いつまでもあなたのそばに   作:ルーラー

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第五話 翼のざわめき(後編)

○式見蛍サイド

 

 

 どうやらマルツはよりにもよって鈴音に説明を求めたらしい。命知らずなヤツだ……。そして、知らなかったがゆえのこととはいえ、ちょっと尊敬。

 

 それにしてもやたらと長い話だったな。まあ、鈴音には及ばないけど。なんかユウも先輩も沈みがちだし。復活しているのは鈴音のみだ。ううむ、さすが巫女。いや、巫女は関係ないけどさ。

 

 そんなことを考えながらボンヤリしているときだった。

 自動ドアがガーッと開いて、覆面をした男がコンビニ内に飛び込んできたのだ。うん。多分男。こんなガタイのいい女の人はまずいないだろう。

 そんな余計な洞察を働かせたのが致命的なロスとなった。

 

「てめぇら、動くな! 手ぇ上げろぉ!!」

 

 僕はそのコンビニ強盗(覆面といまのセリフからして、まず間違いないだろう)に後ろから羽交い絞めにされ、首元にナイフを突きつけられた。なんてこった。死にてぇ……。もちろんナイフで刺されるのは嫌だけど。痛そうだし。というか、確実に痛いだろう。

 

 いや、よく考えなくてもさ。動かずに手を上げるって、どう考えても不可能だろ。などと意識的に平静な思考を保とうとしてみる。

 

 それからユウたちのほうに視線をやってみた。あ、鈴音のヤツ、こんな状況だというのにまだマルツ相手に説明を続けてやがる。もしかして説明に夢中で気づいてない? その説明を受けているマルツは涙で潤み始めている瞳をこちらに向けていた。『助けて』とでも言いたいのだろう。いやいやいや! 助けて欲しいのはむしろこっちだ! あ、でも鈴音の説明を延々と聞かされるのと、強盗に人質にとられるのとどっちがいいだろう。……どっちもどっちだな。

 

 じゃあ、先輩とユウは何をやってる? 密かに僕を助けだすミッションでも練ってるとかいう展開は……ないな、やっぱり。二人してどこか呆れた視線を向けている。それも僕にではなく、強盗に対して。

 どうせすぐに捕まるんだからやめときゃいいのに、とかいう視線かと思ったが違うようだ。よし、ユウの――はまだムリだから、付き合いの長い先輩の視線の意味を解読。どうも二人して同じこと考えてるっぽいし。

 

 えーと、なになに。『自殺志願者を人質にしたところで無意味だろうに。喜んで自分から刺さってくれるに決まってる。馬鹿な犯人だな、まったく』……って、ちょっとちょっと!!

 ああ、なんか先輩……、らしくなく僕のこと誤解してる。僕は慌ててアイ・コンタクトを試みた。

 

『先輩! そんなわけないでしょう! 僕は死にたがりやですけど、こんな痛い死に方は嫌ですって!!』

 

『うむ。そのくらい分かっている。ちょっとふざけてみただけだ。後輩』

 

 ふ……ふざけてたのか、こんなときに。しかもアイ・コンタクトで……。ユウのほうは――本気で僕がこの状況下で死にたいと考えてると思ってるんだろうな。

 

 とりあえず分かったこと――。皆が皆、助けてくれる気配はナシ。ああ、絶望的だ。……楽に死にてぇ。せめて鈴音が気づいてくれてれば、また違った展開も期待できたんだろうけど……。まあ、最悪の場合は『霊体物質化能力』でなんか武器でも出して――。

 

 うわ! そんなこと考えてるうちに強盗が焦れてきたのか、ナイフがプルプルと震えている! マ、マジで怖い……。

 店員さーん! 早くお金渡してあげてー! 今は警察呼ぶより人命救助が最優先ですよー! まあ、人命救助って言っても、助けるのは自殺志願者の命だけど……。

 

「け、蛍っ!!」

 

 おお! やっと鈴音が気づいてくれた! あ、でもとっさのことに弱いからオロオロしているだけだ。

 

 まあいいか。鈴音が気づいてくれたってことは、マルツも戦闘体勢に移れるってことだし。アイツは命のやりとりを当たり前にやっていた世界から来たってくらいだから、きっと頼りに――ならない。なんかやってるっぽいけど、掌に蒼白い光が集まるだけでそれ以上のことはなにも起こってない……。というかアイツ、僕ごと強盗を殺すつもりじゃないだろうな。

 そんなイヤな想像が頭をよぎったとき、マルツが大声で助けを求めるかのように呼びかけてきた。

 

「どうしよう! ソイツ、殺さないくらいの術でなんとかしようと思ったんだけど、威力が十分の一くらいしか出ない!」

 

 ……アホか。十分の一もなにも、ほとんどなにも起こってないだろ。というか、だ。

 

「だったら普段なら人が死ぬくらいの術を使えばいいだろ! 威力が十分の一になるんだから、それで大惨事にはならないって!」

 

「あ! なるほど!」

 

 さてはアイツ、冷静そうに見えて実はものすごく混乱してるんじゃないだろうか。

 

 ――と。

 

「喋んじゃねぇ! ガキィ! ぶっ殺すぞ!」

 

 強盗の大声と共に、僕の首がナイフと仲良しに! ……って、ふざけた言い回し考えてる場合じゃないぞ、これ! 仕方ない。僕の能力(ちから)でなんとかするか。いまは誰も頼りにならない。

 そう思い、なにか武器をイメージしようとしたときだった。

 

呪霊撃滅波(ソウル・ブラスター)っ!」

 

 マルツの声が聞こえ、彼の手から放たれた蒼白い一条の光の筋がこっちに迫ってくる! ひぃ! 死ぬぅ!!

 

 そう思った瞬間。コロンと音を立てて床に落ちる蒼白い光の筋。いや、蒼白い細い棒と化しているけど。……これって、マルツの撃った<呪霊撃滅波(ソウル・ブラスター)>? でもなんでこんなことに……。あ、まさか、僕の『霊体物質化能力』のせい!?

 

「脅かしやが――」

 

 怒鳴る強盗。しかしそれを無視するかのように唐突に。

 

「はい、邪魔邪魔。闇の矢(ダーク・アロー)。」

 

 そう。唐突に聞こえた女性の――いや、少女の声。そしてそれとほぼ同時に黒い矢が一本だけ飛んできた。そしてそれは――

 

 「――っぶっ!?」

 

 強盗の顔面に見事に命中した。強盗の身体から力が抜け、ナイフがカランと落ちる音。ドタッという音からして、強盗はおそらく後ろ向きに床に倒れ込んだのだろう。しかし、僕を含めて誰一人として強盗には目をやっていなかった。

 

 そう。僕たちの視線は、店内に唐突に現れた目の前の少女に注がれていた。

 

 茶色がかった短めの髪に赤いヘアバンド。大きな赤い――けれど少し暗めの瞳。そしてゲームなどで『武闘家』が着るような緑色のコスチューム。

 まるでゲーム雑誌から抜け出して来たかのような風貌。少々幼い印象を受けるが、おそらく僕と同年代だろう。

 

 まず硬直から脱したのはマルツだった。非常識な世界から来たヤツだから、非常識な事態もすぐに受け入れられるのだろうか。

 

「……ニ、ニーナさん!?」

 

 少女――ニーナは無視するでもなく答える。

 

「ああ久しぶり、マルツくん。……キミも間が抜けてるよねぇ。物質化能力を持つ彼の――」

 

 そこでちらりと僕を見て、

 

「――その範囲内に向かって『霊王(ソウル・マスター)』の力を借りた<呪霊撃滅波(ソウル・ブラスター)>を放つなんて」

 

 えーと……、『霊王(ソウル・マスター)』? それに『物質化能力を持つ彼の――』って、まさか彼女、僕の『霊体物質化能力』のことを知っている?

 

「霊体を物質化させるのが彼の能力(ちから)なんだから、あの術が物質化するのは想像つきそうなものじゃない?」

 

 やっぱり知っている。……一体彼女は何者なんだ? マルツの知り合いなんだから悪いヤツじゃないとは思うけど……。

 

 それはそれとして、僕いきなりカヤの外ですか? 僕のことが話題になってるっぽいのに。そもそも『霊王(ソウル・マスター)』って誰? 言葉の響きからして、幽霊の親玉っぽい印象があるけど。

 

「それにしても――」

 

 次の瞬間、ニーナは僕をはっきりとその赤い瞳に捉えて、こう言った。

 

「やっぱりこの世界も淀んでるんだねぇ。式見ケイくん」

 

 思わず息を呑む僕。

 彼女はそんな僕を愉快そうに見ながら、改まって自己紹介してきた。

 

「初めまして、だね。ボクの名は――」

 

 そこで彼女は瞳の色を深くする。

 

「――ボクの名は、ニーナ・ナイトメア。『界王(ワイズマン)悪夢を統べる存在(ナイトメア)』の端末たる存在(もの)のひとり。……よろしくね?」

 

 周りを見ると、ユウたち四人ともが身体を硬くして絶句していた。

 

 ……なんなんだよ、一体……。相手はユウよりちょっと(いや――かなり、かもしれないけど)迷惑なだけのヤツじゃないのか?

 だいたいマルツが語った内容から察するに、コイツは神話の中にしか登場しない、伝説上のイキモノなんじゃないのか?

 

 ……ホント、なにがどうなってるんだよ、まったく……。

 

 ……はぁ、死にてぇ……。

 

○???サイド

 

 

 ――見つけた。

 

 あの人間がこの世界の歪みの中心たる者か。

 

 式見蛍。この世界には存在しない新たな(ことわり)の力――『理力(リりょく)』を持ち、扱う者。

 

 しかし、まさか我と同格たる『界王(ワイズマン)』まであの人間に興味を持つとは……。

 

 いまは傍観するのみのようだが、だからといって油断していられる奴というわけでもない。

 

 ――それにしても、あの人間をここまで早く見つけられるとはな。幽霊間の情報網もあながち捨てたものではない、ということか。

 

 いや。この程度は出来なければ。

 

 この程度も出来ぬのならば、悪霊を取り込んでまで我がこの瞬間(とき)まで我で()り続けた価値がないというもの。

 

 そう。かつて『奴ら』に滅ぼされかけ、精神のみの存在となった我が、恥を忍んで悪霊如きをこの霊体(からだ)の核とした意味が消失してしまうというものだ。

 

 無論、悪霊と同化したこの姿は一時だけの仮初めだ。すぐに完全であった頃の我に戻ってみせよう。あの人間の持つ理力を――霊体を物質化させる能力(ちから)を用いることによって。

 

 我、『闇を抱く存在(ダークマター)』は、この世界で再びすべてを手に入れ、すべてを滅ぼすのだ――。

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