いつまでもあなたのそばに   作:ルーラー

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第二話 邂逅(前編)

○???サイド

 

 

 式見蛍の能力(ちから)が少しずつ――しかし、確実に大きく、広くなっていく。

 

 そう。私の望んだ、その通りに。

 『闇を抱く存在(ダークマター)』との戦いは間違いなく彼を『成長』させたようだ。

 

 しかし、これではまだ駄目だ。

 このままでは彼の能力が二つの世界を影響下に置く前に、彼が死を迎えてしまう。

 式見蛍には一刻も早く『成長』してもらわなければ。

 『彼女』との邂逅(かいこう)を回避させることは不可能なようだから、なおのこと。

 

 ――しかし、どうやったものか。

 

 ……ふむ。魔風神官(プリースト)シルフィードに協力してもらうのは当然として、それ以上のなにかを……。

 

 『フィッツマイヤー家』や『九樹宮(くきみや)家』にも協力してもらうか。幸いフィッツマイヤー家は既に動いていることだし。

 さて、あとは――。

 

 『神無家』――だな。式見蛍になるべく近しい者に協力してもらうとしよう。

 まあ、私が彼女らに頼んで『協力』してもらう、というわけでは無論ないが。

 

 さて――方針は決まった。

 まず接触を持つべき相手は――あの少女、か。

 

○式見蛍サイド

 

 

 スーパーで買い物を終えて、ちょっとその辺りのコンビニに入ることにする。そういえばマルツ、以前起こったコンビニ強盗事件のとき、一体どういうとばっちりを食らったのか、コンビニでのバイトをクビになっていた。……気の滅入る話だ。家計も圧迫するし。……はぁ、死にてぇ。

 

 ちなみに荷物は全部僕が持っている。……いや、だって、他人から見えないユウが持っていたら、荷物が宙を浮いているように見えるだろうし、そもそも僕自身が女の子に荷物を持たせることに居心地の悪さを感じるタイプだったりするから。……なんて損な性格をしてるんだ、僕。もっとも、そんな自分を嫌いじゃない僕がいるのもまた事実だったりもするのだけれど。

 

 今日売りのマンガや小説がないか、週刊誌コーナーに行ってみる。すると、そこで僕は少々変な人を見るハメになった。

 

 見たところ先輩と同年齢くらいであろう女性が真剣な表情で本を開いていた。つまり、立ち読み。それはいい。僕だって立ち読みくらいはする。その程度で目くじら立てる人間は世の中、そうそういないだろう。

 立ちっぱなしで足が痛むのだろうか。ときどきトントンとつま先を鳴らしている。それも別にいい。そんなの変でもなんでもない。

 

 時折、首をかしげる動作に腰まであるロングヘアーや首から下げられている銀色のペンダントが揺れる。それだっておかしくはない。そのたおやかとも表現できる雰囲気に見とれる人間もきっと多いだろう。

 

「ケイ?」

 

 だからおかしいのはその髪や瞳の色、および服装に他ならなかった。

 

 青である。その瞳が。その髪が。――いや、瞳が青いだけなら『外人さんかな』ですませることも出来ただろう。髪だって、あるいは『染めてるんだろうな』ですませることも出来るのかもしれない。

 でも、その髪の色は明らかに自然のものっぽかった。人工的な色合いじゃなかった。普通ならあり得ないとは思うんだけど、マルツの緑色の髪をここのところ毎日見ている僕だから分かる。あの色は生まれつきの色だ。染めたときのどぎつさと違和感がない。

 

「ねえ、ケイ?」

 

 さらに、だ。あの服はどうだろう。『この世界』では明らかに目立ちすぎる、薄緑色の服。マルツの着ているローブとよく似た、けれどRPG風に言うなら、彼と違って、神聖な職についている人間が身につけていそうな薄緑色のローブ。この外見から推測できることは――

 

「ちょっと無視しないでよ! ケイ!」

 

「! 痛たたた……」

 

 ユウに頬をつねられた。はっきり言ってかなり痛い。まったく、もう少し手加減しろよな……。そんなつもりなかったとはいえ、結果的に無視してた僕が悪いのは分かってるけどさ。

 

「……ふう」

 

 と、そこで目の前の青い女性が嘆息してパタンと本を閉じた。……彼女、僕たちのやりとりにまったく気づいてない?

 

「あの、ちょっと訊きたいことがあるんだけど、いいかな?」

 

 おっとりした調子でそう声をかけてくる女性。なんだか、僕と同年代であることを疑いたくなるような無邪気さがあった。うん。アヤといい勝負かもしれない。

 

 奥の深さを感じさせるふわっとしたその瞳を向けられ、僕は少しドギマギしながら返す。

 

「は、はい……。なんでしょう?」

 

 僕って、色々と尋ねやすい顔してるのかな……。

 そんなことを考えている僕に彼女は再び本を開いて見せてくる。

 

 それは地図だった。しかし、世界地図。

 

「ここって、どこなのかな? それとわたしの住んでいた――リューシャー大陸ってどこにあるんだろう?」

 

 僕が返答に困ったのは言うまでもないだろう。

 リューシャー大陸? どこ、そこ?

 大体、世界地図広げられて『ここってどこ?』と訊かれてもなぁ……。

 

 う~ん……。どうも天然っぽいぞ。この人。それも陽慈(ようじ)並みの。

 しかし、からかわれているわけではないことは彼女のその表情から分かるため、僕はとりあえず、

 

「ここは――ここの、この辺りだと思いますけど……」

 

 世界地図の日本のところを指差して、そう言った。曖昧な答え方になってしまったのは、世界地図を見せられたからだ。この地図で関東のどこどこと説明するのは、いくらなんでも不可能に決まってる。

 

「え? ここなの? ここってエルフィー大陸じゃ……。でもエルフはこういう建物嫌いだったはず……。――あ、君の耳は尖ってないね。だとすると――」

 

 うん? エルフ? なんだそのRPGでよく出てくるワード。

 

 ああ、この人の正体、もう見当ついてきたぞ。さすがに。

 

「あ、でも――ここは間違いなくリューシャー大陸だよね?」

 

 少し焦ったように尋ねてくる女性。指はオーストラリアを指している。

 

「……違います」

 

 とりあえず否定しておいた。

 

「ええっ!? 違うの!? じゃあ……じゃあ、ここはドルラシア大陸でしょ?」

 

 指されたのはユーラシア大陸だった。語感は似ているけど、違うものは違うので、ちょっと悪いかなと思いつつも首を横に振る僕。

 

 彼女はとうとう絶望的な表情になって、床に崩れ落ちた。なんだか、こっちが悪者になった気分。……理不尽だ。死にてぇ。

 今度は僕のほうから質問する。

 

「あの、あなたはもしかして『蒼き惑星(ラズライト)』から来たんじゃないですか?」

 

 うなだれるようにうなずく青い女性。う~ん。やっぱりそうか。

 だとすると――。

 僕はユウを指して続ける。

 

「彼女、幽霊なんですけど、見えます? マルツ――『蒼き惑星(ラズライト)』から来たっていう僕の知り合いには見えてたんですけど」

 

 僕の言葉に顔を上げ、ユウを直視する彼女。その瞳は涙で少し潤んでいた。……『守ってあげたい』と思わせる表情だ。かくいう僕もなんの気の迷いか、一瞬そう思ってしまったし。

 

 実は、マルツはたまたま霊視能力を持っていただけ、という可能性も僕は考えていた。だから彼女に見えなかったとしても、それはそれで別におかしなことではない。

 むしろ、僕が危惧していることはまた別にあって。なにしろマルツが以前、ユウのことをアンデッドモンスターだと思って過剰に反応したことがあったから、この女性もそういった反応を返すんじゃないかと。

 

 しかし僕のそんな心配は杞憂(きゆう)に終わってくれた。マルツの反応が過剰だったのか、はたまた彼女の危機感が薄いのかは分からないけど、彼女はただ平然と返してくる。

 

「見えるよ。もちろん」

 

 途端、ユウの顔がパッと輝く。比喩ではなく、本当に。まるで裸電球の如く。

 

「本当に!?」

 

 まあコイツ、基本、明るくはあるけど、心には常に寂しさがあるようだから、この反応も分からなくはない。

 僕がなぜか穏やかな気持ちになっていると、「あっ!」と女性がなにかに気づいたように声をあげた。

 

「君、『マルツ』って言ったよね? もしかして『マルツ・デラード』のこと!?」

 

「え? ええ――っていうか、気づくの遅っ!」

 

 思わずツッコミを入れる僕。……ああ、やっぱりこの人、天然だ……。

 呆れると同時に、しかし、ちょっと驚きでもあった。彼女、まさかマルツの知り合いだったなんて。偶然の一言で片づけていいものか少し迷う。

 

「よかったぁ……。ちゃんとマルツがいるところに来れてたんだぁ……」

 

 安堵の息を吐きながら立ち上がる女性。……よかった。やっと立ってくれたよ。けっこう痛かったんだよね、周りの視線。

 

「あ、自己紹介がまだだったね。わたしはサーラ。サーラ・クリスメント。――これでもマルツの師匠なんだよ」

 

『師匠っ!?』

 

 本棚に立てかけてあった杖(らしきもの)を手にしつつ、にっこり笑ってそう言った彼女――サーラさんに、僕とユウは驚愕の声をあげてしまっていた。

 いや、確かに師匠がいるとマルツから聞いてはいたし、弟子がいればたとえ何歳であろうと師匠は師匠だろうけど……いくらなんでも若すぎるんじゃあ……。

 

 僕とユウはあまりのショックに口をポカンと開けてしばらく固まってしまったのだった。

 

○神無鈴音サイド

 

 

 昨日知り合った記憶喪失の少女との朝食を終えて、私は彼女と部屋に戻った。

 

 食事中、思い出せることはないものかと彼女と色々会話をしてみたのだけれど、それで思い出せたことは、なにひとつなかった。とりあえず、昨日出会ったときに比べてだいぶ打ち解けることが出来たのが収穫といえば収穫だろうか。

 

 部屋に入ってすぐのところにある鏡に私たちの姿が映る。肩にかかるくらいまでの髪の私と、背中まである彼女の黒髪。

 

 どうしたって私は自分と彼女の容姿を比べてしまう。

 

 彼女がいま着ているのは黒髪や黒い瞳とは正反対の色の、白いワンピース。ちょっと変わったデザインをしてはいるけれど、それで彼女の魅力が損なわれるということもない。黒と白の見事なコントラスト。そういえば黒は女を美しく見せる、という言葉を聞いたことがある。いや、あれは黒い服は、だったっけ。事実、私の目に彼女は美しく見えるのだから、どちらでもいいような気がしてきた。

 

 私は――どうだろう。別にブサイクとまで自分を卑下はしないけれど、だからといって可愛いとか美しいとかいう形容詞が似合うかどうかは……。まあ、私は別に容姿がすべてと思っているわけでもないけれど。《顔剥ぎ》のこともあったし。

 

 蛍が『可愛いよ』とか冗談混じりでなく言ってくれたら少しは自信、持てる気もするんだけれど。彼は基本、お世辞を言うタイプじゃないし。こと、私に対しては。

 

「それで鈴音。私の名前のことだけど」

 

 少女の言葉で現実に意識を向ける私。

 そういえば食事中、呼び名がないと不便だ、みたいなことを話していたっけ。

 

「う~ん。そうだよね。なにか考えないとね」

 

 とは言ってもどんな名前にしたものか……。電話帳でも開いてみようかな?

 しかしそんな適当なのはどうだろう、などと思っていると、彼女のほうから話を続けてきた。

 

「一般的な名前ってどういうのがあるの? 鈴音?」

 

「一般的? う~ん……」

 

 あいにく、どんな名前が一般的で、どんな名前がそうでないのか、私にはなんとも言えなかった。考えてみれば、『鈴音』という名前は一般的なのだろうか?

 

 それに彼女には名前だけじゃなく苗字だって必要だ。私の姉や妹ということにしない限り、『神無』姓は名乗れないだろう。ちなみに私には神無深螺(しんら)という姉がいる。なのでこれ以上姉が増えるのはちょっと勘弁だった。

 

「○藤とか○崎というのが苗字には多いけど、名前……名前ねえ……」

 

 ぜんぜん思いつかないよ……。やっぱり電話帳から採ってくるのが一番かなぁ。

 

「○崎が多いんだ……。じゃあ例えば、『神崎(かんざき)』とかはどう? それとも、そんな苗字ないかな……?」

 

 『神崎』か。悪くないと思う。

 

「いいと思うけど、名前との組み合わせってものもあるから。名前によっては変な苗字に思えちゃうかもしれないよ?」

 

「名前はもうなんとなく決めてあったの。――名前は『りん』。私は今日から『神崎りん』。……どうかな? 一般的?」

 

 一般的かどうかはやはり分からない。しかし――。

 

「それは分からないけど、いい名前だとは思うよ。うん」

 

「よし、じゃあ決まり。私はりん。神崎りん。――改めてよろしくね。鈴音」

 

 う~ん。もう少し考えてみたほうがよかったんじゃ……。まあ、本人が満足ならそれが一番だとも思うけど。

 

「うん。よろしく。――でも意外とあっさり決まったね。てっきりもっと時間がかかるかと……。ところでその『神崎りん』って、どこから出てきたの?」

 

 そう訊くと、彼女――りんはイタズラが成功した子供のように笑った。

 

「鈴音の苗字と名前から採ったんだよ。『神無』の『神』に崎をつけて『神崎』、そして『鈴音』の『(りん)』を採って『りん』」

 

「……あ、なるほどね」

 

 なんだか、最初からこの展開を狙っていた気さえする。勘ぐりすぎかな?

 

 それから私たちは、しばし雑談に興じた。りんがいまの流行とかを知っているわけないけど、私もそういうことには少々疎いし、内容がどんなものであれ、素直に、自然体で話すりんとしゃべっているのが単純に楽しかった。そういえばこの感覚って、蛍と話しているときと似ているかもしれない。特に共通の趣味に没頭しているわけでもなく、気がものすごく合うというわけでもないのに、話していてとても楽しい。居心地がすごくいい。その感覚はやはり、いま感じている感覚と同じ、あるいはとても近いものだった。まあ、もちろん異性と同性という違いはあるけどね。

 

 時計の長針が一回転くらいしたころだろうか。ふと、私はりんの着ている白いワンピースにかすかな汚れを見つけた。そして気づく。

 

「りん。それ以外の服って、持ってないよね?」

 

「え? うん。たぶん」

 

 よほど疲れていたのか、昨日の夜は着替えることはおろか、お風呂にも入らないで寝ちゃったもんなぁ、彼女。というか、家に入ってすぐバッタリ倒れちゃって、目を覚ましたのが今日の朝だったし。

 

「じゃあせめて服だけでも買いに行こう。その服だって洗濯しないといけないし」

 

 私の服だと胸の辺りが窮屈(きゅうくつ)そうだし、とは言わないでおく。

 

「さ、行こう」

 

 私はりんの手をとって立ちあがった。

 ……あ、その前に着替えないと。

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