そう、構えを取ったのだ。これまで戦いこそすれど一度も構えを見せなかった妖怪が構えた。
相手、妖精チルノを相手にするにはとてもじゃないが必要ないと思われること……しかし、妖怪にとってチルノは自分の敵であると認めるほどの相手だった。
両者は疾走し拳をぶつける。鬼すらも凌駕する腕力。呆気なくチルノは吹き飛ばされ、チルノの後ろにいた大妖精に受け止められた。
だが、ただ吹き飛ばされたわけではない。妖怪の手が少しだけ赤みを帯びていたのだ。
それはチルノの攻撃が彼にダメージを与えたことと同義である。それには気づいた者達は心底驚いていた。
「……チルノ達は確かに土俵には立っている。けれど立っているだけだ。俺に届くと思っているのか?」
「思っているさ!だってあたいは最強なんだから!!」
「あたい達でしょ?」
チルノが立ち上がり駆け出そうとするのを他の妖精たちが止める。チルノの前に立つように立ちふさがるのは3妖精。サニーミルク、ルナチャイルド、スターサファイア。そして、チルノの後ろで彼女の方に手を乗せている大妖精。
妖精達は理解している。忘却の妖怪に打ち勝つことが出来る可能性を秘めているのは妖精だけなのだと……しかし、根本的な問題が解決しても意味が無い。忘却の存在が言ったように土俵に立っただけなのだ。
「正直私達では敵わないわ」
「確かに。そう思うわ」
「だからこそ勝たないといけないのよね」
何故妖精が忘却の妖怪に対抗出来るのか……それには一つ理由がある。
彼女達妖精というのは他の存在、人間や妖怪とは違い。存在があやふやなのだ。
簡単に言えば彼女達は端末。自然という存在が形を成した存在。
そして、忘却の能力にはある特徴がある……
基本的に生物へは記憶の忘却しか出来ないこと。そして、無生物には根底の忘却しか行えないこと。
例外は確かに存在しているが、その特徴のせいで、妖精自身の記憶を消しても自然の記憶を消すことは出来ずに直ぐ様上書きされてしまう。
妖精への忘却は矛盾が生じる。だからこそ忘却の妖怪自身が施した忘却の能力は妖精の影響することでは十二分には発揮することが出来ない。故に彼の天敵は自然。そして更に言えば妖精なのだ。
しかし、無敵性を失ったとしても、忘却の妖怪に存在する能力は消えたわけではない。鬼に匹敵する腕力は健在で、霊力の底も存在はしない。
3妖精たちは、実力差を感じながらも、物怖じせずに妖怪と対峙する。勝てる筈もない。可能性があるだけ……
だけど立ち向かう。彼女達に勝てないのならば勝てるものに託せばいい……
「だからチルノちゃん。私達の分も頑張って」
大妖精が立ち上がりチルノの羽に触れながら呟くと、チルノの前にいた3人と大妖精の姿が光り、自分達の力をチルノへと還元していく。
身体が薄れていく友人たちの声を背にチルノは口角を上げる。
チルノの身体が光り、その姿を変えていく。自然の力を自身に取り込み、自身の力へと変換させていく彼女を見て忘却の存在は微笑む。
これこそが答え、数百年かけても八雲紫が到達できなかった事。
力が弱いからと妖精を甘く見た彼女の失敗。最初から彼の天敵は幻想郷にはいたのだ。
「いい感じ。まさしく最強のあたいって感じがするよ」
「確かに、今までにない力強さを感じるな」
羽が大きくなり、目付きも心なしか鋭くなっている。チルノがこれまで出していた力よりもずっと強力なのだと、彼女をあまり知らない者達ですら理解できた。何百年にも渡り接してきてきた妖怪だからこそチルノの本気を理解できる。既にその力は妖精という枠組みを外れ、精霊にまで昇華されていた。
風見幽香が妖精から自身の力を高めることで妖怪に昇華したように、妖精としての力を高めることで精霊に昇華したチルノは間違いなく。忘却の存在にとっての天敵だった。
ゆうかりん妖精説は捏造設定です。
チルノはEXチルノをイメージしてください