誓いのハイスクール Dragon×Durandal   作:七海香波

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01.かくて非日常は幕開き

 

 

「えー、最近行方不明になる生徒が増えてきているので、みなさん注意して帰って下さいねー。以上!起立、礼!」

 

 特に語るべき特徴のないウチの担任が、いつも通りの覇気のない声で適当に生徒達に注意を呼びかけ、臨時ホームルームを終了した。

 注意された内容は、最近ここ駒王学園付近で起きている事件についてのものだ。何故かは分からないが、二週間前くらいから、この駒王町の付近で何人もの人間が行方不明になるという事件が発生している。被害者達の中には余り規則性はなく、強いて言うなら若い者が多く狙われる傾向に有ると言ったぐらいか。

 警察が捜査しても犯人の情報が一切出てこないという、実に不気味な事件だ。そもそも連日警察の人間が町中を警戒しているのに、手がかりすら掴めていないとはどういう事か。……きっと、犯人はよほど狡猾な奴なのだろう。

 多くのクラスメイトがこの不気味な事件に警戒して友人と帰って行く中、俺は一人で帰る。何故って――仕方無いだろ。そんな親しい友人なんていないんだから。

 鞄に机の中の教科書などを詰め、机を空にする。そして教科書やらなんやらがギッチリと詰まった重い鞄を持ち上げて肩に掛ける。そのまま教室を出、階段を下りて校舎の外へ向かい、スマホで適当にニュースを読みながら、玄関へと向かう。

 しかしそこで、ふと俺の気を惹く声が耳に届いた。下駄箱から靴を取り出し、上履きと履き替えようとしたところで、学園名物である大きな叫び声が聞こえてきた。

 声のした方向を見ると、男子三人が必死に走っている。

 兵藤、松田、元浜。学校内にとどまらず、他校にまで知れ渡るエロ馬鹿三人組である。

 

「(今度は何をしたんだアイツラは?)」

 

 何となく覗き込んで、後ろの女子達を観察してみる。俺のクラスメイトの女子、村瀬や片山を筆頭とした剣道部の女子達だ。竹刀を持って三人組を追っている。なるほど、また女子の更衣室でも覗いたんだな。ったく、変態共が。

 徐々に距離を詰められていると言うのに、顔をにやけさせたまま卑猥な言葉を投げかけ続けている。全く、そんなことばかりやってるからモテないんだろ。

 別にアイツラは顔の形はある程度整っており、性格もエロを除けば全く問題ない。

 松田は元陸上部のエース。元浜は元報道部のカメラマン。確か、二人とも数個の賞を取っている。エロさえ除ければ、男子の中でも上位に位置するというのに。

 

「(ああ、そういえば兵藤は、確か彼女がいると聞いたが……)」

 

 三年のリアス・グレモリーに、二年のアーシア・アルジェント。どちらも超がつくほどの美人であり、一応この学園内の美人ランキングでも上位の存在である。普通であれば兵藤など関わりをもつことすら有り得ないのだが……彼女たちは一体どれだけ物好きなのだろうか。

 

 そうこう考えている間に、三人は捕まっていた。女子剣道部員達の手に握られた竹刀の切っ先が、バシバシと容赦なくアイツラに降り注ぐ。そんな中でも、兵藤は女子のパンツを下から見ようと奮闘していた――その根性だけは尊敬できるよ、ホント。

 ちなみに女子による彼らへの罰は、嵐のように五分間ほど続いた。それだけ叩くとさすがに満足したようで、彼女達は剣道場へと去っていく。まあそれでも、アホ三人組は翌日には同じ事をするのだが。

 

 そうして女子部員達が去っていた後、兵藤はすぐに起き上がった。制服に付いた砂を払い、何事も無かったかのように立ち上がる。そこに金髪の少女、アーシア・アルジェントが駆けてきて、兵藤と彼女は一緒に旧校舎の方へ去っていく。

 残りの二人は、ゴミを見るような目線を通りすがりの生徒に向けられながら倒れたままだ。同情はしない。ある意味エロのカリスマとして学園男子の中ではもてはやされているようだが、俺にメリットが回ってきたこともないので放っておいてもいいだろう。

 さて、面白いイベントも終わったので俺も帰ることにするか。

 と、そんな俺に誰かが背後から挨拶する。

 

「じゃあね、織城」

 

 声の方へと振り返れば、そこには同じクラスの少女が立っていた。

 

「ああ、じゃあな桐生。俺に挨拶してくれるのは、お前くらいだよ……」

 

 桐生藍華。メガネ女子で、若干髪がボサボサな子だ。それでも、駒王学園の女子ということもあってキチンと整えればかなり可愛い。とはいえ残念なことに、それを見たことはないのだが。

 そして、この学園の中で俺に話しかけてくれる唯一の生徒でもある。

 ……原因は碌にクラスメイトとも話さずにライトノベルばっかり読んでいる俺であるので、彼らに非はないのだが。

 ちなみに桐生は一年の時からずっと近くの席ということがあり、色々な偶然を経て腐れ縁が続いていた結果、今まで付き合いが続いているのだった。

 

「まったく、こんな美少女が話しかけてあげてるんだから。もう少しシャキッとしなさいよ」

「自分でそれをいうのかよ……。ま、ありがとな。お前のお陰で学園生活を楽しめてる事もあるし」

 

 実際、ボッチであるこの俺と桐生は基本一緒に居てくれる。

 と言うのも、クラス内で二人一組になる場合なんかは俺を心配して一緒に組んでくれたりするからだ。本当にありがたい。何だかんだ行って美少女であることに代わりはないし、彼女と組めるのはこちらとしても嬉しい限りだ。

 そう伝えると彼女は気のせいか、若干顔を赤く染めた――ように見えた。

 

「そ、そう?ならいいわ。またね、織城」

 

 声も若干浮ついている気がするのだが……触れはしなかった。どうせ見間違いだし、そんなところで変に意識すると後でどんな目にあうか分からん。

 具体的には、これからの残り二年間がフォーエバーボッチになるだけだ。なんだよそれ。

 

 校門をくぐったところで互いに別れ、俺は歩いて十分もかからない距離を歩き、仮住まいであるボロアパートへとたどり着く。外を掃いていた他の住人に挨拶し、さびた階段を上がって201号室と書かれたドアを開ける。

 

「ただいまー、っと」

 

 中は一応整理してあり、本棚の中にはライトノベルと漫画のみが置かれている。かといって、痛々しいポスターなどが貼ってあるわけでもない普通の部屋だ。

 上着を掛け、鞄をノートパソコンの置かれた机の横に置く。一緒に制服を脱ぎ、私服に着替える。今日は十日――すなわち、雷撃文庫の新刊の発売日だ。さっさと行かねば。

 鍵を閉めたことをキチンと確認して、ギシギシと音をたてながら階段を駆け下りる。

 途中で会うこの町の住人達に挨拶しつつ、なじみの本屋へ向かう。

 

「うーっす。来たぜおっちゃん」

 

 古びた本屋に入り、中年の店長に声をかける。中肉中背で、うっすらと髭が生えている四十代。一応結婚しており、息子が一つ下の学年にいるというのを聞いたことがある。

 

「口が悪いぞ小僧。年上は敬え」

「無理。で、新刊は?」

「ここだ。ほらよ」

 

 三冊のラノベと、金を交換する。最近の若者の活字離れに考えさせられることがあるのか、この人は例えラノベでも変な顔になったりはしない。それでもたまには西洋文学とかも読めと薦めてきたりして、俺もそれらを読んだりする。最近では『アーサー王伝説』あたり』とか。

 

「んじゃ、グッバイ」

「たまにはまともな本も買いやがれ、じゃあな」

「余計なお世話ですし、そう言うなら次来るときになんか良い本でも紹介して下さいよ。今日はあいにく所持金が無いけど、そんときには買うから。さて、さっさと帰って読むとするか」

 

 気分が乗ってついつい鼻歌を歌いつつ、家まで向かう。

 

 この直後に、そのテンションが一気に下落するとは知らないまま。

 

 

 

 

 家の二十メートル手前、灰色のブロック壁に挟まれた小道に差し掛かったところで、俺はなんとなく一人の女性の後ろ姿を目に止めた。袖のない黒Tシャツとジーパンと言ったいかにもラフな格好で、腰まで伸ばした黒髪ロングの少し年上のお姉さん……ぐらいだろうか。学校のグレモリー先輩を彷彿とさせるとある一部がピチピチとシャツに張り付いて存在感を表しており、ついついそちらへと目がいってしまう。

 にしても、俺にはそんな知り合いでもない女性に話しかける勇気はないので、こそこそと彼女の横を通り過ぎようとする。

 その時偶然にも、こちらへと振り返ったその女性の赤い瞳が俺の目と重なった。

 

「――あの、失礼ですが、すみません」

「……なんですか?」

 

 そのまま無視するはずだったのが、驚くべき事に、彼女の方からこちらへと話しかけてきた。頭の中ではそのまま聞こえなかったふりして立ち去ろうという考えが一瞬頭を過ぎったが、その余りに完成された美しさに目を惹かれてついつい俺は答えてしまった。

 ――失敗した。こんな美人と話すなんてどうせ碌でもない事が後で待っているに違いない。これから近くのファミレスに行ってアンケートがどうのこうのとか言って、無理矢理なんかの契約を結ばされたりするんだ――そう学校の授業の実例が視界を流れる。

 

 けれども、その想像は悪い意味で裏切られた。

 

 

 

 

「ねえ、……死んでくれ♪」

 

 

 

 

 ――そんな軽く投げかけられた言葉と共に、俺の首のあったところを何かが斬り裂いたなんて。

 

「あれ、なんだ、お前……私の攻撃を避けるなんて、ただの人間じゃないな。もしかして、こっち側(・・・・)の者か?」

 

 咄嗟に全身を駆け巡った警鐘に従い後ろへと飛んだ俺の耳に、そんな先ほどとは180度違う雰囲気の言葉が届いた。その言葉を聞いた瞬間、全身の筋肉が硬直し、心臓が二倍速で鼓動を始めた。

 ――ヤバい、この女の言葉は何か普通じゃない。

 直感に従って回避した一撃は、間違いなく俺の急所を狙っていた。

 彼女はそんな俺の様子に冷たい笑みを浮かべながら、その右手の異様に長く伸びた爪をそっとなめた。彼女の淡いピンク色の舌に、深いワインレッドの液体が垂れる。

 

「へ-、中々美味しいなぁー。これは所謂掘り出し物、って奴なのか?」

 

 何を言っているのか分からない。美味しい?突然伸びた爪の先に付着した鮮やかな赤い液体が?――何がどうなっているんだ?

 その時、俺は一筋の痛みを喉元近くに感じた。目を彼女から反らさないまま、左手をゆっくりとその辺りにあてがう。同時に感じる、ヌチャリとした粘性の液体の感触とピリッとした喉の痛み。――まさか。

 触れた手の甲をそっと目の前に持ってくる。

 そこには冷や汗と混じり合って若干伸び気味になった“赤”があった。ツン、と鉄のような匂いが俺の鼻をつく。――まさかまさかマサカ。

 

 俺の頬を、一際大きな汗の粒がつたう。

 どうやら俺は回避をし損ねたらしく、僅かに相手に喉元の肉を切らせてしまったらしい。……一体何なんだ、アイツは?人間の爪があんな急速に伸びるなんて、絶対にあり得ない。

 今自身の起きている一回り異常な現状が、ようやく俺の頭を支配する。信じられない出来事に対する恐怖で、体が震え出す。決して、武者震いなどではない。心の底からの恐怖が俺の身体のコントロール権を奪い去った。

 

「まったく、だったら最初からそう言ってくれれば良かったのにな。ちゃんとそうやってくれていれば、今頃滑らかに静かになっていたのに……ああ、殺したくなってくる」

 

 もはや完全に危険な雰囲気を纏って、彼女はこちらを睨み付けてきた。

 目つきが鋭くなり、獲物を狙う鷹のように変化を遂げる。

 

「何言ってるんだよ!?っていうか、アンタは何なんだよ!?」

「私?私はね、『はぐれ悪魔』っていうのさー」

 

 女が笑いながら答える。

 ハグレアクマ――HAGURE悪魔?一体どこの悪魔なんだよ、と声を大にして叫びたくなった。

 代わりに俺の口から、こんな言葉が飛び出る。

 

「アハハ、数年遅い中二病デスか……いい年して……ご愁傷様です」

「ぶっ殺すぞお前」

 

 自分でも言ってから明らかに何を言ったんだ俺は!?と気付いたが、時は既に遅く。女性から向けられる何かが、先ほどよりも俺の体の震えが大きくさせる。咄嗟の一言で壊れた雰囲気により少し落ち着いた頭の中で、これが、もしかして殺気とか覇○色とかいうやつなのだろうか――などという思考が閃く。

 

 とりあえず、これ以上機嫌を損ねないためには……謝った方が良いのだろうか?

 

「すみませんでした――ちらっ」

「ははは、許すわけないだろアホ。転移術式、発動――」

 

 額に十字型の血管を浮かべた彼女の手元で何かが光った。それに続くように、俺の足下が光る。慌てて出ようとしたが足が動かない。その光が一際強くなった瞬間、ぐらりと俺の視界が揺らいだ。周囲の景色が逆再生したビデオテープのように歪み、視界が一気に変化する。

 まだ太陽が沈みかけで十分に明るかった野外から、薄暗いどこかの室内になったらしい。状況を確認しようと一歩踏み出すと、コツンと一つの小さな瓦礫が爪先に当たった。……今はもう使われていないどこかの廃墟だろうか。

 窓らしき所には無残に砕け散ったガラスの残りがあり、太陽の光があまり届かない。また当たり前の用に電気も通っていないので、一切の灯りがないため薄暗い。

 

「さあ、私を楽しませろ!避ける技量くらいあるんだろう!」

 

 そんな中で、先ほどの女性の高い声が響き渡る。その声は、こんな状況に無理矢理置かされたというのに、不思議と憎たらしいほどに美しく感じられた。

 薄い陰の中から、相手が赤い瞳の残光と共に飛びかかってくる。

 咄嗟に右手の買ったばかりの本を袋ごと投げつけ、慌てて後ろへと振り返って近くに見つけた階段へと飛び込んだ。

 ボロボロの段差を頭を打たないように転がり降りて、階下へ到着すると同時に受け身をとって立ち上がり、直ぐに次の階段を降り始めた。

 

「ははっ、良いじゃないか!」

 

 そんな声が上から響いた。……どこの戦闘狂(バーサーカー)だよ、と頭の中でツッコむのを忘れずに俺は近くで武器になりそうな鉄パイプを拾い上げる。長さは目測70センチ、丁度良いくらいに振り回せそうな武器だ。

 途中で風が自由に出入りする窓から横目に外を眺めてみる。

 

「――オイオイ、マジで一体どこだよここ……?」

 

 そこに広がっていた信じられない光景に、俺は絶句せざるを得なかった。

 紫色に淀みつつどこか透き通った空に、今の地球にこんな場所が一体何処にあるんだと言わせるほどに広がった見渡す限りの大森林、博物館でみた翼竜ほどのサイズで飛ぶ鳥類。

 ……真剣に考えてみて真っ先に浮かぶ場所がゲームの地名なあたり、もう俺の頭も良い感じに常識が壊れてきたのかもしれない。

 

「信じられないな……もう魔界かどっかだろ、ココ」

 

 ――ドコンッ!

 近くの天井が一気に崩壊し、何かが上から落ちてくる――同時に、下へと突き抜けていった。……ゑ?

 

「おっとっと。つい力を入れすぎたな、っと!」

 

 またも――バカンッ!

 今度は床が崩壊し、その中から一つの陰が瓦礫と共に跳び上がってきた。

 その陰は近くの床に降り立ち、こちらへ向かって歩いてくる。

 

「先ほどぶりだなぁ少年。さあ、いい加減追いかけっこも止めにしようじゃないか?」

 

 ……無視しよう。

 振り返って次の階段を降りようとする――が。

 後ろから飛んできた何かが近くの天井を砕き、天井を崩壊させた。階段の入り口に次々と瓦礫が積み上がっていき、やがて一つのバリケードとなる。

 どうやらコレで完全に逃げ口をふさがれた、らしい。

 

「――いや、鬼ごっこを止めたいんならいい加減元の場所に返して欲しいんですけど。ほら、外もなんか暗いし、俺としてはそろそろ夕飯の準備をしたいなー、なんて……」

「そうは言いつつ、その右手にブツを構えている辺り、やる気はあるんだろう?だったらそれで良いじゃないか。飯が欲しいんなら後で作ってやるよ。お前の血はなんか熟成されたワインのように美味しかったからなぁ……。しばらく一緒にいて貰いたい気分なんだ」

「アンタみたいな美人にプロポーズされるのは嬉しいけど、狂気を振り回すヤンデレは専門外なんで、出来ればお断りしたいぜ……」

「ふふ、大丈夫だ。逃げないでさえいてくれたらずっとデレるから。それに、どんな女でも受け止めるのが男の真骨頂、だろう!?」

 

 バンッ!

 一瞬で女性は足を踏みきり、俺の前へと飛んで来る。――話が通じる相手じゃない!

 咄嗟に鉄パイプを力を込めて握りしめ、片手を峰に添えるようにしてガードする。美味い具合に女性の振りかぶった爪と俺の鉄パイプがクロスし、火花が散ると同時に俺は思いっきり後ろへと吹っ飛ばされた。

 

「――がはっ!」

 

 全身がコンクリの壁に打たれ、内臓と骨に強い衝撃が伝わる。

 それでも死にはしなかったらしく、ズルリと剥がれ落ちたときに俺は倒れることなく両足でなんとか地面に降りた。そんな鍛えていないはずだが、不思議と痛みはそれほど無かった。

 視界に僅かにノイズが走った気がするが、ここで倒れる暇を彼女は与えてくれないようだ。既に逃走+今の衝撃で息切れするほどスタミナが限界だというのに、こちらが立ったのに対して興奮の笑みを浮かべながら更に追撃を仕掛けてきたのだから。

 

「(下手に攻撃を受けるわけにはいかない――っ)」

 

 ガードしたというのに身体ごと飛ばされる、そんな攻撃を受けたら次は下手して気を失うかもしれない。

 だから、避けろ。相手の腕の動きを良く見て、観察()て、()て、()て――次へと繋がる動きで、回避する!

 

 その時の俺は、不思議なほどに感覚が研ぎ澄まされていた。

 普段だったら見えないような神速の攻撃を、風に揺られる柳のように。無駄に力を入れることなく、足腰の捌きだけで自分で言うのも何だが上手く回避していく。

 

「へ、ぇ!」

 

 目の前にある女性の瞳が驚きに開かれたのが見えた。

 しかし、回避するだけではこの状況を打破することは出来ない。

 現に俺の服には少しづつ切り傷が生まれてきているし、肌にも赤い線が刻まれてきているのが分かる。遠慮成しに彼女は顎、みぞおちへと鋭い攻撃を次から次へと繰り出してくる。

 何とかしてこの流れを打ち壊す一撃を作れたらいいのだが――。

 

「ホラホラホラ、攻撃してこないとどうにもならないぞ!」

 

 第一に、攻撃できる隙が見当たらない。

 第二に、この人、攻撃したところで興奮して更に激しさを増すだけなんじゃないか?

 ――こんないざという状況でどうすればいいのか教えてくれない学校って、何なんだよ!……ああ、さすがに文科省もここまで予想してないか。

 

「やかましいな、ったく……はぁっ!」

 

 相手が弾かれた左腕を引いたところで、闇雲に鉄パイプの折れた先をその肩へと突きだす。その代わり、逆に振ってきた右腕を甘んじて左腕で受ける。

 鋭く放ったように思えた一撃は吸い込まれるように女性の肩の骨の所を刺し砕いた。柔らかい肉の感触と、硬い骨を貫いた衝撃がこちらの右手に伝わる。

 同時に――ザシュッ!

 彼女の爪が俺の腕に深く斬り込み、肉を断たれた激痛が炎のように俺の神経を焼いた。

 

「アァァァァァ――ッ!!痛ぇなオイ!」

 

 俺の反撃が自らを貫いたのが意外だったようで、女は今度は自分から大きく後ろへと飛び離れた。その時右手の力が抜けていたせいか、鉄パイプも彼女の身体に刺さったまま離れて言ってしまった。

 

「へぇ、悪魔の身体を貫くなんてなぁ。見たところ人間だし、そんなに鍛えているわけでもなさそうだが……。どんな人生送ってるんだコイツ?」

 

 その一時の休みが、攻撃に集中していた事によるアドレナリンの分泌を失わせる。あのまま続けていれば単なる痛みでしかなかったのが、戦いの中断により、一転して死への恐怖として俺の身に襲いかかってくる。

 ――――もしかして俺、ここで死ぬのか?

 つい、そう思ってしまう。

 よく考えてみれば、どうせこの状況じゃ、どのみち助かるはずがない。

 こんな訳の分からないところへ助けが来るか?……いやそれどころか、助けに来てくれるような知り合いがいない。どうせろくに目的もなく、ただ学校へ行くだけの毎日だった。そんな現実なら、いっそ壊れてしまっても大した差はないのかもしれない。

 どうせ碌な人間関係もない。

 ああそうだ、俺が死んでも誰も悲しまない。強いて言うなら家族だろうが、海外を飛び回る両親とはもう数年近く会ってない。どうせ何もないだろうさ。

 もういい。死んでさっさと楽になったほうがいいんじゃなかろうか。

 

 俺の貫かれた左腕を中心として、急激に脱力感が広がっていく。

 

 

《――ほう……、本当にそうなのか、和真?だとしたら、随分と見ない間にゴミにも劣るクズに腑抜けてしまったようだな》

「っ!?」

 

 そんな諦めが広がっていた俺の頭の中に、突然、地獄の底から響いてきたかのような、低く厚い声が雷のように鋭く響き渡った。

 

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