○神無鈴音サイド
私は口を挟めずにいた。蛍が他の女の子と親しげに話しているのは面白くなかったけれど、なんとなく口を挟んじゃいけない気がしていた。
そして、ニーナさんが語りだす。
「まず、ひとつ。キミの能力効果範囲のことだけどさ。キミの能力効果範囲って二メートルジャスト、なんだよね?」
「……? ああ」
訝しげにうなずく蛍。マルツさん以外の他の皆も『なにをいまさら』といった表情をしている。
けれど、私は違った。表情に出たかどうかはともかく、私はニーナさんの言葉に身を強張らせた。
なぜなら、わたしはかつて《顔剥ぎ》の事件が解決したあと、姉から同じような質問を受けたからだ。
結局姉は、思わせぶりなことを言って、会話を中断してしまったのだけれど。
「夕方、コンビニでマルツくんの<
なにが言いたいのか、私には分かりつつあった。けれど、そのことのなにが問題だというのだろう。
「少し話が脱線したね。まあ、ボクが言いたいのはさ。キミの能力は二メートル以上の範囲に影響を及ぼし始めているっていうことなんだけど」
「……それが、なんだっていうんだ?」
私も蛍に同感だ。一体どんな問題があるのか、私にはさっぱり分からない。
「分からないかなぁ……。キミの能力効果範囲は時間が経つとともに拡がってるんだよ? このままじゃいつか、全世界にキミの能力の影響が及ぶことになる。そう、キミが生きている限りは、ね」
絶句。私はただひたすらに絶句した。
そうだ。なんで気づかなかったのだろう。もし蛍の能力効果範囲がそこまで拡がったとしたら――いや、仮に日本中程度に留まったとしても、その範囲内にいる悪霊は常に物質化することになるのだ。これが問題でなくてなんだというのだろう。
ニーナさんの言っていることが本当なら、確かに蛍の存在は問題で、面倒なことだろう。そう考えるのなら、姉が『蛍と仲良くするのは止めておけ』と言っていた理由も理解できる。
しかし、理解できるからなんだというのだろう。人と人の間にある『情』というものは、そんなことでなくなるものではない。
いや、そうじゃない、そうじゃない。いま最優先で考えるべきことは――。
「つまり、ニーナさん。あなたは『その問題』が現実になる前に蛍を――殺してしまおうというの?」
そんなの私は許さない。そんな理由で蛍を見捨てるなんて、私には出来ない。例え――例え彼が自殺志願者でも、だ。
厳しい視線を向ける私に、しかしニーナさんは肩をすくめて、優しい眼差しを向けてくる。
「落ち着いて、鈴音さん。ボクはいの一番にこう言ったはずだよ。『キミが死んだら困る』って。大体、その後も何度か言ってるし」
……あ。そういえば。
「そもそもケイくんのことはボクにもまだ理解しきれていないことが多くてね。まあ、確実に言えるのは、ケイくんが死のうものなら世界の歪みが正されるどころか、彼の中に留まっている歪みは即座に全世界に拡がるだろうってことかな。『式見蛍』という器から飛び出してね」
な、なるほど。そういう考え方もあるのか……。
「それが僕が死んだら困る理由?」
「まあ、そういうこと。で、いまのことからキミの『死にたがり』に対する仮説も少しばかり立ってね」
その言葉に思わず私は身を乗り出した。
「え!? ホントに?」
「うん。ボクが思うに、ケイくんの自殺願望は誰かが――この世界の上位存在が仕組んだものなんじゃないかな。正直、そう考えないとつじつまが合わないんだ。この世界を破滅させようと考えた上位存在が彼を創り、本能的に自殺願望を抱くように仕向けた。本能的なもの――言い換えるなら生理的なものなんだから、彼には抗う力どころか、その意志すら存在しない」
上位存在という非現実的な前提が正しいなら、ニーナさんの仮説はうなずけるところだらけだった。
「いつになるかは分からない。けれど、空腹を永遠に我慢できる人間がいないように、いずれケイくんもその生理的な願望を我慢できなくなる。そして、ケイくんの死は彼の能力を『式見蛍』の器から開放することとなる。それは容易に世界を破滅させることに繋がるね。すると次の問題は――」
「なんで上位存在とやらがそんなことを企んだか、か?」
そう問う真儀瑠先輩。しかしニーナさんは首を横に振る。
「それは問題にならないよ。おそらくは、だけど、単なるヒマ潰しに過ぎなかったんだと思う。……ボク――『
「ふむ。後輩が能力に目覚めたからじゃないのか?」
「それは違うよ。いや、違わないといえば違わないんだけど」
「どっちだよ」
思わず、といった感じでツッコム蛍。
ニーナさんは「むぅ」とひとつ唸ると、
「確かにキミの能力開花がきっかけではあるよ。でもね、さっきもいったけど、ボクたちの世界とキミたちの世界はコインの表と裏のようなもので、例えば……そう、キミが特殊な能力を開花させる前からキミの中には潜在能力として『力』が存在していたでしょ? ならボクたちの世界でもそういった潜在能力を持っている人間がいるし、キミが能力を開花させたなら、その瞬間にこっちの世界でもその人間が能力を開花させて両世界の均衡を保つはずなんだよ。世界はそういう風に出来ているんだ。言うなれば対極の存在ってやつ。
だからほら、ボクたちの世界でボクたちは魔術が使えるけど、キミたちの世界でキミたちは魔術が使えないでしょ? 魔術を使える
なんだか少し説明の内容がずれてきた。蛍はよく私の説明がすぐにずれると言っているが、これに比べればかなりマシだろう。
「いや、イレギュラーと言われてもな。僕の場合は交通事故に遭って、目覚めたらこの能力が身についていたって感じで。そうだよな? 鈴音?」
「あ、うん。子犬を助けたんだったよね」
「なっ、なんでお前がそれを知ってるんだ!?」
あ、そういえば蛍はそれを誰にも知られてないと思ってたんだっけ。
「真儀瑠先輩からきいたんだけど。ほら、あの《中に居る》のところに蛍が行ったときに」
「…………」
顔を赤くして黙り込む蛍。そこまで恥ずかしいことだったんだ……。
「ふうん、交通事故ねぇ……」
意味ありげにニーナさんが洩らす。そして、
「ねぇ、ケイくん。キミもしかして事故に遭ったとき、空間移動して別の世界にいったんじゃない?」
「はぁ? どこからそういう発想が出てくるんだ?」
「だって、たしかキミ、世界が比喩抜きで淀んで見えるんだよね? ボクと同じように」
「……まあ」
「そりゃ、これはボクの勝手な想像だけどさ。全くあり得ないってことでもないんじゃない?」
「……そんなこと――」
「まあ、いいや。この想像はさして重要でもないし。ちょっと言ってみただけだからね。思いつきみたいなもんだよ」
「なんか、釈然としないな……」
「気にしない気にしない。それで、ここからはちょっと真面目な話ね。どれくらい真面目かというと、キミの命に関わるくらい真面目な話」
「それは、ものすごく真面目な話だな……」
「まず結論からいうとね。キミの力を狙ってるヤツがいるかもしれないんだよ」
「そんなこといまさら言われてもな……。あれだろ? 僕の能力を使って悪さしようっていう悪霊のことだろ?」
「え? キミ、そんなチンケなのにまで狙われてるの?」
悪霊をチンケって……。
「なんだよ、そのものすごぉ~く不吉な言い回しは……」
「あのね。キミの能力はボクや神族、魔族の間では『新たな
「いや、僕の能力なんて激しく使い道ないぞ……」
「だから使い方しだいなんだって。少なくとも幽霊なんかには価値ある
話を振られたユウさんはうなずいた。
「うん。生きてる人と変わらずに動けるし、いまみたいにご飯も食べられるからねぇ」
蛍の能力の価値って、そこにあるんだ……。
ニーナさんは満足げにうなずくと、
「じゃ、くれぐれも死なないように気をつけてね」
「……って、ちょっと待った! ニーナは僕に死んでもらっちゃ困るんだよな?」
「うん」
「だ、だったら僕の能力を狙ってるヤツをなんとかしてくれるんじゃないのか?」
「しないよ」
「……しないって――」
「そもそもね。ボクは別にキミの護衛をするためにここに来たんじゃないんだよ」
「そうなのか?」
「そう。まずひとつは、世界の歪みを直すため。でも現段階じゃボクにはどうしようもないということが分かったし。まあ、これに関しては『
「そんな、無責任な……」
「で、この世界に来たもうひとつの――いや、もう二つのかな――目的は、マルツくんがこの世界に来ちゃった原因を調べて、マルツくんを『
『えぇっ!?』
蛍とマルツさんの声が重なった。
「マルツのヤツ、帰れるのか……?」
「うん。ボクが迎えに来たからね。で、マルツくんがこの世界に来た理由だけど――ケイくん、彼がこの世界に来たと思われる日――二週間前に、なにか激しい感情を伴った状態で能力を使わなかった?」
『…………」
二週間前というと、多分あの日だ。《顔剥ぎ》との戦いの日。
確かあの日、蛍は私が《顔剥ぎ》にやられたことで激情にかられて、その状態で
「どうやら、それっぽいことはあったようだね。とすると、マルツくんがこの世界に来たのはそのときの反動で、かな」
確かに、時系列的にはピッタリ合う。おそらくはそれが真実なのだろう。
「さて、と。じゃあ帰るとしようか、マルツくん」
マルツさんはうなずかなかった。しかしだからといって拒否するわけでもない。というか、拒否するはずがない。
しばし、沈黙が部屋を満たし。
ようやく口を開いたのは、ニーナさんだった。
「まあ、ちょっと唐突だったかな。じゃあ、こうしよう。ボクは明日の夜までこの世界に留まることにするよ。それまでに決めておいて。帰るか、帰らないか。どちらを選ぶかはマルツくんの自由ってことで。――実はボクも少しこの世界で楽しみたいんだよね」
「へへっ」と、何も言わないマルツさんにイタズラっぽく舌を出すニーナさん。
「さて、じゃあまた明日、ね」
そう言うとニーナさんは立ち上がり、唐突にフッと虚空に消え去った。幽霊にもそんなことは出来ない。やはり彼女は人間でも幽霊でもなく、異世界の――『
ふとマルツさんを見てみると、その表情は複雑な感情に揺れていた。誰にだってその感情を推し量ることは出来ただろう。それほどまでに、彼は動揺していたのだった。
○???サイド
――式見蛍が『真実』を知った。
果たして彼はこれから自らの理力とどう向き合っていくのだろうか。
もう少し、もう少しだけ様子を見てみるとしよう。
果たして彼に『価値』はあるのか、否か。
まだ結論を出すのは早計だろうから。