機動戦士ガンダムSEED⇔(ターン)   作:sibaワークス

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陣営入れ替えガンダムSEEDです。


PHASE 40 「運命の船出」

 「自分が何をするべきなのか、彼女は分かっているようだった。

 俺もどうしなければならないのか、その時は既に、気が付いているはずだった」

 

 

 

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 先日の騒動の後、アスランはホンコン自治警察からすぐに解放された。

”テロリストが極秘に来訪していた要人を狙った”

事件はそのように処理された。

 

 

 アスランはといえば、キラ・ヤマトがなぜあそこに居たのか。

そして――想いを寄せた、ミーア・キャンベルという少女がラクス・クラインであったという事実に、呆然とするばかりであった。

 

 

 事件の後、クルーゼと共にアークエンジェルに帰ったアスランは、バルトフェルドからも事態の報告を求められた。

 

 「なるほど、彼女を狙って、ね。 彼女……オーブの姫君、ラクス・クラインは、メディアにこそ出ないが、連合の政治家や軍人の間でも有名でね、幼いころから父親の外交を補佐していたって聞く」

 「彼女が……?」

 おっとりとしていて、まるで陽だまりの中から生まれてきたような、彼女の表情――そこからは想像もつかない事だった。

 だが、アスランにも覚えがないわけではない。

 ヘリオポリスで一瞬見せた怜悧な表情や、シベリアでの毅然としたふるまい、あの謎の少年たちに追われたときの身のこなし――。

 ただの少女ではない、何かが見え隠れしていた。

 「シベリアに居たのも、極秘裏にユーラシア連邦の要人と会談するためだったそうだ。そこで、この船に拾われ、彼女は自身の国が作り上げた兵器を自らの目で見たいと考えた……」

 「それで、艦長は、あの娘に脅されて、彼女の身分を私たちに知らせず、この船に乗せたという訳か……大方ヘリオポリスの件で、だな?」

 「おいおい……よしてくれよ」

 バルトフェルドは苦笑した。

 「まあ、黙ってて悪かったよ、だが、僕も事が済むまでは、大っぴらに話すわけにはいかないと思ってね」

 そんな大人たちの会話を聞くことで、アスランはミーアが余計に、ラクスという存在だったということを痛感した。 

 

 「……ザフトの兵士が、現場にいた様なのですが」

 と、アスランは思わず、もう一つ気になっていた事を口にした。

 今の話題を聞き続けるのが些か辛かったこともあるだろう。

 「ロアノーク隊のようだな、恐らく我々を追跡し、ホンコンに入っていたのだ。 まあ、予想は出来ていたことだがね、追われる君たちを見て、後を付けた、らしいが……」

 クルーゼがアスランに言った。

 

 「彼女がザフトと通じている可能性は無い、か……?」

 その報告も耳にしていたバルトフェルドが言った。

 何か、思うところがあったのだろう。

 「そんな……!? どうしてそんなことを?」

 アスランが驚いて聞き返す。

 「いや……それは無いな。 で、あればアークエンジェルに乗り込むまではせんだろう」

 バルトフェルドは顎を抑えた。

 

 

 (思惑が交差した、ということだろう。 この街ならあり得ることだ……)

 クルーゼは内心そう思っていた。

 だが、それが運命と呼ぶべきものなのか、”誰か”が仕組んだことなのか。

 テロリストのモノとされるモビルスーツについても、内心、見当が付いていた。

 だが、クルーゼは自身の望みが叶う、その時まで、軍人として振舞うだけだった。

 

 

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 ラクス達がアークエンジェル内にあてがわれた部屋では、側近の少女たちが下船の為の荷造りをしていた。

 「見てみて~ミゲルさんといっぱいチェキちゃった~!」

 アサギが端末に撮られた大量の写真を、ラクスと他の二人に自慢する。

 

 「分かったわよ!」

 苦笑しながらも写真を見てやるマユラ。

 「そうだ、マユラはどうだったの、デート」

 「悪くなかったわよ。 まあ、ゲームばっかりで雰囲気の欠片もなかったけどね、食事もラーメンだったし!」

 「あら、あたしはニコル君と……ふっふ」

 「なによ、ジュリ……教えなさいよ!」

 

 三人娘が作業を進めながらも、賑やかに燥いでいた。

 

 「あ、でも……ラクス様は……あんなことになってしまって」

 ジュリが申し訳なさそうにラクスに言った。

 

 「いえいえ……とても素敵なデートでしたわ」

 ラクスはニッコリと笑って言った。

 「アスラン・ザラ……あの人はわたくしの騎士になってくれる方かもしれません」

 

 彼女はシャーマンであった。

 人を冷静に智識で判断し、かつその本質は肉身と感性で見抜いていた。

 アスラン・ザラ――その内側に秘めた純粋さ、正義漢そして――弱さ。

 

 それまでの旅路で彼女は彼を励まし、揺さぶり、支えた。

 そして口づけの瞬間。

 それは帰結した。

 

 

 「わたくしは……」

 

 そして彼女は、もう一つのことに思いを馳せた。

 

 

 

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 「お忍びで来ていたオーブの姫様を狙った、か……」

 ボスゴロフ船内、自室のネオ・ロアノークはホンコン自治政府の発表したニュースを眺めてつぶやいた。

 「キラ、お前……あの姫様と面識でもあったのか? 彼女が襲われているのを見て、あの廃墟に向かったとのことだが」

 部屋の中には、キラ・ヤマトが招かれていた。

 キラが、ラクス・クライン襲撃、並びに、モビルスーツによる無差別破壊の際、現場に居合わせた事を改めて聞こうと思ったのだ。

 ――ネオはアスラン・ザラの事までは把握していない。

 

 

 ホンコン政府の聴取はキラとネオの予想に反して実に簡易的なモノだった。

 ネオは知っている、裏で”誰か”が手を回しているのだ。

 

 「いえ……最初は、プラントの知人と見間違えて」

 「知人?」

 「ええ……負傷で入院している筈の……友人を見かけた気がして……その、サイ・アーガイルの……」

 にわかに、キラの肩が震えた。

 「ああ……マティウス市で療養していると聴いているが……まさか、その子がホンコンにいたってか?」

 「いえ、結局、見間違いだったみたいです、その人影を追いかけて路地裏に入ったら、偶然彼女たちが」

 「”偶然”か……」

 ネオはマスクから露出した顎を抑えて考えるしぐさをした。

 

 (ギルバート・デュランダルのいるところ、偶然が多発するとでも言うのか?)

 昨日面会した、あの得体のしれない男の事を、ネオは思い返していた。

 

 「ホンコンが結果的に無事だったのは何よりだが、致し方ない事とはいえ、足つきに動きがバレちまったかな……まあ、ここは一つ、海坊主達と合せることにしますか」

 「……そういえば、ロアノーク隊長」

 「ン?」

 「……いえ、あの襲撃者は本当にテロリストかと思いまして」

 「ホンコンシティみたいな場所で起きた事だ、何もかもがキナ臭いな」

 

 キラが聞きたい話は、本当は全く違うモノであった。

 キラ・ヤマトはあの場にいたサングラスの男性の事を思いだしていた。

 ネオ・ロアノークが”ラウ・ル・クルーゼ”と呼んだアスランの背後に立っていたあの人物……キラ自身、どこかで会ったような……そんな既視感を覚えていたのだ。

 戦場で何度か立ち会ったからだろうか?

 が、ネオに直接それを聞くのは――何故かとても憚られて、キラは最後までその話題に触れることは無かった。

 

 因縁のような物がある。

 ネオがそのクルーゼという名を口にするたび、その傍らで戦っていたキラは密かに感じていたのだ。

 

 

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 翌朝。

 アークエンジェルのタラップから下りた少女たちが、船を見上げる。

 

 そして、アサギ、ジュリ、マユラらは見送りに来ていたニコルやミゲルたちに手を振ると、ラクスの分の荷物迄持って、用意された車に運んだ。

 

「――それでは、わたくしたちはここで」

 潮風に流れる髪を抑えながらラクスは言った。

 「……ええ」

 アスランは、ラクスの微笑みを見ながら言った。

 

 そこにある表情は、いつも自分に向けられていた彼女の顔に違いなかった。

 遠い、とは感じなかった。

 しかし、彼女はミーアではないのだ。

 

 「アスラン」

 

 ラクスは微笑みながら、アスランの手を取った。

 

 「また、お会いしましょう」

 「ミーア……ええ」

 アスランは手を握り返した。

 そして……

 「あっ」

 ラクスはアスランの頬に口づけた。

 「生きて、必ず」

 

 

 

 そうして、彼女らは港から去って行った。

 

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 ホンコン・シティの港から、太平洋を突っ切る形でアークエンジェルは出航した。

 目下は、赤道連合の領海に沿って東へと進んでいくことになる。

 長旅である。

 

 

 東南アジアからなる、赤道連合は、中立の立場を取って居るものの、現在は大西洋連邦の圧力に屈し、親地球連合の動きを見せていた。

 しかし、名目上の中立国の領域で、ザフトが大規模な強襲を仕掛けてくる可能性は低い。

 

 そして、それを追う立場にあるザフトのカーペンタリア基地は、オーストラリアに建造されていた。

 親プラント国家の立場を取っている大洋州連合が提供した土地である。

 大洋州連合は、過去にプラント理事国家から外された経緯を持っていた為、戦争に乗じて、ザフトと密約し、事実上の援助をしていた。

 

 すべては、戦後の利益の為である。

 

 この戦争はナチュラルとコーディネイターの対立、というただ単純なものではなく、政治と経済の絡み合ったイス取りゲームでもあった。

 しかし、アークエンジェルにとっては、それは関係ない。

 

 

 地理的に、アークエンジェルにとっては現在の状況は有利と言えた。

 

 ザフトに南に追い込まれることなく、中立地帯スレスレを飛び、太平洋を無事に突っ切り、アラスカにある地球連合軍本部を目指す事。

 それだけが、今のアークエンジェルの目的であった。

 

 

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 ダンテのオフィスはホンコンの高層ビルの一角、その上階にあった。

 そこから、彼は、白い巨体がゆっくりと海に流れていく様を見た。

 

 「……”アンディ”の船が出るか」

 コーヒーを啜るダンテ・ゴルディジャーニ。

 (入れ違いにサーペント・テイル商会が来るとは、ホンコンも休まる暇がないな)

 スケジュールに書かれた、新たな来客の予定を目にしたダンテは、僅かに口元をゆがめた。

 

 「しかし……アンドリューが来た矢先に、あのモビルスーツ騒ぎで、保護された最後のプログラム対象までもが脱走とはな……まあ、金持ちのジジイの所有物になっているよりは良いか?」

 

 

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  別の高層ビルの一室で、ダンテと同様に、上層からアークエンジェルの出航を見つめる者たちがいた。

 ラクス・クラインとその側近。

 そして、ラクスの父、シーゲル・クラインである。

 シーゲルは簡素なスーツ姿で、ラクスは赤の上品なスーツドレスに着替えている。

 

 「……これが、お前が旅をして得た全データ、そして、もぎ取った交渉の結果か」

 「ええ」

 ラクスは微笑を浮べた。

 そして、ティーカップをもち上げると、徐々に海に出ていくアークエンンジェルの姿を、茶を飲みながら見つめた。

 シーゲルは、ちらりとその方向を見るも、すぐに手元のタブレット型のコンピュータ端末に視線を移した。

 「しかし……その”少年”の話が本当なら……」

 シーゲルが”アスラン”のデータを見て何かを言いかける。

 「……昔を思い出しますか?」

 ラクスが、続けた。 

 「そうだな」

 シーゲルは、幾つか保存されたアスランの写真を眺めた。

 

 自分の旧知の人物とはそれほど似ていなかった。

 母親似なのかもしれない。

 が、娘のラクスと並んで写った時のどこか不器用な笑顔は、彼とよく似ていた気がしていた。

 

 

 

 「……お前が紹介してくれた少年も、なかなか見どころがありそうだ。 彼、イザークとそのアスランが、私とウズミのようになればよいが……」

 「ええ……彼らの友情は戦後にこそ、輝くかもしれませんわね」

 「あまり物事の先を見すぎるものではないぞ、ラクス」 

 「うふふ」

 

 ラクスはお茶を飲み終えると、ティーカップをオルガ・サブナックに手渡した。

 「ユーラシアの方々に話はお通ししてあります……タリア・グラディス中将には残念ながら接触できませんでしたが」

 「あの局面では致し方ありませんわ、よくやってくれました」

 オルガはラクスに一礼した。

 「しかし、事が地球軍に有利に動きすぎている気もする」

 「……ええ、オーブも動きづらいですわね」

 シーゲルは一通り情報を見終えると、タブレット端末を机に置き、アークエンジェルを眺めた。

 

 

 「……さあ、お父様、アークエンジェルの戦闘を見られる機会となるかもしれませんわ?」

 「ふむ……」

 シーゲルは目を細めて、沖に向かうアークエンジェルをじっと追った。

 と、視界の片隅に妙なものが見えた気がした。

 

 (船が……?)

 アークエンジェルの進路に重ならないようにして、古い旅客船のような船が海に流れるのを、シーゲルは見つけていた。

 

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 ――ボスゴロフ級潜水艦、クストーのブリッジ。

 指揮官であるジェラード・ガルシアがモニターに映るモビルスーツのデータをチェックをしている。

 「カーペンタリア経由でカオシュンの部隊に頭を下げ……揃えたモビルスーツはディンが3、グーンが6、そしてこのゾノ……これならば足つきを海に沈めることも出来る……!」

 ガルシアは、自らモビルスーツに乗り込む気でいた。

 これが最後のチャンスなのだ。

 失態を重ねていた自分が、この不快な重力の中、ナチュラルと戦うことも出来ず、日々哨戒任務に明け暮れ、無益に時間を浪費するのは苦痛でしかなかった。

 

 ザフトに自ら志願した身とはいえ、プラント本国には残してきた研究もある、家族もいる。

 一刻も早く功績をあげ無ければならなかった。

 

 「私が死ぬ事は無い、私は”不死身のガルシア”なのだ……!」

 

 元々薄毛だった頭を剃り上げているのは、彼がザフトに参加すると決めたことの”けじめ”だった。

 ナチュラル的と、同胞から言われるかもしれなかったが、ガルシアはジンクスというものを信じていた。

 

 所詮、人間がすることである、最もの不覚的要素は精神的動揺にあると知っていた。

 故に自身の能力の不足からくる失敗はあったとしても、最善を尽くし、次につなげる方法を取れる事。

 それが自身を信じる事であり、ガルシアの哲学であり、そうした不屈の精神が、ザフトという組織の窓際に追い込まれた者たちに、妙な人望を与えるところでもあった。

 それゆえ、カオシュンの膠着から空いたモビルスーツとパイロットの補充を十二分に受けることが出来たのだ。

 温存していたモビルスーツも出し、後の始末も考えず、全ての戦力を出し切るつもりでいる。

 

 「へっ、今度は俺も本気で行きまさぁ……俺はディンの方が得意でしてね……」

 ブリーフィングルームからバルサム・アーレンドが言ってきた。

 おめおめと逃げ帰ってきたというのに調子のいい男だ、とガルシアは思ったが、後がないのはこの男も一緒だった。

 「失敗は許されんぞバルサム! その蒼雷(サンダーインパルス)の名、しくじれば二度と名乗れんと知れい!」

 「へっ、へい!」

 

 狙いは、ホンコン・シティの領海ギリギリ。

 小細工無しの短期決戦である。

 

 「――隊長、ネオ・ロアノーク隊から合流の要請と、攻撃を支援するという電文が入っておりますが」

 ガルシアの副官であり艦長であるビダルフが言った。

 

 「無視しろ、合流なんぞ待っていられるか! ネオ・ロアノークはホンコンでひと騒ぎ起こしたらしいからな、フン、その埋め合わせに使われてたまるか、なあに、直ぐには追いつけんだろう……やつらにも手出しはさせんさ!」

 

 ガルシアが短期決戦を部隊に強いたのは、ネオ・ロアノーク部隊をなんとしても介入させないという、強い思惑もあった。

 

 「それから隊長、ホンコンの船が、足つきの後ろに二隻ついてきているようです、一隻は不明ですが、もう一隻は海上警備の船の様です……戦闘はメデイァに中継される可能性があります、世論を考えると、本国に後で何と言われるか……」

 ビダルフはもう一つ、懸念していた事を言った。

 「ふん、構わん、今更地球の世論がどうともあるまい、むしろプラントにいる連中と地球のナチュラルに見せてやるさ、足つきの堕ちる所を」

 

 

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 アークエンジェルが出航する少し前に、兄妹の乗る旅客船は、予定を急遽早めて出航した。

 昨日のテロ――フィーニス・ソキウスが自爆した件を受けて、乗客が騒ぎを始めたからだ。

 

 その船籍は地球連合国で、乗客の多くは富裕層や知識人だった。

 香港で滞在が望めないとわかると、彼らは、復興の始まりつつあった大西洋連邦の都市に移動を始めよう、ということになったのである。

 この船はそうした乗客たちのニーズに答えて、準備が進められていたモノだった。

 

 不安がる妹に寄り添う兄が、水平線を眺めている。

 二人にとって、戦争が身近に感じられるようになったのは最近だ。

 

 少し前まで、コロニーに居たのだが――戦況の悪化から、地球に降りてきたのだ。

 

 人口増加による各国の移民政策を受けて、地球に住めるのはその土地に土着した生活を望む人か、一部の富裕層、特権階級の人々が多かった。

 

 地球の都市に住むより、宇宙に住んだ方が税金も安く、仕事も多く、閉じたその世界の中は戦争でもなければ、地球での出身国の文化や、人種的な問題は別として、コーディネイターとナチュラルの軋轢に悩まされる事は無かった。

 

 しかし、ヘリオポリス崩壊を受けて事態は変わった。

 技術者であった少年の両親は地球軍にその技術を買われて――いつビームが飛んでくるかわからない宇宙から地球に降りることにしたのだ。

 

 だが、そこでまた、両親と自分たちは各地をたらいまわしにされることになった。

 彼の両親は些か後悔していた。

 子供達の為を思って、地球に来たのに、と。

 が、子供たちにとっては、多少の恐怖はあるものの、地球という土地を船で廻れること自体は苦しくなかった。

 両親と一緒で、比較的安全な地域を転々としていたから、ではあったが。

 

 

 「あ、こんなところにいた」

 「あ……」

 赤い髪に少し毛を逆立てた少女が、少年の袖を引いた。

 「この船に乗れるのは、ウチの父さんのおかげなんだから、感謝してよね?」

 少しお姉さんぶって笑うその幼馴染の少女の態度は、いつも少年をムッとさせた。

 だが、少女は、その少年の態度が可愛くてついやってしまう。

 

 「……ね、向こうに言ったら、また一緒の学校にいくのよね?」

 「でも、無事に行けるかわからないだろ」

 「そんなこといって、戦争で死ぬのなんて、アタシいやよ」

 「だって、地球連合だって、勝てるかわからないし」

 「――知らないの? 地球連合はモビルスーツを開発したのよ! 赤いモビルスーツで、ザフトのエースパイロットをみんなやっつけちゃったんだから」

 赤色が好きな少女はモビルスーツをヒーローのように語る。

 戦争はヒーローごっこじゃないのにと、少年は思ったが、この口うるさい幼馴染の気を逆立てたくないと思う程度には少年は成長していた。

 

 「ねえ……さっき、見慣れない子供が船に乗っていたの、いこ? ……マユちゃんも一緒に?」

 「うん、お姉ちゃん」

 「……マユ! 父さんたちを待ってようよ」

 少年は、父の言いつけを素直に守ろうとした。

 いい子なのだ。

 「ふふ、決まりね」

 だが、赤毛の少女は妹を連れて行ってしまおうとする。

 「ま、待てよマユ! ……ルナマリア!」

 「置いていくわよーシン?」

 

 三人の少年少女たちは、船室の奥へと向かった。

 

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 「……目標補足、連合の足つきだ……ビダルフ! クストーに火を入れろ! ワシがゾノで先に仕掛ける! 一気に仕留めるぞ」

 

 ジェラード・ガルシアがゾノのコクピットの中で叫ぶ。

 クストーのドライチューブに、注水が始まり、水圧への調整が始まった。

 「……ネオ・ロアノークに見せつけてやる、”不死身のガルシア”の戦いを!」

 抵抗を減らす為、わずかな角度で開いた出撃カタパルトから、モビルスーツ、ゾノが出撃した。

 

 その姿は手の生えた緑色の球体、とでも言うべき姿で、イカのような姿をしたグーンとはまた違った意味での異様を見せていた。

 長い手の先には鋭いクロー、そして球体のトップには、申し訳程度に頭部と言えるものが付いており、そこにはジンにも付いている、各種アンテナデバイスを満載したトサカと――そして不気味に光るモノアイが輝いていた。

 それは、両生類のような、半魚人――もしくは、こう言ったほうが、多くの人間には伝わるかもしれないだろう「海の怪物」と。

 

 

 

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 「何!? ソナーに反応だと? 確かか!?」

 バルトフェルドがあまりに急な攻撃に声を上げた。

 ガルシアの強引ともいえる作戦は、ひとまずバルトフェルドらアークエンジェルクルーを驚かせることには成功していた。

 「なんとまあ、非武装地域を抜けた途端にとはね」

 「引き返したいところですね」

 ダコスタが笑った。

 最近バルトフェルドに言動が似てきた。

 無論、冗談である。

 引き返したところで、自体は解決するわけではない、いずれ戦闘は避けられぬ事は明白であった。

 

 それに、ホンコンはありとあらゆる勢力を受け入れる土地であるが故、ルールは厳しく定められていた。

 滞在許可時間を破り、さらには敵を引き連れて逃げ込んだアークエンジェルがどうなるか、恐らくは敵に敗れたほうがマシな程の面倒事が待っているだろう。

 

 

 

 「総員、第一戦闘配備!」

 「繰り返ス! 総員、第一戦闘配備!」

 

 バルトフェルドが号令を出し、アイシャがそれを復唱した。

 

 

 号令を聞いたアスランが船室から飛び出て、パイロットルームへと向かう。

 「……アスラン!」

 途中、イザーク達と鉢合わせる。

 「頼むぞ、アスラン」

 「僕たちも頑張りますから!」

 イザークとニコルが、アスランに笑顔で言う。

 

 「ああ、任せてくれ」

 アスランは頷いた。

 そして、頬を撫でる。

 ラクスに別れのキスをしてもらった所だ。

   

 ラクスの言葉は、アスランの中でまだ生きていた。

 (彼女が、ニコルやディアッカの国の姫なら……無関係ではないか……)

 そんな愚にもつかないことを思って、自分を奮い立たせていた。

  

 

 

 一方アークエンジェルのブリッジでは、

 「数は分かるか!」

 「これは……音紋照合……グーン6、不明機1!!」

 「空中からもモビルスーツ接近……ザフトの飛行型モビルスーツ、ディンです!!」

 「魚雷の接近も確認! 恐らくはボスゴロフ級です!」

 カークウッドとメイラムが叫ぶ。

 「なんという大部隊で……! ……イージスはD型(Depth)で出せ!  魚雷の第一波を迎撃したのち、アークエンジェルは浮上! クルーゼのスカイディフェンサーと共に、ディンを迎え撃つぞ!」

 

 

 CIC室のアイシャは、バルトフェルドの命令通りに、発射された魚雷の第一波を、同じく魚雷で打ち落とした。

 しかし、その後つづく第二波、第三波に、前回と同じく、魚雷ではない物体を見つけた。

 ――水中用モビルスーツ、グーンである。

 更に、今回はその中に、一際加速をつけて接近する物体もあった。

 

 「アスラン・ザラ、気を付けテ、特別な敵がイルワ!」 

 

 

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 「……ただいま、ホンコンの領海近くで、地球連合軍艦と、ザフト軍との戦闘が開始された模様です……ニュースは引き続き、こちらの情報をお伝えします」

 ホンコンのケーブル・テレビジョンはレーザー中継された海戦の様子を映していた。

 

 アークエンジェルの後方を船で追跡していたホンコンの自治組織が流す公営放送である。

 恐らくはドローンを使って撮影されているからか、画質はそこまで良くなかったが、その白い巨体は紛れもなくアークエンジェルであった。

 

 「モビルスーツの姿は見えんな」

 「恐らく、海中で戦っているのでしょう」

 「ふむ……」

 ラクス・クラインとシーゲル・クラインがテレビを見て言った。

 「うふふ、アークエンジェルはいいから、イージスの活躍を見せてほしいものですわね」

 ラクスが冗談めかして笑った。

 

 

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 (アスラン……)

 ボスゴロフの艦内でも、ケーブルTV局とラインが繋がっている間は、ホンコンの放送を見ることが出来た。

 ブリーフィングルームに、ネオが特別に許可して、テレビの中継を映している。

 キラは戦闘の様子を黙って見つめている。

 いっそ、このまま沈んでくれたら――。

 しかし、

 「海坊主相手に――足つきが沈んでほしくはないかねぇ……」

 ネオは、こちらの電文を無視し、単艦アークエンジェルに挑むガルシアの事を思い出し、苦笑してそう言った。

 そのような相手に、幾度も自分たちを退けた敵が負けては欲しくないのだ。

 

 「当然だぜ! ブリッツもバスターもようやく修理が終わったし、足つき落とすのは全員集合したロアノーク隊だ!」

 トールは、勇ましげに、片方の掌を、もう片方の拳でパチンと叩いた。

 

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 「――ディアッカ」

 ディアッカの父、タッドエルスマンも、ホンコンのカフェで、市内用ポータブルテレビを見ながら、その様子を見守っていた。

 結局は息子は降りなかっただろうと、彼は思った。

 

 

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 「さてと……ラウ、見せてもらおうか、エンデュミオンの鷹の活躍ぶりとやらを」

 デュランダルもまた、自室の一つである、豪奢な中華風の一室で机につき、珍しくチェス盤を横にどけ、テレビから流れるアークエンジェルの映像を見つめた。

 

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 アークエンジェルからは、先ず、クルーゼのスカイ・ディフェンサーが発進された。

 白に赤のラインの入ったその戦闘機は、大きく上空を旋回すると、接近するディンの姿を見つけた。

 

 「恐らく、あのモビルスーツはまたレーザーの照射係だな……本命はミサイルか……」

 クルーゼは、その敵モビルスーツの数から、これが敵部隊にとっての決戦であることを悟っていた。

 恐らく、飛来するミサイルの数も前回の比ではないだろう。

 

 弾薬以外の物資の補給はホンコンである程度出来たものの、アークエンジェルは天国(ニェーボ)で仮修理を受けただけの状態なのだ。

 宇宙からシベリアに至るまでの戦闘のダメージは、残っていた。

 集中砲火に晒されれば、アークエンジェルは持つだろうか?

 

 と、ディンがアークエンジェルに接近すると同時に、敵艦からミサイルが発射されたという信号がキャッチされた。

 「発射位置から敵艦の位置が推測できたか……?」

 

 クルーゼはディンに牽制のビーム砲を放つ。

 しかし、ディンはスカイディフェンサーから距離を取り、クルーゼと艦に近づき過ぎないようにした。

 敵は逃げ回りつつ、レーザー照射を行っているため、埒が明かない。

 

 ならば、とクルーゼが敵母艦へ攻撃を加えようと反転したところ――コクピットのアラートが、直下の海上からの攻撃を教えた。

 

 

 浮上してきたディンが、スカイ・ディフェンサーに向けてミサイルを発射してきたのだ。

 「もうここまでグーンに近づかれたのか……!」

 今度は、クルーゼがグーンの攻撃と、ディンの牽制に回避一辺倒となる。

 

 「アスランは……!?」

 

 グーンを抑える筈のアスランの反応が近くには無い。

 隊長機らしき機体に、足止めされているようだった。

 

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 D型装備を付け、モビルアーマー形態となったイージスは潜水艦のように海中を進んだ。

 と……。

 

 「グーンより早い……!」

 接敵する敵の中に、ひときわ早い反応があるのを見つけた。

 

 「――イージスか、アイツはワシがやる! グーン隊は、全機、アークエンジェルを狙えッ!」

 ガルシアの水中用モビルスーツ、ゾノがその巨体を以てイージスに突っ込んだ。

 

 

 ゾノは、イージスよりも一回り大きく、その全体が水圧に耐える為の重装甲となっていた。

 そのゾノが、水中を全速で突っ込んでる様は、まるで鉄球投げのハンマーが近づいてくるようだった。

 

 「迂闊なッ!」

 だが、アスランは動じず、イージスの脚部を展開させて、スキュラを構えた。

 

 「ぬはは! やって見せろ!」

 イージスはスキュラ――フォノン・メーザーに変換された砲を放つが、水中のゾノの機動は思う以上に素早く、命中しなかった。

 「チィッ!」

 アスランが舌打ちすると、ガルシアのゾノはそのまま構わずイージスへ突っ込んだ。

 「なら!」

 アスランもまた、エンジンを吹かしてゾノに突っ込む。

 

 ガッ!!

 巨大な”掌”と言った様子のモビルアーマー形態のイージスが、ゾノをアームで捕まえると、放たれたハンマーを、手で受け止めるような構図になった。

 

 ズゴゴゴ!!

 凄まじい振動が、両者のコクピットを襲う。

 「うっ……! なんてパワーだ!」

 「イージスめ、水中でスモーを取る気かァ!?」

 ゾノの推力を、何とか受け止め殺したイージスは、ゾノを掴んだまま、一撃必殺の砲、スキュラを放とうとする――ゾノは逃げられない。

 だが、

 「その武器がチャージするまでには数秒掛かる……!」

 と、ゾノはその長い手を伸ばし、イージスの胴に向け――。

 「しまった!?」

 気付いたアスランが、ゾノを解き放つが遅かった。

 ゾノの掌にはフォノン・メーザー砲が搭載されていた。

 捕まえたつもりが、捕まえられていたのだ。

 

 フォノン・メーザーが砲がイージスに命中した。

 PS装甲にもある程度の効果があるようだった。

 被弾した個所のチェックをすると、装甲の破砕迄は行ってないようだが、スラスター部にかなりのダメージを受けてしまったようだ。

 「くそっ!」

 

 モビルアーマー形態では仕留められない敵だと悟ったアスランは、イージスをヒト型に戻す。

 イージスは、格闘用のクローを展開した。

 ――水中ではビーム・サーベルは使えなかった。

 水中ではビームは著しく減衰してしまう他、ビームのプラズマが水と触れると激しい水蒸気爆発を起こした。

 下手をすれば、ビームサーベルの発振機側を、負荷で故障させてしまう可能性もあった。

 (しかし、あの巨体をこのクローで仕留められるだろうか……)

 

 既に、アークエンジェルと距離が生まれている。

 アスランはじりじりと艦から引き離され、少しばかりの焦りが生まれていた。

 

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 「回避しつつロール20、ダコスタ!」

 「やりますよ!」

 「バリアントを展開! グーンを近づけるな!」

 

 バルトフェルドが檄を飛ばす。

 「底部、イーゲルシュテルン起動! ……ンッ!?」

 アークエンジェルが揺れた。

 いかせん、グーンの数が多かった

 グーンのミサイルは、イーゲルシュテルン、底部大型バルカン砲の迎撃を掻い潜って、アークエンジェルに命中した。

 「CIC、グーンに集中砲火……!」

 「ダメよ、アンディ! 敵艦からのミサイルもクルワ!」

 「……くっ! ディンを何とかしなければ、どうにもならんか!」

 

 敵の空中戦用モビルスーツ、ディンは飛行形態をとりながら、アークエンジェルに対してレーザー照射を行っていた。

 その照射めがけて、母艦であるクストーから放たれたミサイルが向かう、というわけである。

 

 「NジャマーのECM、EP最大強度! レーザーへのジャミングも出せ!」

 バルトフェルドはCICのイザークに向けて言った。

 「やってますッ!」

 必死に操作をするイザークが怒鳴って返した。

 「落ち着いてイザーク!」

 「っ……すまん、フレイ」

 フレイも今は、CIC席の一席に座って、艦の仕事を補佐するまでになっていた。

 シベリアではイザークがジン・タンクに乗っていた為、その代わりを務めていたからだ。

 

 イザークが操作したECMとは、Electronic Counter Measuresの略で、要するに敵への電子妨害である。

 敵軍のレーダーや電子兵器を妨害し、通信や誘導を阻害するのが目的だった。

 レーダー照射は完全には防げないだろうが、敵軍のモビルスーツと艦の連携をある程度は阻害することは出来るはずだった。

 

 「……クルーゼは何をやっているか!」 

 しかし、それも今の状況では時間稼ぎにしかならない、バルトフェルドは叫んだ。

 

 

  

 ――クルーゼは、ディンに対して先ほどから攻撃を仕掛けていたが、ディンの側は、ただひたすら回避に専念していた。

 

 その中、一際動きの速い、”蒼い”ディンが、クルーゼを必死に翻弄していた。

 

 「――ち、ECMがきつくて、クストーとの連携が厳しい……! だが、俺だってザフトだ、与えられた任務くらいやってみせらぁ!」

 

 バルサム・アーレンド用にチューン・ナップされたディンだ。

 

 「シューマッハ! ハイネル! ミサイルを誘導し続けるんだ!」

 この作戦の肝は、母艦とグーン隊の攻撃であった。

 本当は自身で功を立てたいバルサムであったが、勝つためには手段を選ばないガルシアの気迫に従った。

 「へ……! ホンコンのテレビに映ってるんだろう! 蒼雷(サンダーインパルス)がエンデュミオンの鷹を手玉に取る所、見せてやるよ……!」

 バルサムが、牽制にライフルを放つ。

 

 落ちなければいいのだ、クルーゼにとっては、不利な戦いである。

 

 

 結果、キャプテンシートのバルトフェルドも変わらず、対応に追われることになった。

 

 「……これだけのミサイルを撃ってきているということは、敵艦は、海上に浮上して、ディンの情報を受け取っている可能性が高いな」

 「発射角から、敵の艦の大まかな位置は割り出しておりますが!」

 「こちらも長距離ミサイルで、敵艦を攻撃、いや牽制だけでもできれば……! バリアント……角度を付けて撃て! ウォンバット装填!」

 バルトフェルドが呻いた。

 「そうだ……もう一機、スカイディフェンサーが……!」

 イザークが思いついたように言った。

 アークエンジェル隊は、ニェーボで、もう一機、補充のスカイ・ディフェンサーを受領していた。

 「パイロットがいないだろう……!」

 「こ、このまま沈むくらいなら!」

 と、挙手する者がいた、ニコルだ。

 

 「ディ、ディフェンサーの操縦系統を以前に拝見しましたが、エアプレーンのライセンスがあるボクでも出来ます! アスランと飛空形態のイージスに乗ったこともありますし! 敵艦を見つけて、レーザー照射をするなら……!」

 「じょ、冗談だろ、ニコル!!」

 ディアッカが絶叫した。

 イザークも、CIC席で、火器をチェックしながらも絶句している。

 

 「……グーンの数も多い! この火線の中、素人パイロットを出すなんて、あり得ん! アマルフィ二等兵は引き続き、コ・パイロットとしてダコスタの補佐を!」

 「……でも!」

 

 ――再度、アークエンジェルの底部にグーンのミサイルが被弾した。

 大きくブリッジが揺れる。

 

 「うう……っ!」

 ニコルは押し黙って、そのまま操舵補佐をつづけた。

 

 

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 「フハハ! どうだイージス! ゾノの性能は!」

 ゾノが鉤爪を付いた腕を振り回すと、イージスはそれをシールドで防いだ。

 が、その力は凄まじく、イージスは海中を吹き飛ばされた。

 「なんてパワーだ……!」

 

 アスランのイージスは手を前に翳した。

 イージス・プラスへの改修を受けた際に、人で言う袖口の所に、グレネードの発射機構が追加されていた。

 「これならッ!!」

 「ぬぅっ!?」

 グレネード射出口から放たれたのは魚雷だった――真っすぐ、ゾノに向って命中――したが、肩の装甲をゆがめただけで、ゾノを落とすには至らなかった。

 

 「なるほど、そういう武器も用意していたのか! だが残念だったな!」

 ゾノも同様に魚雷を発射した。

 ゾノは首のまわりに、ぐるりと囲むようにしてミサイル発射口が設置されている。

 533mmの6連装魚雷発射管が左右に一つずつである。

 12発の魚雷を同時に発射できるものであった。

 「チッ!」

 しかし、動揺せず、巧みにゾノの魚雷を避けるイージス。

 

 (いけるか……!?)

 アスランは再度、接近してきたゾノに、クローで斬りかかる――しかし。

 ガッ! 装甲に少し突き刺さるだけで、ゾノの致命傷には至らない。

 

 イージスは、再度大きくクローをゾノに振りかざした、しかし、クローは肩部装甲を少し切り裂いただけで弾き返された。

 

 (パワーと装甲……厄介な!) 

 

 とアスランが苦戦しているところに……。

 

 「なんだ、増援!?」

 

 アスランは、イージスの高性能レーダーに反応するものを見つけた。

 それはモビルスーツではなく、巨大な影――船だった。

 

 ――その海域の戦闘で、イージスとアスランだけがその存在に気が付いていた。

 

 ECMが過剰に展開された海上戦の為、接近に誰も気が付かなかったのと、イージスの指揮官機としての、性能が故であった。

 

 「ハッハッハ!! 終りだ……落ちろ、イージス!」

 ガルシアが、高笑いをあげて、トドメを刺そうと、大量のミサイルを放った。

 ミサイルで動きを止めた後は、必殺のフォノン・メーザー砲でとどめを刺す……!

 

 

 「――まずい!」 

 

 

 イージスは、発射されたミサイルを見ると、盾を構えて、水中を急いだ。

 

 

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 ――海を往く民間の渡航船。

 

 

 「ねえ、貴女?」

 「ヒッ……!」

 

 倉庫の一角に、その子供はいた。

 少女――ルナマリアが、その女の子に近づく。

 ……と、

 「お願い! ぶたないで!!」

 女の子は涙目で懇願した。

 

 「ぶたないで……って……」

 そんなことしないわよ、とルナマリアが言った。

 

 「綺麗な服着ているけど……貴方もしかして、密航者?」

 密航者、と聞いて、マユがおびえた様子になる。

 その兄であるシンは、どうしたものかと思いながらも、涙を浮かべる少女にそっと近づいた。

 

 「……なあ、君何処から来たんだ? もしかしてホンコンから乗ってきたの?」

 シンは、少女に尋ねた。

 「密航者だったら、この子どうなるの?」

 「さあ……」

 今度はルナマリアが、心配げにシンに聞いた。

 CE70年代におけるホンコンは、戦争犯罪者が逃げ込む中継点にも使われていた為、密航という話は子供たちの耳にも珍しいものではなかった。

 

 自分たちと同じくらいの子供が、そうであっても、だ。

 コーディネイターであれば、話は別である。

 

 「……まあでも、安心なさい、ウチのお父さんは偉い人だし、この船の出資者でもあるから、悪くしないわよ?」

 ルナマリアのホーク家はそれなりの資産家であった。

 この戦争で儲けた企業複合体の傘下に加わっており、彼女の父親も軍需産業でかなりの高い地位にいると、シンは聞いている。

 

 

 「と、とりあえず行こうよ……もう船は出ちゃってるしさ……こんな寒い所いないで」

 シンは微笑んで言った。

 そして、ルナマリアも、彼女の手を取ろうとする。

 

 さらに……。

 「いこっ!」

 と、怯えていたはずのマユが、優しく彼女の手を取った。 

 不安げな視線を浮かべる彼女を放っておけなくなったのだ。

 「……うん」

 少女は、マユにそっと返事を返した。

 笑顔で、さらに返すマユ。

 

 と……。

 

 

 ウウウウー!!

 

 サイレンが、船の中に鳴り響いた。

 驚いた少年たちが、倉庫から、甲板へと向かう。

 

 

 「戦争だ……!」

 シンが言った。

 

 デッキには大勢の人々が集まり、悲鳴をあげていた。

 「なんでこんな近くまで……!?」

 「気が付かなかったのか!」

 

 遥か遠方には、空中に浮かぶ巨体が――アークエンジェルだった。

 周囲に爆発が起きており、戦闘行為が行われているのを示していた。

 

 船員に、富裕層に見える乗客たちが詰め寄っている。

 「さっきから大規模な通信妨害が出ていたようで……いつの間にか接近していたらしく!」

 船員も、状況を良く把握していないのか、そんな事を叫んだ。

  

 「出発を急がせたせいか……!?」

 「ホンコンにも、連合にも見逃してもらっているのだ、こっそり進めばこうにもなるさ!」

 「引き返さないと!!」

 「出来るかよ、今引き返したらビザも、立場も……」

 

 また、アークエンジェルとは別に、これも遥かに離れた海上であるが、水平線には別の船が見える。

 

 「あれ、ホンコン自治政府の船だぞ!」

 双眼鏡を覗いた男性が言うと、乗客たちはその方向を見て不安の声をあげた。

 「マズイな、メディア用のドローンも飛ばしている……!」

 「高い金を払って、逃げ出した事がバレるのか……」

 

 船内には落ち着くようにと、アナウンスが流れた。

 乗客たちは、不安を押し殺し、渋々船内に戻る。

 

 

 船長室では、船長が乗客たちからのクレームの対応に追われていた。

 「急げって言ったのはそっちでしょうに……!」

 船長は、乗客たちの勝手な言い分に苦言を吐いていた。 

 「連合の強いている渡航禁止令を裏で抜け道したのは……」

 

 

 戦時中、人の流れをコントロールする為、民間船の渡航も厳しくコントロールされた。

 しかし、富裕層の間では、少しでも安全な場所を求めて、その抜け道を行くことはざらにあった。

 この船はそういった人々の船であったのだ。

 

 「……戦闘には巻き込まれるな、ホンコンの船には近づくな……そんな無茶な……!!」

 ホンコンのメディアに自分たちが撮影されるのは嫌なのだと分かったが、その為に船が戦闘に巻き込まれて良いものか……。

 

 そんな葛藤が、民間の渡航船の進路を惑わせ、立ち往生させていた。

 

  

 

 

 

 少年、シンもまた船室に戻ろうとしたが、何かに気が付く。

 マユが、妹がいないのだ。

 「マユ!?」

 と、デッキの片隅に、足をすくませたマユの姿が――。

 彼女は以前に、間近で爆発を見たことがあるせいか、戦火に対して非常に敏感なのだ。

 

 シンはマユの元に走り、手を取る。

 

 と……。

 

 ドゥオオーーン!!

 

 あたりに轟音が鳴り響く。 

 

 「うわあっ!?」

 思わずシンも、その音に、心臓を揺さぶられた感覚に陥った。

 「シン!!」

 ルナマリアも、そんな兄妹の様子に気が付いた。

 シンと、マユにルナマリアも駆け寄る――。

 

 

 ――と、海が膨らみ、炸裂した。

 海中で、ゾノの放った魚雷の流れ弾が暴発したとは、シン達は知らない。

 

 

 

 ドオオオオン!!

 轟音と水しぶきが、三人を襲った。

 

 「あ、ああ……!」

 マユはその音にさらに竦み、茫然自失となっていた。

 

 「おにいちゃ…‥‥!」

 「マユ!」

 シンはその妹の姿に、自分を奮い立たせた。

 妹を、自分が守らねば誰が守るというのだ。

 

 「ルナ、マユ! 行くよ! 船の中に隠れるんだ!」

 

 

 

 

 ――と、その時である、海上に巨大な影が……!

 

 

 

 

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 「……どうやら、苦戦しているようだな、アークエンジェルは」

 「そう、見えますかしら?」

 「ふむ……?」

  

 テレビ中継を見るシーゲルと、ラクス。

 

 ――とその時、画面に何かが映る。

 

 「――船籍不明ですが、どうやら民間船のようです! どうしてこんなところに!!」

  

 ホンコンのメディアが、撮影用ドローンの望遠を一杯にして、ある船を映し出した。

 どうやら、渡航船のようである。

 

 「こんなタイミングに、こんなところにいるとは……密航ではないにせよ、金で特権階級に買われた渡航船か……!」

 シーゲルがその正体に気が付く。

 

 「ええい、早く逃げないか……!」

 命より惜しいものはない筈だ、とシーゲルは思う。

 ラクスは黙ってそれを見つめた。

 

 と、民間船の近くで爆発が起きた。

 民間船を狙ったものではないが、流れ弾であろう。

 このままでは巻き込まれるのは時間の問題だ……。

 

 

 すると、海上に、何かが現れた。

 

 「これは……!」

 シーゲルが息をのんだ。

 

 

 それは、赤い、真紅のモビルスーツであった。

 

 

 そして――。

 ドドドドドドドド!!

 

 盾を構えた、モビルスーツが、何かの攻撃を受けた。

 その様子は、さながらそのモビルスーツが民間船を守ったかのようだった。

 

 「おお……!」

 「うふ……流石ですわね、アスラン」

 

 ラクスは笑顔でその様子を見た。

 

 

 

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 「あ……あ……」

 

 

 船上のシンは、絶句してその様子を見た。

 

 激しい攻撃を――その巨体は遮ってくれた。

 

 (守った……赤いモビルスーツが……!?)

 

 

 ――フェイズシフト装甲の防御力を頼りに、アスランが行った咄嗟の判断だった。

 

 

 

 「――紅いモビルスーツ……!」

 ルナマリアが、叫んだ。

 『そこの民間船、早く移動を!』

 アスランは思わず、通信をオープンにして叫んだ。

 

 「――ああ!」

 

 シンは、再び海中に戻っていくイージスをじっと見ていた。 

 

 

 

 ――そして、一方、

 「ガルシア隊長! 何が!?」

 イージスを引き留めていたはずが、急に反応と動きを止めたガルシアのゾノ。

 それを案じた、バルサムのディンから通信が入る。

 「民間船が居たのか……!? イージスが、守った!? まるで、ワシが攻撃したみたいじゃないか……!?」

 「隊長……!?」

 様子のわからないバルサムには、ガルシアが突然意味不明な事を言い出したように聞こえた。

 「わ、ワシを悪役にしたのか……!? 許せん、許せん!! イージス!!」

 

 アスランのイージスは、モビルアーマー形態に変形すると、ゾノを民間船から引き離すようにおびき寄せた。

 先刻のことで冷静さを少し欠いたガルシアはそれに乗った。

 

 

 「――ケリをつけてくれるわ!」

 ゾノが、再びアスランに襲い掛かる。

 

 「ち、コイツ――!」

 アスランは、モビルスーツ形態にしたイージスで、ゾノと組み合った。

 

 ――至近距離で、フェイズシフト装甲を頼りに、グレネードを放つ!

 

 アスランは、そう、判断した。

 「甘いわ!」

 グレネードを撃とうとした、イージスの片腕を、ゾノの腕が掴んだ。

 「チィッ!?」

 そして、もう片方のゾノの腕が、イージスの頭部を捕えた。

 

 「いくら、装甲が固かろうと、メインカメラとコンピュータを潰してくれる!!」

 

 ザフト内には、当然、奪取した連合のG兵器のデータが共有されていた。

 そのためにガルシアは、イージスの頭部に、メインとなるカメラとコンピュータが搭載されていることを知っていた。

 ここを潰せば、戦闘力の大半を奪うことが出来るのだ。

 

 連合の技術者は、人体の中でも最も安定した個所であろう頭部に、機能の中枢を集めたのだろうとガルシアは想像した。 

 

 

 

 「なんだと!?」

 アスランが叫んだ。

 ゾノの鋭い爪が、イージスの頭に食い込み、カメラのレンズに突き刺さろうとした。

 

 その様子が、まるで自身の頭を掴まれたかのような映像になって、アスランのいるコクピットのディスプレイにも流される。

 きしむ音が、コクピットにまで伝わってくるようだった。

 幾つかのアラートも鳴り響いている――。

 

 「ええい、くそっ! ……このまま、じゃカメラが――そうか!!」

 アスランは、何かに気付く。

 メイン・カメラはフェイズシフト装甲に包まれておらず、さらに潰されては、戦いどころではなくなる――ならば。

 

 「トゥオオオーー!!」

 

 ――敵も同じことだ!

 

 アスランは、掴まれてない側のイージスの腕に、戦闘用クローを展開させると、分厚い装甲に覆われていない、ゾノのモノアイめがけてそれを突き刺した。

 

 

 「なんだとっ!?」

 

 

 逆に自分のメインカメラがやられたことでパニックになるガルシア。

 思わず、イージスを離し、距離を取ってしまう。

 

 「いまだ!」

 アスランは、D型装備を起動させ、イージスをモビルアーマー形態に変形させた。

 

 「これで終わらせるっ!!」

 アスランは、モビルアーマー形態でゾノに組み付いた。

 フォノン・メーザー砲に変換されたスキュラをフル出力でゾノに放つ……。

 

 

 「ぬ、ぬあああああ!!」

 

 ゾノの半身を大きく抉る様に、メーザー砲が放たれた。

 ――そして、残骸となったゾノを捨て置いて、アスランは、アークエンジェルの元へ向かった。

 

 

 

 

----------------------------------

 

 

 「隊長のゾノがやられたのか!?」

 「ひるむな、まだイージスが合流するまでいくらか時間はある! 攻撃を続けろ!」

 アークエンジェルに攻撃を続けるガルシア隊のグーンと、ディン。

 

 

 「アスランが隊長機をやったようだぜ!」

 一方、アークエンジェルのブリッジでは、ディアッカが皆に聞こえるように、その事実を告げた。

 

 

 「よし……アスランには急いで戻る様に伝えろ! ……くっ!?」

 喜びも束の間、また、ミサイルが命中した。

 前方ハッチの部分に、甚大な被害が出たようだ。

 

 「――くそっ上部の砲さえ使えれば!」

 CIC席のイザークが忌々し気に言った。

 底部のイーゲルシュテルンだけでは、火力が足りないのだ。

 

 「……上部の砲、そうか! ダコスタ! 艦を360度バレルロールさせろ!」

 「ええええええっ!?」

 

 と、バルトフェルドがとんでもない事を言い出した。

 アークエンジェルを上下反転させて、無理やり主砲であるゴットフリートを使おうというのである。

 空間戦闘ならば、有効な手段であるが――ここは地球の重力下である。

 「大丈夫だ、お前なら出来る! アマルフィ二等兵、サポートしてやってくれたまえ――エレガントに頼むぞ、ダコスタッ!」

 「無茶なあー! 知りませんよ!」

 ダコスタは悲鳴を上げてベルトを締めた。

 

 「アイシャ、仕留めろよ!」

 「リョウカイ♥」 

 

 アイシャは、この男のこういうところが好きなのだ。

 

 

 

 

 「本艦はこれより、360度バレルロールを行う。総員、衝撃に備えよ!」

 アークンジェル艦内にも、アナウンスが流れる。

 

 「なにぃいー!」

 ミゲルが慌てて工具箱に道具をしまい込むと、近くの身体が固定できる場所へと向かう。

 宇宙空間と違って、マジックテープやベルトでは役に立たたない。

 幸い、というよりは、必然、アークエンジェルは宇宙船なので、床や壁、天井に至るまで緩衝材が使われている。

 少しぶつけたくらいでは体を痛めないのだが……。

 

 

 「や……やだ……!」

 と、CIC席に座っていた、フレイが足元を抑えた。

 彼女は軍服のサイズが合わなかったので、私物のスカートをはいていたのだ。

 「ヒュー!?」

 ディアッカが思わず口笛を吹いた。

 

 「ディアッカー!」

 イザークが顔を真っ赤にして怒鳴った。

 

  

 

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「あらあら! まあまあ! なんてこと!!」

 アークエンジェルが、上下逆さまになって砲を撃ったのを、ラクスは口元を抑えて驚いた。

 

 「まったく無茶苦茶だな……こんな戦い方」

 一緒にテレビを見ていたオールバックの青年、オルガが呆れたように笑って言った。

 

 「いや、これでいいんだ……」

 しかし、シーゲルは、そのアークエンジェルの柔軟な戦い方に、自分たちの国家が作り出した技術の使い方というものを、考えたようだった。

 

 

 

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 上下反転したアークエンジェルは、海面に向けてゴットフリートの照準を取ると、アイシャは接近した3機のグーンに一発でビーム砲を命中させた。

 

 

 

 「なっ!? ブリード! グーデリアン、ブーツホルツッ!!」

 仲間のグーンが、次々撃ち落された為に、バルサムが悲鳴をあげた。

 

 残るは、グーン3機、そして自分たちディンが3機である。 

 

 

 しかし――。

 

 

 「こちらグーン隊、イージスが……グワァッ!?」

 既に、グーン隊の元にはイージスが戻ってきていた。

 その水中での恐ろしさは、よく知っている。

 

 

「くそっ……!! まだだ……エンデュミオンの鷹だけでも……! 行くぞ! ハイネル! シューマッハ!!」

 バルサムの蒼いディンが、クルーゼのスカイ・ディフェンサーに迫る。

 

 温存していた、胸部の六連装ミサイルランチャーを三機同時に一斉射した。

 

 「フッ……! 次はそちらが追いかける番かね……! ならば!」

 クルーゼは、上昇すると、フレアを放ち、さらに水面ギリギリまで急降下した。

 「なにっ!?」

 バルサムが叫ぶ。

 いくつかのミサイルは、フレアに反応し、追尾を妨害され暴発。

 そして、残りのミサイルは――。

 

 「フッ」

 海面に激突し、暴発した。

 

 「な……バカな! うおおおおっ!」

 バルサムが、スカイ・ディフェンサーを追ってライフルを乱射した。

 モビルスーツと戦闘機のドッグ・ファイトである。

 しかし――。

 「回避した!?」

 クルーゼはバルサムのライフルを全弾かわすと、出来るだけ引き付け、反転する――そして、装備していた、イージス・プラスB型(Blaster)装備の一つ、長身のビーム砲「ビームスマートガン」を、バルサムのディンめがけて発射した。

 

 「なぁっ……!?」

 バルサムのディンはビームに貫かれていた。

 「うおおお!?」

 さらに、残りの二機も、直線上に並んでいたがために、クルーゼのビームに貫かれていた。

 

 

 

 

 

 

 そして――。

 

 

 

 「状況はどうなっている!?」

 「ぜ、全滅……文字通り、一機も残らぬ……!」

 「ばかな……!?」

 クストーのビダルフが、絶句した。

 

 さらに、オペレーターが絶望的な発言をする。

 「足つきの艦載機が接近しています!!」

 「……! 海中に潜り、この海域を離脱するぞ……!」

 「間に合いません!!」

 

 

 

 クルーゼのスカイ・ディフェンサーは、クストーを見つけると、ビームスマートガンでそれを撃ち抜いた。

 

 

 

------------------------------

 

 

 「ほう、やるようになったな、ラウ」

 

 中継を見終えた、デュランダルは満足そうにその様子を見た。

 

 かなりの遠目であるが、クルーゼが一本のビームで、ディン三機を貫いたのを、デュランダルは確かに見た。

 

 「……勝利の栄光を君に!」

 わずかに酒が注がれたグラスを、デュランダルはこの場に居ない友の為に掲げた。

 

 

 

 

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 「先ごろ、戦闘が終了したと思われるホンコン・シティ領海の付近の海域ですが……ご覧ください! 連合の紅いモビルスーツが、民間船を押しています……救助しているのでしょうか!」

 

 

 

 イージスは、先ほど戦闘中に助けた連合の船を助けに戻っていた。

 エンジン部が故障したというので、バルトフェルドに許可を貰って、危険な海域に流れないように、ある程度の場所まで船を押してやった。

 

 そして、イージスと共に、水中にもぐったアスランは、得意の機械の知識を活かして、その故障を分析した。

 

 「機関部の故障は大したことなさそうだが、底に大きな歪みがあるな……」

 

 船に寄り掛かる形で、イージスは海から上がると、コクピットハッチを開けた。

 「先ごろ通信したイージスのパイロットです……故障の原因が分かりました」

 「ああ、私が通信を受けた船長です、本当に恩に着る……しかし、随分若く見えますな」

 「……なぜ、あんなところを?」

 船長の率直な感想を流すと、アスランは言った。

 「――この船は、本来渡航が禁じられている時間にわたっている船なのですよ、勿論合法に、手段を使ってね、軍隊さんならわかるしょ? いつものように内密に頼みます」

 「……」

 気が付けば、周囲は物珍しそうな視線でこちらを見つめる人々で溢れていた。

 

 恐らく、戦地から逃げ出すための特別な人たちの船なのだろう。

 「随分と若いな……」

 「あれ、オーブで開発されていた例の新兵器じゃ……?」

 「パイロットはコーディネイターって噂を軍の関係者から聞いたぞ……?」

 

 ひそひそと、アスランの姿を見て囁き合う人の姿も現れた。

 これ以上、アスランは関わり合いになりたくなかったので、修理の方法だけ船長に手短に伝えた。

 

 用を終えて、アスランが、船から離れようとしたところ、

 「あの……! ありがとうございました……!」

 一人の少女が、アスランに駆け寄ろうとした。

 マユだ。

 

 と、「おいやめろ!」と大人の一人が、マユを止めた。

 コーディネイターかもしれない、アスランを警戒してのことだろう。

 しかし、急に止められたため、マユは、手に持っていたあるものを落としてしまう。

 

 「マユの携帯!!」

 

 大事な物なのだろう、マユは慌ててそれを拾おうとした。

 その時、運悪く。

 

 グゥワッ!

 

 船が大きく揺れて傾いた。

 先ほど見つけた――歪みのせいか――アスランはそう思った。

 そして、続けて思った、今こちらに向っていた少女は?

 

 「あっ――」

 

 マユの身体が、滑って、デッキを転がった。

 そして――海に――。

 

 

 「マユッ!」

 シンが、叫んだ。

 

 だが、マユの身体が海中に投げ出される事は無かった。 

 彼女の身体を受け止める者がいた。

 

 ――倉庫に居た、あの少女だ。

 

 

 彼女はマユの身体をデッキの端で受け止めると代わりに、その衝撃を受け止めた、半身を大きく跳ねさせて、海へと落ちて行った――。

 

 

 

 「ああっ!?」

 

 マユが目を見開いた。

 

 

 

 海に沈んでいく少女――泳げないのだろうか。

 

 と――。

 

 「ええい!」

 

 

 

 彼女を追って海に飛び込む姿――アスランだ。

 

 

 ノーマルスーツのアスランは、海に落ちた少女を拾い上げると、イージスのボディに設置されたフックを昇り、船の上まで戻った。

 船の揺れが段々収まると……アスランはバイザーを開けて、少女の顔を覗き込んだ。

 

 息はしている。

 

 「あなたは……」

 「無事かい?」

 アスランは優しく少女に微笑みかけた。

 よかった、生きている。

 

 

 「ああ……」

 少女は、安心したように、目を閉じた。

 

 

 

 アスランは、デッキに彼女を寝かせると、少女を心配してかけてきた船員や――先ほど携帯を落とした少女の知り合いと思われる、同じくらいの年の少年たちの方を見た。

 

 「あれが……モビルスーツのパイロット……!」

 「うん……!」

 憧れのまなざしを以て、シンとマユと、ルナマリアはアスランを見た。

 

 

 

 

 「……」

 その視線に戸惑いを覚えたアスランは、イージスのコクピットに戻っていった。

 戦場で人助けなど、偽善と傲慢でしかない。

 アスランはそう思っていた。

 

 

 

 

 

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 「どうやら、海坊主、ダメだったみたいだな……」

 中継を見終えたネオが、キラに言った。

 

 「ええ……」

 

 「しかし、イージス、随分カッコイイ真似してくれたじゃないの、パっと見、ザフトが悪者よ、アレ? ……全く最期まで余計なことしてくれンなぁ海坊主さんは」

 アスランが民間船を庇った様子を、キラも見ていた。

 その姿に、少しだけ、決意が揺らぐ気がするキラ。

 彼は、変わっていないのだろう。

 

 だが……。

 

 「というわけで、ロアノーク隊が、正式にアークエンジェル討伐隊の任につく、何としても、アラスカに奴らをたどり着かせるわけにはいかん」

 

 キラは、ネオを見た。

 そして、サイを。

 

 「あ……」

 キズ付いたその姿に、またキラは、ある人の面影を重ねる。

 

 

 そしてまた、ここにいないカズイを、アフメドを、多くの同胞を瞼の裏に重ねる。

 

 「……了解しました!」

 

 キラは、力強く頷き、敬礼した。

 

 

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 「ぬっ……う……」

 海上までは何とか酸素がもってくれた。

 水圧が心配だったが、脱出パックが無事だったのは大きかった。

 

 救命ボートを広げると、その場に寝転がる。

 「ああ……さすが、このワシ、”不死身のガルシア”よ」

 

 ガルシアは笑った。

 

 だが、彼には何も残されてなかった。

 

 「どうしよ……」

 

 

 広い太平洋の中、彼は取り残されていた――。

 

 

 

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 「気が付いた?」

 疎開先に再び進みだした避難船は、落ち着きを取り戻していた。

 ルナマリアが、ベッドに横たわる少女に心配げに話しかけていた。

 

 「あなた、どこから来たの?」

 「……ホンコンの施設から」

 「ああ、じゃあ……」

 

 孤児か、何かが逃げてきたのかなと、ルナマリアは思った。

 

 「あの人は?」

 と少女は言った。

 「あの人?」

 「助けてくれた人――」

 「ああ、あのカッコイイパイロットね、行っちゃったわ、モビルスーツと一緒に、また会えないかな――」

 ルナマリアは頬を赤らめて言った。

 

 「ねえ、貴女、名前はなんていうの?」

 と、思い出したようにルナマリアは言った。

 そういえば聞いていなかったのだ。

 

 

 「……メイリン」

 ホンコン近くの文化圏では、時折使われる名前であった。

 「奇麗な名前ね……でも、あなたこれからどうなるのかしら……まあ、どうにかなるわね、この船にいる間は、アタシを姉と思っていいわよ!」

 

 ルナマリアは笑顔でメイリンに言った。

 

 

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 「あの戦いを見て一層思った。 ……オーブの理念が生き残る事が出来るか、我々の作った技術も、使いよう、なのかもしれんな」

 「うふふ……それなら、お父様をお招きしてよかったですわ」

 「……急ぎ、オーブに戻るぞラクス」

 

 

 

 シーゲルとラクスは部屋を発った。

 

 行き先は、平和の国、オーブ首長国連邦である。 

  


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