○???サイド
私はあのときからずっと頭を悩ませていた。
なぜだ?
なぜあのとき、マルツ・デラードがこの世界に来た?
あのときこの世界に来るのはサーラ・クリスメントだったはずだ。少なくとも『前の世界』ではそうだった。
『
どこで歯車が狂った?
なぜ歯車が狂った?
いや、歯車が狂ったことなど、今更だな。なにせ、『さらにひとつ前の世界』では、『あの世界』から『
……彼が『さらにひとつ前の世界』で『能力保持者』になったのが、歯車が狂った原因か?
いや、それは違うだろう。
おそらく狂い始めたのはいまから『三つ前の世界』からだ。
そう。『
どうやらそれは『今回の世界』でも例外ではなかったようだ。
まあ、過ぎたことで悩むのはやめるとしよう。すでに回り始めてしまった歯車は、私にすら止めることは出来ないのだから。
さて、まずはあのお嬢さんをなんとかしなければ。
私からの情報を完全には信用していないだろうしな。
まあ、『前の世界』でもやったことだ。
重要なのは、『今回の世界』では失敗しないこと。
すべてを私のシナリオ通りに動かすことだ。
そう。すべては『私が望む世界』のために――。
○神無鈴音サイド
深夜、私の家にて。
「ふぅ~、いいお湯だった~」
そう洩らしながら私の部屋に入ってきたのは、タオルでその長い髪を拭いているパジャマ姿のサーラさん。
本当、見れば見るほど二十二歳の女性には見えない。顔の造形が美人というよりも可愛いと思わせるものだから、なおさらだ。おまけに、あの薄緑色の服の上からではよく分からなかったけど、スタイルはモデル並み。
……顔は可愛くてスタイルは抜群だなんて、これはもう、ちょっと反則の域なのではないだろうか。
「……ふう」
窓のカーテンを閉じながら自分の身体と彼女のそれを見比べて、ため息をつく私。
「どうしたの? 鈴音ちゃん」
「あ、いえいえ、なんでも」
パタパタと手を振ってごまかすことにする。サーラさんもりんもまだ『?』ってなってたけど、説明するのもなんだかバカらしいし。
さて、訊きたいことは色々とあるんだけど、どう話し始めたものか……。そんなことを考えていると、
「じゃあ次、私がお風呂入ってくるね」
そう言ってりんが部屋を出て行った。
私もサーラさんもどう話を始めたものか考えているため、訪れるしばしの沈黙。
やがて、それを破ったのはサーラさんのほうからだった。
私の腰かけているベッドに座り、にっこりと――同性の私の目にも魅力的に映る笑顔を浮かべて、
「そうそう、ケイくんから訊いたんだけど、『
「いえ、私にやれたことなんて、ほとんどなくて……」
サーラさんは首を横に振って、私の言葉を否定する。
「そんなことないよ。ケイくんが言ってたよ『鈴音がいなかったら勝てなかった』って」
「蛍が?」
蛍がそんなことを言っていたなんて、正直、予想もしていなかった。嬉しいと同時に、なんだか胸が高鳴る。すると私の表情を見てサーラさんが、今度はどこかイタズラっぽく笑った。
「鈴音ちゃん、ケイくんのことが好きなんだね」
「……え? え!? な、なにをいきなり……?」
「表情を見れば分かるよ。というか、分かりやすすぎ」
「そ……、そう、ですか」
そのサーラさん曰く『分かりやすすぎ』な表情を見て、蛍はなんで気づいてくれないのだろうか……。
「その感じからすると、やっぱり告白はまだ?」
「え、ええ。まあ……」
『告白』の言葉に真っ赤になる私にサーラさんは過去を懐かしむように続ける。
「なんだか微笑ましいなぁ。わたしにもそういう感じの頃があったんだよね」
「そういう感じの頃、ですか?」
「うん、そう。ファル――あ、わたしの好きな人の名前だけどね――その人となんの目的もなく旅をしていたとき、わたしもそういう表情してたのかなぁ、って」
「その人と、いまは……?」
やっぱり『告白』とかしたんだろうか。そして想いは届いたのだろうか。果たして、サーラさんはベッドに腰かけると考え込むように人差し指を立てて口元に持っていって天井を見上げた。
「う~ん……、まだ微妙な関係のままかなぁ。とりあえずは『パートナー』? いや、ファル、わたしの気持ちは知ってるし、わたしもファルはわたしのことが好きだって自惚れでなく分かってるんだけどね」
照れずにそこまで言えるなんて、すごいなぁ。これが年齢の――というか、人生経験の差なのかなぁ。私もこれくらいはっきり言えたら、また違うのかなぁ……。
「まあ、でも、というか、だから、というべきか、ともあれ告白とか、そういうのを必要とせずにいまに至ってるんだよねぇ」
「つまり、よく言う『友人以上恋人未満』っていうやつですか?」
まるでマンガみたい、と思ってそう口にすると、
「それとは違うと思うよ。恋人だけど、口に出して『恋人』とか言ったことは一度もないってだけ」
「それで、いいんですか?」
「いいんじゃないかな。わたしだってまだ彼との将来を具体的に考えてるわけじゃないし。要は気持ちが繋がってるっていうことが大事なんだよ」
「将来って……?」
なんとなく予想はついたけど、つい尋ねてしまった。だって、恋人との『将来』っていったら、やっぱり……。
「ん~、まあ、結婚とか? でもわたし、あんまり結婚願望ないんだよねぇ。ひとつの所に留まってるよりも、あちこちを旅してるほうが好きだし。――わたし、
あまりそうは見えない。どちらかというと、家庭に収まっている
ふと、彼女が台所で料理などをしているところを想像してしまった。……なんだかすごく絵になる光景のような気がする。
私が少し黙っていると、この話はこれでおしまい、という風にサーラさんが尋ねてきた。
「ところで、わたしに訊きたいことがあるとか言ってたよね? それってなに?」
そういえば、喫茶店でそんなことを言った覚えがある。これは私の知的好奇心からくる質問だった。知っていても、そうでなくても、蛍が問題に直面しているという現状は変わらないだろう。
でも、もしかしたらなんらかの突破口になるかもしれないから、と心の中で言い訳して、私はサーラさんにその質問をした。
「それは――」
○式見蛍サイド
明けて翌日、月曜日。
学生なら平日には必ずそうするように、僕は学校へとやってきていた。
扉を空け、自分の席へと向かう。ユウも授業が始まるまではいつものように僕と一緒に行動するつもりのようだ。
そう、結局『異世界からやってきた人間』が増えようと、『
昨日までの疲れが少し残っているからなのだろう。なんとなく身体がだるく、重い。一言で言ってしまえば、かったるい。
僕の隣の席に鈴音の姿を認め、これまたいつも通りに声をかける。彼女、ここのところ朝は決まって機嫌が悪かったが、さて、今日はどうだろう。
「おはよう、鈴音」
「あ、おはよう、蛍」
とりあえず機嫌は悪くないようだ。一安心。
「ユウさんも、おはよう」
「おはよう、鈴音さん」
平和だなぁ……。うんうん、平和が一番だよ、やっぱり。などとしみじみとしていると、
「そうそう、蛍」
「ん? なんだ?」
「昨日の夜、色々とサーラさんから聞いたのよ」
「色々と、ねぇ。それで?」
あとになって思えば、このとき軽々しくうなずいたのは失敗だったかもしれない。
「例えば『聖戦士』とかのことね。ニーナさんとシルフィードさんがそういうことを話してたけど、憶えてる? 蛍」
「ああ、憶えてるよ。『聖戦士』だからやれたんじゃなく、やれたから『聖戦士』なんだ、とか言ってたあれだろう?」
「そうそう。それでサーラさんはその『聖戦士』だったのよ」
「――『聖戦士』って、戦いが強い人のことだと思ってたけど……?」
「サーラさん、けっこう強いらしいけど?」
「マジで……?」
「うん」
なんだか、サーラさんに抱いていた年上の女性に対する幻想みたいなものが音を立てて崩れた……気がした。普段はあんなにおしとやかそうだけど、いざ戦いとなるとバリバリ攻撃したりするのだろうか。それも肉弾戦とか……?
「で、『聖戦士』は全部で七人いてね。まず以前ニーナさんが蛍のアパートで言っていた『
「なんだか悪人っぽい称号だな」
「称号というか、二つ名らしいけどね。それで、二人目、『
「ドローア? その名前、どこかで聞いた気が……」
「ほら、ケイ。昨日、マルツが言ってたじゃん。『現代の三大賢者』のひとりに『沈黙の大賢者』ドローア・デベロップがいるって」
「あ、ああ。それで聞き覚えがあったのか。――なあ、鈴音。その『天空の神風』っていう二つ名の『聖戦士』って、そのドローアのことなのか?」
「さあ……。サーラさんからは名前しか聞かなかったから」
「苗字は分からないってわけか」
「うん……。で、四人目、『静かなる妖精』セレナ。五人目はサーラさんのパートナーらしいんだけどね、『
『
「六人目はサーラさん。二つ名は『地上の女神』だって」
「なんか、すごく『らしい』二つ名だな」
僕のその言葉に鈴音は軽く笑って続けた。
「そうね。それと最後の七人目は『黒の天使』ニーネ」
「ニーネ? そういえば昨日も喫茶店でそんな名前が出たけど……」
「ニーネさんはニーナさんと同じ『
「分かるような分からないような……」
「それで七人が『聖戦士』と呼ばれることになった
うっ……。これは本格的に長い話になりそうだ。なので話題の転換を図ることにする。
「それはそれとして、鈴音。昨日の喫茶店でのことだけどさ。あの黒いワンピースを着た女の子のこと、憶えてるか?」
「え? うん。蛍、彼女が誰か知ってるの?」
「いや、知らない。だから鈴音に訊こうと思ったわけなんだけど。鈴音は知ってる感じだったし」
「そうね……。一応は知ってる……かな」
なんか、微妙な返事だった。『一応』って、『かな』って……、なんか、歯切れ悪いなぁ……。
「彼女とは直接的な面識は正直、あまりないのよ。会ったのもあれが初めて。ただ、同業者ではあるから、顔は知ってたの」
「同業者? つまり、彼女も霊能力者?」
「彼女もそうだけど、彼女の家が、ね」
鈴音はなぜか憂鬱そうに息をつく。まあ、同業者ともなると色々なしがらみがあったりするんだろう。それくらいは僕でもなんとなくは分かった。
「彼女の名前は
「九樹宮九恵……」
特に意味もなく彼女の名前を口の中で転がしてみる僕。しかし、それがいけなかったらしい。
「ところで蛍、どうしてそんなに彼女のことを気にしてるの?」
「いや、なんとなく」
「本当に?」
「本当だって……」
なんだか、鈴音の機嫌がまた悪くなり始めているようだった。僕が一体なにをしたっていうんだよ。まあ、これも僕の『日常』なんだけどさ。でもやっぱり、
「死にてぇ……」
鈴音の問い詰めが激化する前に先生が教室に入ってきて、チャイムも鳴ってくれた。あとは授業を受けている間に鈴音の機嫌も直ってくれることだろう。そう思いたい。
そして、ホームルームが始まった。