右京の妹が現れた。彼女は特命係に配属され……

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相棒〜右京の妹〜

 警視庁にある二人だけの刑事課、特命係。そこに、新たな仲間が加わる事になった。

 特命係の亀山 薫(かめやま かおる)巡査部長はそんな事を警部の杉下 右京(すぎした うきょう)に話した。

 右京は素っ気無い態度で、「そうですか」と、新聞を読みながら答える。

「あれ、あまり驚かれないみたいですね」

「ええ」

「もしかして、もう知ってるとか」

「角田さんから聴いて、既に得ています」

 薫は「そうですか」と言うと、コーヒーを飲もうとカップによそ……ろうとした所で、右京が言う。

「亀山くん、そろそろ来る頃なので、お迎えに行ってきて頂けませんか」

「何で俺が? 右京さん、自分で行けば良いじゃないですか」

 右京は立ち上がり、「ではそうしましょう」と、ロビーに向かう。

 

 

 警視庁の一階ロビーに、スーツを身に纏った一人の少女が居た。彼女は受け付けの前に立ち、

「あの、特命係はどちらですか?」

 受け付けの女性にそう訊ねる。

 すると、そこに右京がやって来て言った。

「僕が案内しましょう」

 その言葉に少女は振り向くと、懐かしい物を見る様な顔で右京に抱き付いた。

「久し振り、お(にい)ちゃん」

「君はひょっとして、美野理?」

「そうだよ。本日付けで特命係に配属になったの。よろしくね」

 言って少女はウィンクする。

「では行きましょうか」

 右京は言うと少女を連れて部署へと戻った。

「亀山くん、紹介します」

 と右京は少女を薫の前に出す。

 少女はお辞儀をすると自己紹介をする。

「本日付けで特命係に配属となった杉下 美野理(すぎした みのり)です。兄がいつもお世話になってます」

「ええ!?」

 薫は驚いて飛び退いた。

「あ、兄って、右京さんに妹さんがいらしたんですか!?」

「おや、言ってませんでしたか」

 右京がそう言うと、同時に組織犯罪対策五課の角田 六郎が、「大変だ、お前ら」と、血相を変えてやって来た。

「どうしました?」

「さっき小耳に挟んだんだけどよ、伊丹の野郎が何者かに刺されて病院に運ばれたらしいぞ」

「はい?」と、疑問符を浮かべる右京。

「詳しくは分かんないだけどさ、どうやらあいつ、この前自殺で処理した事件を一人で再捜査してたらしいんだよ」

「成る程。その伊丹刑事と言う方は、自殺に不審を抱いて再捜査をしていて、それに気付いた犯人が伊丹刑事を襲った、と言う訳ね」

 と、美野理が右京の言おうとした事を先に述べた。それに角田は、「誰だ?」と、首を傾げる。

「貴方が今朝話していた新任の刑事ですよ」と、右京。

「へえ、それじゃあこの娘が特命の新しい仲間?」

「杉下 美野理です。兄がお世話になってます」

「いやいや、お世話に……って、兄? 杉下?」

「僕の(いもうと)です」

「あ、あんた妹居たの!?」

 驚き飛び退く角田。

「おや、言ってませんでしたか。それはそうと、伊丹刑事の事について詳しくお聞かせ願えませんか?」

「ああ、それだったら三浦か芹沢に訊いたらどうだ? あいつらも一緒だったらしいから」

「亀山くん、行きましょう」

 言って右京は、「はい」と返事をした薫と共に一課に向かう。その後ろを美野理が、「私も行く」と追い掛ける。

 

 

 右京らは一課に来ると、三浦 信輔(みうら しんすけ)を見付けて声を掛ける。

「三浦刑事、ちょっと宜しいですか?」

「これはこれは、警部殿。何かご用ですか?」

「伊丹刑事について、お話しを伺いたいのですが」

「流石警部殿。もう情報を得ていましたか。ですが、貴方に話す義理はありません。お引き取り下さい」

「お兄ちゃん、嫌われてるんだね」と右京の後ろから美野理が出て来て言った。

「警部殿、この娘は?」

「僕の実の妹で新任の刑事です」

「杉下 美野理です」

 美野理はニッコリと微笑む。

可愛い──三浦はそう思った。そこに、芹沢 慶二(せりざわ けいじ)がやって来る。

「あ、亀山先輩」

「おう、聞いたぞ。伊丹の野郎が入院したんだってな」

「その事で、少しお話しを伺えないでしょうか」

 右京が三浦から芹沢に顔を移し訊ねた。

「申し訳ありません。何者かに襲われた挙げ句、取り逃がしたなんて言ったら伊丹先輩に何て言われるか判らないので言えません」

「そうかよ。邪魔したな」

 薫はそう言って去っていく。

「ありがとうございました」と右京、続いて美野理が去っていく。

「ちょっと先輩、あの娘は何なんですか」

 芹沢は右京の後ろを付いて歩いている美野理を示した。

「あの娘は警部殿の妹さんだそうだ」

「え、あの人にあんな可愛い妹さんが?」

「驚きだよ。それよりお前、何教えてんだよ!?」と芹沢の頭を叩く三浦。

「痛! 何するんすか!?」

「余計な事喋るからだよ」

 三浦がそう言った所で、右京たちが戻ってくる。

「あと一つよろしいですか」

「まだ何か、警部殿」

「ええ。伊丹刑事が刺された時、貴殿方(あなたがた)はどうしていました?」

「二手に分かれて聞き込みをしていました。それで、悲鳴が聞こえたので、駆け付けてみたらもう……」

「そうですか」

行きましょう──と右京は薫、美野理に言って警察病院へ向かった。

 

 

 警察病院に着くと、三人は伊丹の居る部屋に訪ねた。

「なっ、特命係の亀山!」

「おいおい、それが見舞いに来た奴に対する挨拶か」

 そう言う薫を横切り、美野理は伊丹に近付く。

「貴方が伊丹 憲一(いたみ けんいち)さんですね。少々お話しを伺えないでしょうか」

誰だこいつ?──と薫に訊ねる伊丹。

「右京さんの実妹(いもうと)です」

「杉下 美野理です。本日付けで……面倒なので割愛します。早速ですが、刺された時の状況を教えて下さい」

「ああ。あれは先日、近所のマンションで遭った飛び下り自殺について周辺で聞き込みをしている時の事だった。後ろから何者かが近付いてくる気配を感じて、背後を顧みると覆面をした人物が立っていたんだ。で、そいつがいきなり包丁を取り出して刺してきたんだ」

「どうして自殺で処理した事件を調べてたんですか」

「妙な点に気付いたからだ」

「妙な点ですか」

 右京が出て来て訊ねる。

「おい、伊丹」

「何だよ?」

「その妙な点の事、俺たちに詳しく教えろ」

 伊丹はちっと舌打ちをして答える。

「この前、住宅街のマンションで事件があったろ。一課は当初、飛び下り自殺として処理したんだが、気付いてしまったんだよ」

 そう言って伊丹はベッドの横にある引き出しから手帳の様な物を出す。

「これには害者のスケジュールが書かれている。死ぬ前からその後までぎっしりとな」

 薫は半ば強引に受け取って開いた。

「何だこれ? 全部デートで埋まってやがる」

「これから自殺しようって奴がデートの予定立てるかよ。そう思って俺と三浦、芹沢の三人で再捜査をしたんだ」

「それでその様って訳だな」

「うるせえ!」

 伊丹はふてくされて布団を被ってしまった。

「いた……」

 右京が言い掛けた所で美野理が発声。

「イタミン、現場のマンションは何処?」

「上野のミリオンズってマンションだ……って、イタミン?」

 美野理曰くイタミンが首を傾げる。

 三人はそんな彼を置いて現場へと向かった。

 

 

 現場に着くと、三人は先ず屋上へと来た。

 柵の前に立って下を見下ろす三人。

「新聞の記事によるとここから落ちた様ですねぇ」

 右京はそう言って柵を調べる。

「どうですか、右京さん」

「これと言って怪しい物は見付かりません。被害者の部屋へ行ってみましょうか」

 三人は一階へと降り、フロントで鍵を借り、被害者の部屋がある八階へと移動し、被害者の部屋に入った。

「亀山くん、部屋の中を。僕はベランダを調べます」

 そう言ってベランダに出ようとする右京に美野理は、「お兄ちゃん、私は?」と訊ねた。

「ああ、君は周辺で聞き込みをお願いします。怪しい人物の目撃証言があったら直ぐに知らせて下さい」

「解ったわ」

 美野理は頷くと外へ出ていった。

「右京さん、良いんですか?」

「何がですか?」

「妹さんですよ。今、外へ行かせたでしょ。聞き込みしてる間に伊丹みたいに刺されたら」

「それなら心配には及びませんよ」

 右京はそう残してベランダに出て手袋をして下を覗いた後、手摺りを調べた。

 一方、聞き込みを開始した美野理は、被害者の部屋の隣に住む男性に話しを訊いていた。

「先程、このマンションで起こった自殺に不審を抱いた刑事が再捜査をしていたら、何者かに背後から刺されると言った事件が付近で発生したのですが、何か不審な人物とか見ていませんか」

 男は唸り、徐に口を開く。

「不審と言えば不審なのかな。さっき、買い物に出た時、すぐそこで悪人面(あくにんづら)の刑事に声を掛けられたんだ。で、一通り話しを聞いて去っていくその人の後ろを妙な女が付けていったんだ」

「妙な女……。それはどんな感じの人物でした?」

「帽子とサングラスに黒のコートを着てたよ」

「その格好でよく女性と判りましたね」

「ああ、髪型ですよ。背中まであったから、それで女性だと」

「そうですか」

ありがとうございます──と美野理が頭を下げて去ろうとすると、男に腕を掴まれて中に引き込まれる。

「何ですか?」

「君、可愛いね。お兄さんと楽しい事しない?」

「すみません、仕事があるので失礼させて頂きます」

 そう言うが、男は放してくれず。

「貴方、公務執行妨害で逮捕しますよ?」

 言って美野理は警察手帳を出……そうとして持参を忘れた事に気付く。

「何だよ公務って。どう見たって君、高校生でしょ」

 美野理は羽交い締めにされ、寝室へと連れ込まれた。

(何でこんな時に手帳忘れんのよ……)

 美野理はポケットに手を突っ込んで携帯のボタンを早打ちして、「SOS隣」と右京にメールする。

 隣の部屋に居る右京は送られてきたメールを読むと直ぐに駆け付ける。

ピンポーン──とチャイムが部屋中に響く。

 美野理の服を剥ぎ掛けていた男は面倒臭そうに玄関へ移動してドアを開けた。

 右京が半開きのドアを強引に開けて中に入る。

「何なんですか、貴方」

「こちらに女の子が来てませんか」

 言いながら右京は警察手帳を取り出す。

 その動作に、「え、警察?」とたじろぐ男。

「お兄ちゃん?」

 寝室から美野理の声。右京は入り口の前に立って言う。

「美野理、そこに居るのですか」

「うん」

「怪我はありませんか」

「大丈夫」

「そうですか」

入りますよ──と右京が扉を開けようとする。

「開けないで!」

 叫ぶ美野理。だが時既に遅し。右京は全開していた。

 目の前のベッドに、上半身を裸にして胸を隠し、頬を赤らめて座っている美野理。

「何をしてるんですか」

「…………」

 美野理は無言を回答に、手元にあった枕を右京に投げ付けた。

バフッ!──と右京の顔に枕が直撃する。

「お兄ちゃんのバカッ!」

 美野理はそう言うと立ち上がり、咄嗟に右京を追い出して扉を閉め、慌てて服を着て扉を開けた。

 その瞬間、右京が男に罵声を浴びせた。

「恥じを知りなさい!」

「お兄ちゃん?」

「ああ、美野理。今、この男を叱咤していた所です」

 右京はそう言うと、手錠を取り出して、「強姦の現行犯で貴方を逮捕します」と男に掛けた。

 その直後、「右京さん」と薫が現れた。

「丁度良い所に来ました」

「え?」

「亀山くん、この男を連行して下さい。強姦の現行犯です」

「解りました」

 薫は言うと、男を連れて去っていった。

「美野理、捜査に戻りますよ」

 そう言って外に出ようとする右京に美野理は、「お兄ちゃん」と引き留める。

「どうかしましたか」

「収穫あったわ」

「それは一体どんな」

「女よ。さっきの男がイタミンの後ろを付ける不審な女を見たって」

「不審な女?」

 右京は疑問符を浮かべてフロントへと向かう。

「あ、置いて行かないで」

 言って美野理は慌てて追い掛ける。

 

 

 フロントに着き、右京はマンションの管理人に訊ねる。

「この辺りで不審な女を見掛けませんでしたか」

「不審な女?」

 その問いに美野理が、

「黒い帽子にサングラスをした黒いコートの女です」

 そう答える。

「ああ、それもしかして、神納さんじゃないかな」

「神納さん」

「神納 明美(かのう あけみ)。ここの二階に住む方なんだけど、偶にそんな格好で出入りしてるんだ」

 右京は頭を下げ、「ありがとうございます」と言って二階へと向かう。

 その後を美野理が管理人に会釈してから追う。

 階段を登って二階に上がり、少し歩いて神納と表札に書かれたドアの前に立つ二人。

ピンポーン──と右京が呼び鈴を鳴らした。すると、ドアが開いて中から女性が出て来る。

 右京は警察手帳取り出して見せ、警察ですと言おうとした所で、女性が慌てて中に入った。

「待ちなさい!」

 美野理が閉まり掛けたドアに手を挟んで全開し、中に入ってベランダへ掛ける女を追う。

 女はベランダへ出ると直ぐに飛び下りる。

「逃がさないわよ!」

 美野理はそう叫んで飛び下り……。

「キャッ!」

 着地に失敗して足を挫いた。そこへ右京が、「美野理」とやって来る。

「ごめん、お兄ちゃん。捕り逃がしちゃった」

「気に病む事はありませんよ。殺人を犯した者は、必ず捕まります」

「でも、犯人を捕り逃がしたと言う事は警察官としてあるまじき行為よ」

 その言葉に右京は眉根を(ひそ)める。

「それより歩けないから肩貸して」

 右京はしゃがんで背を向けた。

「負ぶってくれるんだ。ありがとう」

 言って美野理は右京の背中に乗る。

「先ずは病院で手当てをしましょう」

 右京はそう言って警察病院に向かう。

 

 

 警察病院の外科で治療を受けた美野理は、右京と共に伊丹の病室に訪れた。

 伊丹は二人を見ると、いつもの様にこう言う。

「特命係の亀山ぁ!」「は居ませんよ」

 即答する美野理。伊丹は起き上がって辺りを見回して確認すると、「そうか」と言う。

「で、今度は何の用ですか」

「伊丹刑事を襲った犯人が特定出来ました。名前は神納 明美。事件の遭った現場のマンション二階に住む女性です」

「待ってお兄ちゃん。断定するには未だ早いわ。それに、あの人がイタミンを襲ったって言う証拠が無いじゃない」

「確かに君の言う通りですが、あの状況で逃げるとなると何かしらの罪を犯したと考えるべきであり、その何かが伊丹刑事を襲った事だと思うのが妥当だと思いますよ。それに、彼女を最初に見た時、胸元に赤い血痕の様なものが染み込んでいました」

「相変わらず鋭い洞察力ね。まあ私もそうだとは思ってたけどさ」

「おや、あんな小さなものに気付いていたのですか」

「私を誰だと思ってるのよ。和製シャールック・ホームズの妹よ、い・も・う・と」

「失敬。僕は君の事、ただのドジッ娘だと思っていましたが見直しました」

 右京のその言葉に美野理はピキッと額に青筋を立てる。

「ドジッ娘言わないでくれるかしら」

 すると伊丹が美野理を(なだ)める。

「おい、俺の前で兄妹喧嘩(きょうだいげんか)はするな」

 美野理は申し訳なさそうな顔で伊丹を見て「ごめんなさい」と謝った。

「さて、行きますか」

何処に?──と美野理。右京は鑑識課の米沢 守(よねざわ まもる)の下に行く事を美野理に伝えた。

「そこへ行ってどうするのよ?」

「指紋照合です」

 そう言って右京が取り出したのは、煙草のケースだった。

「成る程。あの人の部屋から持ち出したそれと凶器の指紋を照合する訳ね。でも、犯人が刺した時に手袋をしてたら指紋なんて」

「それでも、調べる価値はありますよ」

 

 

 

「米沢さん、これの指紋照合をお願いします」

 二人は警視庁の鑑識課に来ると、右京が袋に入った煙草ケースを米沢に渡した。

「解りました、直ぐに」

所で──と米沢が右京の横に居る美野理を見る。

「この娘は?」

「本日付けで特命係に配属になった僕の妹です」

杉下 美野理です──と会釈する美野理。

「米沢 守です。趣味は落語です。美野理さんのご趣味は?」

「私は小説です」

「小説ですか。どんなのを書いておられるんですか」

「推理ものです。ネットで公開してます」

「それは是非読んでみたいですな」

「ああ、それじゃあアドレス教えます」

 美野理はメモ帳を出して書き付け、破いて米沢に渡した。

「こちらにアクセスすれば読めますのでどうぞ」

「ありがとうございます。では鑑定してきますので、結果が出たら連絡します」

 言って米沢は去っていった。

 直後、右京の携帯が鳴り響く。

 右京は懐から携帯を取り出し、通話ボタンを押して耳に当てる。

「はい、杉下です。ああ、亀山くんですか」

「右京さん、今何処に居るんですか」

「米沢さんの所に居ます」

「そうですか。それより大変な事になりました」

「と言いますと?」

「殺されました」

「はい?」

「ですから、強姦で逮捕した男が逃げ出して、追い掛けて見付けたと思ったら、胸にナイフが刺さって倒れていたんですよ。で、死に際に、女に刺されたと言ってました」

「成る程。それで、今何処に居るんですか」

「マンションの前の公園です」

「解りました。直ぐに向かいます」

 右京は電話を切ると懐に仕舞い、「行きましょう」と美野理に言った。

「何処に行くの?」

「例のマンションの前です」

 

 

 現場のミリオンズマンションの前には小さな公園がある。

 そこに、薫は居た。

 目の前には胸にナイフが刺さって死んでいる男の姿が在る。

 薫は頻りに時計を見て、未だか未だかと呟きながら右京たち警察が来るの待っている。

 そこに、パトカーのサイレンが聞こえ、制服姿の警官に鑑識、捜査一課のトリオ・ザ・捜一(伊丹 憲一除く)がやって来た。

「亀山先輩、話しを聞きましょうか」

 そう言ったのは、トリオ・ザ・捜一で一番下の芹沢 慶二だ。

「ったく、何でお前らが来んだよ!?」

「まあまあ、そう言わないで話しだけでも聞かせてくれよ。特命係の亀山くん」

「解ったよ」

 薫は渋々要求を飲む事にした。

「お前ら、美野理ちゃん知ってるだろ。右京さんの妹の。その美野理ちゃんを今此処で死んでる男が強姦したんだよ。だから俺は、マンションの件を右京さんたちに任せて、この男を署まで連行してたんだけど、途中で逃げられて、追って来たらこの様だよ」

「何やってんだよ……」

 と三浦 信輔が含みのある言い方をした直後、右京と松葉杖を着いた美野理が現れた。

「あ、右京さん。って、どうしたの? 美野理ちゃん」

「怪しい女追い掛けて二階のベランダから飛び下りたら着地に失敗して捻挫を」

「二階のベランダ?」

あそこ──と美野理は神納 明美の部屋を指差す。

「部屋の持ち主は神納 明美。イタミンを付けてたって情報をマンションの管理人から聴いたから訪ねたんです。で、お兄ちゃんが手帳を見せたら」

「逃げ出したって訳ね」

「そう言う事。後、イタミンを襲った犯人も」

 そこまで言った所で、鑑識の米沢 守が現れて掻き消す様に話す。

「それは有り得ません。先程、警部に頼まれた指紋検出で現れた指紋と凶器の指紋を照合してみましたが、別人の物と判明しました」

「凶器って、イタミンの?」

「そうです。それと、警察のデータベースにアクセスして調べましたが、シガーケースの指紋の方に前科はありませんでした」

「お兄ちゃん?」

 美野理は細い目で右京を見詰める。

 右京は対応に困った。

「すいません、ゴミ箱にこんな物が」

 黒い覆面とコートを手にした捜査員がやって来てそう言った。

 右京はそれを見てこう言った。

「僕とした事が、間違った推理をしていました」

 それに続いて、「私も」と美野理が言う。

「え、なになに? 教えて下さい、右京さん」

 薫が興味津々な態度で訊く。

「美野理、神納さんの所へ戻りましょう」

 右京はそう言って、美野理と共に神納 明美の下に向かった。

 

 

ピンポーン──と、部屋にチャイムが鳴り響く。

 神納 明美は足早に玄関へ移動してドアを開けた。

 外には右京と美野理が立っていた。

「ああ、待って下さい」

 右京は言って、神納 明美が閉めようとしたドアに手を入れて押さえた。

「貴方、ストーカーですね?」

 美野理その問いに、「は?」と目を点にする神納 明美。

「実はですね、このマンションの管理人さんが目撃していたんです。帽子とサングラスにコート姿の貴方」

「そ、それで?」

「此処からは、私の推理になりますが、貴方がストーカーをしていたのは、恐らく警察の人間。貴方はその警察の人間を付けている時、黒い覆面を被ったコートの人物がその人を刺す所を目撃しました」

 その言葉に神納 明美は眉根を顰める。

「名推理ね。その通り、見たわ」

「その後、貴方は覆面をした人物を追い掛けましたね?」

「追い掛けたわ」

「そして、何処の誰かを突き止めた」

「その通りよ。けどそんな事訊いてどうすんのよ?」

「署まで来て貰います。ですが、その前に先程起こった殺人事件の真相を明らかにしましょう」

「え、先程?」

「そこの公園で捜査中の刑事を刺した人物が胸を刺されて死んだんです」

「え、あの男が?」

 その言葉に、右京と美野理は確信を得た。

「単刀直入に言います。貴方が犯人ですね?」

「な、何言ってんのよ?」

「貴方は私たちが管理人に話しを聞いている間に、刑事を刺した覆面の人物を公園で殺害し、私たちに見られない様に外側の非常階段で二階に上って部屋に入り、私たちが訪ねて来るのを待った。その胸の茶色のシミ、刑事を刺した人物を殺した時に付着した返り血じゃないですか?」

「証拠はあるの?私が男を殺したって言う」

「証拠?」

「神納さん、貴方は既に、僕たちに犯行を自供しているんですよ」

「ど、どう言う事よ?」

「男です。私は刑事を刺した人物としか言っていません。それなのに、どうして貴方はそれが男だと判ったんですか」

 神納 明美はしまったと言う表情で口を手で覆う。

「どうして殺したんです?」

「刺したからよ。必死に捜査してる憲一くんを」

「憲一くん?」

「私、あの人と同じ高校なの」

「なるほ……って、マジですか!?」

 美野理は驚いて目を丸くした。

「ええ、そうよ」

「そうですか。所で、この前此処で飛び下りがありましたよね。その事件、貴方が?」

「違うわ。あれを起こしたのは憲一くんを刺したあの男よ。……私、あの男を殺す時に聞いたわ」

 神納 明美の証言はこうだった。

 先ず、強姦男が屋上から人を転落死させ、それを一旦は自殺で送検しようとしたものの、伊丹が不振を抱いて再捜査を始めた為、男は伊丹に話しを聞かれた後、伊丹を付けて後ろから刺した。その時、伊丹をストーカーしていたのが、神納 明美だったのだ。

 伊丹が刺されるのを目撃した彼女は、犯人を突き止めて殺害。

 その後、直ぐに自宅に戻り、何食わぬ顔で右京らと対面した。

 警察手帳を見て逃げ出したのは、ストーカー行為がバレて捕まるのを恐れたからである。

 美野理はその事を、病室で横になっている伊丹に話した。

 伊丹は無言だった。

「それじゃあ、私は帰ります」

 美野理はそう残して病室を出ようとしたが、「おい、待て」と伊丹に呼び止められて足を止め、振り返った。

 それを伊丹が睨む。いや、それが元々の顔か。

「有り難うな」

 伊丹はそう言うと背を向けてしまった。

 美野理はその彼の背中に向かって微笑を浮かべた。

 

 

 花の里という小料理店。

 右京と薫、薫の妻の亀山 美和子(かめやま みわこ)の三人はそこに居た。

「あら、そんな事、一言も聞いてないわ」

 カウンターの中に居る右京の元妻、宮部 たまきが言った。

「おや、言ってませんでしたか」

「言ってませんでしたよ。妹さんが居るなんて」

「で、その妹さんというのは、これから来られるんですか?」

 美和子の問いに右京は、「もう来ても良い頃なんですが……」と答えて入り口に顔を向ける。

 すると、扉が開いて松葉杖を着いた少女が入ってきた。美野理である。

「いらっしゃい。美野理ちゃん」

 薫が言った。

 美野理は薫に会釈をすると、右京の隣に座った。

「コーヒー頂けます?」と美野理。

 たまきは言われた通りコーヒーを用意して美野理の前に置いた。

「少し遅いのではありませんか? 約束の時間を10分も過ぎてますよ」

 右京はそう言って腕時計を美野理に見せた。時刻は8時10分を差している。

「暗号の意味が解らなかったのよ!」

 そう言って美野理が取り出したのは、殴り書きされたメモのようなものだった。

  里6時2の5に3花4八1

「右京さん、何なんですか? これ」

「ご自分で解読なさっては如何ですか? 亀山くん」

 薫は半ば強引に美野理からそれを奪い取った。

「何々、里6時2……何だこれ?」

 薫は訳が解らず、解読を放棄した。

「八時に花の里」美野理が呟いた。

「どうしてそうなるの?」

「文字の並び替え」

 薫は頭に疑問符を浮かべた。

 美野理は紙を取り上げ、解読方の説明を始めた。

「文字の横に数字がありますね。この数字が暗号解読のポイントです」

どう言う事?──と首を傾げる薫。

「文字の横にあるこの数字。これは、文字の順番を表しています。この通りに文字を並び替えることで、八時に花の里となるのですよ」

「ああ、成る程」

「へえ、面白いですね」

 と亀山夫妻。

「あ、そうだ!」

 美野理が何かを思い出して叫んだ。

「お兄ちゃん、私ね、捜一に異動する事になった」

 美野理の言葉に、右京は素っ気無い態度で答える。

「そうですか」

「寂しいな、お兄ちゃんの居ない部署なんて」

 その言葉に、右京はたった今口に含んだ紅茶を吹き出した。

「君のブラザーコンプレックスは何とかならないのでしょうか」

「え、美野理ちゃんってブラコンなの?」と薫。

「うん、だから特命を希望したんです」

 その瞬間、全員沈黙した。

「あれ、皆どうしたんですか? 黙りこくって」

END!

 



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