いつまでもあなたのそばに   作:ルーラー

1 / 27
プロローグ 風のはじまる場所
第一話 異邦人(前編)


「ソーセージが食べたい」

 

 僕がその建物(スーパーというらしい)に入ってまず聞こえたのは、そんな一言。

 

 声のしたほうを見ると、フリフリの――そう、黒いドレスのような服を着た十六、七歳くらいの少女が、隣にいる彼女と同年齢だと思われる黒髪の少女に話しかけていた。

 ……うん、話しかけている、と取るべきだよな、あの光景は。だって黒髪の少女はそっぽを向いていて、ちっとも口を開かないし。

 

「ウインナーソーセージが食べたい」

 

「いや、ソーセージとウインナーは別物だろ」

 

 あ、黒髪がツッコミを入れた。いや、違うか。黒髪の表情から察するに、ツッコミを入れてしまった、という感じだ。

 

「そんなことより私はウインナーソーセージが食べたいんだよぅ。その辺わかってるの? ケイ?」

 

「だから食べたいのはウインナーなのかソーセージなのか、どっちなんだ」

 

「さっきから言ってるでしょ。チャーシューが食べたいんだよぅ」

 

 いや、言ってない。それは言ってなかったぞ。と、思わず心の中でツッコミを入れてしまう僕。

 一方ケイと呼ばれた少女は、

 

「はいはい」

 

 あっさりとスルーした。……手慣れている。それもすごく手慣れている。というか、それでいいのか、ケイ。さっきまでの会話がどうも時間の無駄っぽく感じられるのは僕だけなのか?

 しかも、ドレスっぽいものを着ている少女はケイにスルーされたことも気づかずに話し続けている。

 

「ラーメンにメンマにチャーシュー……それぞれがそれぞれの味を引き立たせて、さらなる高みへと昇らんとするようなあの味……。ああ、三大珍味さえ超えるよね、あの味は」

 

「食べたことないだろ、三大珍味。そんなのユウの思い込みだって」

 

「思い込みは大切だよ! 思い込むことこそが心を豊かにするんだよ!」

 

 ムチャクチャなことを言っている。しかもあながち間違いとも言い切れないからタチが悪い。恐るべし、ユウとやら。

 

「わけのわからないことをいってるんじゃない!」

 

 ケイのツッコミは普通の人間にならもっともなことのように聞こえたことだろう。しかし、僕の場合は違った。いや、そりゃ僕は普通の人間だ。というか、つい最近まではそうだった。――この世界にやってきてしまうまでは……。

 

 ◆  ◆  ◆

 

 自己紹介がまだだった。僕はマルツ・デラード、十七歳。カノン・シティにある魔道学会支部の副会長、ブライツ・デラードの一人息子。まあ、ぶっちゃけお坊ちゃまだ。

 カノン・シティについて詳しい説明は不要だろう。フロート公国の北東に位置する、まあ、それなりに栄えた町だ。僕はその町で日々、魔道士として修行に明け暮れていた。まあ、僕自身優秀なほうだったから、修行が苦になったりはしなかった。

 

 ところが、だ。ある日気づいたら、僕は海を行き来する船で寝かされていた。事情説明を求めたところ、海をプカプカ漂っていたというのだ。つまり僕はその船が通りがかってくれたおかげで一命を取り留めた、ということらしい。

 さて、そこからが大変だった。もはやトラウマとなりつつあるため、あんまり詳しく語りたくはないのだが。いや、この際、かいつまんで語ることとしよう。あの不快な出来事は出来る限り言語化したくない。

 

 察しのいい人なら既に気づいているかもしれないが、僕はまず助けてくれた人達に自分の住んでいた町――いや、世界のことを語って聞かせた。そのときはまだ、僕の乗っていた船が僕の世界を航行していると思っていたからだ。しかし違った。僕の住んでいた町の名も、フロート公国という国の名も、その人達は知らないようだった。それどころかその人達はだんだんと可哀想な人を見る目で僕を見始めたほどだ。あれは辛かった……。

 まあ、その辺りからなんとなく気づき始めてはいたのだ。僕がいまいる『ここ』は僕の住んでいた世界ではない、と。そう。ただ、信じたくなかっただけで……。

 

 まあ、それから色々あったあげく(その色々の大半は、僕が精神を病んでしまっているのではないか、という周囲のいらない気遣いだ……)、ある人が『バミューダトライアングル』について語ってくれた。なんでもその『バミューダトライアングル』というのは、海上にある別名『魔の三角海域』と呼ばれている所で、そこでは様々な不思議な出来事が起こっているそうなのだ(僕の世界でいうところの『魔海』みたいな場所か)。その人はそこでどういう不思議なことが起こったのか可能な限り詳しく説明してくれたが、あいにくと僕には憶えきれなかった。いや、違うか。憶えておく必要が無かった、というべきだな。ただひとつの説明を除いては、だけど。

 

 そのひとつというのが、僕にとって非常に興味をそそられるものだった。それは言うなれば、『異次元空間説』あるいは『空間移動説』というものである。まあ、早い話が、だ。僕はその『バミューダトライアングル』を通って、僕がもといた場所から空間移動してきたのではないか、ということなのだそうだ(なんでも僕は、その『バミューダトライアングル』のほうから流れてきたらしい。そもそもその説明にしたってその人は「あくまで仮説だが」とつけ加えていたし。というか、僕が別の世界の人間だということはとうとうその人も信じてくれなかった)。まあもっとも、僕は自分の住んでいた世界で、『魔海』に飛び込んだ覚えもないのだが。

 

 で、まあ、その船はちょうど僕が今いる日本という大陸に立ち寄った。そのときに逃げるようにして僕は船を降りたのだ(このままだと金払わなきゃならない可能性もあったし、なによりも周りの僕を見る目があまりに居心地悪かったから)。それが三日前のこと。

 

 ◆  ◆  ◆

 

 さて、話は戻って現在。僕はこの世界じゃ魔術を使えないことを受け入れ(受け入れざるを得なかったのだ。じたばたしても現実はそうそう変わってくれない)、とりあえず生きていくために食料の調達を試みた。ところがうまくいかないのだ、これが。「魔術が使えれば」と一体何度思ったことだろうか……。そして失敗して逃げ出すときに浴びせられる罵声もたいてい同じ。すなわち、「金払えーっ!」である。無いものは無いのだから仕方ないだろうに。まあ、稀に「警察に突き出してやるーっ!!」とか言われて追いかけ回されたこともあったっけか……。僕は頭脳労働派の魔道士であるからして、シンドイことこのうえなかった。

 

 そしてこのスーパーの試食コーナーとやらのことを知ったのが昨日のことだ。いや、人間なにも食べずとも三日は生きられるというが、確かに二日なら大丈夫だと身をもって証明してしまった(つまり、食料調達は一度もうまくいかなかったのだ)。できることならそんな証明なんてしたくなかったけどさ……。あ、そうそう。公園とかいう所の水飲み場はなんとも便利だった。あれがなかったら昨日の時点で動くこともできなくなってただろう。命の恩人だ、水飲み場。

 

 それはそれとして、僕がこれまで孤独感やらなんやらと戦ってこれたのも、「いつかはもとの世界に帰れる」と信じていたからだ。いや、そうじゃない。帰れると、思い込んでいたからだ。さっきユウとかいう少女が言っていたことに近いが、僕はそう思い込むことで、ともすれば折れそうにもなる心を必死で支えてきたのだ。

 しかし、そこは僕もしょせん十七歳の少年。思い込みだけで果たしてあとどれくらい心を支えていられるか……。

 僕は暗澹たる心持ちで嘆息すると、試食コーナーに向けて一歩を踏み出した。あの二人の漫才めいた会話を聞いていたときは、なんとなく明るい心持ちでいられたな、なんて思いながら。

 

 ◆  ◆  ◆

 

 えーと……、なんとコメントしたものか……。

 とりあえず、今日試食コーナーに並んでいたのは、チャーシューだった。それだけならいい。というより、それ自体はすごくいい。育ち盛りな僕の心情は「肉類バンザイ」だ。けれど……。

 

「わーい、チャーシュー! ラーメンに入ってないけどまあいいかぁ」

 

「やめろユウ! 周りの人達からはチャーシューがひとりでに浮き上がってるように見えるんだぞ!」

 

 えーと……、ひとりでに浮き上がって……? そんな風に見えるわけ……って、マズい! このままだとチャーシュー全部あのユウってヤツにくわれる! ストップ! ストォォォップ!! 試食は僕の生命線なんだ!!

 

 僕はそのユウって娘にタックルをかます勢いで試食コーナーに突っ込んでいった。そして食べる! 食べる! 周りの目なんか気にしてられるか! とにかく口の中にチャーシューを次から次へと放り込む!

 そんなことをしていると、だんだんと視線が和らいで――いや、周りの人達が目を逸らし始めた。そう、周囲の人間というのは常識を逸脱した光景を見ると、最初こそジロジロと見てくるが、だんだんと飽きてくるのか、はたまた目を合わせちゃいけないと――要は変人扱いし始めるのか、次々と視線を逸らし始めるのだ。変人扱いされているとするならそれは決して面白いことではないが、そのおかげで試食品をほとんど独占できるのだから甘んじて受けるとしよう、それくらい。こちとら空腹、メシのほうが人の視線なんかより重要なんだ。

 

 さて、と。腹の具合も落ち着いたので、辺りをぐるりと見回してみる。睥睨(へいげい)しているとも言えるかもしれないが。ともあれそうすると、なおもこちらを見ている人間、一緒に試食している人間はそそくさとこの場を去っていく――はずなのだ。少なくとも昨日はそうだった。そのはずなのに――

 

「あなた、もしかして私のこと見えてるの?」

 

 今の今までチャーシューに夢中になっていた少女――ユウは、睥睨した――もとい、チラリと視線をやった僕にそんなことを訊いてきた。

 

「――はい……?」

 

 思わずチャーシューを一切れ取り落としてしまう僕。……って、ああっ! もったいない!!

 しかしそんな僕にはかまわず、黒髪の少女のほうも、

 

「え!? マジでか!?」

 

 信じられないって表情でこちらを向いた。むぅ、さっきぐるりと視線を巡らせてやったときに、あさっての方向に視線をやっていたというのに。ユウのことが見えるというのがそんなに驚くようなことだというのだろうか。

 

「そりゃ見えるよ。当たり前だろ?」

 

「当たり前なのか……」

 

「当たり前なんだ……」

 

 息ピッタリに僕の言ったことを復唱する二人。僕があからさまに訝しげな表情をしたからだろう、ケイという少女のほうが少し声をひそめて、

 

「あのな、実はユウ――コイツのことな――は……」

 

 ここでまた一段声をひそめる。まるで、これから言うことは重大な秘密なんだぞ、とでもいうように。

 

「――幽霊なんだ」

 

 ゆうれい? ゆうれいというと、幽霊? つまり、人に害をなす魔物――『アンデッド』!?

 思考がようやくそこまで到達したところで、僕は素早くバックステップ。ユウから距離をとる。そして使う術をとっさに選択、その一瞬後に呪文の詠唱を開始。

 詠唱しながら精神を集中させ、右手を開き(持っていたチャーシュー十数切れが手からこぼれ落ちたが、気にしてる場合じゃない。命とメシなら天秤にかけるまでもなく僕は命を選ぶ)、ユウに向かって突き出す。そして――

 

黒妖崩滅波(ブラム・ストラッシュ)!」

 

 黒い波動が右の掌からユウに向かって一直線に飛びだ――さないなぁ、掌から一瞬黒いなにかが飛び出た感覚はあったんだけど……って、そうだよ! この世界じゃ魔術は使えないんだ! どうするよ、僕! 魔術使えなかったらアンデッド倒すなんて僕には出来やしないぞ! どうする!? 命乞いするか!? 手の甲さすって「申し訳ありやせんユウ様、ほんの悪ふざけでして……」とでも言うか!? 嫌だ、そんなの! プライドが許さない!でも命にはかえられないし――

 

「うわ……ここまでイタいヤツは初めて見たかもしれないな……」

 

 ああ、そりゃイタいだろうさ! あんたたちから見りゃ、僕はただのイタいヤツだろうさ! でもこっちは真剣なんだぞ! 真剣に命の危機で――って、待てよ。ユウが人を殺すヤツならケイもそう一緒にはいられないか。なんだかんだで関係は良好そうだったし。とするとなにか? ユウは別に危険な存在じゃないってことか? この世界のアンデッドは――いや、少なくともユウ個人は人間に害をなす存在じゃない?

 

 一応確かめたほうがいいな、ケイのほうに。ユウに話しかけていきなり襲われちゃかなわないし(いろんな意味で)。

 

「えっと……ケイさん……だっけ……? そのアン――いや、ユウさんって……害ない?」

 

「害? いや、多少迷惑なとこあるけど、害ってほどのことは――あるか……?」

 

 ふむ、どうやら命に関わるような害はないらしい。とりあえず一安心だ。

 

「……っていうか、そんな格好であまり話しかけないでくれないか? なんていうか……周りの視線が痛い――ってことはないけど、なんか自分までイタい人間に思えてくる」

 

 そりゃ周りの視線が痛いわけないだろうな。ついさっき僕が周囲を睥睨してやってからというもの、誰一人こっちには顔を向けようとしてないし。いや、それよりも、だ。そんな格好? 僕のどこが変な格好だというのだろう。一般的な魔道士なら誰もが着ている、フード付きの黒いローブ。僕の着ている物なんて、これと黒いブーツくらいのものだ。もしかして、髪型が問題なのだろうか。幼い頃はよく、「後ろから見たらまんま栗頭。しかも緑の」なんて言われたものだ。あるいは、この黒目がちの瞳? それならケイもユウもさして変わらないじゃないか。

 

「とにかくそのコスプレみたいな格好はどうかと――」

 

「そんなことよりっ!」

 

 ケイのセリフをさえぎって、ユウが少し身を乗り出してくる。

 

「あなた、私のこと見えるんでしょ!?」

 

 ついさっきも訊かれたことだ。してみるとアンデッド――もとい、幽霊とやらはこの世界では人に見えない存在らしい。一部の例外を除いて、だが。

 いや、そんなことよりも、だ。どうやら僕が彼女を攻撃魔術で一撃しようとしたことには、誰も気づかなかったらしい。そのことにまず、心から安堵。

 

「はい、見えますよ?」

 

 とりあえず丁寧語。彼女の能力(ちから)を見極めるまではこれで通そう。

 

「けど、なんで見えるんだ? 鈴音(りんね)と同じ霊能力者か?」

 

 少し考え込むようにケイ。微妙に僕から視線を逸らしているが、とりあえず気にしないことにする。

 

 僕は別の世界からやって来た事実を二人に語ることにした。そうしないと、いつまでもグダグダと意味のない会話が続きそうな気がしたから。




ストーリー性重視の『マテリアルゴースト』の二次創作小説、ここに開幕です。
オリキャラ、オリヒロインも出す予定でいます。
しかし、念のために『アンチ、ヘイト』のタグをつけておいたのですが、オリジナルのツンデレヒロインが主人公を罵倒するのって『アンチ、ヘイト』に含まれるのでしょうかね?

それでは、これからも楽しんでいただけることを祈りつつ。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。