○???サイド
喫茶店を出ていく六人の姿をボンヤリと見送る。……そう、『六人』。どうやら幽霊も混じっていたようだけど、神無鈴音が放っておいているということは、おそらく害はないのだろう。
ティーカップを持ち上げ、レモンティーを一口飲む。いまひとつレモンの香りが弱かった。ついてきたレモンの汁を紅茶に垂らし、スプーンでかき回す。
そんなことをしていると、唐突に声をかけられた。
「やあ。ここ、いいかな?」
美形と称していい顔立ちをした青年だった。年の頃は二十七、八。背が高く、足も長い。まあ、だからといって好みのタイプだったりはしないけれど。
線は細いものの、体格は良く、その身体を黒いスーツに包んでいる。そのスーツの着こなし具合もまた、妙にサマになっていた。
顔には柔らかな微笑がたたえられている。その微笑みを形作った口から、再び言葉が紡がれた。
「ここ、いいかい? 九樹宮のお嬢さん」
思わず息をのむ私。この男、なんで私の苗字を……?
「……どうぞ」
男がイスを引いて座るのを待ってから、私は質問をぶつける。
「あなたは、誰?」
「
「そうじゃなくて。……何者?」
「……『世界と同時に生まれた
「――鼻で笑うわね」
「ハッキリ言うお嬢さんだ。まあ、私のことはどうでもいい。お嬢さん、『蛍』と呼ばれていた少年のことを知りたくはないかい?」
「…………」
「興味を持ったんだろう? 顔に書いてあるよ」
「……ポーカーフェイスは得意なんだけど?」
「そのようだね。いまお嬢さんがなにを考えているのか、私にはサッパリだ」
「……ふざけてるの?」
「少しばかり、ね」
こういう返し方をされるのは予想外だった。と同時に、少し腹も立ってくる。すると黒江はそれを見透かしたように、
「OK。ふざけるのはやめるとしよう。あと、お互い嘘をつくのも、ね」
「私が嘘をついた覚えは――」
「ずっとお嬢さんを観察させてもらっていたから分かったことなのだが、あの少年に興味を持っているだろう? イエスかノーだ」
「……それが、どうしたの?」
私は平静を装って返したが、内心では冷や汗を流していた。ずっと観察していた? そんな視線、まったく感じなかったというのに。黒江はなぜか、なにかを嘆くように天井を仰ぎ見て、続けた。
「ノリの悪いお嬢さんだ……。とりあえずイエスと受け取っておくよ」
「どうぞ、ご自由に」
「私の用件はひとつ。彼ともう一度会いたいと思うなら、彼のことを教えてあげようかと思ってね」
私に戻したその瞳に見つめられ、一瞬、息が詰まる。あの少年のことを……?
「あなた、彼の父親かなにか?」
「いや、血の繋がりも親交も一切ない、赤の他人だよ。それでも教えてあげられることは、多々ある。そして、教えることで私にもメリットがある」
「あなたに、メリットが?」
「そう。私の情報から君がどう動くのも自由だ。そして、自由に動いてもらうことの延長線上に私のメリットがある。
ほら、あれだ。いいことをすると巡り巡って自分に返ってくるというだろう? 私は遠くない未来に『いいこと』が起こって欲しいんだよ。だからいま、君に『いいこと』をしてあげたい。具体的に言うなら、彼のことを教えてあげたいんだ」
「見返りを求めているだけってわけ? まるで『いいこと』の押し売りね」
「押し売りとは言いえて妙だね。ああ、お金は取らないから、その心配はいらない」
「そのことは心配してない」
「――じゃあ、聞くかい?」
しばし迷い、結局私は聞くことにした。彼――蛍にはなぜか親しみのようなものを覚えていたから。もっとも、その親しみは恋愛感情などではなく、同類に対するそれのようではあるけれど。
そして私は知ることになる。『式見蛍』という人間を。『式見蛍』の望んでいることを。
○スピカ・フィッツマイヤーサイド
ざわめきが周囲を満たす空港から外に出る。
「ここが、日本……」
兄――シリウス・フィッツマイヤーはよく訪れていたらしいが、スピカにとっては始めて降り立つ地。特に感慨は感じない。すぐさま『歪み』の位置を特定する。
「――見つけた……」
フィッツマイヤーの一族は霊などを始めとする『世界の歪み』を察知する能力に優れている。おそらくはその身に流れる『血』によるものなのだろう。
それに従い、彼女は見つけた『歪み』のいる場所へと移動を開始することにした。――と。
腕時計を見る。午後三時を示していた。あっちを発ったのは午前五時だというのに。
「とりあえず今日のところは、ホテルにでも泊まる必要がありますわね。接触は明日、ですかしら」
そうこぼして、スピカはまず駅へと向かうことにしたのだった。
○式見蛍サイド
「なあマルツ、『リル・ヴラバザード』って知ってるか?」
家に帰ってから、僕はそうマルツに訊いてみた。
「へ? リル・ヴラバザード? 現代の三大賢者のひとり、アーリア・ヴラバザードの娘――のことだよな?」
「多分、そうだと思う」
「なんでケイがリルのことを知ってるんだ?」
マルツは訝しげな表情をしてそう訊いてきたが、僕が今日あった出来事を話すと納得したように、
「あ、師匠、こっちの世界に来たんだ。それで、か。なあ――」
「ねえ、マルツ」
ユウがマルツのセリフを遮り、質問をぶつける。
「『現代の三大賢者』って、なに?」
「え? ああ、その名の通りだよ。僕の世界の『賢者』と呼ばれるほどの知恵と魔力を持った三人の魔道士――『
つまり、リルはその『漆黒の大賢者』の娘ってことか。けっこうな大物だったんだな、彼女。いや、親の七光りか?
「それで、師匠と会ったんだろ? 師匠、美人だっただろ?」
「え? うん、まあな。美人っていうか、美少女って感じだったけど……」
二十二歳の女性のことを指して『美少女』はないだろうとは思うが、事実、そんな感じの女性なのだから仕方がない。
このあと、マルツの『師匠自慢』が延々と続くことになったのだが、それはまた、別の話ということで。
どうでもいいけどマルツって、こういうキャラだったっけ?
○
夜の闇が辺りを静かに包み始めるころ。
私は一匹の悪霊を従え、とある巨大な建造物の一番上に立っていた。
おそらくナイトメアも気づいてはいないだろうが、私はあのとき――『
それを自らと分離させ、傍らにいる悪霊に与える。
悪霊の力を取り込んで復活しようと企んでいた『
この悪霊も当然のことながら、元は人間だった。それを私の手駒とするため、風の刃で両腕を切断し、殺した。
なぜそんな殺害方法を選んだのか。それは私に強大な恨みや憎しみを――悪意を抱かせるため。
なぜそんなことをしたのか。それは『
――そう。私は事件を起こすために事件を起こした。
傍らの、『
『両腕』の復元は出来なかったようだけれど、『力』のほどはそれでも充分。
私は少し考え、傍らの悪霊に名を与える。
ふむ。『両腕』が――手が存在しないのに霊力でその機能を代替出来るようなのだから――。
「――さあ、行きなさい。《見えざる手》」
これでいいだろう。やや適当な気はするけれど。
私の言葉に従い、《見えざる手》は夜の闇にその姿を溶かし、消えた。
途端、私はなぜか虚しくなり、思わずポツリと呟く。
「式見蛍。あなたが私の救いだというのなら……私に――」
そこから先の言葉は、口にしなかった。心の中でも考えなかった。
――いや、考えなかったわけではない。
ただ、心の中で――押し殺した。