○マルツ・デラードサイド
……ちっとも頭脳労働じゃあなかった。式見宅の周辺にあるコンビニでのバイトである。
まあ、僕がやるのは主に接客ではなく、売り物を整理したり並べたりするほうだけど。ちなみに現在僕が着ているのはTシャツにジーパンという、いかにもなバイトの衣装である。
……それにしても、あのケイの先輩は僕の履歴書をどうやって用意したのだろうか。僕、この世界じゃ学歴はおろか、戸籍もないはずなんだけど。……気になるなぁ。
ともあれ、ときおりダラダラとサボりながらコンビニでバイトすること今日で五回目(五日連続でバイトしているわけではないので、あしからず)。僕はこの世界に来てしまった理由をそれとなく考えつつ(一応、仮説のひとつくらいは立ったのだ)、週刊誌コーナーに現在『最高に面白い』と大人気だという週刊誌『週刊・醤油差し』(税込み九百八十円)を並べていた。
「……って、『週刊・醤油差し』!? この世界の『最高に面白い』って、一体どういう基準なんだよ!? それに九百八十円!? 高っ! 本当に週刊誌か!? これ!? っていうか、買う人本当にいるのか!?」
僕が思わず本にツッコミをいれていると、レジのほうからケイと同年代くらいであろう女の子三人がやって来て、それぞれが迷わず『週刊・醤油差し』を持っていく。
「買うのか!? マジで買うのか!? いや、バイトとして喜ぶべきことではあるんだけどさ! ……いや、どうせ給料は増えないんだから、買ってもらえようともらえまいと僕には関係ないかぁ……」
「なんか……、さっきから叫んだり呟いたり色々と忙しいね、マルツ」
「うおぅ!?」
唐突にかけられた声に振り向くと、そこには浮遊霊のユウと、その隣で呆れた視線をこちらに向けているケイがいた。いや、それと彼と同年齢くらいの少女があと二人ほど。
一人は一応見知っている顔だ。腰まである長い黒髪に文句なしに『美人』と言える顔立ち。そしてスラリとした長身。そう。ここでバイトをすることが正式決定したときに会った、ケイの先輩こと真儀瑠紗鳥。しかしもう一人のほうは――と、そこでケイが紹介してくれる。
「コイツは神無鈴音。ほら、お前がウチに来た日にだったか、話を聞いてみたいって言ってただろ? ちょっとワケ話して、来てもらったんだ。まあ、鈴音もなんか『説明できる』って妙に乗り気だったし」
「ケイ! お前、実はすごくイイヤツだったんだな! バイトしろとか言われた日からお前のこと、どこか悪魔めいて見えてたんだけど!」
「大声で言うセリフじゃないな、それ」
ケイがこめかみに少しばかり青筋を立てたが、気にしない。というか、気になどしていられない。僕はケイを無視して、肩の辺りまである髪を無造作に散らしている、
「ええと――どうも」
「え、ええ。どうも」
なんというか……最強だな。『どうも』。
それにしても、ちょっと見たところ人見知りするタイプっぽいな、彼女。だからといって、いつまでも互いに頭を下げつつどうもどうもと言い合ってても進まない。なので――。
「えっと……僕、こことは違う世界から来たんですよ……って言っても信じてもらえませんかね……」
なんか、彼女は常識人っぽいし。こんな突拍子もない話を信じてくれるのなんて、それこそケイとユウくらいのものだろう。そもそも僕は会話を始めるにあたって、いの一番にまったく信じてもらえなそうなことを話題にして、一体何を考えているのだろうか……。
そんな風に自己嫌悪に陥っていると、
「ええと……蛍とユウさんから聞いてますよ。だからここまで来たんだし」
信じてくれてる……。信じてくれてるよ、鈴音さん……。そっか、彼女は『霊能力者』だって以前ケイが言ってたっけ。だから多少常識外れのことも受け入れられる価値観を持ってるんだ。
これは僕の勝手な想像だけど――きっと彼女もこの世界では非常識とされる力を持っているから、それで苦労したこともあったのだろう。だから同じように苦労している僕のことも理解して――あるいは、理解しようとしてくれようとしているのだろう。『人は苦しみ(悲しみだったっけ)が多いほど、人には優しく出来るのだから』とかいうフレーズの曲をつい最近聴いたけど、まさにその通りだ。
ジーンと感動している僕に「あの」と鈴音さんが尋ねてくる。
「それで、マルツさん? が住んでいた世界ってどういう……?」
「え、そうですね……って、なんかこのしゃべり方、ガラじゃないな。……えっと、そうだな。この世界でいうところの『剣と魔法の世界』に近いかな。魔術もあるし」
「それじゃあ、なんでこの世界に? それも魔法で?」
「いや、えーと……」
いつだったか、ケイが『鈴音は筋金入りの説明好きだから』と言っていたが、なるほど。説明するにはまず説明するための情報を手に入れなければならない。つまるところ、鈴音さんは説明好きであると同時に、重度の訊きたがり屋でもあるわけだ。僕はそれにちょっぴり(本当にちょっぴり)ウンザリしながら、僕がここに来た経緯を話して聞かせることにした。ちなみにケイとユウにはもちろん、真儀瑠先輩(別に僕の先輩ではないが、なんとなくこう呼ぶことにしている)にも語ったことなので、三人は週刊誌コーナーという場所柄、黙々と立ち読みをしていた。とはいってもユウは自分で本を持つとさすがに大騒ぎになりそうなので、ケイの隣から覗き込んでいるのだが。そしてそんな二人を少々殺気のこもった視線で見やる鈴音さん。こ……怖い……。
ともあれ、僕は語った。途中何度もあった鈴音さんからの質問にはさすがにウンザリしたが。というか、話の途中でも式見蛍殺人事件を起こしそうな視線をケイに送るあたりが恐ろしい。同時にそんな視線を向けられ、脂汗を流しているケイに少し同情。
僕は事情を語り終えると、続けざまに僕なりに考えた仮説も話すことにする。まあ、それを話すには僕の世界の神話――というかなんというか――から話す必要があるのだけれど。まあ、ところどころはしょりながら話せばいいだろう。鈴音さんがそれを許してくれれば、だけど。
「まあ、昔話でも聞く感じで聞いててよ。神話の時代になにが起こったか、なんて、僕だってどうでもいいことだと思ってたくらいなんだから」
「はぁ……、そういうもの、なの?」
「うん。そういうものなの。じゃあ、昔々――『
「あの――」
うおぅ。さっそく質問ですか。いくらなんでも早すぎませんかい?
「マルツさんが住んでいたのが『
「ああ、それと『
ううむ。卵が先か、鶏が先か。
「それと、もうひとつ」
おいおい、まだあるんですかいな。まだ話し始めたばかり、序盤も序盤ですよ?
「その『
ああ、それは確かに疑問かもしれない。『
「属性としては、聖でも魔でもないんだ。とにかく気まぐれで、自分が楽しいと思うことに全力投球する存在、とでもいうか、自分が生み出した存在が――神族でも魔族でも人間でもエルフでも――困っているのを見て無邪気に楽しんでいる存在、とでもいうか。まあ、一言で言うなら迷惑な存在、かな」
「それはまた厄介な……」
ええ。厄介なのですよ、とても。
――と、思い出したかのようにケイが会話に加わってきた。
「なんか、ユウみたいなヤツだな。迷惑ってあたりが」
「ケイ、それ酷くない!? 私の場合、ちょっと睡眠妨害する程度じゃない。『
「いや、そこまで迷惑かけられてたら、本当に鈴音にお祓いしてもらうことになってるだろうし」
「ひどっ!」
ひとしきり漫才をすると、二人は再び雑誌へと視線を落とした。聞いているのか、いないのか……。
説明を再開しようと鈴音さんのほうに向き直ると、彼女はどこか悔しげな表情でケイの背中を睨みつけていた。この人の精神構造もまだまだ謎だらけだな……。ともあれ、僕は説明を続ける。
「で、『
「ふむ。こちらでいうところの第一次・第二次世界大戦の神話バージョンか? 魔法少年」
振り向いてそんなことを言ってきたのは真儀瑠先輩。
「いや、世界大戦なんて地球の歴史、僕にはさっぱりですよ。真儀瑠先輩。というか、魔法少年って呼ぶのやめてください」
「…………」
ああ、無視された……。まあ、いいや。鈴音さんを相手に話を先に進めよう。
「それで、その第二次聖魔大戦を終わりに導いたのが『
「うわ。ものすごくはしょったな。……っていうか、迷惑だろうなその異世界。いきなり魔王がやって来るんだから」
ちゃんと聞いてたんだな、ケイ。
そりゃあまあ、はしょりもするさ。鈴音さんの質問は出来る限り回避したかったし。そもそもこれから話すことこそが今日の本題なのだし。まあ、『
まあ、そんなどうでもいいこと(異世界の人たちからしてみればどうでもよくはないだろうけど)はおいといて、だ。
「で、ここからが本題なんだけど」
僕はようやくその仮説を話し始めることが出来た。神話の部分をはしょりまくったおかげで鈴音さんからの質問もない。ああ、よかった。
「僕も『
「なんらかの要因って?」
それは訊いて欲しくなかったよ、鈴音さん。
「いや、それは分からないんだけど……」
バイトしながら片手間に考えた仮説なんてこんなもんさ。
「結局何も分かってないんじゃないか。……はぁ、死にてぇ」
そんなこと言われてもなぁ……。……とと、忘れるところだった。僕も呟いておかないと。
「帰りたい……」
「え? ええっと……?」
なんか、鈴音さんがやたら戸惑っていた。当たり前か。とりあえずフォローにまわるとしよう。
「ああ、気にしないで。社交辞令みたいなものだから」
「そ、そう……」
余計に戸惑っているようにも見えるが気にしない。気にしたら負けである。何に負けるのかは知らないけど。
――と。
「あ、そうだ。ケイ、ちょっとどっか行ってて」
「はぁ? マルツ、何をいきなり……」
「多分ケイにとっては面白くない話だと思うから。いや、いまからする話をケイが『面白い』と思えるとしたら、それはそれでどうかと思うけど」
「……何の話だよ?」
僕は敢えてキッパリと答えた。
「ケイの『死にたがり』に関する話」
その場にいた四人全員が息を呑んだ。そう。ケイも、真儀瑠先輩までも、だ。
「……分かった」
呟くように小さくそう洩らすと、ケイはレジ近くのおにぎりなどが置いてあるコーナーまで歩いていった。チラチラとこちらを見ながら、ではあったけど。
こちらの会話がケイに聞こえないであろう場所まで彼が遠ざかると、早速僕は持論を語り始めた。もちろん小声で。
「いい? 怒らないで聞いてよ? これは僕の勝手な見解なんだけど――」
そう前置きしておく。そうしておかないと真儀瑠先輩はともかく、ユウと鈴音さんはいきなり怒鳴ってきそうな気がしたから。事実、三人の表情はそれほどまでに真剣なもので、ああ、ケイはいい友達を持ってるな、なんて思ってしまえたほどだ。それに、僕がこれから話す内容はいきなり怒鳴られても――感情的になられても仕方のないものでもあった。
「さっきもちょっと話に出たけど、僕のいた世界には魔族っていう存在がいるんだ」
『魔族……』
息を潜めて復唱する三人。僕は続ける。
「ケイの思想っていうか、考え方はね。魔族のそれにとても似てるんだよ。えっと、魔族の思想っていうのは、神族を、人間を、すべての
「少々規模がデカすぎるが、まあ、言ってしまえば確かに自殺志願者の思想だな」
「そう。そうなんですよ、真儀瑠先輩。魔族が言うには『生きることには常に不安と苦しみがつきまとうから、自分たちは滅びの中にこそ永遠の安息を見いだした』ということらしいんですが」
「つまり、不安だったり苦しかったりする時間を少しでも短くするためにすべてを滅ぼそうってことなの?」
理解はしたが、呆れてもいるって口調で鈴音さん。
「どうかしてるんじゃない? その魔族っていうの」
「それに関しては同感。まあ、そもそも――」
「ねえ、ちょっと待って!」
なにやら真剣な表情と声でユウが待ったをかけた。
「だったら自分たちだけで勝手に滅べばいいんじゃないの? なんで世界まで巻き込む必要があるの!?」
はて? なんだか彼女、必要以上に真剣になっている気がするな。別に今この世界に魔族が来ているってわけでもないのに。……そうか。ユウは既に死んでいる存在だから……だからこそ、『滅び』に対して少し過敏に反応しているんだろう。自分がもう生者――
僕はそんな彼女に返す明確な答えを持たない。そんなものは知らない。だから、せめてこう返す。
「それは分からないんだ、誰にも。ただ
その僕の言葉に、真儀瑠先輩があごに手をやりながら呟くように言う。
「ふむ。そういう風に創ったのは、おおかたお前たちと魔族との戦いをいつまでも見ていたかったからだろうな。恐らくは、単なる暇つぶしとして。『
この人、一体何者だ? そんな『
「何を意外そうな表情をしている? 魔法少年。『
それはまったくもってその通りなのだが、普通そこまで見抜くか? たったいま異世界の存在を知ったばかりだというのに。いくらなんでも洞察力がすごすぎる。それはそれとして、そろそろ『魔法少年』っていう呼び方やめてくれないかな……。抗議してもムダだろうし、そんな空気でもないから何も言わないでおくけどさ。
「それはそうと魔法少年。お前の口ぶりからするに、お前は『
「いえ、僕はありませんよ。『
「師匠? 師匠がいたのか、お前。いや、それよりも、そのニーナとかいう娘、名前からして怪しくないか?」
「別に怪しいところなんてない普通の女の子でしたよ。……って、なんか話逸れてますね」
「そうだな……。戻すとするか」
話の内容を軌道修正。ついでに少しバック。
僕は一度三人をぐるりと見回し、話を再開する。
「まあ、とにかく。魔族の考えは僕たちには理解できないものなんだよ。――で、似てると思わない? 魔族の思想とケイの考え方。『不幸にならないこと』を目的にしているところとか、『僕たちには理解できない』ところとか、さ」
「そっ! そんなこと――」
「確かに……ね」
大声を上げそうになったユウの言葉を遮り、鈴音さんがうなずいた。真儀瑠先輩も無言ながらうなずく。どうやらこの二人は感情より理性を優先できるタイプのようだ。僕はそう悟り、これなら大丈夫だろうともうひとつの仮説を話した。
「それともうひとつ。人間って腹が立つとなんで物を壊すか知ってる?」
『?』
ユウと鈴音さんが揃って首を傾げる。答えを返してくれたのは真儀瑠先輩だった。この人、こういう話をしてるときはすごく頼りになるなぁ。
「他人を壊す――というか、殺すことができないからだな」
「そう。じゃあ――」
「ついでに言うと、他人を殺せる人間は自分を殺せないから他人を殺すんだそうだな」
ついでの説明ありがとう。うぅ……余計な手間が省けたのに妙に寂しいのはなぜだろう……。
「で、それがなんだと――」
そこまで口にして真儀瑠先輩には分かってしまったのだろう。首を傾げ続けているユウと鈴音さんを放置して、彼女は険しい表情をして黙り込んだ。
仕方ない。僕が後を継ぐとしよう。
「そう。どうしようもないことがあると普通の人は自分を殺せないから人を殺す。そして人を殺せないから物を壊す。物の場合は壊すというけど、この行為はつまるところ物の寿命をゼロにする行為。つまり、人間は他人を殺せないから物を壊す――。物を、殺してしまう」
『…………』
僕の解説に三人は重い感じで沈黙している。
「けどケイは――比較的、だけど――それをしないように思う。要するに彼はどうしようもないこと――この場合は理不尽なこと――があると、まず自分を殺そうとしてしまうんじゃないかな? そうすることに対して恐ろしいほどにためらいがないような気がする。そうだとするならケイの自殺志願も多少なりと理解できると思わない?」
三人はまだ黙りこくったままだ。鈴音さんに至っては、すっかりうつむき加減になってしまっているし。
僕はパンパンと二度ほど手を叩いて、三人の視線をこちらに向けさせた。暗い話はこれくらいでいいだろう。
「僕の考えはこの程度のものだよ。~かもしれない。気がする。それだけの――そう、仮説でしかないんだから。ケイの考えてることはどれだけ言葉を並べたところで……、分かった気にはなれても、完全に分かることはできないんだから。――だから、もうこの話は終わりにしよう」
そう。人の心の内など、どれだけ言葉を重ねようと人間には分からない。それこそ人外の存在なら――『
そんな謎を解くよりも、僕にはもっと大事な解かなければならない謎がある。そしていま、目の前にその手がかりとなりうる人がいる。そう。僕はそもそも鈴音さんに訊きたいことがあるからこそ、ケイのムチャクチャな提案も受けたのだ。
「あの、鈴音さん。ひとつ訊きたいことがあるんだけど」
僕がそう口にした瞬間、鈴音さんは沈んでいた表情を一変させて瞳をキラキラと輝かせた。……ああ、そうか。説明好きなんだったな、彼女。
「なになに?」
「ええっと――」
僕は少し身を震わせつつも勇気を出して尋ねた。今回のことで僕は『生きていくためには出すべきではない勇気もある』ということを学ぶことになるのだけれど――それはまた別のお話。
「この世界の霊能力ってどういうものなんだ?」
それからしばし、『そのとき』が永遠に続くように感じられた――。