レミリア・スカーレットによる赤い霧の異変が解決してから1週間。私は珍しく風邪を引いて床に伏せていた。
いつもならば幻想郷縁起の執筆を行っている時間だが、従者に止められ、部屋から出ないように言われてしまった。
確かに、少し頭がボーっとするけれど、字を書くことくらい出来ないこともないと思うのだけど…
まあ、無理をして悪化させて更に執筆の時間を減らすのも良くないし、従者のいうことを聞いたのだけれど…こうなにもやることがないと色々なことを考えてしまう。布団に入り目を閉じて考える。
まあ、考えることといえば彼の事なのだけれど…1週間前は異変の解決を彼に頼んだ。彼は直ぐに了承してくれてその日の内に異変を終わらせた。博麗霊夢達のお陰だといえばその通りなのだけれど、私の考えでは彼一人で解決できたのではないのだろうかと思っている。彼の力量は実のところあまり知らない。しかし、妖怪の山の麓にずっと一人で住んでいる事から、彼は間違いなく強者の部類だと思われる。幻想郷にやってきてどれ位なのかは知らないが、短くは無いと思う。前世の段階では会ってはいないが、それは私がずっと屋敷に篭っていたからだろう。もし会っていたならば少なからず書物に記していると思う。転生する際に記憶が無くなるとはいえ、彼のような存在をただ放置しておくのは私という存在からして無いと思う。だからこそ彼に初めてあったのは今生なのだ。きっかけは上白沢慧音に教えられたから。おかしな妖怪がいると言われて見に行ったのだ。普通に色々話をしたのだけど、次の日におかしなことに気付いた。慧音さんが彼のことを忘れたのだ。それから、教える側と教わる側が逆転したんだっけ…
それからも彼は幻想郷のあらゆる所を歩いているそうだ。たまに会って色々と教えてくれる。鬼と喧嘩したとも言っていたが真実かはわからない。妖怪の頂点に君臨する鬼と喧嘩して無事でいられるなんて到底信じられなかった。もし真実ならば彼の力量は私の予想を超えたものなのかもしれない。そう当時は思ったっけ…異変解決によってその話は真実味が増した。彼の事が書かれている文章を修正したい…しかし、そうすれば彼に迷惑が掛かる可能性が出る。彼に迷惑は掛けたくはない。願うならば彼には幸せになってもらいたいものだ。
そこでふと気付く。何故彼の幸せを私は望んでいるのだろう。彼のようとは言わないまでも不幸な人間や妖怪は間違いなく存在している。だけど、そんな人達よりも彼の幸せを願っている自分がいる。
理由は……わかっている。
彼を認識できるのが私だけだからだ。他の誰かが何をしても彼には何も残らない。ただ空虚が増えていくだけ。だけど私ならば彼の空虚を埋める事が出来るはずだ。
自分だけしか出来ないこと。他人には出来ないこと。幻想郷縁起を執筆するのと同じ、自分だけの特別な事。
なんて自分勝手で自己中心的な考えなのだろうか。自尊心や自己顕示が彼に幸せになってもらいたいと思っている根本的な要素なのだ。
そう、それを知っていながら私は彼を幸せにする。何が幸せかとはわからないけれど、それでも私はそうしたいのだ。
「本当に、不思議な気持ち」
色々と考えすぎたせいで少し顔が暑くなっている。出来れば濡れたお絞りを額に乗せておきたい。
従者を呼ぼうか、そう考え目を開けようとした時、ふと額にひんやりと、それでいて少しぬくもりを感じる物が置かれた。
何事かと目を開け、私の枕元に胡座をかいて座る存在に目を向ける。彼が白い手を私の額に置いていた。
顔が赤くなるのがわかる。一体目の前の男は何を考えているのだろうか。病で弱った女性の寝室に本人の了承も得ずに入ってくるなんて。しかも、何故額に手を置いてるのかわからない。
「気分はどう?阿求」
「……最悪です」
少し苦笑いを浮かべた彼だが、未だに額から手を離さない。手を払いのけようと考えたが、何故か手を動かすのが億劫になり、手を払えない。されるがままの状態で、彼を睨むことしか出来ない私に彼は額に載せた手をゆっくりと動かし私の頭を撫でた。
「もう少しで終わるから」
そこでやっと気付いた。彼の手から何かを感じる。一体どういうつもりなのだろうか。もしかして、病気で動けない私を傀儡にするために今術を行使している!?
ない。絶対にない。彼がそんな術を使えるとは聞いたこともないし、もし使えても私を傀儡にする意味など彼には無いだろう。
すーっと熱が引いていくのがわかる。成る程、彼は術を行使していたが行使していたのは病を治す術だったのか。だけど、その代償なのか強烈な眠気が私を襲ってくる。それに必死に抵抗し、私は目を閉じないようにする。寝顔は見られたくない。寝ている間に変なことをされてしまったら…それはそれで…いやいや、私は何を考えているのだろうか。全く、人の気も知らないで微笑んでいる彼が少し憎く感じてしまう。眠気はどんどん強くなり、私の瞼に重りを載せていく。どんどん閉じていく目で彼を見つめた。
初めて知ったのだけど、貴方がこんな術を使えるなんて。
声にならない声でつぶやく私に、彼は笑みを崩さずに口を開いた。
「言ってないこと、忘れてたよ」
困ったことがあれば直ぐにそういうのだから、まあ、彼らしいと自分自身納得し、私は夢の世界へと旅立った。