○マルツ・デラードサイド
僕の住んでいた町、カノン・シティに僕、師匠、ファルカスさん、ニーネさんの四人が着いたとき。
町は今まさにモンスターの襲撃を受けようとしていた。
数は――ざっと数えてみたところ、ロング・ソードを手にした二足歩行をする赤いトカゲ型のモンスター『リザードマン』と、コウモリを大きくしたようなモンスター『バットン』が十数匹ずつといったところ。
それらを視界に収めてファルカスさんが舌打ちした。
「多いな。町に入れずに追い払うには少しばかり厄介な数だ」
僕も同感だった。これをどうにかするにはモンスターを全滅させるしかない。倒さずに追い払うなんて芸当はそうそう出来ないだろう。
ファルカスさんはモンスターを全滅させることに
可能な限り、命を奪わずに追い払うか、気絶させるだけにしようと考えてしまう。
甘い、と笑われても文句は言えない。
相手がモンスターであろうと決して殺しはしないという師匠の戦闘スタイルは、僕だって甘いと思っていたし、殺らなきゃ殺られると師匠に言ったこともある。
そのときに師匠の瞳に浮かんだ悲しみの色を僕は今も忘れられない。
『モンスターも
僕は師匠のその言葉を聞いたときから、相手はモンスターなんだから殺していいんだと、モンスターはイコールで悪なのだと、そう単純には考えられなくなった。師匠のことを甘いとは思えなくなった。
ファルカスさんだって師匠に影響を受けたのだろう。モンスターを殺すことに躊躇はなくても、できる限り避けてはいる。そうでなければ、追い払うのが厄介だ、なんてセリフはでてこないだろう。
もっとも、今回ばかりは師匠を除く全員が殺すのもやむをえないと考えてるようだけど。
だって、やっぱり最優先するべきは町を襲ってきたモンスターたちではなく、町の人間たちの命だろうから。
それはそれとして、おかしいことがひとつあった。
「師匠、顔ぶれが少々奇妙ですね。リザードマンとバットンはナワバリ争いをする仲なのに。奴らが手を組んで襲ってくるのは、人間のほうから戦いを仕掛けたときくらいのものでしょう?」
「普通はそうだね。でも少し前から別種のモンスターが手を組んで人間を襲うことが多くなったんだよ。何日か前にも、ここに同じくらいの規模の集団が攻めてきたんだけどね、そのときも数種のモンスターがそこそこ連携をとって戦ってたし」
それは『モンスター凶暴化現象』のせいだろうか。
「おしゃべりはそれくらいにしとけ。ザコモンスターだからってなめてると、痛い目見ることになるぞ」
腰の
僕たち三人も呪文を唱えつつ半身に構える。
戦いの火蓋を切ったのは、リザードマン数匹の剣での攻撃だった。
しかし、ファルカスさんは慌てることなく、あるいは剣で受け流し、あるいは素早くその身をかわす。
僕たちのほうもバットンの口から飛びくる光球の雨をかいくぐりつつ、モンスターたちから距離をとった。
一番距離をとったのは師匠である。師匠の職業は僧侶。回復・援護の術を得意としている彼女は、もっとも広範囲の戦況を見渡せる場所にいなければならない。
ファルカスさんのほうに目をやる。
彼は呪文の詠唱を始めつつ一匹のリザードマンに斬りかかったところだった。
「ギャウッ!?」
リザードマンの苦鳴が辺りに響き渡る。
しかし、まるでそれを合図にしたかのようにリザードマンたちはファルカスさんに向けて大きく口を開き、『
――マズいっ! 僕やニーネさんはバットンたちの相手で精一杯だし、師匠はというと、僕とニーネさんの援護に徹するつもりなのか呪文の詠唱を終えたまま離れたところで戦況を見守っているだけ!
けれどファルカスさんはまったく焦った様子を見せずに呪文の詠唱を続けている。
そして――
「
風に乗って届くは師匠の声。
それと同時に風の結界がファルカスさんの身を包む。
ブレスは風の結界に進路を阻まれ、ファルカスさんの身を焼くことなくあらぬ方向へと流れていった。
そして結界が消えるとともに剣を振るって二匹目を地に這わせるファルカスさん。
さらに、
「
左の掌から黒い波動をこちらに向けて放ち、バットン一匹も倒してみせる。
――ちなみに、魔術には大別して三種類がある。
地、水、火、風の精霊の力を借りた、物質を介してこの世界に精霊力を具現化させる精霊魔術。
人間の精神力を呪文によって引き出し、攻撃力や回復力に転化する精神魔術。
そして、神族や魔族といった超常存在の力を借りて行使する超魔術。
と、簡単にまとめてはみたものの、精神魔術と超魔術にはそれぞれ二種類が存在したりする。
精神魔術の中でも単純な破壊エネルギーを生み出す術は黒魔術、破邪や回復、精神力を削ぐなどの効果を持つ術は白魔術。まあ、もちろん例外はあるけれど。
じゃあ超魔術のほうはというと、区別はかなりしやすく、神族の力を借りた術は『
ちなみにファルカスさんの使った<
そして、いま僕が唱えているのは
さて、と――。
僕は比較的近くを飛ぶバットンに右の掌を突き出した。
そして、完成した呪文を解き放つ!
「
腕の太さくらいはある白い波動が迫りゆく!
もちろん威力は地球で使ったそれの比ではないだろう。
しかしそれはあっさりとかわされた。
いや、違う。僕の狙いが甘かっただけだ。かわされたわけではない。
でも正直、そんなことはどっちでもいいような気がする。一気にピンチになったという事実には変わりがない。
バットンは口を開き、僕に光球を撃ちだそうと――
「
横手から飛びきた炎の帯が、僕に狙いをつけていたバットンを焼き尽くす!
放ったのは――ニーネさん!
僕はそれを視界の端に認めると、彼女に軽く、けれど感謝を込めて目礼し、モンスターたちから距離をとる。もちろん、頭をフルスピードで回転させ、この状況で有効な術を選び、即座にその呪文の詠唱に入りつつ。
ファルカスさんはリザードマンをさらに数匹倒すと、大きく後ろにあと退った。
もちろんファルカスさんにはりザードマンたちの追撃がかかる。けれど僕は既に呪文を唱え終えていた。それをファルカスさんの援護に放つ!
「
掌に魔力が収束する。それは黒い帯状のものとなり、僕の意志の通りにリザードマンの群れへと向かった。
この<
だからこの術ならまず外すことはない――はずだった。
「うおっ!?」
危うくファルカスさんに当たりそうになる僕の術。
のけぞってかわしてくれたからよかったけれど、当たっていたら今頃どうなっていたことか……。人間なんてあっさり殺せる威力を持ってるし、あの術。
黒い帯は僕のコントロールを離れ、夕闇の中へと飛び去っていった。
『
師匠とニーネさんが同時に破邪の力を――正確に言うなら『精神力を削ぎ落とす』力を持った槍を放つ。それはまったく危なげなく二匹のリザードマンに直撃し、気絶させた。
……おかしい。どうして今日の僕はこうもヘマばかりやらかすんだ?
心のどこかになにかが引っかかって、全力を出し切れない感じだ。けど、なにが――?
いや、なにが引っかかっているのかなんて、考えるまでもないか。
ケイたちのことだ。この世界に帰ってくるときに感じた、あの敵意のことだ。
あれは、純然たる破壊の意志。まるで、魔族の持つそれのようだった。
――やがて、モンスターの数が十匹をきった。
普通に戦っていればまだまだ時間はかかっただろう。
しかし、ここにきてファルカスさんが我慢の限界と言うかのようにわめきだした。
「ああもう! うっとうしい! 街道ちょっぴり潰れるだろうけど、大技で片付けるぞ!」
「ちょっとファル、いくらなんでも街道潰しちゃマズいんじゃ……」
ファルカスさんは師匠の言葉を無視して、精神を集中するため小さく息を吐き出した。それを見て師匠も小さく嘆息。言ってもムダだと思ったらしい。
ちなみに『ファル』というのは師匠がファルカスさんのことを呼ぶときの愛称である。
それはともかく、ファルカスさんが詠唱を始めた。始めてしまった。
「黒の
破壊の力を持ちしもの
我らが世界の
我に破壊の力を与えん
その力 神々すらも滅ぼさん
闇に埋もれしその力を
我が借り受け 滅びをもたらさん!」
呪文詠唱のときに用いる言語――『
……って、これは『
そう悟った僕たちは、急いでファルカスさんやモンスターたちから距離をとった。
そしてファルカスさんは
「
ファルカスさんの前に突き出した両の掌から黒い波動が放たれた。それは一匹のリザードマンを直撃し、その刹那、その着弾点を中心にすべてを呑み込む大爆発を起こす!
モンスターたちは一匹残らずそれに巻き込まれた。
整備されていた街道も、見るに無残なことになっている。
相変わらずハデな術だなぁ……。
呆然とそんなことを考えながら師匠のほうを見てみると、額に手をあてて空を仰いでいた。苦労してるんだろうなぁ、師匠も……。
ともあれこれでモンスターは倒せた。かなり問題のある倒しかたではあっただろうけど。
「おい、マルツ」
呼ばれて振り返ってみると、ファルカスさんが険しい表情をしていた。間違えてのこととはいえ殺傷能力バツグンの術を当ててしまうところだったんだから、そういう表情をするのも無理はないだろう。
そう思って素直に頭を下げる。
「あ、さっきはすみませんでした」
しかし不機嫌そうな表情は変わらない。ああ、こりゃどつかれるかな……。
ファルカスさんは僕が頭を下げたことなんかどうでもいいといった感じで話し始める。どこか呆れたような口調で。
「一体どうしたんだ、お前。ニーネの言うところの『別の世界』でなんかあったのか? 他の術ならともかく、<
いや、他の術だってそうだ。お前くらいの魔道士なら外すことなんてそうそうない。少なくとも、単調な動きしかしないモンスターを相手に外すことなんてまずない」
まったく、ファルカスさんの言うとおりだ。
僕はまさに集中力を欠いていた。
どうも引っかかっているのだ。
この世界に帰ってくる直前に感じた、あの敵意のことが。
「今のお前はなんか別のことを考えながら戦っている節がある。そんな戦いかたはするな。そんな感じで戦ってたら、あっさり命を落とすことになるぞ」
命を落とすことになる――。
その言葉は僕の心にグッサリと突き刺さった。
「いえいえ。そうでなくともすぐ命を落とすことになりますよ。なぜなら――」
風に乗って何者かの声が流れる。
――誰だ……?
そう思った刹那、僕たちの目の前に『それ』は現れた。
唐突に。なんの前触れもなく。
黒いフードを目深にかぶった魔道士姿の『それ』が姿を現した。
その顔を見て最初に受けた印象は――黒いのっぺらぼう、だろうか。目も、鼻も、口も、その顔には存在しなかった。
当然、こんなのが人間のはずはない。こいつは、魔族だ――。
「なぜならこの私、フィーアの
「バカ言ってんな! 人間の姿をとれてないってことはどうせ下級の魔族だろう? その程度のヤツがオレたちに勝てると本気で思ってるのか?」
そう言いつつもファルカスさんは油断なく剣を構える。
どういうわけか、魔族は自分の持つ力が大きければ大きいほど人間に近い姿をとろうとする。だから顔すら持たないコイツはおそらく下級の魔族だろう。
師匠たち『聖戦士』は魔族の天敵のようなものだし、このフィーアだっていま目の前にいる師匠とファルカスさんが『聖戦士』であることは気づいているはずだ。もちろん、自分じゃ勝てないことにも。
なのに、なんで――?
「確かに正攻法でいくなら勝てないでしょうね。なにしろ相手は『
「いやいや、正攻法じゃ――魔力のぶつけ合いじゃ絶対に敵わないのはオレたちのほうさ。人間の持つ魔力なんて、魔族からしてみれば本当にちっぽけなものだろうからな。だが裏をかいてお前を倒すのは決して困難なことじゃない」
「その通り。そしてそれは私にも言えることです。すなわち、裏をかいてこようとするあなたたちの更に裏をかかなければ私に勝利はない。例えば――こんな風にね!」
言うと同時、フィーアは手にした黒い杖を横薙ぎに払い、黒い光球をいくつか撃ちだした。――僕に向かって!
「うわっ!?」
思わず目を硬く閉じる僕。
「ちぃっ!」
ファルカスさんの声。そして連続する爆発音。
「ファル!」
師匠の悲痛な声が耳に届く。
僕はおそるおそる目を開けた。
するとそこには地に倒れ伏したファルカスさんの姿。手にしていた
――僕をかばったからだ……。
僕はそれを理解し、自分の無力さを痛感した。
実は僕はほとんど魔族と戦ったことがない。普通、そうそう出くわすものじゃないのだ。魔族というのは。
だから、僕はガチガチに固まっていた。呪文を唱えることも出来なかった。もちろん唱えられたとしても、術を命中させる自信はないけれど。
「弱い者を狙えばなぜかそれをかばうように動く。人間というのは不可解な生き物ですねぇ……。まあ、私には好都合――」
「
師匠がせせら笑うフィーアに向けて<
しかし直撃すると思ったその瞬間、フィーアの姿はかき消え、光の波動は虚空のみを裂いていった。
――空間を渡ったか!
そう悟ったときにはフィーアの姿はさきほどのやや後方にあった。
それにしても惜しい。
ローブに――いや、杖にでもよかった。当たってさえいれば、多少なりともダメージはあったはずだ。フィーアのあの姿はヤツの魔力で創られたものなのだから。服だろうとなんだろうと身体の一部ということになるのだから。
そうだ。ファルカスさんの落としたあの剣、僕が拾って使ってみるか?
ファルカスさんがあの剣で戦おうとしていた以上、あれがただの剣とは思えない。おそらく、魔力が付与されている武器――『
本来、精神生命体である魔族には物理的な攻撃は効かない。物質を介する精霊魔術も同様だ。効くのは精神に直接ダメージを与える精神魔術か、神族・魔族の力を借りた超魔術。そして使い手の精神力を直接叩き込める『
けど僕があの剣をぶん回してどうにかなる相手か? 空間を渡ってかわされるだけじゃないのか? いや、そもそも、だ。
ちなみにニーネさんはというと、さっきからまったくフィーアを攻撃しようとはしない。
理由は分かる。ニーネさんは――『
とはいえ、神も魔族も超えた存在なんだからなんとでも出来るだろうに、ニーネさん。なんでなにもやってくれないかなぁ。
ああもう、とにかくあの空間を渡る能力が厄介なんだよな。あれがなければ簡単にダメージを与えられるのに。
実を言うと、師匠の呪文のストックには空間を渡る相手にも通用する術がある。
ファルカスさんのほうも、武器を失ったからといって絶望することはない。切り札とでも言うべき術なのだけれど、『
けど、気楽に使えるものでもない。どちらも魔法力の消耗が激しいのだ。フィーアを一撃で確実に倒せるのなら問題はない。けどもし、倒せなかった場合は……。
そもそも、師匠はすでにだいぶ魔法力を消費している。果たして術を放てるだけの魔法力が残っているかどうか。
ファルカスさんだって、剣を創っても振る体力が残っているだろうか。
賭けに出るにはあまりにも不安要素たっぷりの僕たちに、フィーアが声をかけてくる。余裕の響きを隠そうともせずに。
「さて、そろそろ終わりにしましょうか。いい加減諦めようという気にもなったでしょう?」
うーん……、同じ殺られるなら賭けに出てみるほうがいいよな。でもそれを決めるのは僕じゃなくて師匠たちだしなぁ……。
僕はなんとか身を起こしたファルカスさんと、僕の隣に静かにたたずんでいる師匠に交互に視線をやる。
するとなんと師匠は、まるで諦めたかのように、うつむいて目を閉じてしまったのだった――。