次くらいから東方っぽくなるかも…
いつもと変わらない朝。
いつもと変わらない学校。
いつもと変わらない放課後。
ただ、いつもと変わらないはずの帰り道だけは、おかしかったんだ。
「なんだよこれ」
隣りで青井がぽそりと言った。返す言葉はない。知らないよ、そんなの僕だって教えてほしい。
いつも人通りが多く賑わっている交差点には、絹を裂くような声やクラクションの音が続く。帰りに皆でよく寄ったアイスクリーム屋は窓が砕け、カウンターにはなじみの店員さんが倒れている。普段からお世話になっているスーパーは、赤く燃え盛る炎の中に消えた。
言葉が出なかった。わけがわからない。どうして人が倒れているんだろう。なんで火事が起こっているのに消防車は来ないんだ。警察は?何か事件が起きたのか?わからない、なんなんだこれ。ドッキリか何かか。
「……くっそ!」
青井が止めていた足を動かしながら言った。何に対する悪態かはわからなかった。多分家へ向かうんだろう。
そうだ、家だ。家に帰ればテレビもあるしパソコンもある。これだけ何かが起こっているなら何かしらの形で報道されているはずだ。されていなくちゃおかしい。
自転車で坂を上る。いつもならあっという間の坂がなんだかすごく長く感じた。酒屋の前で別れる。お互いに言葉はない。一刻も早く家に帰らなくちゃいけない。帰ってからどうするかなんて考えられなかったけど、とにかく家に帰る事しか頭になかった。
コンビニの前の下り坂を全速で駆け抜ける。使いすぎで伸びきったチェーンが悲鳴をあげる。知ったことじゃない。もうすぐだ、あそこの角を曲がればいつもの、見慣れたマンションが―――
無かった。正確にはあった。ついさっきまでマンションだったであろう瓦礫の山が。
なんで?
何これ、テロ?それともドッキリ?本当に、意味がわからない。家は?僕の家はどこにいったの。誰か答えてくれよ、どうして誰もいないんだよ。
なんだよこれ、なんなんだよこれ!
僕の家と家族はどこにいったんだよ!!
どれだけその場に突っ立っていただろうか。もしかしたら立っていなかったかもしれない。
どう
と、不意に後方から大きな音が聞こえて、呆然としていた意識を取り戻した。爆発のように聞こえた。あの方向は…駅の方だ。
倒れていた自転車を起こして跨がる。ひょっとしたら、家族はみんな出掛けていたかもしれない。今日は平日だから、父さんは会社だし、母さんは家庭教師の仕事が入っていたかも。ペットのカメは……、…きっと自分で散歩に出掛けたんだろう。そうやって自分に言い聞かせるしかできなかった。そうでもしないと立っていられない。
こういう状況に陥ったことは一度もないし、そういう類いの映画もあまり見ないけど、こういうときは普通、爆発の聞こえた方へはいかない方がいいんだろう。少なくとも危険に巻き込まれる確率は低くなる。どこが安全かわかったもんじゃないけど。だけど足は駅へ向かっていた。自分でもどうしてそうしたのかはわからないけど、駅にいけば何かがわかるような気がした。さっきからわからないことだらけだ。
駅前のニュータウンの自転車屋さんに人影を見つけた。青井だった。どうやら僕と同じことを考えていたらしい。
「なあ、これ夢だよな!何かの冗談だよな!?」
青井はかなりうろたえている様子だった。何か言ってやりたかった。ああそうだよ、そうに違いない。きっとこれは悪い夢なんだ。
「………」
何も答えられなかった。僕が黙ったままでいると、青井はまた何かに悪態をついて、もうもうと煙の立ち上る駅へと歩みを進めた。
ひどい有り様だった。車は火を噴き、電車は横たわり、倒れている人からは呻き声すら聞こえない。
「どうするんだよ」
先を進む青井に訪ねる。
「どうするって、何が」
「どこにいくつもりだよ」
「そんなの俺だってわかんねえよ」
自転車をおいてどこが入り口かわからなくなってしまった駅の中に入る。駐輪場は機能していなかった。
壊れている改札を通ってホームに足を踏み入れる。青井だってわかっているだろうけど、いくら待ったって電車は来やしないだろう。
『まもなく梅田いkんl電sgggg―――』
案内板は16時の梅田行きの電車の到着を告げて(?)いるが、もうすでに三十分も前だ。
青井はベンチに座って俯いていた。僕は座る気にはならなかった。
しばらくそうやって、二人とも何も話すことなく、色々なことに思いを巡らせていた。
多分、何か、二人の注意が向くような何かが起こらなければ、いつまでもそうしていただろう。
ずっと静かだった駅の中に、突如として複数人の足音が響いた。改札のところで騒いでいる。ホームに上がってくる様子はないようだ。
青井が足音をたてないようにして階段を下り、そっと改札を覗き見た。青井に倣って後ろ側から見る。
全身を自衛隊の制服のような格好でおおった、黒ずくめの人が十人ほどいた。全員が手に黒く光るものを持っていて、駅の角のところで何かを囲むようにして立っている。
「なあ…、あれってもしかして」
「もしかしなくても…銃じゃないか?」
やっと国が動いてくれたのだろうか。物騒なものを持ってはいるが、隠れる必要はなさそうだ。
「さっさと保護してもらおう、もう何も考えたくない」
同意見だった。銃まで持ち出しているなんて、やっぱりテロなのかとか、家族も無事に保護されているのかとか、もしかしてこの人たちがそのテロの実行犯なのではとか、考えることは山ほどあったけど、そんなことも考えられないほど僕たちの精神は疲弊していた。だからなんのためらいもなく彼らに声をかけることができたんだろう。
パンッ。
気がつけば、隣で青井がうつ伏せに倒れていた。青井の腹部から赤い赤い液体が流れ出してくる。
わからない。今日はわからないことだらけだ。もう散々だ。何うめいてるんだよ。撃たれたのか、青井。
あれ?僕って今倒れているのか?
…ああそうか、僕も撃たれたんだな。
不思議と痛みはないけど、少しずつ力が抜けていく感覚がある。
あー、やっぱりあれかな。死ぬのかな、このまま。
あいつらの足が見える。こちらに向かってきているようだ。なんだかずいぶんゆっくりだなあ。
ふと、あいつらの足の隙間から、囲われていた何かが顔を出した。
女の人だった。不思議な格好をしている。紫と白を基調とした、フリルのついた和風の服。あんな格好で町を歩いていたらさぞ目立つだろうな。
だけど、すごくきれいな人だ。眠っているのだろうか、目を閉じている様が、まるで人形のようで。
ああ、最後に見られたのがあんなにきれいな人なら、もういいかな。もう疲れた。今日は色々なことがありすぎた。
そういえば、今朝出掛ける前にカメに餌やるの忘れてたな。空腹のまま死ぬなんてかわいそうだよなぁ…。
瞼が次第に落ちていく。せめて少しでも長くあの人を見つめていようとして―――
意識が完全に落ちる寸前、僕は確かに見た。
あの女の人が、ゆっくりと―――けれども確かに。
目を開く姿を。
「残念だけど、もう少し生きていてもらうわよ」