「元来、幻想郷には博麗大結界は存在せず…」
寺子屋にて里の子達相手に勉学を享受する。今日の授業は昼までの間幻想郷の歴史を教えていた。
大人たちであれば幻想郷縁起や私の書く歴史書を読み解くように言えばそれで終わるが、子供達というのは一部を除いて歴史書という固い書物を読むのを好んでいない。大人の中にも好まない者はいるだろうが、それでも自分たちの起源という物には惹かれるものだ。
つまり、惹かれるようになれば大人と言ってもいいのだろうか…いや、そうとも言えない。知的好奇心が旺盛というのは教師という私の観点から見れば大いに結構だが、何もそれだけが人間の優劣を決めるわけではない。単純に力のあるものは自警団や農作業において不可欠。皆を纏めれるものは里の重鎮として、勘定が得意なものは物資の流通の要として等様々な大人たちが必要となる。
教師の私はそんなそれぞれ得意分野を伸ばす事を重点に置かなければならない。
…と言っても
「そこ、私語は慎むように」
ある程度の常識を踏まえての話だが…
やはり子供達にとって歴史というものは退屈なのかもしれない。今も私の注意でこちらを向いたが先ほどまでは書物を広げて話し合っていたようだ。
一体何を話していたのかと近寄ってみると、見たこともない書物が机に広げられていた。
「あ、先生。先生ならこれ読めます?」
「……授業中なのだが、仕方ない。じゃあ、私がこの書を解説してやろう」
少し目を通しながら言う。あまり強制するというのは良くはない。時間は有限といえど使おうと思えばたくさんあるのだ。
根を詰めすぎるよりも偶には息抜きも必要だろう。
しかし、この文書、随分と古い紙で出来ている。そしてこの文も古い言い回しだな。
読めないというわけではないが、子供達には少し難しいだろう。
「この書物はどうしたんだ?」
「蔵の近くに埋まっていた箱の中にあったんだよ」
「埋まっていた?」
では何故この文書はここまで綺麗に残っているのだ?何か術でも使用していたとしか考えられないが…過去にどうしても残そうとする程のものなのか…
気になるな。
「先生、読めるの?」
「あ、ああ。じゃあ、解説してやろう」
私は黒板まで戻り、文章の一節を書く。
「これは、くずし字と言って、今も使われている書き方だ。読みやすくするとこうなる」
その隣にその一節の文章、【我、汝を思ふ意を後世に伝わむとする也】
そして、この文書の意味をその隣に記していく。
「【私は、貴方を思う気持ちを後世に伝える】という意味だ。これは文が読めれば少し理解は出来ると思う」
更に私は文書の解説を進めていく
【皆が忘れむとも、我等忘れむ事は非ず】
"みんなが忘れても、私達は忘れない"
【汝の所業、思ひに至る迄】
"貴方のしたことや、思いに至るまで"
【我、真に思ふは汝の救済也】
"私が本当に思っていることは貴方を助けること"
【汝、真に願うは皆の安泰也】
"貴方が本当に願っているのは皆の安泰である"
【我、汝を救いたり得ぬ也】
"私は貴方を救うことが出来ない"
【汝、月よりの使者を退けた後姿を失せた】
"貴方は月からの使者を退けた後姿を消した"
【我、汝へ伝えむとする意持つ也】
"私は貴方へ伝えることがあります"
【友を救いたり得た汝へ感の意を込めた言の葉】
"友を救ってくれた貴方への感謝の意味を込めた言葉"
【汝、真の■■也】
"貴方は本当の■■です"
【我、汝を思ひ焦がす也】
"私は貴方をずっと思っています"
【譬え、汝を忘れむとして】
"たとえ貴方を忘れても"
【譬え、我を忘れむとして】
"たとえ私を忘れても"
【我、汝を思う也】
"私は貴方を思っています"
「何か恋文みたいですね」
「ああ、そうとも取れるよ。一部塗りつぶされた文章もあったが、こんな内容だろう。しかし、この文書は価値は高いかもしれない」
「どういうことですか?」
まだ、私の推測の域を脱していないが、月よりの使者…もしかすれば月との戦争についての事なのかもしれない。つまり、謎に包まれている月との痛み分けの要因がこの文の汝に値する者だとすれば…
「まあ、おまえ達にははっきりしたら伝えるよ。あと、出来ればこの文を譲ってくれないか?」
「いいですよ」
「助かる」
早速阿求殿の所へ持って行きたいが、残念ながら阿求殿は今日は病で床に伏せている。この文を見せるのは後日にするとしよう。
午後からはこの文書の読解を更に進めようか。ハクタクの状態ですら読み解けなかった月の戦争の事がわかるかもしれない。
「では、今日はここまでとする。気をつけて帰るように」
古文書あたりは結構適当な文章になっております。