いつまでもあなたのそばに   作:ルーラー

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第十八話 再会、共闘、人間、魔族(後編)

○神無鈴音サイド

 

 

 マルツさんの放った<呪霊撃滅波(ソウル・ブラスター)>が一本の細長い棒と化した。蛍の『霊体物質化能力』の効果範囲に入って。

 そしてその蒼白く輝く棒を顔をしかめつつ拾う蛍。

 

「なにしてるんだよ! ケイ! そんなのに直接触れたら、死ぬ――とまではいかないまでも、精神力をごっそり奪われるぞ! いや、それだけじゃない! 物質化してるんだから、肉体にもダメージがあるはずだ! 早く離せ!」

 

 しかし蛍はマルツさんの叫びにも似た声を無視して、まるで剣を構えるかのように両手で細長い棒を――物質化した<呪霊撃滅波(ソウル・ブラスター)>を握った。

 

 彼の表情が苦しそうに歪む。

 早く手放したほうがいいと思われるが、私は蛍の考えをおぼろげながらも理解し始めていた。

 

 いまの蛍は多少なりとも霊力を消費しているため、普通に武器を創ったところで、それの持つ威力はダークマターに致命傷を与えられるほどのものにはならない。

 しかしダークマターをこのまま放っておくわけにはいかないし、なによりもそれは蛍自身がしたくないのだろう。

 

 かといって彼の場合、霊力を過剰に使用すれば植物人間状態になりかねない。

 

 だから、蛍は考えたのだろう。霊力を過剰使用せずに済む方法を。

 

「死ね! 理力を持ちし者!」

 

 分厚いガラス越しに見ているときのように、歪んだ姿の黒い影が自分の身体と同色の波動を蛍に放つ。

 

 しかし、それはまたも蛍の身体に当たる直前で不自然に軌道を変えた。

 

「また!?」

 

「そんなことが……」

 

 驚きの声をあげるニーナさんとシルフィードさん。

 私も驚いてはいた。別に蛍があの棒でなにかをしたようには見えなかったから。

 

「死ね、死ねってうるさいな……。誰にだって死ぬ権利こそあっても、殺す権利はないだろ……」

 

 マルツさんが言っていたように、あの棒に精神力を奪われているのだろうか。蛍の声には少し力がなかった。

 

 けれど蛍は手にした棒を振りかぶり――、

 

「まあ、よくいるけどさ……。そこを誤解してるヤツは……。――よっ!」

 

 ダークマターに向けて叩きつけた!

 

「――ぐあぁぁぁぁっ!?」

 

 響き渡るダークマターの苦鳴。いや、絶叫。

 

 残っていた蛍の霊力だけでは大してダメージは与えられなかったに違いない。けれど、蛍はその残った霊力だけでダークマターを倒せるだけの威力を出す方法を考えだした。

 

 おそらくそれは、あの棒に自分の霊力を込める、というものなのだろう。そうすれば武器の形を創るための霊力を、攻撃するためのエネルギーにまわせ、武器の姿を形作るときに使用していた霊力のぶんだけ、ダークマターに与えるダメージを増やすことができる。

 

 しかもそれだけじゃない。これは彼自身もあとから気づいたことかもしれないけど、蛍が霊力を込めるのに使用しているあの棒は物質化した<呪霊撃滅波(ソウル・ブラスター)>だ。よってダークマターは、必然的に蛍が棒に込めた霊力によるダメージと<呪霊撃滅波(ソウル・ブラスター)>が直撃したぶんのダメージを同時に受けることになる。これを受けてなんともないということは、まず、ないだろう。『力』のほとんどである悪霊を私が引き剥がしているんだから、なおさら。

 

「こんなことがっ……!?」

 

 自分の身に起きたことがまだ信じられないようにそう呟くと、ダークマターのその身体は、ざあっ、という音とともに崩れ去った。

 

 それが――『闇を抱く存在(ダークマター)の欠片』の最期だった――のだろう。多分。

 

○同時刻 アメリカ某所

 

 

 スピカはシリウスの部屋の前まで来ると、少し乱暴にそのドアをノックした。

 

「どうぞ~」

 

 部屋の中から聞こえてくるのは、どこか気の抜けた声。

 

「お爺様に念を押されましたので、報告に参りました」

 

 ドアを開けながらのスピカの声はシリウスのものと違って、どこか厳しい。例え仕事のときであっても適度に気を抜いていたほうが、実は成功を収めやすいのだが、彼女はまだそれを知らない。

 

「スピカか。また怒ったような顔をして。年中それじゃ疲れないか?」

 

 ベッドに寝転がっていた身を起こしつつ、青年がスピカのほうに顔を向けた。

 

 腰くらいまである金髪は、スピカ同様かるくウェーブがかかっている。

 瞳の色もやはり彼女と同じ鮮やかな青。

 スピカの兄、シリウス・フィッツマイヤー。二十一歳の好青年である。もっとも、お気楽を絵に描いたような緩んだ笑みをその顔に貼りつけていなければ、だが。

 

 そのお気楽な表情がスピカはどうも気に障って仕方がなかった。

 

 この兄は毎度この調子だというのに祖父、レグルスから厚い信頼を得ているのだ。

 むしろシリウスのその態度こそがレグルスの信頼を得ている最大の理由なのだと知らないスピカの声には、自然と険が込もる。

 

「特に疲れは感じませんわ。わたくしが疲れているように見えるのなら、お兄様の視力に問題があるのでは?」

 

 早くもケンカ腰である。

 しかし動じることなくシリウスはそれに応じた。スピカのその態度はいつものことだからである。この兄妹も昔は仲が良かったのだが、祖父に信頼されているシリウスへの劣等感やその他もろもろの理由から、スピカはいつからか兄に冷たくあたるようになっていた。

 

「俺の視力に問題が、か。それは盲点だったな。けどそれで俺が困ることも、いまのところ特にないしな。放っておいてもいいか。――で、報告ってなんだ? 日本の首都辺りで起きている四つの『歪み』のことか?――あ、いま三つに減ったな」

 

 既に『歪み』のことは察知していたらしい。それもレグルスもスピカも察知しなかったそれの数まで、おそらくは正確に。

 

 シリウスはフィッツマイヤー家の中でもトップクラスの霊能力者だった。

 

「……そのことですわ。その件、わたくしに解決が命じられましたので、一応ご報告に」

 

「おいおい、じーさんがよく許したな。……本当にお前ひとりで大丈夫か?」

 

 早く会話を終わらせたいので手短に告げたスピカに、シリウスはそう尋ねる。もちろんその言葉は本当にスピカの身を案じてのものだったのだが、シリウスに劣等感を抱いているスピカには単にバカにされたようにしか感じなかった。……あるいは、案じるシリウスの声に真剣みが皆無だったのも、彼女がそう感じた理由のひとつかも知れない。

 

「問題ありません! それでは!」

 

 言ってバタンとドアを閉めるスピカ。

 

「そんな勢いで閉めたらドア壊れるだろうに……。――しっかし、本当に大丈夫かよ……」

 

 シリウスは唐突に表情を引き締めると、今度は真剣な口調でそう呟いた。普段からこうならスピカの対応も、もう少し違うものになっていることだろう。

 彼はひとつ嘆息すると、再びベッドに寝転がる。

 

「まあ、なかなか帰って来ないようだったら俺も日本に飛ぶとするかね」

 

 軽い口調で言って、シリウスはより表情を引き締めたのだった――。

 

○式見蛍サイド

 

 

 手にしていた蒼白い棒を能力範囲外に放り捨てる。するとそれは物質化を解かれて近くの壁に直進し、直撃。一瞬にして消滅した。

 

 物質化させた<呪霊撃滅波(ソウル・ブラスター)>に僕の霊力を注ぎ込み、ダークマターを思いっきりぶっ叩く――。

 

 やるまでは多少不安があったものの、やってみればそれはあっという間のことだった。

 

 ただひとつ、まだ不安があるとすれば――。

 

「……空間を渡って逃げたんじゃないだろうな、ダークマター……」

 

 それに答える声があった。数時間前に自分の世界に帰っていったハズだったヤツの声。

 

「それは多分ないと思う。魔力が細切れになって消えていったから」

 

 そっちを見ると、ムスッとしているマルツと目が合った。なんか、『闇を抱く存在(ダークマター)』と対峙していたときよりもずっと怖い。

 

「それよりもケイ。両の手、見てみなよ」

 

「両手?」

 

 言われたとおりにして――後悔した。

 

 あまり詳しく表現したくはないのだけれど、両手がかなり控えめに言っても、ものすごいことになっていた。

 思わず血の気が引く。同時に、さっきまで大して痛くなかった両手にいまになって激痛が走った。まあ、さっきまであまり痛くなかったのは、感情が(たかぶ)っていたからなのだろうけれど。

 

「っ~~~~!!」

 

 声にならない悲鳴をあげる僕。

 そんな僕の両手に手をかざしてマルツがなにやらブツブツと呟いた。

 

 少しの間があって。

 

復活術(リスト・レーション)

 

 僕の両手にじんわりと温かい光が当てられる。その光をボンヤリと眺めていると、光が当たっているところの痛みが少しずつ薄れていくのに気づいた。これって、ひょっとして……。

 

「RPGでよくある『回復魔法』ってやつか?」

 

「そうだよ。精神魔術系統の白魔術――上級回復呪文の<復活術(リスト・レーション)>。……本当は神界術に<神の祝福(ラズラ・ヒール)>っていう高位の回復呪文があるんだけれど、あいにく僕には使えなくって……。まあ、そんなわけで僕にはこれが精一杯なんだ。悪いな」

 

「いや、悪いなんて……。助かるよ。本当」

 

 それは僕の本心だった。大体、マルツの言うことを聞かずにあの棒を使い続ける、なんていう自業自得なことをやっておいて、それで負った大ケガをマルツに治してもらってるんだ。それでマルツに文句なんて言ったら冗談抜きでバチがあたるだろう。

 

 それからしばし他愛のない会話をしながら、僕の両手が完治するまでマルツは回復呪文をかけ続けてくれた。……ふむ。RPGとかだと一瞬で治ってるように感じるけど、やっぱり本当の回復魔法っていうのはそういうものではないんだな。きっと鈴音が話をしつつも集中を切らさずにいたように、マルツもまた、僕としゃべりながらも精神集中を切らさないよう絶えず気を張っているのだろう。

 

「ほい。これで完治」

 

 マルツは両の掌をパンパンと打ち鳴らした。すると僕が完治するのを待っていたかのようにシルフィードが口を開いた。いや、間違いなく待っていたのだろう。

 

「さて、じゃあ私はそろそろお(いとま)させてもらうわ。じゃあね、ケイ。また会うときまで」

 

 言って彼女は僕にウインクを飛ばしてきた。

 

「シルフィードさんっ!」

 

 鈴音がなぜか怒ったような声を出す。シルフィードはそれを意に介した風もなく、僕たちに背を向けて歩きだした。

 そのまま歩き去るかと思いきや、数歩歩いたところでそのうしろ姿は夜の闇にスッと溶け消える。

 

 どうやら、間違いなく終わったらしい。シルフィードの『また会うときまで』が気にならないと言えば嘘になるけれど。

 

「……まだ不安は残るけど、とりあえず『魔風神官(プリースト)』は安全と見ていいのかな……? まあ、ならもう帰っても平気か」

 

 そんなことを呟くマルツ。……って、帰る……?

 

「お前、もう自分の世界に帰るのか?」

 

 確かにそう言っていたのに、思わず問う。

 

「え? うん。問題はあらかた片付いたようだし、僕自身の心も納得したし。師匠からも言われたからね。納得できるかたちで帰って来いって。――あ、そういえば師匠、結局来なかったな。まあ、僕たちだけで割とあっさり倒せちゃったもんな。――じゃあね、ケイ。元気で」

 

 僕はその言葉に、しかし寂しさなんて微塵も感じなかった。それよりも、困った感情のほうが湧いてくる。だって、さあ……。

 

 僕の戸惑いをどういう風に受け取ったのか、マルツは一度僕を安心させるように大きくうなずくと、ニーナのほうに向いた。

 

「ニーナさん。『刻の扉』をお願いします。師匠たちも待ってるでしょうから」

 

 その言葉に辺りの空気が凍りつく。ニーナはニーナでダラダラと汗を流し始めた。

 

「ええっとね……。創れないんだよ、『刻の扉』。魔法力が足りなくて……」

 

「ええっ!? やっと現状に納得できたのに!」

 

「ええと……、ほら、まあ、その……。良かったじゃん。ケイくんたちとまだ別れずにすんで」

 

「それはそうかもしれませんけど、なんか複雑!」

 

 なんだか不毛な会話になりそうだったので、僕が口を挟む。

 

「まあ、いいじゃないか。お前はともかく、ニーナはこの世界の歪みをなんとかするために来たんだろ? ならそれを手伝ってやれよ、マルツ。『刻の扉』だってそのうちまた創れるようになるらしいし」

 

「確かにそういう大義名分があるのは嬉しいけど……。で、ニーナさん。また『刻の扉』を創れるようになるまでどれくらいかかります?」

 

「う~ん……。一週間くらい、かな。――でも世界の歪みを引き起こしている張本人に言われるのは、正直、釈然としないなぁ……」

 

 僕にも自覚はあった。

 マルツが僕のほうへと視線を移す。

 

「じゃあ、また帰れるようになるまで同居してていいかな?」

 

「ああ、もちろん」

 

 即答。断る理由なんてなかった。どうやら僕はコイツのことを『大切な人』と思い始めているようだから。

 

「ボクはこの世界の大気と同化して待機することにするよ」

 

 言ったニーナのほうを見ると、なんだか『上手いことを言った』とでも言いたげな表情をしていた。おそらくは『大気』と『待機』をかけたのだろう。なぜかは分からないけれど、吹く風が急に寒くなったような気がした。まだ夏になったかならないか、という季節だというのに。

 

「……ええと、この世界の大気、すごく溶け込みやすいんだよね。なぜかは分からないけど」

 

 弁解するようにそんなことを言うニーナ。誰も訊いてないんだけどな、そんなこと。

 

 彼女はとうとういたたまれなくなったのか、

 

「……じゃあ、またねっ!」

 

 それだけ残してニーナの姿が掻き消える。

 

 僕たちは視線を交わしあって今回のことが終わったことを実感すると、五人揃って大きく嘆息した。先輩が嘆息するところを見るのは妙に新鮮だな、とか思いながら――。

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