深海感染ZEROから半年が経った。
地上は深海戦艦化した艦娘たちによって、崩壊の一途を辿って行く。
そんな中、ひとつの希望である光が、とある町を駆けていた。
プロローグ & 第一章 その1
ある、晴れた昼下がり。
太陽の光が地を照らし、木々が風に揺れてざわめき出す。
至って普通の日常と言える風景も、今ではもう見られなくなった。
それは、半年前の事件から――。
大本営が秘密裏に進めていた『新型近代化改修』の失敗により、試験場所であった鎮守府内で問題が発生した。
初期の段階で気づいた者は殆どおらず、発覚したときには手遅れであり、みるみるうちに鎮守府内は地獄と化した。
原因は新型近代化改修による副作用だった。
練度すら上げてしまう改修には問題があり、時間を置いて徐々に深海棲艦化してしまう。
更に悪いことに、深海棲艦化した艦娘から直接攻撃を受けると感染してしまうという、まるで映画やゲームで現れるゾンビと変わらなかった。
ことが発覚し、即座に壊滅部隊を向かわせることで対応した大本営。
壊滅部隊は感染の可否に関わらず艦娘たちを駆逐し、鎮守府の殆どを破壊する。
しかし、既に鎮守府から外部へと逃げだしてしまった艦娘によって、みるみるうちに本土全体へと広がってしまう。
感染した艦娘は少しずつ精神が汚染され、やがて狂気に捕われる。
これは己の精神力が大きく作用し、ダメージを負えば負う程、感染が速まってしまう。
やがて身も心も深海棲艦化した艦娘は生きている者を見つけ次第喰らおうとし、全てを胃の中に流し込もうとする。
生への執着心なのか、ただ単に腹が減っているのかは分からない。
しかし、捕食される側である正常な艦娘や人間にとっては、どちらであっても大きな問題であることに変わりがなかった。
深海棲艦の脅威から守るべき艦娘が、地上を徘徊しながら人々を襲う。
奇しくも幸運だったのは、感染した艦娘は通常とは違い衣服による損傷の軽減を行えない。その結果、人間が所有する武器によってダメージを与えることができた。
更にどういう訳か、人間には艦娘と同じように感染することはなかった。
絶対数ならば人間の方が上。しかしそうであったとしても、感染してしまった艦娘たちは人間よりも遥かに強い存在であり、安全な所はすぐに消え去ってしまう。
海に出れば深海棲艦が。
地上に隠れれば感染した艦娘が。
人間の逃げ場は失われ、国土の殆どが消耗戦による疲弊によって荒廃していった。
唯一の救いは、深海棲艦化した艦娘たちの知能レベルがそれほど高くなかったことだろう。
艦娘の頃とは大きく違い、捕食だけに重点を置く彼女らの行動は動く物を見つけ次第喰らうことであり、施設を破壊しようとする考えは多くなかった。
その結果、人間たちは地上から身を隠し、地下や頑丈な建物に潜ることで安全を確保した。
しかし、時間が経てば備蓄は消える。生き抜くためには水や食料が必要になり、手に入れる為には外に出るしか方法はない。
そして、自分たちの居場所を取り戻そうと戦う者たちが居る。
自らの命を投げ捨ててでも、次の世代に安心して暮らせる場所を捜し出そうとする者がいる。
その一方で、未だ感染を逃れていた艦娘もまた、自らの意思で行動を起こしていた。
◆ ◆ ◆
■深海感染 -ONE- 第一章
『KONGO』
碁盤の目が有名である街の市内へ向かう、一台のバイクが高速道路を駆けていた。
進行方向の先にうごくめく人影を確認した運転手の女性はアクセルを吹かし、茶色の長髪を風にたなびかせながら速度を一気に加速させる。
バイクのエンジンが轟音を鳴らすと、引き寄せられるように人影が動く。
女性は顔色一つ変えずに小さく口を開いて何かを呟くと、バイクの両側面に大振りのナイフが何本も飛び出して小さな振動と共に甲高い音をあげた。
女性はそれを確認した瞬間、アクセルを最大まで捻って更にバイクの速度を上げる。
人影が両手を前に突き出しながらゾンビのようにバイクを捕らえようとするが、女性は巧みなハンドル捌きでそれらを避けつつナイフを擦りつけていく。
「……ア゛……ッ?」
人影は自らの腕が動かないことに気がつくと同時に、バイクは遥か先へと駆けて行った。
続けてボトリ……と両腕が地面に落ち、切断された面から大量の赤く黒く濁った液体が勢い良く吹き出していく。
近くにいた別の人影も同じように素っ頓狂な声をあげ、切断された両脛から上体がスライドするようにドサリ……と地面に跪き倒れ込んだ。
ビクン、ビクンと痙攣する身体に合わせて低く曇った小さな声が途切れ途切れに漏れ、辺り一面が真っ赤な池に染まる。
バイクのエンジン音が聞こえなくなると付近に動いていた全てが地面に倒れ込み、吹き出していた液体の勢いが消えて何事もなかったかのようにそよ風が吹いていた。
惨殺された人影より暫く進んだ地点に、バイクに跨がりながら片足を着いた女性が停車していた。
女性のサングラスには先程の行動によって飛び散った血肉が付着していたが、全く気にする素振りも見せずに何かを感じとろうとする仕種をする。
「どうやらこの辺りには居ないようデスネー」
停止させたバイクから降りた女性はサングラスを外して付着した血肉を振り払い、強く息を吹き掛けて綺麗にしてから再び元の位置にかける。
女性はバイクを一通りチェックし、スラリとした足を優雅に上げてバイクに跨がりエンジンを始動させた。
「けれど、生き残っている仲間はきっと居るはずデース」
独り言を呟いた女性はクラッチ操作を行い、ギアを噛ませた瞬間にアクセルを全開にして一気に加速する。
爆音と共にバイクは走り出し、ハンドルを殆ど操作せずとも女性の意のままに地を駆ける。
ジェイ・ブルーカラーのボディには至るところにバイクには似つかわしくないものが取り付けられていた。
つい先程、高速道路上をうろついていた元艦娘を切り刻んだ鋭いナイフが収められていたり、どこからどう見ても銃口にしか見えない大小複数の筒があったりする。
それら全てが通常のバイクにはあってはならないモノなのだが、今のご時世を考えれば当たり前なのかもしれない。
しかし、それ以前に説明が付くモノが燃料タンクの右側に白い文字で『KONGO』と書かれていた。
運転手である彼女の名は『金剛』。
例の事件の舞台となった鎮守府に所属していた彼女は、偶然にも事件が起こった際に鎮守府を離れていたおかげで感染から逃れることができた数少ない正常な艦娘である。
彼女が跨っている同じ名を持つバイクは特別製で、地上に適応するように改修を受けた艤装である。
現在の状況を理解した彼女は自らの舞台を地上に移すため、同じ意思を持った仲間によって特別な改修を受けたのだ。
そのおかげで、彼女は自らの意思だけでバイク型艤装を手足のように動かすことができるのだが、ハンドルにはしっかりと手が添えられており、気分的な問題というのもあるのだろう。
彼女の瞳には意思の強さが感じられる光りが灯されており、しっかりと前を見つめている。
荒廃した地上に残る希望を見つけだし、仲間と共にこの国を救う。
そして、彼女には決して立ち止まることができない理由があった。
仲間であるが故に。
長女であるが為に。
そしてそれが、彼女の宿命であるかのように。
全てを終わらせるには必ずぶつかるだろう彼女の名を呟いた金剛は、右手のアクセルを強く捻ってバイクの速度を一気に加速させる。
エンジンから鳴り響く音がまるで金剛の泣き声のように、大きく、寂しげに空気を響かせていた。
それから高速道路を走り続けていると、またもや元艦娘の成れの果てを発見した金剛は艤装のナイフで通り魔のように切りつけて血の池を作った後、緑色の看板に見えたマークを確認して小さく息を吐いてから呟いた。
「少しだけ、休憩しますかネー」
金剛はハンドルを傾けて左にある細い道に逸れてから開けたスペースに入り、辺りを見回しながら目的のモノを発見する。
道なりにあったガソリンスタンドの前に近づき、重く響き渡るエンジン音をゆっくりと静めると、タイヤがアスファルトとキュッ……と擦りながら動きを止めた。
バイクから降りた金剛は額に浮かんだ大粒の汗を袖で拭いながらサングラスを外し、燃料タンクに給油ノズルを差し込んでからタッチパネルを見る。
『お金を入れて下さい』
「今じゃ、これくらいしか使い道はないデスネー」
ポケットから財布を取り出した金剛は一枚の紙幣を投入し、OKボタンを押してから給油ノズルのレバーを引いた。
燃料タンクに勢いよくガソリンが入っていくのを感じながらも、金剛の腹部から「ぐぅぅ……」と小さな情けない音が鳴り響いた。
「残念ながら燃料とは別腹なんですよネー……」
少しばかり辛そうな表情を浮かべた金剛だが、心の中では案外嫌とは思っていない。
むしろ、燃料を補充した時点で満腹だと感じてしまったら、自分はもう艦娘ではないと認識してしまうかもしれないと不安になってしまう節さえある。
「あっちの方に、何か残っていると良いのデスガ……」
そう呟いた金剛は近くにある建物を眺めながら給油を終え、燃料タンクの蓋をしっかりと閉じてからノズルを元の位置に戻す。
タッチパネルの横から出てきたレシートを取ってお釣りを精算した金剛は、バイクに跨がりハンドルを握る。
金剛は片足を地面につけながら車体を大きく傾け、ハンドルを内側に切りながらアクセルを思いっきり捻る。
エンジンの回転数を高く保ちながら一気にクラッチを解放して後輪が高速回転をすると、タイヤが悲鳴をあげて地面に黒い跡をつけながら180度ターンを決めた。
ほんの少しつり上げた口元が金剛の気持ちを現していたが、周りにギャラリーはおらず肩を竦めてしまう。
妹たちや提督がこの場に居たのならば……と考えてしまった金剛は頭を振り、気持ちを切替える為に両手で左右の頬を軽く叩いてから建物に向かってバイクを走らせた。
「辺りに気配は……無いみたいデスネー……」
建物の前にやってきた金剛は、右耳に手を当てて音を探るような仕草をしながら建物全体を見回していた。
視界には道路上に居た元艦娘のような人影は見当たらないが、金剛には目よりも信頼できる機能を艤装に備えている。
「電探に反応も無いデスカラ、最低限で大丈夫デショウ」
バイクから降りた金剛はシートを軽く撫でてから建物の入口であるガラス扉へと向かう。
大きなヒビがいくつも入った扉を手でゆっくりと押しながら、注意深く辺りを確認しつつ内部の捜索を開始した。
天井に取り付けてある蛍光灯の多くは破損しており、照明の効果を発揮していない。
いくつかはまだ光っているものの、グロー球が切れているのかチカチカと点滅を繰り返して眼に悪そうだった。
「熱感知モードを……、ONデスネー」
金剛が小さく呟きながらサングラスのブリッジ部分を人差し指でクイッと上げると、レンズ部分にパソコンで表示されるウインドウのようなモノがいくつか表示され、小さな電子音が何度か鳴った。
視界には温度によって区別された画像が重ねられ、周囲の状況が分かり易くなる。
金剛はぐるりと身体を360度回転しながらチェックを行い、危険がないと判断してから肩の力を抜いて小さくため息を吐いた。
「さて、それじゃあ食料がないか探してみますネー」
天井付近に取りつけられている土産物売り場の看板を見つけた金剛は笑みを浮かべ、ゆっくりとした足取りでそちらへと向かう。
途中にある区切りの為の扉を開いてからもう一度熱感知を使い、安全を確認してから捜索する。
売り場にあるテーブルの上には値札があるが、肝心の売り物は見当たらない。
「先客がすでに、持ち去った後のようですネー……」
サービスエリア独特のまんじゅうの名称が書かれている文字を見た金剛のお腹は悲鳴をあげ、恥ずかしげな表情を浮かべていた。
「腹が減ってはなんとやら……と言いますけどネー」
近くにあった薄汚れた人形を手に取って眺めてから元の場所に戻し、売り場を隅々まで調べていく。
しかし食べられそうな物は全く見つからず、落胆した表情を浮かべてため息を吐こうとしたところでレジの後ろにある扉を見つけた。
「フム……。鍵がかかってますますケド……」
艦娘である金剛にはそれはさしたる問題ではないと、ノブを力任せに引っ張って無理矢理こじ開けた。
多少大きな音が鳴ったものの、辺りに元艦娘が居る訳でもないので大丈夫だろうと奥へと入る。
「どうやらここは、事務所みたいですネー」
事務机に背丈より少し大きなロッカーが部屋の隅に置かれ、真ん中には大きめのテーブルといくつかの椅子があった。
テーブルの上に封が開けられた梅味のガムがあり、中身を見ると数枚程残っているようだ。
「お腹の足しにはなりませんケド、無いよりはマシデース」
ガムをポケットにねじ込んだ金剛は他に何かないかと机やロッカーの中を物色する。
鍵を扉と同じように力任せにこじ開けていくつかの飴玉をゲットした金剛は、少し呆れたような表情をしながら部屋を後にした。
「もう少しお腹が膨れるモノが欲しいネー……」
土産物売り場を後にした金剛は再び天井に取り付けてある看板に眼をやり、フードコーナーの文字を見つけてから足を向けた。
土産物売り場からフードコーナーへの区切り扉に手をかけ、ゆっくりと体重をかけて押し開けようとした金剛は眉をひそめた。
「………………」
鼻に付く不快な感じに表情が険しくなり、熱感知モードをONにしてから扉を全開にする。
視界に映り込む四角の赤い色は、どうやら奥の厨房にある冷蔵庫の熱が表示されているようだ。
その他に気になるようなモノは見当たらないが、金剛の鼻には鉄錆と腐臭が纏わりつき、うっすらと額に汗が滲んでいる。
金剛は臭いの元を辿りながら、辺りを警戒しつつゆっくりと進む。
床には強い衝撃によってひしゃげた椅子や、割れたガラスが散乱していた。
おそらくは元艦娘に襲撃から逃げようとパニックを起こした人々がこうした状況を生みだしたのだろうと予想できる。
そしてこの臭いもまた、その結果を表しているのだろうと金剛は息を吐く。
幾度となく見てきた『それ』の場所を察知した金剛はカウンターを乗り越えて厨房内に入り、壁を背にした塊のようなモノを確認した。
「………………」
金剛はかろうじて人であったと思われる『それ』に手を合わせながら眼を閉じ、暫く何かを呟いてからまぶたを開く。
手も足も、首から上さえも噛み切られ、至るところに歯型が残る塊からは大量の赤い液体が床に溢れ出して固まっている。
周りには空の薬莢が散らばっており、塊のすぐ傍に拳銃らしきモノが見えた。
金剛はそれを拾って調べてみると、グリップに握っていた指の形を描くように赤い液体がベッタリと付着している。
銃口側部の『P』の刻印に何度か見たことのある形状により、おそらくこの拳銃はP220であると金剛は判断する。
着ている衣服が赤く染まっているとはいえ、迷彩柄なのは一目瞭然であり、これらを統合するとおそらく自衛隊の関係者であろうと予想できた。
「弾切れを起こした後、力尽きたのデスネ……」
P220のマガジンを取り出して弾が入っていないのを確認した金剛はポケットにねじ込み、塊に向かって再び手を合わせる。
ここに来たのは食料を確保する為なのか、それとも他の理由があったのか、今は知る由もない。
できれば墓を作ってあげたいが、ここはアスファルトで固められた高速道路の上。
植え込みではスペースが足りないし、山の斜面もコンクリートで固められているところが多いので難しいだろう。
せめて魂だけは安らかに眠れるようにと金剛は祈り、ゆっくりと背を向ける。
「おそらくは、ここに来る前に倒した奴らガ……」
この人の仇は取れただろうと、金剛は小さく頷いた後に気持ちを切り替える。
最初の目的であった食料を探そうと厨房内を捜索し、乾物関連が置かれていた棚の奥にあった缶詰見つけ、賞味期限が大丈夫であることを確認した。
冷蔵庫を開けると電源が入っていたものの、中に入っていた食料は軒並み傷んでいて食べることができず、金剛は少し肩を落として残念そうな表情を浮かべながら扉を閉めた。
その際にヒンヤリとした空気を味わうことができたが、金剛の気持ちが晴れることはない。
他にめぼしい物がないことを確認した金剛はフードコーナーを離れ、一通り建物内を見回った後に建物を出た。
自身の艤装であるバイクに跨がった金剛は、厨房で果ててしまった人の馴れの果てを思い出しながら小さく息を吐く。
同じような目に遭う人がいなくなる世界を願いながら、金剛はエンジンを始動させた。
排気筒から黒い煙が勢いよく吹き出し、振動と共に大きな音を鳴らす。
そして再び無線機の電源を入れ、アクセルを捻ってエンジンを慣らす。
まだ見ぬ、生き残っている人を助ける為。
そして、一緒に戦える仲間を探す為。
金剛は再び一人で、高速道路を走り出す。
向かう先は市内中心部。
そこに行けば生き残っている人間がいるだろう。
もしかすると、まだ正常な艦娘がいるかもしれない。
淡い期待を胸に秘めながら、金剛は右手を捻ってバイクを加速させた。
続く
次回予告
地上を駆ける艦娘、金剛。
彼女はバイクにまたがり、市内の中心部へと向かう。
無線機に入った通信を辿り、彼女が目にしたモノとは……。
深海感染ONE 第一章 その2
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