深海感染   作:リュウ@立月己田

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 とある鎮守府にいる提督は悩んでいた。
彼は己の道を貫く代わりに、日々追い詰められている。

 それは、ある作戦での戦いが切っ掛けだった。


第二章 その1

 

■第二章 鎮守府に忍び寄る影

 

 

 

 鎮守府の中心に位置する場所に大きな建物があり、最上階にある部屋の一つに、執務室と呼ばれるところがある。ここには普段、デスクワークをこなす提督が居る場所として、鎮守府に関係する全ての者が理解していた。

 

「うーむ……」

 

 机に座ったまま書類と根競べをするように、1人の青年が唸り声を上げている。

 

 真っ白な軍服に同じ色の軍帽を被り、しかめ面を浮かべたまま微動だにしない彼は、この鎮守府を任されている提督である。類い稀なる才能を見出だされた彼は、進められるまま最年少で海軍に入隊し、若くして将来を有望され、この鎮守府を任されることになった。

 

 しかし、才能はあっても経験は無し。

 

 右も左も解らず、知識だけで行動を起こした彼の指揮は、鎮守府近海の警備すらままならず、連戦連敗を繰り返した。

 

 それを見た大本営の上官たちは、手の平を返すように彼を見捨て、冷たくあしらうようになった。

 

 だが、彼の才能は持って生まれたものだけではなく、努力の天才でもあった。

 

 失敗を経験にし、何がいけなかったのかを独自に分析。地盤固めに遠征任務を繰り返し、艦娘達のコンディションを見切るや否や、完璧な編成を組んで大成功を連発させた。

 

 次に彼は、遠征で得た資材を建造や開発に投じる。初めこそは失敗だったが、資材の投入数などのコツを掴むと一転し、次々に新規の艦娘たちや強力な装備を生み出し、戦力を整えていった。

 

 準備を完璧に行った彼は、近海の海域を難無く攻略。それらの報告書を見た大本営の上官たちは、またもや手の平を返したように彼を持て囃そうとする。

 

 だが彼は、それこそが失敗の種であると分析し、己の信じる道を進んで行こうとした。

 

 そうすれば、今度は出る杭は打たれるといった風に、妬みを買うことになる。

 

 無意味な作戦や嫌がらせ、無謀な指令を押し付けられた。

 

 それでも彼は、その全てを難無くクリアし、どんどんと階級を上げて邪魔する者を蹴落としていった。

 

 大本営に所属する者たちが彼を認めざるを得なくなってきた時、大きな一つの失敗を犯してしまう。

 

 

 

 慢心。

 

 成功を繰り返せば繰り返すほど、それが当たり前のようになってしまうのだ。

 

 彼も例外ではなく、心に大きな隙が生まれてしまった。

 

 そして、それが大きな失敗を招いてしまう。

 

 

 

 

 

 ◎ 第一艦隊の危機

 

 

 

 ザザッ……ザーッ……

 

 耳障りなノイズ音が聞こえ、榛名は少しだけ眉をひそめた。鎮守府から遠く離れたこの海域では提督と通信を行うのにも一苦労で、深海棲艦が潜んでいるかもしれない以上、探知されてしまう可能性もある。

 

 そんな心配をしていた榛名だったが、ノイズ音が小さくなると同時に、聞き覚えのある男性の声が聞こえ、ほっと胸を撫で下ろすように表情が和らいだ。

 

「あー、榛名、聞こえるか……? 聞こえたら返事を頼む」

 

「はい、提督。榛名はしっかり聞き取れています」

 

「よし……通信は良好みたいだな。状況はどうなっている?」

 

「先ほど三度目の深海棲艦の部隊と交戦しました。ですがこちらの被害は少なく、小破にすら至っておりません」

 

 榛名は明るく丁寧な口調で提督に答えた。これは慢心ではなく、事実を述べている。

 

「了解した。引き続き海域深部への攻略を行ってくれ」

 

「かしこまりました。榛名にお任せ下さい!」

 

 榛名はそう言って、鎮守府との通信を艦隊へと切り替える。

 

「旗艦の榛名より、各艦に入電します。周囲を警戒しつつ更に深部まで進み、深海棲艦の本隊を捜索します。提督の期待に応える為、もうひと踏ん張りお願いします!」

 

「了解。千歳より二式艦上偵察機を発艦させます!」

 

 そう答えた千歳が、手に装着した操り糸を素早い動きで動かしてカタパルト組み立て、偵察機を発艦させた。コックピットに乗っている妖精が敬礼をすると、千歳は凛とした表情で頷き、敬礼を返す。偵察機は重く響くエンジン音とプロペラが風を裂く音をかき鳴らしながら空へと上っていき、その姿はすぐに豆粒のように小さくなった。

 

「う、潮は先行して目視で周囲を警戒しますっ」

 

「ほいさっさ~。漣も一緒に行きまーっす」

 

 駆逐艦である彼女らの仕事は、潜水艦が相手の時は主力となって攻撃し、今のような状況では周囲警戒の為に索敵を行う。深海棲艦が海中から出現する際に浮かび上がる水疱を逃さぬよう、目を懲らしながら左右に別れ、海面を優雅に滑って行く。

 

「それでは更に奥へと進みます。先行している2人から少し距離をとりつつ、遅れないようにお願いします!」

 

「「「了解!」」」

 

 全員からの返事を聞いた榛名は、目を閉じながら回線を切った。敵に察知されないためには当たり前のこと。しかし、気を抜いてしまっては、そんな簡単なことも忘れてしまう。

 

 慢心は絶対にしてはいけない。提督のために、失敗する訳にはいかないのだ。

 

 榛名はしっかりと前を見つめたまま、胸元に手を添える。提督の顔を思い出しながら、必ず勝ち進むと心に念じた。

 

 しかしその数分後、榛名の想いとは裏腹に天候は徐々に悪い方へと変わっていく。

 

 進むべき海路の先に靄のようなものが見えると、先行していた潮と漣が反転し、榛名の元に帰ってきた。

 

「は、榛名さん。前方に霧が発生していますが……ど、どうしましょう……」

 

「霧の深さはどんな感じですか?」

 

「軽く入ってみましたけど、5メートル先も見えない感じですっ!」

 

 おどおどした潮と対照的に気合いの入った感じの漣は、榛名に向かって敬礼をしながらそう答えた。

 

「千歳さん、偵察機の方はどうですか?」

 

「……2人の報告と同じです。偵察機からも霧を確認しましたが、視界は殆ど無いみたいで、中に入れそうもありません」

 

「そう……ですか、分かりました。提督に指示を仰ぎますので、全艦この場で待機して下さい。ですが、くれぐれも周りには注意を配り、警戒するようにお願いします」

 

 榛名はそう言ってから、再び鎮守府へ通信を取った。

 

 呼びだし用の電子音が耳に鳴り響き、どうにもこの音が好きになれないと少しだけ顔を歪ませる。暫くすると、ノイズ混じりの提督の声が聞こえてきたが、先ほどと比べて音質に難があるように感じ取れた。

 

「どう……した……だ、榛名?」

 

「申し訳ありません、提督。深部へ進むために偵察を行っていたのですが、かなり濃い霧が発生しているみたいで、視界がままなりません。このまま進んでしまうと、敵艦の発見に支障をきたしてしまう恐れがあるのですが……」

 

「霧……か。電探の方は……どう……んだ? 潮に13号……対空電探が……搭載し……てあるが……」

 

「動作の方は問題ありません。しかし、それ以外に電探は無いですし、霧の中で敵戦闘機が発艦して来ることは考えにくいのですが……」

 

「ならば……目視でその……まま進行し……くれ……」

 

「で、ですが、それでは敵艦の発見が遅れてしまう恐れが……っ!」

 

 言って、榛名は口を慌てて押さえた。鎮守府に通信しているとは言え、言葉は周りにも聞こえてしまうのだ。旗艦である榛名の焦りを他の艦に知られては、士気に影響する恐れがある。

 

 声量をできるだけ小さくし、周りに聞こえないように配慮をしながら、榛名は再び口を開いた。

 

「このまま進行すれば、隊列にも影響が出るかもしれません。殆ど被害も無い状態でここまで来た以上、最深部までは行きたいのですが……」

 

「なら……ば、尚更進行する……きだ。今まで羅針……盤の荒れに……苦しめ……れてきた……からこそ、この……チャンスを……逃したくは……い」

 

「……わ、分かりました。ですが、中破以上の損害が出た場合、すぐに帰投いたしますが構いませんね?」

 

「ああ……それはいつ……の通りだ……。それで……宜しく頼む……榛名」

 

「了解しました。通信……終了します」

 

 通信を切った榛名は目を閉じながら、ふぅ……と、ため息を吐いた。

 

 提督の指示は絶対である。しかし、この霧の中を進行するのは危険過ぎる。

 

 どうにかしてそれを伝えようとしたが、この海域の攻略を何度も羅針盤に跳ね返されて苦汁を飲まされている提督の気持ちを深く知っていた榛名は、あれ以上何も言うことができなかったのだ。

 

 不安な表情を浮かべてしまいそうになった榛名だが、思い止まりながら周りを見渡した。指示を待つみんなに、無用な不安を与える訳にはいかない。士気を下げてしまうと、艦隊全体が危険に晒されてしまうのだ。

 

「各艦に入電します。このまま霧の中を進み、最深部を目指します。千歳さんは偵察機を帰還させ、目視で偵察。潮さんと漣さんは先行しつつ、海上及び潜水艦の警戒をお願いします。摩耶さんと鳥海さんは、私に続いて後方を警戒してください」

 

「了解。すぐに偵察機を戻します」

 

「りょ、了解しました……」

 

「ほいさっさーっ」

 

「おう、任せとけっ!」

 

「了解です。深海棲艦の行動予測をしつつ、警戒します」

 

 それぞれの返事を聞き分け、榛名はコクリと頷いた。慢心しなければ大丈夫。例え霧の中であっても、信頼できる仲間たちがいれば乗り越えられるはず。

 

 提督のために何としても戦果を持ち帰る。もう、他の誰かに提督をけなさせたりはしない。

 

 榛名は自らに気合いを入れるため、両方の頬をパチンと叩いて前を向いた。

 

 しかし、この思いこそが、戦場において冷静さを取り乱すということを、榛名はまだ気づいていなかったのである。

 

 

 

 榛名達が霧の中を進み出して、10分ほど経った。

 

 視界は完全に真っ白で、数メートル先ですらままならない状況に、榛名の額は冷や汗でびっしょりになっている。

 

 こんな状況で、襲い来る深海棲艦を倒すことができるのか。発見することなくやられてしまうのではないだろうか。

 

 だが、この状況は深海棲艦にとっても同じであるだろう。ならば、先に相手の居場所を見つけた方が、勝利をもぎ取れる筈だ。

 

 焦りが緊張を呼び、身体を強張らせる。

 

 でも、榛名は大丈夫――と、言い聞かせた。

 

 しかし、この考え方こそが慢心であるということに、榛名は気づいていない。

 

 一か八かの戦法を取っている時点で、それは戦略とは言わない。八割の見込があっても、残りの二割をどう対処するか。それができないのならば戦略家ではなく、艦隊の旗艦を任された者としては失格なのだ。

 

 何度も提督に教えられたことすらも思い出せなくなるほど、榛名は追い詰められていたのだろう。そして、榛名をここまで追いやった提督にも責任がある。

 

 すべては慢心から始まった、崩壊への歩み。

 

 そして、その時はやってきた。

 

 

 

 

 

「……っ! 3時の方向に要警戒ですっ!」

 

 潮からの緊急入電を聞き、榛名は咄嗟に振り向いた。しかし、立ち込める霧は深く、海面の変化すら目にすることができない。

 

 しかし、先行して注意深く警戒していた潮にはその変化が容易に見えていた。ぶくぶくと沸騰のような泡が海面に立ち込め、直ぐに大きな影が浮き上がってきた。

 

「て、敵を発見しちゃいましたっ!」

 

 全艦に向けて通信を放った潮は、震える腕を前に向けて砲撃体制を取った。その瞬間、深海棲艦の大きな目がギョロリと向けられ、鈍い緑色の光が目に映る。

 

「ひっ……!」

 

 おもわず叫んでしまった潮は、つい目を閉じてしまいそうになる。深海棲艦はその隙を見逃さずに攻撃すると思われたが、口元を上げて大きく身体を翻した。

 

「これは……まさかっ!?」

 

 嫌な予感を感じ、潮は13号対空電探の感度を再チェックしようとした。だが、それよりも速く海中を走る大きな音が耳に届いた瞬間、電探を操作するのを止めて大声を上げた。

 

「9時の方向から……魚雷潜航音ですっ!」

 

「……っ! ぜ、全艦回避行動を取ってください!」

 

 通信を介さずに叫んだ潮の声に反応した榛名達だったが、先に現れた深海棲艦に対して構えていたことで、反対から襲ってきた魚雷に対する回避行動は困難を極めた。

 

「くっ……、間に合わないっ!」

 

 大きく円を描くように移動して避けようとした榛名だったが、襲ってきた魚雷は複数あり、その1つが右足の艤装に当たって大きな爆発を起こした。

 

「きゃあっ!」

 

「は、榛名さんっ!」

 

「だ、大丈夫っ! 榛名は大丈夫ですから、各艦は敵への迎撃を急いで下さいっ!」

 

「りょっ、了解っ!」

 

 榛名の声に頷いた摩耶と鳥海は3時の方向にいる深海棲艦に砲撃を開始し、潮と漣は魚雷が襲ってきた9時の方向へと移動する。砲撃音を聞き取った深海棲艦は榛名達を仕留めきれなかったことを悟り、霧の中での乱戦が始まった。

 

 砲撃の音が辺り一帯に響き、何本もの魚雷が水面を走り抜けていく。回避行動を取りつつ攻撃を行った各艦は離れ離れになり、すぐ目の前に居る影が敵かもしれないという状態に、艦娘たちの精神的疲労は加速度的に高まっていった。

 

「くっ、クソがっ! これじゃあ、下手に撃ったら同士討ちになっちまうぞっ!」

 

「仕方ありませんね。ここは私が探照灯を照らして……」

 

「馬鹿かっ! そんなことをしたら、鳥海が敵の集中砲火を受けちまうだろうがっ!

 それに、こんな霧の中じゃあ光が当たったとしても、敵味方の区別が殆ど分からねえだろうがっ!」

 

「しかしこのまま戦えば、私の計算では80%以上の確率で敗北してしまうことになるわね」

 

「クソッ! どうすんだよ旗艦っ!」

 

 前方の影に向かって威嚇砲撃をしながら通信をする摩耶だったが、榛名からの返事は帰ってこない。

 

「おいっ! 旗艦……榛名ぁっ!」

 

 イラつきながらもう一度通信をするが、返事は一向に帰ってこない。まさかさっきの雷撃で沈んでしまったのではないかと焦った摩耶は、仲間全員に通信を繋いで大声を上げた。

 

「榛名の返事がねえっ! 誰か見た奴はいないのかっ!?」

 

 その瞬間、2時の方向から何かが光るの察知した摩耶は、大きく身体を反らして回避行動を取った。すぐ目の前に大きな水柱が上がり、雨のように身体中に降り注ぐ海水を受けながら、光が見えた先に20.3センチ連装砲を発射する。

 

 数秒後、摩耶が放った砲弾の先で大きな爆音が鳴り響くと、赤い炎が上がるのが見えた。更に数秒後には爆発が連鎖的に起こり、低く籠った呻き声のような音と共に海の底へと沈んで行く。

 

「おっしゃっ! 摩耶様の力、思い知ったかっ!」

 

 ガッツポーズを鳥海に向けた摩耶だが、未だ通信は帰ってこない。代わりに再び襲いくる砲弾の雨に不満げな表情を浮かべた摩耶は、叫び声を上げながら主砲を備えた腕を振り上げた。

 

 





 今話、そしてもう少し過去のお話が続きます。
その後、新型近代化改修を持った人物が、この鎮守府にやってくる……



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