「……つまり、お前の住んでいた世界ではそのアンデッドって存在は誰にでも見える。だからその世界の住人であるお前は、この世界ではアンデッドと同格であると思われる幽霊も見える、と……そういうわけか?」
「まあ、要約するとそういうこと。もっともこの世界で言うところの幽霊は、その誰もが悪しき存在ってわけじゃないようだけど」
ところ変わってここは駅のホーム。
僕の説明を要約してくれたケイは、その僕の補足を聞くと、ひとつ盛大にため息をついた。
「なんてこった……ユウがアニメキャラになるまえに、本当のアニメキャラに出会ってしまった……」
……なんか、失礼なことを言われた気が……。
「で、さっきの『なんとかストラッシュ』ってのが魔法……?」
「いや、<
「正式な名前はどうでもいいんだ。お前、アレやったとき、ものすごく恥ずかしくなかったか……?」
「いや、ちっとも。」
「そこは恥ずかしいと思うべきところだろうに……」
また失礼なことを言われた気がするな……。いや、それよりも、だ。
冷静になって考えてみると、さっきスーパーで魔術を使ったときは少しだけど手ごたえがあったな。四日ほど前に使ったときはウンでもスンでもなかったのに。
ふむ、なんとなくわかってきたぞ。おそらくこの世界でも魔術は使えるんだ。ただ、この世界の住人は、自分たちが魔術という技術を使えるのに気づいていないだけで。いや、原因はもうひとつあるか。これまた『おそらくは』だけど――通常、大気には魔力が満ちている。しかし、この世界の大気に含まれている魔力はあまりにも濃度が薄いんだろう。だから、術を発動させる際の助けがとてもじゃないけど足りない。これだとよほどの――僕の世界でいうところの『超一流』レベルの魔力と才能がないと、魔術をまともに発動させるなんて不可能なんじゃないだろうか……。
そしてその魔力と才能を顕在化させることが出来た人間のことを、この世界では『霊能力者』と呼んでいるのではなかろうか。さっき話題に出た『鈴音』って人みたいに。
幸い、人間の魔力っていうのは、魔術を使えば使うほど上昇していく。筋トレすれば力がつくのと同じことだ。つまり、しょっちゅう魔術を使っていれば、この世界でもまともに魔術を使えるようにはなれるはずだ。元の世界に帰る方法はそれから考えればいい。なにしろ、今の段階では空すら自由に飛べないのだから。それに、この世界にいる魔道士――いや、この世界では『霊能力者』と呼ばれてるんだっけか――の『鈴音』という人に会って、この世界の魔術に関する考察を聞かせてもらうのもいいだろう。というか、今出来ることなんてそれくらいしか思いつかない。
さて、となると当然ケイに頼んでその『鈴音』って人に紹介してもらうくらいしか、その人と会う方法はないわけだが。紹介してくれるかなぁ……こちとら、見ず知らずの他人だというのに……。
ちなみに、僕が自分の思考に没頭している間、ユウは自分のことが見える人間が増えたことがそんなに嬉しかったのか、やたらとはしゃいでたりするし(具体的にはホームの天井の辺りを飛び回っている。まあ、アンデッド――じゃない、幽霊は人間を遥かに超える魔力を持っているんだから、無意識にでもそれくらいのことは出来るか)、ケイのほうは――
「はぁ……死にてぇ」
「えぇっ!?」
いや、それは僕のような心境の人間が言うことだろ! 大体、軽々しく言っちゃダメだろ! 僕だって言わないようにしてるのに!
「なんだって自称とはいえ、『自分は魔法使い』みたいなこと言ってる、それも異世界からやって来たヤツと関わらなきゃならないんだ……」
「いや、自称でも魔法使いでもないって! 魔道士だって! ……って、信じてくれるんだ。僕が別の世界から来たって……」
ちょっと――いや、かなり意外だった。今まで誰一人信じてくれなかったものだから。
「まあ、僕にも色々とあったからな。ここしばらくで」
「そ……そうなんだ……」
……なんだろう、このやたらと達観した表情は……。命のやりとりもしてない(この世界の)一般人ができる表情じゃないぞ……。
「それに、超常的な存在や現象は見慣れてるし……」
言うとケイは嘆息しつつ空を眺めた。いや、違うか。いまだに空中を飛び回っているユウに視線をやったのか。
「……なるほど」
思わず納得する僕。
と、不意にケイは僕のほうに向き直り、
「ありがとな。さっきスーパーでユウから周囲の視線逸らしてくれて」
「え? あ、ああ……」
あれは別にユウのためってわけじゃなかったんだけどな。まあ、感謝されてるらしいし、結果オーライか。
「アイツも別に悪いヤツじゃないんだ。ちょっと、自分が幽霊だってことを忘れがちなだけで」
本当にいつも忘れているわけではないだろう。だって――。と、そこでケイが僕の心を読んだかのように続ける。
「忘れられるわけ、ないんだよな。アイツ、なんだかんだ言って夜はずっと一人、眠らずに――いや、違うか――眠れずにいて、それはきっと、ものすごい孤独感を感じることなんだろうから。そのときは、自分は幽霊なんだって、自覚せざるをえないんだろうから……。だから今も、スーパーにいたときも、昼間はずっとはしゃいでるんだろうな……」
僕は少しうつむいてポリポリと頬を掻いた。
うーん……少ししんみりとしちゃったなぁ……。ていうか、あの空中飛び回ってるアクションって、はしゃいでるっていうのか? 僕はてっきり魔力を無駄遣いしているものだとばかり……。
それによく考えてみれば、だ。ユウは普通の人間には見えないんだよな……? だとすると、いくらはしゃいでいたとはいえ、人前で食べ物パクつくのはかなりマズいんじゃないか? なんせ、普通の人間から見れば試食品がいきなり宙に浮き上がったかと思ったら、次の瞬間には虚空に消え去ったように見えるのだから。うーん……、よく考えてみるとけっこうシュールな光景だ、それ。僕が周囲の視線を集め、さらに散らしたのは――こう、いっそ救世主的な行為だったんじゃないのか? この二人からしてみれば。もしや、これは恩を売るチャンス?
そんなことを考えながら顔を上げると、スーパーでのことをケイも思い出していたのか、沈みがちな表情でポツリと一言。
「死にてぇ……」
「またか!?」
いやだから! 軽々しく言っちゃダメだって! そういうこと!
反射的に叫んで、さらに硬直していると、ケイはさらにすごいことを言って――いや、提案しようとしてきた。
「そういやお前って魔法使いなんだよな? それも異世界から来たっていうから当然、宿な――」
「だから魔法使いじゃなくて魔道士!」
「たいした違いないだろ? 細かいヤツだな」
「細かくない! 魔法使いってのは魔道士はもちろん、僧侶や魔道戦士、果ては巫女まで含めた『魔術を使える人間』のことを言うんだ!」
『巫女?』
ユウも加わり、ケイと声をハモらせて『巫女』の部分を復唱してきた。なぜそこを繰り返すのかが謎だ。というか、ちゃんと話聞いてたのか。ユウ。
「巫女がなにか?」
「あ、いや。続けてくれ」
「うん、続けて続けて」
なにか釈然としないものを感じるな。まあ、いいけどさ。
「とにかく。魔道士に『魔法使い』って言うのはとんでもない侮辱にあたるんだよ! 分かった!?」
「ああ、分かった分かった」
両の手を空に向けブンブンと振りながらケイ。その傍らに降り立っているユウも、
「うん、マルツは魔道士。魔法使いじゃなくて魔道士」
やっぱりなんかすっきりしない。
僕が少しムスッとしていると、ケイが先ほど言いかけた提案を繰り返してきた。
「それで、『魔道士』のマルツは今宿なし――あー、つまり、泊まるところがないんじゃないか?」
『魔道士』の部分をやたら強調してくるケイ。一応言っておくが、僕は宿なしの意味くらい分かる。
「そりゃあ、まあ……」
じゃあウチに泊めてやる、とでも言ってくれるのだろうか。だとしたらありがたいことこのうえないが(『鈴音』って人にも紹介してもらいやすくなるし)。
しかし、彼女の次の言葉はこちらの想像を遥かに超えるものだった。
「じゃあ、ウチに泊まっていいよ。ワンルームだから狭いけど。ただそのかわりにさ……」
僕はこれからさき、この提案を聞いたことを何度も後悔することとなる。
「人をなんの痛みも苦しみもなく殺せる魔法ってよくあるだろ? RPGとかでさ。即死の呪文ってやつ? 魔法を使えるようになることがあったら、そういうの僕にかけてくれないか?」
…………はい? 今なんと? 要するに自分を殺してくれってことか? なんの痛みも苦しみも感じない術で?
別にそういう魔術がないわけじゃない。いや、即死の呪文なんてものは存在しないが、要は殺されたことにも気づかないぐらいの一瞬で、かけた相手を殺せるほどの殺傷能力がある術か、あるいは精神そのものを消滅させる術を使えばいいだけだ。少なくとも後者なら肉体的な痛みを感じることは絶対にない。
つまり、いま僕が呆然と――というより、困惑している理由は――
……この人、冗談抜きで死にたがってる……?
というものだった。
困惑するな、というほうが酷だろう。『あなたの願いをなんでもひとつだけ叶えてあげましょう。あなたの命と引き換えにね』なんて言ったはいいものの『じゃあ、痛みも苦しみも感じないように殺してください』なんて返された悪魔だったら今の僕の気持ちがよく分かるに違いない。まあ、悪魔が願いを叶えたときに命を奪う際、そこにはなんの痛みも苦しみもないのかというのは、議論の余地があるけれど。
僕はちょっと現実逃避気味の思考をやめて、ユウのほうに視線を向けるが、
「もう、またケイは……」
彼女は呆れたように呟くだけである。
まさかとは思うけど……この二人にとっては、これが日常茶飯事……?
「え~と……」
さて、なんと返事したものか……。
いや、僕に選択肢なんて最初から存在していない。そこまで断言しなくてもいいのかもしれないが、僕にはそうとしか感じられなかった。
まず、宿なしであるのは間違いのない事実である。この状況はいいかげんなんとかしないと、餓死する日もそう遠くはないだろう(今は夏なので野宿そのものは命に関わるまい)。第二に、彼女の提案を蹴ろうものなら、『鈴音』という人に会うのは困難をきわめることになる。ケイの提案を蹴ってなお『鈴音』という人に会おうとするなら、それ相応の――ハンパではない労力を必要とするだろう。別にそこまでしなくても、と思う人もいるかもしれないが、一刻も早く自分の住んでいた世界に帰りたい僕としては、その『鈴音』という人に会って色々とこの世界の魔術に関して訊きたいのだ。
だから、僕はこう答えざるを得なかった。
「まあ、別にいいけど……」
魔術を使えるようになったら空でも飛んで逃げればいい。そんな考えも僕の頭の中にはあった。
「よし、じゃあ決まりだな」
「えっと……」
しかし僕は思わず言いよどんでしまった。だって……。
「どうした?」
「どうしたの?」
「いや、なんだかんだ言っても異性の家で暮らすのは、抵抗ある、というか……」
それに今初めて気づいたというようにケイが言う。……女の子がそんな無防備でいいのか……? それともこの世界のモラルはその程度のものなのか?
「まあ、確かにユウのことは――気にはなるだろうけど、幽霊なんだし、そこまで気にすることも……」
「そうそう」
「それは分かるよ。そうじゃなくて僕が言いたいのはつまりキミが――」
「僕……?」
怪訝そうな表情をするケイ。するとそこにユウが口を挟んできた。
「……え~と、マルツ、念のため言っておくけど、ケイは男だよ?」
「え……お、男ぉ~っ!?」
ユウの言葉に僕は人目も憚らずに(といってもそんなに人いないけど)大声で叫んだのだった。
○その日の
『――という