○『
――もう少しだ。
もう少しで我は完全復活できる。
そのための能力――理力を持つ
その
そう。必ず――。
○神無鈴音サイド
「うーん……」
蛍のアパートから帰ってきてから数時間、私は普段はあまり着ない服を着て鏡にその姿を映していた。
……似合うような、似合わないような……。《顔剥ぎ》の一件が解決した翌日に着ていった服なんだけど、蛍、似合うって言ってくれなかったし……。
やっぱりいつも通りの服のほうが――。
と、そこまで考えて私は我に帰ってため息をついた。
本当、なにを浮かれた気分でいるのだろう。明日は――明日、遊園地に行くのは、元の世界に帰るであろうマルツさんがせめて楽しい時間を過ごせるようにっていうのが目的だっていうのに……。
マルツさんは帰るとも帰らないとも言っていない。でも、きっと帰ることになるだろうから。だから、蛍は彼には内緒で私たちにそう提案したのだ。
きっと、明日が彼とのお別れの日になるだろうから、せめて楽しい思い出を、と。
……まあ、それなら私も便乗させてもらって楽しい時間を過ごしてもいいかな。……きっと、いいよね?
そんなわけで、私はまた服選びへと戻るのだった。
○式見蛍サイド
「ちょっと早く来すぎたかもな……」
僕は某遊園地の入り口で、誰にともなく呟いた。
今日は快晴。遊びに出掛けるにはもってこいの陽気である。
……まあ、なんでここに来たかを考えるとちょっとばかりテンション下がるけどさ。
「ちょっとどころかすごく早いって。かれこれ三十分くらい立ち続けて、もう足が棒のようだし、めちゃくちゃ暑いし、ユウはお前の物質化範囲から離れて涼しい表情してるし。ああもう、幽霊ってこういうとき羨ましい……」
「あんまりグチるなよ、マルツ。余計に暑くなる。ほら、あれだ。心頭滅却すれば火もまた涼し、だ」
「涼しくならない! というか、まず心頭滅却なんて出来ない! よって暑い!」
ああもう、うるさい。僕はマルツのことを無視することにした。
……それにしてもユウ、暑さを感じてないからか、本当に涼しそうだな……。羨ましいを通り越していっそ憎たらしい。
「ええと、涼しくなる呪文、涼しくなる呪文……」
マルツがなにやらブツブツと呟きだした。ああ、なるほど。辺り一帯を涼しく出来る魔法もあるのか。これは期待大だ。
「
マルツの掌から蒼い光球が飛び出し、なんと僕のほうに向かってくる!
かきいぃぃぃん!
光球の当たった僕の腕に、すこしだけ氷が出現した。……あ、ちょっと涼しいかも。
「ああっ! 威力が弱すぎたか……。よし今度こそケイが氷づけになるくらい強力な術を……」
……え?
「
またも飛び出す、さっきより一回り大きい蒼い光球。
「……って!」
狙い違わず(なのだろう、たぶん。信じたくないけど)、光球は僕の腕にぶち当たり、その腕を氷づけにした。そこをベタベタと触ってくるマルツ。
「あ~、ひゃっこ~」
「ひゃっこ~、じゃない! 何すんだ! お前!」
「気にするな、ケイ。僕の世界で涼をとる方法としては、割と一般的なやつなんだ」
「こんなのが一般的であってたまるか! 早く溶かせ!」
「ヤだ。また暑くなる」
殴ってやろうか、この野郎。
と、そのとき。
「
もわあっ、と辺りがいきなり熱気で包まれた。……熱い、だるい。なんかもう、動きたくない……。
「よし、これで氷も溶けたね。感謝するんだよ、ケイくん。もちろんこのボクに」
そんなことを言ってきたのは、胸を張ったニーナだった。いつやって来たのだろうか……。感謝なんか絶対しないぞ。なんなんだ、この暑さ――もとい、熱さは……。
「なんか、あんまり感謝してるようには見えないね……?」
「……当たり前だ。熱い、早くなんとかしてくれ……。死んじゃうって、このままじゃ……」
いや、そんなことより、だ。
「ニーナ、お前までなんでここに……? 悪いけど、お前を誘った覚えはないぞ……?」
「うん。僕が勝手に来たんだよ。昨日言ったでしょ? 僕も少しこの世界で楽しみたいって」
そういやそんなこと言ってたような、言ってなかったような……。ああ、ダメだ。暑くて頭がまともに働かない……。僕たちの周りだけ三十度超えてるんじゃないか……? だとしたら真夏並だ……。
「とにかく、涼しく……。ああ、マルツ、完全にへばってる……」
「え? ああ、ごめんごめん。じゃあ――」
ニーナはひとつ息を深く吸い込むと、
「
両の掌を前に突き出し、そこから水の柱を打ち出してきた。……僕の顔面めがけて。
「ばぶぅっ!?」
「どう? 涼しくなったでしょ?」
水がしたたる僕の顔を覗き込んで、そんなことを訊いてくるニーナ。
「それ以前の問題だろっ!」
「まあ、そうだろうね。じゃあ
「それはやめろっ!」
「ねえ、ケイ。もしかしてニーナさんにからかわれてるんじゃない?」
僕に近づいて来たユウが言う。しかし物質化範囲には入っていない辺りがなんとも憎たらしい……。
……いやまあ、からかわれてることには薄々気づいていたけどね。
ユウに言われてニーナのほうを見てみると、
「いやあ、からかいがいあるよねぇ、ケイくんって。リアクション最高!」
「そんなのが最高でも嬉しくないぞ……」
このイタズラ娘が……。殴ってやろうか。いや、絶対やらないけど。というか、やれないけど。
「あーあ、服がびしょびしょだ……」
「まあ、そのうち乾くでしょ。もしすぐ乾かしたかったら、また熱気の術使ってあげるけど?」
「……いい」
僕たち四人がそんなことをやっていると、ようやく鈴音がやって来た。なんか、いつぞやと同じく、妙に気合いの入っている服装だ。
「お待たせー」
待った。
しかし待ったのは完璧に自業自得なので、それは言わないことにする。鈴音に文句言うのはお門違いってもんだ。うん。
「あれ? なんでニーナさんが?」
やはり鈴音も疑問を持ったか……。
まあ、ニーナが説明したら、鈴音もすぐに納得したからいいけど。
「さて、あとは先輩だけか……」
とりあえず、先輩が待ち合わせの時間に遅れることはないだろう。
案の上、先輩は時間ピッタリにやって来た。その頃には僕の服もだいぶ乾いていたことも述べておくとしよう。
鈴音がそうだったから、先輩も前回と同じく巫女服で来た、ということはない。至って普通のワンピースだ。おお、外見だけなら超絶美女な人がここに。これで中身が外見に伴っていれば……。
「皆、来ているな。よし、では行くとしよう」
ああ、漢口調のせいで先輩のまとう清楚で
そんなわけで、ようやく僕たちは遊園地へと足を踏み入れたのであった。……なんか、入るまでが長かったなあ。なんかもうどっと疲れてるし……。
◆ ◆ ◆
「わあぁぁぁぁぁぁっ!!」
ジェットコースターに乗りたいと言い出したのはニーナだった。
そしていま、僕の後ろで悲鳴を上げているのもニーナだった……。
どうやら、想像以上に怖かったらしい。こんなのが怖いのか、『
「おっ……落ちるぅ~!!」
ああ、うるさい。いや、いい気味か。自分が言い出したことだから誰にも文句言えないだろうし。
「こんなのに乗る人間の気が知れないよ~! 大体なんでお金払ってまで怖い思いしなきゃならないんだよぉ~!」
思いっきり文句言っていた。それはそれとして言わせてもらえば、お金払ったのは僕だ。お前じゃない。
ちなみに、僕とその隣の鈴音は適当に絶叫していた。まあ、絶叫してこその絶叫マシーンだし、絶叫しないと余計に怖いし。あ、そういえば先輩はさっきから一言も発さないな。マルツもか。
考えてみれば先輩が絶叫したことなんて今まで一度もなかった気がするし、したらしたで、なんだか先輩のキャラやイメージが壊れそうだ。マルツのほうは……恐怖で声も出ないだけか?
下のほうを見ると、ユウが不機嫌そうな表情をこちらに向けていた。いやだって、しょうがないじゃないか。姿の見えないユウは絶対乗れないよ、ジェットコースター。それで僕が責められるのはおかしいだろう。理不尽だ。死にてぇ……。
「しっ……死んじゃうよぉ~!! うっ、うわぁ~っ!!」
最後の宙返りの所で、ニーナのこの世の終わりのような悲鳴が遊園地じゅうに響き渡った。それくらい大きい悲鳴だった。……それでいいのか、『
◆ ◆ ◆
「はぁはぁ……ま、全く。この世界の人間の考えは理解に苦しむよ……」
ニーナが息も荒く呟く。隣ではマルツも、
「生きた心地がしない……。遊園地なんて全然楽しくない……。並んでばっかりで、やっと乗れたと思ったらあんな怖い乗り物で……」
まるでうわ言のようにそんなことを繰り返し言っていた。……大げさな。
「本当、キミたちの感性を疑うね。ケイくん、鈴音さん」
ジトッとした目をこちらに向けてくるニーナ。しかし、僕はその相手をしている場合ではなかった。なぜなら――。
「おい、ユウ。いい加減機嫌直せって。あれはしょうがないだろう」
「…………」
無言のまま、しかし刺すような視線をチラチラと僕に送ってくるユウ。……どうしろと?
と、そこで鈴音が助け舟を出してくれた。
「要は誰も乗ってなくても不自然じゃないところに行けばいいのよね。そう、例えば――」
言って鈴音が指差したのは――。
「あれとか」
メリーゴーラウンドだった。なるほど。確かにあそこはいまガラガラだ。いきなり誰かがユウの乗る馬に乗ってくる確率はものすごく低いだろう。
ユウは最初、全く興味が無いようにしていたが、
「……あれだったらいいよ」
とメリーゴーラウンドにある乗り物のひとつを指差し、僕のほうを向いた。