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「君が陽慈くんだね?」
そんな言葉がいきなり投げかけられたのは、オレが商店街をブラブラとしていたときのこと。
「?」
怪訝な表情をしつつも声のしたほうに顔を向け、オレは更に怪訝な表情を浮かべることとなった。なぜなら、そこに立っていたのはオレのまったく知らない人だったから。
黒いスーツに身を包んだ、二十八くらいの背の高い男性。……はて? この人はオレの知り合いじゃ……ないよなぁ……。でもオレのことは知ってるようだし……。
「蛍くんからちょっと伝言を預かっていてね。――知ってるよね? 式見蛍くん」
オレの戸惑いをまったく無視してセリフを続けてくる男性。オレは怪訝な表情はそのままに、
「知ってる、というか、友達ですけど……。あなたは?」
「ああ、私は黒江という者でね。君のことを知っていたというのは、まあ、蛍くんから聞かされていたからなわけなんだが」
「黒江さん、ですか……。――あ、伝言って言いましたよね? 蛍、なんて?」
彼は軽く肩をすくめて、空を仰いだ。
「なんでも、スーパーに来て欲しい、とかなんとか……」
「スーパーに、ですか? わかりました」
「……『わかりました』って、なんで来て欲しいのかも聞かされていないのに行くのかい?」
「理由なら蛍に会ってから訊きますよ。じゃあ――あ、伝言、ありがとうございました」
「あ、いや、どういたしまして」
オレはすぐさまスーパーの方へと足を向ける。すると、後ろから黒江さんの声が小さく届いた。
「君は相当なお人よしだな……」
……そうだろうか?
その後に続いた言葉はよく聞き取れなかったが、
「彼のほうはこれでよし、と。次は木ノ下 瞬のほうか。……これで少しは面白く――」
そんな感じのことを言っていた。
木ノ下っていうのは 二年の――篠倉のクラスの奴じゃなかったか?
そういや篠倉、今日もなんか騒ぎを起こしてたな。いや、九樹宮もいたから、騒ぎに巻き込まれていただけという可能性もあるか。どっちにしても、厄介事に歓迎されてる奴だよなぁ……。
○式見蛍サイド
「死にてぇ……、というか、近いうちに本当に死ねそうだよなぁ、僕」
そう呟きながら、ユウと二人、夕暮れの近い商店街をとぼとぼと歩く。
実際、なんなんだ、あの金髪碧眼の少女は。まさか僕を殺しに来たなんて、昨日ニーナが喫茶店で言ってたとおりじゃないか。……これってやっぱり――
「ねえ、ケイ。これってやっぱり、『世界の復元力』の影響なのかな……?」
隣を歩くユウが僕の気持ちを代弁してくれる。
「ケイが死んだりなんかしたら、『世界』にとってはよくない――んだよね?」
「昨日、ニーナは『それはボクの見解にすぎない』とも言ってたけどな。まったく、どっちなのかはっきりして欲しいもんだ……」
ちょっと皮肉交じりにそう口にして、僕はついさっきの、『彼女』との邂逅を回想してみた。
◆ ◆ ◆
「初めまして。わたくしはスピカ・フィッツマイヤー。『歪み』の源を処理する者ですわ。以後、お見知りおきを」
その言葉に僕、ユウ、鈴音の三人はただただ絶句するしかなかった。誰も、口を開けなかった。その沈黙の意味を彼女――スピカ・フィッツマイヤーはどう取ったのか、
「……ちょっと、どなたかなにか言っていただけませんこと? せっかく格好よく決めたというのに、これでは間が抜けて見えるではありませんか。……それとも、わたくしの日本語、どこかおかしかった、とか……?」
急に不安そうに視線をあちこちさ迷わせる。
「えっと、『処理』の意味は……間違っていませんわよね? この場合は『問題を解決させていただく』という意味ですけれど……」
ああ、問題を解決するつもりなのか……。ん? 問題を解決? ということは……。
「別に僕を殺しに来たわけじゃないってこと……ですか?」
初対面の相手には、なんとなく敬語を使ってしまう僕。
「ええ。そのような野蛮な解決策、わたくしは取りたくありませんから。あなたの中にある『歪み』を取り除くのがわたくしの目的です」
真っ暗だった目の前が、パッと明るくなった気がした。なんだ、僕を殺しに来たわけじゃなかったのか。
……いや、僕は自殺志願者だから、殺されないことを喜ぶのは変だと思われるかもしれないけど、やっぱり嫌なものだよ。殺されるのは。僕は『殺されたい』んじゃなくて、ただ『死にたい』だけだから。苦しむことなく、ただこの『世界』からいなくなりたいだけなんだから、やっぱり殺されないとわかれば、そりゃ、ホッとは、する。
「今日はあなたに挨拶に来ただけですわ。やはり直接会ってみないことには、『歪み』の度合いも完璧にはわかりませんし。
それにしても、やはりあなたの持つ『歪み』は桁違いですわね。こうして顔を合わせてみると、よくわかりますわ。なんでこんな大きな『歪み』を人間が内包していられるのか――」
「あの……」
さっきからずっと沈黙していた鈴音が手を軽く挙げた。
「フィッツマイヤー、ということは、やっぱりシリウス・フィッツマイヤーさんの親戚の方ですか?」
そう訊いた瞬間、フィッツマイヤーさんの眉が険しい角度にピクリと上がる。
「シリウスはわたくしの兄ですが、なぜあなたが兄のことを……?」
「あ、妹さんだったんですか。道理で似てると思いました。――えっと、シリウスさんは私の本家に来たことが何度かありまして、そのときにちょっと話したりしたんですが――」
「本家? じゃあもしかしてあなた、神無家か九樹宮家の人間ですの?」
「えっと、神無家の人間です。神無鈴音といいます」
頭をペコリと下げた鈴音を見て、フィッツマイヤーさんはちょっと驚いたような、どこか呆れたような、そんな表情になった。はて? なんでだろう?
「神無の本家にはわたくしと同年齢の人間がいると聞いてはいましたが――」
「ええっ!? フィッツマイヤーさんって、鈴音さんと同じ歳なの!?」
ユウが大声で鈴音と彼女の会話に割り込む。いや、これはちょっと失礼だろう。まあ、フィッツマイヤーさんが十七歳だという事実には僕も少なからず驚いたけどさ。
金髪碧眼の少女は、ユウのことは完全に無視して、話を続ける。
「あなた、神無の人間だというのに、彼を完全に放置しているのですか? 本来、彼に関することは神無家と九樹宮家がどうにかするのが慣例になっているというのに……」
相当呆れたらしく、額に手を当てて空を仰ぐフィッツマイヤーさん。でもなんか僕、彼女の中で酷い扱いになってないか? 下手するとモノ扱い? それも爆弾とか、そういう感じの。僕の被害妄想だといいんだけど……。
「別に、放置するとか監視するとか、そういう必要は――」
「それ、本気で言ってますの? 彼の持つ危険性があなたには微塵も感じられない?」
「――そういうわけでは、ないですけど……」
鈴音のセリフは段々小さくなっていって、消えた。僕からすれば彼女のそんな姿は見ていられなくて、「でもさ」と口を挟む。
「これからフィッツマイヤーさんも一緒に考えてくれるんでしょ? 僕の『能力』をどうするべきか」
最悪、怒鳴られる可能性もあったわけだけれど、彼女は実に冷静にうなずいた。
「そうなりますわね。どうするのが一番か、わたくしなりに考えていくことにしますわ。とりあえず、今日はこの学校の敷地内に入る許可をとって、明日からあなたを監視させていただくことにします」
「監視……ですか」
「観察、と言い換えてもかまいませんけどね。どうやって『歪み』を取り除くのか、その方法はあなたの生活パターンから考える必要がありそうですし」
「はあ、まあ、学校内くらいでなら、お好きにどうぞ。……ユウみたいに家にやってきてまで、というのは困りますけど……」
「それでは、わたくしはこれで。学校長から許可をいただかなければなりませんし」
言ってざっと鳴らして僕たちの横を抜けていくフィッツマイヤーさん。しかし途中でその足音はやみ、
「そうそう、蛍、言い忘れてましたわ」
「なんです?」
もう呼び捨てなんだ、しかも名前で。そんなことを思いつつ後ろを振り返ると、そこには予想もしていなかった厳しい表情をしたフィッツマイヤーさんの顔があった。
「もし、解決策が見つからなかった場合は、あなたの殺害も当然、考慮はしています。無論、そんな野蛮な解決策、わたくしは採りたくないのですが、それ以外の解決策がないという可能性もまた、考えられはしますので」
……そりゃないだろ、さっきまでの会話の流れからして……。
「全力は尽くしますが、あなたも一応、そのつもりで」
踵を返し、悠然と校内へと向かって歩いていくスピカ・フィッツマイヤー。……そのつもりでって……、一体どんなつもりでいろっていうんだよ、ったく……。
僕たち三人は、彼女が校内に入ってからも、しばらくその場を動けなかった――。