「あれ……ここは?」
私が目を開けると、映るのは見慣れない天井だった。
木製で、しみがあちこちにある古びたそれは、建物の年季を感じさせる。
夕焼けの紅い光が目に痛い。
「起きたのか。さっきのデュエル、凄かったぜ。俺は橘一角だ。お前は?」
「遊崎栞です。ええと――」
「ここはアカデミアノース校――そのパブの一室だ。一体何しに来たんだ?」
起き上がると、さっきまでデュエルをしていた男の人――橘さんが心配そうに私を見ていた。
そうだ、アカデミアノース校に来たのだった。
校長先生の依頼での短期留学。実情は対抗戦の内容に関するスパイだ。
対抗戦に出そうな生徒をチェックし、出来れば実力を測るのが私の役割。単位がかかっているので本気でやる必要がある。
「――冬休みを利用しての本校からの短期留学です」
「へえ、本校から来たのか。どおりでデッキもちゃんと構築できていたって訳か」
「構築できていた、ですか?」
「ああ、普通の生徒達はカードを持たずにここにやってくる。周囲に氷原があっただろう?あの中からカードを探し、40枚になった人物が晴れて本校入りを果たすわけだ」
(何て凄まじい真似を……)
たしかに氷原を見渡したとき《モリンフェン》と《シーホース》が氷に埋まっていたところを見たことがある気がする。
それ以降も話を聞いたが、どうやら氷原の厳しいところに行けばいくほど強力なカードが置かれているらしい。
故にノース校の生徒達はカードを求め熊と戦い山を越え、冷水を潜る。
死人すら出ると言う凶悪な訓練により、ノース校生徒達は完璧なデュエルマッスルを作り上げるのだという。
「そして、カードを集める方法はもう一つある。それが他人からのカード強奪だ」
「――強奪、ですか」
アンティルールは本校では禁止となっているが、一人一人のカード資産が貧弱なノース校では必須と言って良いルールらしい。
氷原でカードを手に入れたといっても、40枚集まっただけのそれで戦うのはかなり厳しい。種族指定のサポートカードなどを手に入れても対となるカードを手に入れなければ唯の紙になってしまう。
最低限のカードしか持たない彼らは、共食いによってデッキを強化する。
夕刻、定時に行われるデュエルではアンティが許可され、負けた人間のカードは全て勝者へと渡され、氷原へ放り出されるのだそうだ。
さらにこのデュエルでは相手がデュエルを断ることはできず、必ず受けなければならないというルールがあるらしく、一人は必ずアカデミアを去ることになるらしい。
「――そして、最近はとある男によるカードの狩場になっていると言うのが現状だ」
「ロットン!何時の間にここに」
「いや、さっき来たばかりだ。何でも江戸川に勝った少女が居ると聞いてな」
不意に新たな男が現れる。
日に焼けた肌が特徴的な精悍な男だった。
ロットン――そう呼ばれた男はにやりと笑った。
「あいつ――江戸川は一旦あの男に負けてから挑まないヘタレだが、実力は高かった。もし挑むにしてもあいつ以上の実力は必須だ」
「もしかしてあの男の生贄にする気か!?」
「ああ!そうだ――だったらお前がかわるか?一般生徒にも勝てないような浪漫野郎が」
「ぐ、それは……」
「夕刻になれば誰か一人は絶対にデュエルしなければならない。それがこの学園のルール。奴が来てから、夕暮れ時になると誰一人として店の奥で音も立てず怯える時間を過ごしているこの状況に何も言わないってのか!」
そういえばパブの一室だと聞いていたが、殆ど音がしていない。
窓の外を見ても人の姿は一切見られなかった。
風の音しかしない。まるで死んだ街のようだ。
「1パーセントでも希望があれば、それにすがるしかねえ。それに、コイツは部外者だ。もし負けてもここのルールに縛られない可能性だってある――生贄にはうってつけじゃねえか!」
「は、はにゃっ!?」
ロットンが笑いながら私の腕を掴み、引きずっていく。
脱出しようと力を入れるが、やはり敵う様子はない。
ここに来てから筋力の大切さを痛感する。本当に身体は鍛えたほうが良さそうだ。
視界の隅ではウィンダがやれやれと首を振っていた。
――
「動くなよ、動いたら分かっているだろうな」
「・・・・・・」
ロットンの言葉に、私は何も答えずに居た。
誰もいない街――そのメインストリートに一人立つ。
沈みかけの太陽が長い影を地面に伸ばしていた。
視線を足元へと延ばし、軽く靴先でとんとんと地面を叩く。
私の足首には縄が繋がれ、その先はロットンが握っている。
下手に動けば確実に怪我をしそうだ。
それからどれほどの時間がたっただろうか。
「――来るぞ、奴だ――」
(この音色は……ハーモニカ!?)
さび付いた、哀愁のこもった音色が静寂を破る。
長い影が、街の外れからゆっくりと近づいてくる。
太陽を背負っているためその姿は定かではない。
乾いた風が頬を撫でた。
私とデュエルできるほどに近づいた影――ハーモニカを吹き終えた男は口を開いた。
「――お前もこの地獄へやってきたのか――遊崎!」
「……万丈目、さん」
「何っ!?サンダーと知り合いだったのか!?」
驚愕する橘さん、そして私を横目にロットンはにやりと笑った。
「驚くことはねえ!コイツは本校出身だ。知り合いでない道理がない。――もし、それだけでもお前が揺らげばもうけものよ!」
「――ロットン。そろそろ生贄ではなく、お前本人で戦ったらどうだ?この万丈目サンダーがお前を完膚なきまでにぶっ潰してやる!」
「残念だが、今日はコイツと戦うんだな」
鋭い瞳で睨みつける万丈目さんの視線をロットンは肩をすくめるだけで外す。
どうやら何度も行われたやり取りのようで、万丈目さんは大きく舌打ちをした。
「ちっ!いつか絶対にお前を氷原にたたき出してやる!――とはいえ遊崎、お前には借りがある――この万丈目準を倒したという借りがな!ここでその借りを返してやる!」
「……ほう!この女はそこまでのものか!コイツは楽しみになってきたぜ!」
万丈目さんがディスクを構える。
私の逃げ場は完璧に失われていた。
「デュエル!」
――
(こんなに早く、またこいつと戦う日が来るとはな)
自らのデッキをディスクにセットしながら万丈目は思考する。
中途半端な気持ちのままで挑んだ結果の苦い敗北。
消し去りたくもあり、同時に自らの糧となった大切な記憶。
ロットンにお膳立てされたと言うのは癪だが、それでもその時の記憶にこたえるまたとないチャンス。
鋭い瞳で睨みつけると、相手――遊崎がひっ、と小さく声を漏らすのが見えた。
「俺の先攻、ドロー!俺は……《七星の宝刀》を発動!手札の《ダイヤモンドドラゴン》を除外し2ドロー。さらに《D・D・R》を発動!手札の《エクリプス・ワイバーン》を墓地に送り《ダイヤモンドドラゴン》を特殊召喚する!」
ダイヤモンドドラゴン
ATK2100 DEF2800
美しい氷山のごとき鱗を持つ龍が場に現れる。
周囲にいつの間にか集まってきた生徒が歓声を上げるが、この程度で倒せる相手と万丈目は思っていない。
「墓地に送った《エクリプス・ワイバーン》の効果発動!このカードが墓地に送られたとき、デッキからドラゴン族モンスター一体を除外する。《オッドアイズ・セイバードラゴン》を除外する――さらに俺は墓地の《エクリプス・ワイバーン》を除外して手札の《暗黒竜-コラプサーペント》を特殊召喚!除外された《エクリプス・ワイバーン》の効果で《オッドアイズ・セイバードラゴン》を手札に加える!」
《暗黒竜-コラプサーペント》
ATK1800 DEF1600
除外ギミックを利用し手札にカードを呼び込む。
氷山を迷う中で万丈目が考え出した新たなコンボ。
そして手札に加えた、ということは既に召喚の準備は整っていると言うことだ。
「さらに《暗黒竜‐コラプサーペント》を生贄に捧げ《エレキテルドラゴン》を召喚!墓地に送られた《暗黒竜‐コラプサーペント》の効果で《輝白竜‐ワイバースター》を手札に加える!」
エレキテルドラゴン
ATK2500 DEF1000
「攻撃力2500……!」
「この程度で驚くな貴様ら!このサンダーのタクティクスはさらに先を行く!墓地の《暗黒竜-コラプサーペント》を除外して《輝白竜‐ワイバースター》を特殊召喚!即座にデッキの《オッドアイズドラゴン》とともに生贄にし、手札の《オッドアイズ・セイバードラゴン》を特殊召喚!」
「攻撃力2800!流石サンダー!」
「サンダー!サンダー!万丈目サンダー!!」
「万丈目のアニキカッコいいーん!」
オッドアイズ・セイバードラゴン
ATK2800 DEF2000
双色の眼を持つ龍が周囲を睥睨する。
周囲からは既に生徒達と彼の精霊によるサンダーコールが巻き起こっている。
万丈目さんだといい続けた故に発生した勘違いだが、彼はこの称号を気に入っていた。
「《輝白竜‐ワイバースター》の効果で《暗黒竜‐コラプサーペント》がデッキから手札に加わる――俺はカードを1枚伏せてターンエンドだ!」
「私のターン。ドロー……《リチュア・アビス》を召喚します。効果で《ヴィジョン・リチュア》を手札に加え、即座に捨てます。効果で《イビリチュア・リヴァイアニマ》を手札に加え、《トレードイン》のコストにします。二枚ドロー」
「なにやってんだ、あいつ?」
「弱小モンスターを出して手札を回してばかり……」
リチュア・アビス
ATK800 DEF500
連続での手札交換。
出てきたモンスターもとても能力で叶うとは思えない。
だが、万丈目だけは、注意深く栞の動向を観察する。
「……私は《リチュアの儀水鏡》を発動。手札の《ヴィジョン・リチュア》を生贄に――《イビリチュア・リヴァイアニマ》を儀式召喚します」
イビリチュア・リヴァイアニマ
ATK2700 DEF1500
現れたのは紅い髪と白い髪、混じりあった色を持った海竜。
男性のようでいて、何処か女性を感じさせるフォルム。
かつてとある少年が、少女を救おうとした結果、失敗し、その魂が交じり合った姿。
《オッドアイズ・セイバードラゴン》には及ばないものの、強力なモンスターが少女を守るように出現する。
「さらに墓地の《リチュアの儀水鏡》をデッキに戻し、手札に墓地の《イビリチュア・リヴァイアニマ》を加えます。さらに手札から《シャドウ・リチュア》を墓地に送り《リチュアの儀水鏡》を手札にサーチ。《サルベージ》を発動し墓地の《シャドウ・リチュア》と《ヴィジョン・リチュア》を手札に加え《ヴィジョンリチュア》を墓地に送り《イビリチュア・ソウルオーガ》を手札に加えます。――手札の《イビリチュア・ソウルオーガ》を生贄に、《イビリチュア・リヴァイアニマ》を儀式召喚します」
イビリチュア・リヴァイアニマ
ATK2700 DEF1500
「また攻撃力2700のモンスターか……たいした事ねえな」
ロットンが落胆したかの様な声を上げる。
《オッドアイズ・セイバードラゴン》はモンスターを破壊した際、もう一体を破壊する能力を持っている。
たとえ並べたところで一瞬で倒されるのがオチだ。
「バトルフェイズ《イビリチュア・リヴァイアニマ》で《ダイヤモンドドラゴン》を攻撃――攻撃宣言時に効果発動。1枚カードをドローし、そのカードがリチュアと名のつくカードであった場合相手の手札を一枚ピーピングできます。――ドローカードは《鰤っ子姫》なのでピーピングは発生しません」
「――攻撃するたびにドローするモンスターだと!?」
海龍が剣を一閃、白銀の竜を両断する。
キラキラと鱗が宙を舞い。直後、爆発のエフェクトが両者を襲う。
万丈目
LP4000→3400
「さらに《イビリチュア・リヴァイアニマ》で《エレキテルドラゴン》を攻撃します。効果により1ドロー……《強欲なウツボ》です」
「くっ……!やるな……!」
万丈目
LP3400→3200
再び別の竜による一閃。
紫電を撒き散らしながら万丈目の竜が爆散する。
デュエルモンスターズにおいて、手札は最大のリソース。LP1000でも手札1枚とは釣りあうかどうかと言われる世界である。
効果の仕様上情報が公開されるとはいえ、手札が増強されるのは単純かつ凶悪な効果だ。
「《強欲なウツボ》を発動し、手札を二枚デッキに戻して三枚ドローします。……カードを二枚伏せてターンエンドです」
「俺のターン!ドロー!」
(あの伏せカード……気になるが今は攻める!)
万丈目は二体の海龍を睨みつける。このまま放置すれば毎ターン二枚のドローを許すことになる。そうなってしまえば手札差で圧殺されるのが目に見えている。
幸い攻撃力は《オッドアイズ・セイバードラゴン》が上。
ならば攻めるのが上策。
「俺は墓地の《輝白竜‐ワイバースター》を除外して《暗黒竜‐コラプサーペント》を特殊召喚!即座に生贄にして《ストロング・ウィンド・ドラゴン》を生贄召喚!手札に《輝白竜‐ワイバースター》を加える。さらに墓地の《暗黒竜‐コラプサーペント》と《ダイヤモンドドラゴン》を除外し《ライトパルサードラゴン》を特殊召喚!」
《ストロング・ウィンド・ドラゴン》
ATK2400→3300 DEF1000
《ライトパルサードラゴン》
ATK2500 DEF1500
生贄にしたモンスターの攻撃力の半分を自らの攻撃力にする《ストロング・ウィンドドラゴン》と光と闇のモンスターを除外するだけで召喚でき、破壊されたときドラゴンを呼び出す《ライトパルサードラゴン》、既に場に居た《オッドアイズ・セイバードラゴン》とあわせて3匹の竜が万丈目を支えていた。
「――トラップカード《フィッシャーチャージ》を発動し、《リチュア・アビス》を生贄に《オッドアイズ・セイバードラゴン》を破壊します。効果でさらに1ドロー」
「甘いっ!伏せカード《リビングデットの呼び声》を発動!蘇れ《オッドアイズ・セイバードラゴン》っ!」
「……っ!さっきドローした《エフェクトヴェーラー》を手札から捨て《オッドアイズ・セイバードラゴン》の効果を無効化します!」
「チィッ!このターンで決めきれないか!だがもうこのターンに貴様にできることはない!バトルフェイズだ!《オッドアイズ・セイバードラゴン》と《ストロング・ウィンド・ドラゴン》で二体の《イビリチュア・リヴァイアニマ》を攻撃!」
「……ぐっ……あっ……!」
栞
LP4000→3900→3300
二体の竜によって海龍が消える。
蹲りかける栞を見据え、万丈目は攻撃指令を下した。
「――《ライトパルサードラゴン》でダイレクトアタック!」
「はにゃぁぁぁっ!?」
栞
LP3300→800
――
「サンダー!サンダー!万丈目サンダー!」
「やっぱりサンダーは最強だぜ!」
(《エフェクトヴェーラー》がなければ、終わりでした)
思わずへたり込んだ身体を私はよろよろと立ち上がらせる。
周囲の生徒達は圧倒的な万丈目さんコール。
目の前には3体の巨大な竜。
傍目には絶望的な状況。だが、まだあきらめるのは早い。
「私の、ターン」
デッキトップに手をかける。
十代曰く、ドローには無限の可能性が詰まっている。
そのほんのヒトカケラを、私は拾い上げる。
「ドロー!」
――来てくれた可能性に、私は微笑む。
「私は《リチュア・ビースト》を召喚。墓地の《リチュア・アビス》を守備表示蘇生させ、その効果でデッキから手札に《シャドウ・リチュア》を加えます。そして《シャドウ・リチュア》を手札から捨てて《リチュアの儀水鏡》をサーチ。さらに墓地の《リチュアの儀水鏡》をデッキに戻し手札に《イビリチュア・リヴァイアニマ》を加えます」
いつもどおりの連続サーチで手札を整える。――儀式の準備は整った。
万丈目さんが、大きく舌打ちをした。
「《リチュアの儀水鏡》を発動。手札の《ヴィジョン・リチュア》を生贄に《イビリチュア・リヴァイアニマ》を召喚します」
イビリチュア・リヴァイアニマ
ATK2700 DEF1500
3たび場に現れた海龍。
この龍はアバンスとエミリア、二つの魂が交じりあって生まれた竜。
「バトルフェイズにはいります――《イビリチュア・リヴァイアニマ》で《ライトパルサードラゴン》を攻撃します!」
「馬鹿がっ!破壊できたとしても次のターンまでは持たん!ドローに賭ける気か!?」
万丈目さんが叫ぶ。
だが、私が狙うのはドローではない。
二つの魂に、私の魂を上乗せすること――!
「トラップカード《魂の一撃》を発動します。このカードはLPを半分支払いモンスター一体の攻撃力を4000から現在の値を引いた分だけアップさせます!」
「攻撃力……3600アップだと!?」
栞
LP800→400
イビリチュア・リヴァイアニマ
ATK2700→6300
私の命を吸い、海龍の持つ剣が煌く。
彼は私を一瞥すると、その剣を振り切っていた。
「ぐあぁぁぁぁぁっ!?」
万丈目
LP3400→0
攻撃を見届けながら、私の意識は闇へと堕ちる。
本当に厄介な体質だ。
――しかし、どうしてこんな体質になってしまったのだろうか――?
レッドアイズ関連とブルーアイズ関連が使えないので万丈目さんのデッキがこんなことに……(冷や汗)