いつまでもあなたのそばに   作:ルーラー

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第十一話 生垣を隔てて(前編)

○『闇を抱く存在(ダークマター)』サイド

 

 

 ついにこのときが来た。

 

 このときを――この瞬間をどれほど待ちわびたことか。

 

 ようやくだ。

 

 かつて『聖戦士』らに砕かれた我が力をようやく取り戻すことが出来るのだ。

 

 人間などの能力(ちから)に頼るなどという考えは、かつての我からしてみれば愚かとしか言いようがなかった。

 

 だが、いまの状況では――。

 

 ふと、脳裏に我が消滅寸前にまで追い込まれた時の映像がよみがえった。

 

 『神族四天王』の力が込められ、霊明(れいめい)聖竜(せいりゅう)雷光(らいこう)(あや)かしの名を冠された四種の宝石(ジュエル)を装備している『虚無の魔女』の称号を冠された女魔道士。

 

 それらの宝石(ジュエル)から蒼、赤、黄、紫の光が飛び出し、混じりあい――

 

『希望という名の光の中で、永遠の安息を得よ! 『闇を抱く存在(ダークマター)』!!』

 

 とてつもなく巨大な光の奔流に呑み込まれ、我はバラバラに散り、滅びる寸前までいった。

 

 よもや、人間如きにそれほどの力があるとは思いもしなかった。

 

 我を滅ぼしかけたあの『虚無の魔女』とて、『聖戦士』と呼ばれるようになったあの事件のときには――『漆黒の王(ブラック・スター)』を<最後の審判(ワイズ・カタストロフ)>で倒そうとしたときには、結局果たせず、我の力を必要としたではないか。

 

 あの女魔道士は『我の望みを叶える』という交換条件を出し、我に魔王を――『漆黒の王(ブラック・スター)』をどうにかしてほしい、と取引を持ちかけてきたではないか。

 

 そのような脆弱(ぜいじゃく)な存在に我を消滅寸前にまで追い込む力があるなど、どうして想像できよう。

 

 待て。たかが脆弱な人間などになぜ我は滅ぼされかけ、このような――『闇を抱く存在(ダークマター)欠片(かけら)』とでも呼ぶべき姿にさせられた?

 

 いや、そもそも我の望みとは一体――?

 

 なにより、我はなぜあのとき『虚無の魔女』に力を貸した?

 

 ――いや、いまとなってはそんなことはどうでもいい。

 

 いま我は、すべてを手に入れ、すべてを滅ぼすためだけに存在しているのだから。

 

 

 

 ――滅ぼしたい。

 

 

 

 それのみが、我の心の奥底から湧き上がってくる唯一の感情なのだから――。

 

○式見蛍サイド

 

 

「行っちゃった、な……」

 

 なんとなく、そんな言葉が漏れた。

 表情が沈みがちであることは容易に想像がつく。

 充分に覚悟していた結末ではあったけど、それでも――

 

「さて、と」

 

 しんみりとした雰囲気を打ち消すように、ニーナがひとつ伸びをした。

 そして別れの名残を惜しむ風もなく続ける。

 

「じゃあボクも帰るとするね。ケイくん、毎日を死なないように気をつけて過ごすんだよ」

 

 それだけ言って『刻の扉』に足を向けるニーナ。

 

 それにしても、コイツは自殺志願者に向かってなにを言っているんだか。

 呆れた心持ちで『刻の扉』をくぐろうとするニーナの背を見るともなしに眺めていると、

 

「あれ?」

 

 くぐる直前に『刻の扉』が消失した。思わず、といった感じで声をあげるニーナ。

 

 しばし立ち止まって沈黙し、やがてこちらを振り向いた。それも苦笑いというか、照れ笑いというか、そんな笑みを浮かべて。

 

「ええっとぉ……。どうしよう。帰れなくなっちゃった……みたい」

 

『は?』

 

 つい間抜けな声を出してしまう僕たち四人。

 いやだって、帰れないって……。

 

「なんでまた……?」

 

魔法力(まほうりょく)をすごく消耗したからだと思うんだけど」

 

「魔法力? 魔力じゃなくて?」

 

「うん、魔法力。放っておけば回復するけど、回復するまで時間が結構かかるんだ。ちなみに魔力っていうのは、高ければ高いほど強力な魔術が使えたり、魔術の威力があがったりするだけで、魔法力が尽きてたらどれだけ魔力が高くても火の玉ひとつ出せないんだよ」

 

 なるほど。なんとなく分かった。つまり魔力というのはRPGでいうところの『知力』や『かしこさ』のようなもので、魔法力というのは『マジック・ポイント』や『メンタル・ポイント』のようなものなのだろう。

 

「ふむ。つまり魔法力が回復するまでは『刻の扉』を作れない。だから帰れないと、そういうことか? 魔女っ娘」

 

 先輩、魔女っ娘って……。

 

 しかしニーナは気にした風もなく、こっくりとうなずいた。

 

「そういうこと。はぁ、参ったなぁ……」

 

「でも魔法力ってそんなすぐに底をつくものなのか? 『界王(ワイズマン)』の魔法力ってそんなに少ないのか? それに魔法力を回復するアイテムってないのか?」

 

 僕の矢継ぎ早の質問にニーナは次々答えていく。

 

「本来、魔法力はそうそう使い切ることはないよ。『界王(ワイズマン)』であるボクならなおさら、ね。

 ただこの世界って、大気に満ちる魔力の濃度があまりにも薄いんだよねぇ。だから空気中から魔力を取り出して魔術の補助に()てるってことが出来ないんだ。そのぶん、術を使うにはボクたちが住んでいた世界以上の魔力が必要になるし、魔法力も多く使うことになるんだよ。そんな状況下で『刻の扉』なんて作ったもんだから、一気に魔法力を消費しちゃったってわけ。まあ、キミの能力効果範囲内で空間を渡ったのも、かなり消耗はしたんだけど」

 

「空間を渡った……?」

 

「あー……つまり姿を消したってこと。ほら、昨日キミの家でご飯をご馳走になったあと、消えてみせたでしょ? あれのことだよ」

 

「ああ。そういやそんなことあったな。昨日今日と一日の密度高かったからすっかり忘れてた。けどそれくらい、なんてことないんじゃないのか? 『界王(ワイズマン)』ならさ」

 

 そう言う僕にニーナは少々呆れの込もった視線を向けてきた。

 

「キミねぇ……。『界王(ワイズマン)』ならなんでも出来る、とか思ってない?」

 

「思ってる」

 

「即答!? 少しは考えようよ。――まあ、確かにかつてのボクにならどうってことなかったと思うよ。でも『漆黒の王(ブラック・スター)』を倒した一件で弱体化したいまのボクには……いや、やっぱりどうってことないんだろうけどさ」

 

「どっちだよ」

 

 思わずツッコミを入れる僕。するとニーナは嘆息してから、

 

「要するにキミの能力効果範囲内で消えてみせたのが問題だったんだよ。ほら、キミの能力ってどういうもの?」

 

「なにを今更……。霊体を物質化する能力だろ?」

 

「そう。で、ボクや神族、魔族っていうのは、一種の精神生命体――霊体に近い存在なんだよ。肉体なんて持ってなくて、ただ自分の魔力でこの世界に具現・実体化してるの。そんなボクがキミの物質化効果範囲に入ると、魔力を使わなくても幽霊同様に実体を持つことになるんだよ。

 そんでもって、姿を消すっていうのは、具現化した自分の姿を消す行為のこと。ちなみに空間を渡るのはそれの応用で、神族だったら本来その身をおいている神界に、魔族だったら魔界に自分の魔力をすべて戻して、その直後に別の場所に自分の姿を具現・実体化させるわけなんだけど。まあ、どちらにしろキミの能力効果範囲に入ると否応なしに身体が実体化するわけだから、その状態だと姿を消したり、空間を渡るのは不可能になるんだよ。

 まあ、ボクほどの魔力を持っていれば不可能ではないけど、でもやっぱり魔法力をかなり消耗することになるんだ。だからキミの能力効果範囲内で姿を消すなり、空間を渡るなりするのはそれなりにどうってことあるってこと」

 

 理解できたような出来ないような微妙なところだったが、まあ要するに、僕の能力効果範囲内で姿を消したり、空間を渡るのはかなりシンドいということなのだろう。だったらやらなきゃいいのに。

 

「それと魔法力を回復するアイテムは……あるっていえばあるんだけど、この世界にはないだろうね。『蒼き惑星(ラズライト)』にならあるけど、戻ること自体が出来ないし、回復アイテムだけをこっちの世界に召喚するにしても、やっぱり魔法力をかなり消費するだろうから無理だろうし……」

 

 つまり手詰まりということか。……ん? 待てよ。

 

「神族は神界、魔族は魔界にってことは、『界王(ワイズマン)』はどこに身をおいてるんだ?」

 

「ああ、ボク? ボクは『蒼き惑星(ラズライト)』そのものに、だよ」

 

「は?」

 

「大気とかがメインなんだけど――『蒼き惑星(ラズライト)』に存在している意志のない自然の物質。それそのものがボクなんだよ。言うまでもないと思うけど、この姿は人間と話すために創り出した仮初めのものなんだ。

 もっともいまは『蒼き惑星(ラズライト)』に戻れないから、空間を渡ったりするときはこの世界の大気に溶け込んだりしてるわけなんだけど」

 

「そうなのか。――あ、それといま思ったんだけどさ。自分の魔力でその姿を創ってるってことは、いまこの瞬間も魔法力は使ってるのか?」

 

「うん。そうだよ。まあ、使う魔法力は微々(びび)たるものだけどね」

 

「微々たるものでも魔法力は使ってるんだろ? ならその姿は消したほうがいいんじゃ」

 

「平気平気。使う量より回復してる量のほうが多いから。――それで、これからどうするか、だけど」

 

 そこでニーナは額に汗を浮かべて、

 

「――まあ、世界の歪みを直す方法も分かってないしね。そっちの究明に尽力するよ」

 

「お前、確か昨日の晩は現段階じゃどうしようもないとか言ってなかったか? 『聖蒼の王(ラズライト)』の力を継いだにヤツに任せるって言ってなかったか?」

 

「うん、言ったね……。あ、でもほら、ミーティアさんにばかり頼るのも悪いかなーとか思ってみたりもする今日この頃……」

 

「いろいろと言い訳してるけど、帰れないから仕方なくやるってことなんだろ」

 

「う~んと、平たく言うとそうなるかな……」

 

「認めるなよ、自分で」

 

「認める以外にどういう選択肢があったっていうのさ」

 

「そりゃ、しらばっくれるとか、話を逸らすとか」

 

「あ、その手があったね」

 

 ポンと手を打つニーナ。『界王(ワイズマン)』って一体……。

 と、そのときだった。

 

 ニーナが唐突に視線を鋭いものに変え、僕の後ろを凝視する。

 誰がいるのかと振り返ってみたが、彼女が見ているのは僕たち四人の誰でもなく、ただ、なにも存在しない虚空だった。

 そして、ポツリと呟く。

 

「どうやら、お客さんが来たようだね」

 

 刹那――。

 ニーナが目をやっている虚空に揺らぎが生じた。

 

 霧のような黒いものが徐々に輪郭を人のものへと整えていき。

 

 やがて完全な人型となった『それ』は、一対の紅い瞳を見開いた。

 それと同時、すさまじいほどの敵意と霊力(と定義していいのかどうかは疑問だが、それっぽいもの)が僕の全身に叩きつけられる。

 物理的な圧迫感さえ感じるほどの『悪意』。

 

 本能的に理解する。コイツは敵だ、と。

 

 この黒い――いや、闇色の身体を持つ存在は僕に害意を持っている、と。

 

 そう。その闇の塊は、ただただ禍々しい存在だった。

 

 ニーナがそれに声をかける。

 

「久しぶりだね。――いや、かつてキミと戦ったときに会ったのはニーネのほうだったから、初めましてのほうが正しいかな。『闇を抱く存在(ダークマター)』」

 

 『闇を抱く存在(ダークマター)』というあまりに禍々しい名に、僕たち四人はわずかに身体を震わせた。

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