彼の住んでいた場所にそれはいた。
ただ、何もせずに小屋の前にある石の上に座って空を見上げていた。
幻想郷に異変が起こっているのは肌で感じている。それを起こしているのも目の前の存在だということも感づいていた。
彼に問いただすと彼は自分の過去を語った。初めて知ったことや驚いたことも沢山ある。
そして、気づいた。目の前の存在はこれまで私が接してきた妖怪の彼ではなく、本当の彼だということに。
口調に変化はあまりない。少しだけ古風な感じがする程度だ。だけど、自分の呼び方が違っている。彼は自身の事を"俺"と言っていた。しかし今は"此方"と言っている。これこそが彼の言うその姿に相応しいであろう言葉に歪める事なのだろう。
何故誰も気付かなかったのか、何故誰も理解しなかったのだろうか。
今までの言葉に彼の言葉なんて無いことに……
そう思うと急に胸が苦しくなり、涙がこみ上げてきた。これまで彼と話し、彼を知っていったあの言葉は全て嘘だったのだ。
彼はこの気持ちを理解してくれない。薄ら笑いを浮かべているだけ。こんなにも苦しい思いをするのは初めてだ。彼を感じ、彼を救えるのは自分だけだと傲慢にも思っていた私を突き落とすには十分な事実だ。
親愛を感じていたのは私だけで、彼は全く感じていなかったというのだから……
「貴方は酷いです……」
「はは、それが此方だから仕方あるまい」
そうやってはぐらかす。
その笑顔が本当に私をどうとも思っていないとの証拠で、こみ上げた涙を止めることが出来ない。
「……」
彼は薄ら笑いを浮かべたまま視線を空へと向けた。
私など既に眼中に無いと言うのだろうか……
鼻をすすって空に視線を向ける。すると、5体の影がやってきた。
私と彼の間に立つように現れた4人は敵意を彼にぶつけながら、1人は困ったようにその口を開いた。
「まさかお主の目的が儂の考えと真逆とは思わなんだぞ」
「ま、私としてはどちらでもいいが、幻想郷の崩壊は見過ごせないのでね」
「こんな事になるとは思っていなかったわ、言っておくけど、勝手に居なくなったら許さないわよ?」
「あたいを騙せると思ったら甘いよ、アンタがあれくらいでやられるわけ無いじゃないか!」
「ち、チルノちゃん。私場違いじゃないかな?」
現れたのは半霊の老剣士、天狗の長天魔、花妖怪の風見幽香、氷妖精のチルノ、そして大妖精。
ここまで彼を追ってきたのだろう、恐らく幻想郷でも相当な強さを保持していると思われる彼女達を前にしても彼は薄ら笑いを浮かべたまま何かを見ている……
いや、何も見ていない。彼は空虚を見ている……
「羽虫、貴方達しか彼を倒せないのは理解しているわね?」
「勿論。悪いけど、あいつの一番の友達のあたいが全部持って行ってやるよ」
「ほんとムカつくわね、まあいいわ。援護は任せなさい」
今にも氷妖精は走りだそうとしている。しかし、それに待ったをかけたのは彼自身だった。
「まだ、時間はある。少し語りを聞かないか?」
「……そんな時間なんてない」
「さてね、じゃあ仕方ない時間を作ろうか」
彼は目を閉じ指を鳴らした。
その瞬間周囲から音が消え去った。一体何が起こったというのだろうか。遠くに見える鳥は空中で止まって動かない。
「ここ以外の時が進むのを忘れさせた」
「……っ!そんな事をすれば!」
「大丈夫だ、この能力は決して万能ではない。時を止めるなどそう長くは持たんよ」
「……貴方その口調どうしたの?」
「ふむ、話を聞けば自ずと理解は出来る」
彼は石の上で胡座をし、手を足において、口を開いた。
「まず、其方達とこれまで居たのは此方ではない。あれは此方が操っていた身体だ」
「………」
「それを創ったのにも理由はあるが、まあその理由の為にある術を行使していた。他人がその身体を見た時の認識をずれさせるものだ」
「……だから今の口調と違うのか、そう言えば文の説明が所々変だったのはそのせいか……いつものあいつの脚色だと思っていたが」
「本来ならば此方は永遠に幻想郷で忘却を司る存在として在ろうとしておったが、先日にまた頼まれてな、輪廻へと還る事になったのだ」
「……頼まれたってあの声?」
「あの声がどの声かは知らぬが、頭の中に聞こえたとあるならそれが正しい」
あの声、先程彼が話した稗田阿理の言葉だろう。私は聞いていなかったが、他の人達は聞いていたのか……
しかし、一体私の先祖、いや子孫と言うべきか、彼女はどういった目的で彼にそんな事を言っているのだろうか……
そして阿理の言葉に従順な彼は見ていて腹立たしい。私の心をここまでかき乱しながら在ろうことか私の子孫しか見ていないとは……
以前霖之助さんに読ませていただいた書物にあった寝取りとはこの事なのだろうか……随分と気持ちの良くない事だ。
ヤキモチよりも感じる自身の黒い感情、ああ、一度あの顔殴ったらダメだろうか……
「とまあ、随分と好き勝手に生きていたが此方はそろそろ退場するつもりだ」
「させると思ってる?」
「勿論、此方の事を余りにも理解したつもりである其方達では止められぬよ」
「……やってみなきゃ……っ!?」
氷妖精が一歩進もうとしたが、何かに当たったようにこけ、頭を抑えている。
「さて、其方達に月夜見ですら壊せず、八雲紫ですら突破できない壁を突破できるか?」
周囲の時が戻り、風の吹く音と木々の葉がざわめいた。
彼の周りに展開されたであろう無色の壁を突破しなければ彼を殴ることが出来ないのだろう。
いきなり絶対防御とは趣味が悪いとしか言い様がない。
「やられた……」
「さて、まだまだ時間はある。心行くまで問答をするとしよう」
幻想郷崩壊まで後僅か……