——ある山奥に村があった。村人の数は数十人程度。狩りや山菜を採ることで生活していた。
——ある日その村に一人の赤子が生まれた。しかし、口減らしのため村人は赤子を殺そうとした。
——しかし、偶然その村の近くにいた名のある陰陽師はそれを止めた。赤子に陰陽術の才能があると見抜いたからである。
——陰陽師がこの赤子の生活する環境を整えようと思える程度の才能。しかし、何故かは分からないがこの赤子はこの地を離れることは出来なかった。
——出ようとすれば妖が村を襲ったり、出ると決めた日に限って嵐がやってきたりと
——陰陽師は諦め、その村で金を払いつつ住むことにした。それ程までに赤子の才能が惜しかったからだ。
——数年が経過し、赤子も元服を迎えた。その間に陰陽師の修行は滞り無く終わり、一端の陰陽師でも相当な実力を持つようになっていた。
——男は己の持つ特別な力に感づいていた。男に霊力の底はない。幼少時に願ったこと、霊力の限界がなくなればいいのにとの願い。
——次の日にはいくら術を行使しても限界が来なくなった。
——他にも様々な願いを男は叶えた。いくらかは叶わなかったが、到底偶然とは言えぬ事が願いで叶っていた。
——しかし、男は満たされなかった。
——だから、男は絶対的な力を願った。
——そして、全てが消えた。
——男の存在ごと、村の周辺ごと、勿論男の師である陰陽師も。
——男の能力、忘却の力は全てを消し去った。
——人から記憶を無くし
——村から歴史を無くし
——土地の変化を無くし
——人の存在を忘れさせ
——村の意義を忘れさせ
——土地は元の姿へと戻った
——人々の存在は消え去り、残ったのは村が出来る前の山。
——そして、ただそこに存在する忘却の存在だけだった。
——稗田家にある少女がいた。
——代々御阿礼の子が生まれる稗田家に生まれた普通の少女、姉がいるため家を継ぐ事もなく彼女は気ままに生きていた。
——彼女の能力、伝える程度の能力の有効性に疑問を持ちながら。
——ある所に天狐という妖怪がいた。
——太陽の眷属である天狐には一人の友人がいた。
——稗田阿理という少女、長い生涯に出来た小さな友人だった。
——ある時、二人は山へと足を運んだ。
——そこで天狐は少女へとある事を告げる。近々妖達により月へと侵攻すると。
——勿論少女は天狐を止めたが、天狐は頑なにその言葉を拒んだ。
——少女を悲しみの感情を支配した。その感情は少女の能力により周囲へと広がる。
——その感情に天狐は顔を歪めて申し訳なく少女へと謝った
——忘却の存在がいた、ただそこにいるだけで他者には認識される意味もない存在。
——ある時、虚実の境界が歪んだ。
——その為、忘却の存在が少し認識されやすくなった。
——そこに偶然やってきた二人組の内の一人がその存在へと悲しみの”感情”を伝えて"しまった"
——感情を知った存在は意味を取り戻し二人に認識された。
——二人の前に現れた存在は空虚だった。
——少女は名がない男に空という名を授けた。
——男は少女から様々な事を伝えられ、感情を得た。
——天狐は少女に自分以外の友人が出来、安堵していた。
——月への侵攻が始まった。
——地球で待つ少女は男へと懇願した。
——天狐を私の前まで連れてきてほしいと…
——男は言われるがままに月へと赴いた。
——男が月についた時には天狐は既に息絶えていた。
——その時男を襲ったのは怒りの感情と喪失感だった。
——男は天狐の意思を受け継ぎ、月人を撤退にまで追いやり、何故自身が使えるのかすら理解できていない霊力で月人を月の都に封印した。
——天狐の亡骸を抱きかかえ男は思案する。
——少女の願いを叶えるためには"どう"すればいいのかと
——そして、男は天狐の身体を媒体に天狐を創りだした。
——知識も何もない降誕術を男は使用し、天狐は蘇った。
——しかし、それは天狐ではなく男であった。
——これでは少女の願いを叶えられないと悟った男は更に天狐へ術を行使する。
——認識をずれさせる術。簡単な物だけだったが、その姿に相応しいと感じる言葉に認識させる術。
——少女の前に天狐が帰ってきた。
——そして天狐から男が死んだと伝えられた。
——少女を深い悲しみが襲った。
——月日が経ち、少女は死んだ。
——天狐は自身の中に眠る力をあるがままにするため、姿を変貌させる。
——空の姿となった天狐は少女が最期に託した願いを胸に生きた。
"他の人と仲良く"
——そして、"忘却の妖怪"は生まれた。
——忘却の存在は自身が元いた場所に座り、常に送られてくる天狐の状況を見ていた。
——認識すらされない中で見える記憶。
——全ての意味で映し身となった忘却の妖怪と意識を合わせながら。
——ある時にはスキマ妖怪と暮らし
——ある時には鬼と力比べをし
——ある時には妖精と遊び
——ある時には妖怪と戦い
——ある時には半妖の少年を導き
——その過ぎる中で忘却は知った。
——自身の持つ力が膨大になっていると。
——だからこそ、犠牲は自分だけで済むように、忘却は能力を行使する。
——最初は一季節ごとだった。
——次は二度満月が昇る事だった。
——そうして、最期には月が真上に来る時に行使するようになった。
——忘却を止めようとする者は存在した。
——しかし、それすら意味はなかった。
——ある時、忘却は懐かしい声を聞く。
——自分に意味を与えた声。
——少女の声だ。
——忘却は自身の間違いを悟り、少女の願いを叶えるべく動き出す。
——天狐を送るために……
「それが全てだって言うのですか?」
「ああ、これが此方の思惑だよ、阿求」
「……勝手すぎだと思います」
「重々承知している。だが此方はそうするしかないのだ」
「……」
「阿理が此方に意味を与えた。それを今返そうとしておるだけだよ」
「私は……貴方が消えるのは嫌です」
「すまぬな、此方は感情はあれど、人より薄い。其方の感情を理解できぬ」
——忘却は嘘を重ねる。
——他者から意味を伝えられた忘却に、他者を理解できぬなどないのだから……