「じゃっ、任せたよ」
「はい。今日もよろしくお願いします」
「よろしくお願いしますっ!」
「栞ちゃんもレイちゃんも別にそんなにかしこまらなくっていいんだにゃ。じゃあ私は後は宜しくするのだにゃ」
「「--はい!」」
まだ空が白み始める午前。トメさんに軽く会釈をしてから、私とレイちゃんはまな板に向かい合う。
逆側の机の上に乗った食材は中々に大量だが人手があれば何とかなる。
「栞さん、お湯沸かして起きますね」
「ありがとう、じゃあ鍋をかけ終わったらこちらの切り物を手伝ってください」
右に左に一所懸命に動くレイちゃんを見ながら、私は少しだけ微笑む。
――デュエルの後、レイちゃんに何度も頭を下げられ、何かお詫びをさせて欲しいと言われた私が彼女に頼んだのはレッド寮朝食作りの手伝いだった。
元々大徳寺先生の領分だった食事なのだが、あまり美味しくないと言うことで十代と私以外の寮生は顔をしかめる代物だった。そのため、試しの代役と言うことで抜擢されたのが唯一料理ができる女子だった私である。
最初は一週間の半分だけ朝食と夕食を作れば錬金術の単位一つ分と言うエサにまんまと釣られた結果だが、現在は生徒達の笑顔が楽しみで、頑張ろうと言う気分になれる。
手伝いを頼んだ当時はちょっと嫌そうにしていたレイちゃんだが、トメさんによる「男子はやっぱり胃袋をつかむのが一番!」というセリフに俄然やる気を出し、今では私よりも早く起きて準備を始めてくれている。
彼女が歳を偽って入学してきた小学五年と聞いて炊事の基本から教えようかと考えていたところ、既に基本的なことはマスターしている事に驚いた。何でも花嫁修業の一環だったらしい。恐ろしいまでの早熟である。
「――さて、頑張りますか」
「……まったく、料理が出来なくても生きていけるってのに」
「ウィンダはそのセリフばかりですね」
「悪かったわね。……しかし栞の料理って毎回海産物だらけじゃない。男の子にそれっていいの?」
「いつも十代は美味しそうに食べてくれますが……」
「あいつは間違いなく何でも美味しいって言う口よ」
見る専門のウィンダと会話しながら、鯖を三枚に下ろして切れ込みを入れる。
熱湯で下処理をしてぬめりを取ってから水にさらし、事前に作っておいた生姜と味噌のタレの中へ。落し蓋をして数十分煮込めば完成である。
煮込んでいる間に味噌汁の具を切って鍋の中に放り込む。ご飯はセルフでよそってもらうので食堂に炊飯器を置いておく。
今日の朝食は麦を三割混ぜたご飯、鯖の味噌煮、味噌汁、ひじきと油揚げの煮物、ついでに味付け海苔。ワタをとった煮干が出汁の味噌汁の具は若布と豆腐だ。箸休めとして筆生姜の梅酢漬けを小皿に添える。
「……茶色いわね」
「……」
……レイちゃんには悪いが、男の胃をがっつり掴むという食事ではない。どちらかと言うと普段過ごす家庭の味だ。
この世界に来てからというもの私の作る食事の嗜好は肉食より魚食よりだ。
恐らくアカデミアが絶海の孤島と言うこともあり、新鮮な魚や海草が手に入りやすいからなのだろうが年頃の女子としては大分じじむさい。
「この料理で今度こそ亮様を振り向かせるんだから!」
「……」
視界の端で拳を握るレイちゃんから私は軽く目を逸らした。
・・・・・・後日、丸藤先輩に振られ、新たな恋を見つけたと話すレイちゃんだったが、彼女が振られた原因に料理が無かったか怖くて聞けない私だった。
「十代様!今度は絶対入学しますから待っててくださいね!」
――まあいいか、十代だったらきっと美味しく食べてくれるだろう。
ウィンダの特大のため息を私はスルーした。
――
「――で、代表の座を賭けて俺と十代が決闘する事になったわけだが」
イエロー寮、無数の数式に囲まれた三沢の部屋。
三沢は静かにカードを広げ、真剣な瞳で私を見据えていた。
蛍光灯のじりじりという音と、カードに触れるかさかさと言う音だけが部屋の中に満ちていた。
「クロノス教諭から聞いたが、遊崎が俺を推薦したらしいな」
「ええと……」
「何、責めて居るつもりは無いさ。むしろ感謝している――あいつにリベンジするチャンスができた」
三沢は大きく笑んだ。それは犬歯を見せる類の獰猛なものだった。
ぞくりと冷や汗をかく私を尻目に、彼は集めたカードをテーブルに並べ、隣の白い紙で計算式を組み立てる。
時折カードを見つめては何かを呟き、別のカードを取り出して並べなおす。
私にできるのは彼が飲み干した茶を注ぎなおしたりするくらいだ。
「そういえば遊崎に俺の夢の事、話したことあったか?」
「確か、なかったと思います」
「……そうか」
不意に右手を止めた三沢が小さく呟く。
その声音は、どこか遠くを見つめているかのようだった。
「……まあ、遊崎になら話せるかもしれないか」
手元の茶を啜って一呼吸置いた彼は、湯飲みをコースターの上に置いた。
その手は微かに、だが確かに震えていた。
「昔の俺は病弱だった――今となっては信じられないかもしれないが本当のことだ。病院に入院するほどではないが、デュエルが出来ないほどに」
「……」
「俺はただ、デュエルがしたい一心だった。毎日毎日デュエル場や大会に通いつめて観戦した。そのたびに繰りひろげられる頭脳戦に心を震わせたものだ……多くの観客達は表面上の勝敗しか見ていなかったが、勝利には確固たる理由があり、理論があった。知れば知るほど知的で魅力的だった」
「…………」
「そのたびに衝動的にパックを買ってデッキを組んだ。――誰とも戦えないと知っていても」
近くて遠い距離。
その距離を私は知っていた。
喧騒の中、自分ひとりだけが浮いた感覚。一枚硝子を挟んだその場所で、ただ立ち尽くすのみ。
誰にも声をかけることが出来ず、カードショップでただおろおろと歩くだけ。誰かが視線を向ければ思わず退散してしまっていた自分の姿を思い出し、私は小さく首肯した。
(――でも、私は)
ただ臆病なだけだった。
病弱だった三沢とは違い、私はただ話しかければよかっただけなのだ。
「毎日身体を鍛え上げた俺は、漸く石からデュエルの許可を得た。苔の一念岩をも穿つ、担当医は随分驚いていた――。でも、肝心のデュエルの練習はしていなかったから、最初の決闘なんて負けてばかりだった。でも、凄く楽しかったのは覚えている」
「――楽しいですよね。デュエルは」
「ああ、間違いない」
三沢は苦笑し、再びカップに口をつけた。
私も釣られるように茶を啜る。口の中は思ったよりも乾いていたらしく、水分が乾いた粘膜をひりつかせた。
「だが、同時に恐怖した。もしデュエルが出来なくなったらどうしようか。そんな考えが心を過った――満ち足りた今を失うのが怖かった」
彼は裏返しになっていたカードを一枚捲る。
《虚無空間》のカード。三沢は静かにデッキに加え、こぶしを握った。
「――そのときに思った。俺は誰にも負けない決闘者になる。もう絶対に輪から外れないために、窓の外で見ている自分にならないために――」
「……」
完成したデッキを彼はディスクにセットする。
その瞳には強い光が宿っていた。
「遊城十代は強い。あの強さは天衣無縫――天才のものだ。俺のような凡人が敵うべくもない――」
「……でも」
「ああ、俺は諦めたりはしない。たとえ俺が凡人だとしても絶対に」
三沢はゆっくりと立ち上がる。
私も釣られるようにして立ち上がる。左手に装着したディスクには、デッキが納められていた。
「遊崎、話を聞いてくれてありがとう……おかげですっきりした」
「はい……ですが、ここからは」
「――デュエルで語るのみ、だ!……そもそも遊崎を呼んだのは十代とのデュエルの前の前哨戦として丁度良かったからだからね」
「前哨戦なんて、言わせませんよ?」
「望むところだ!」
イエロー寮の前に立ち、ディスクを構える。
楽しいデュエルをしよう。
そんなことを考えながら。
――
「《墓守の呪術師》を召喚!このカードは召喚に成功した際500ポイントのダメージを与える!」
「ぐっ……あっ……!」
栞LP4000→3500
彼の場に現れた黒い呪詛の波動が私の腹部を貫通する。
直後、激痛そして熱感。熱砂の上に私は仰向けに倒れこむ。
デュエル中の苦痛は今までもソリッドヴィジョンの体感システムによって体験してきたがそれとこれとは話が違う。
本物の痛み、臓腑が灼かれ、血管が切れる苦痛。肺から漏れ出る空気が意味のない言葉を唇に紡がせる。
「……っ……はぁっ……はぁっ……」
腹部を抑えながら、私はゆっくりと立ち上がる。否、立ち上がろうとした。
動かそうとした足が動かず、バランスを崩した私は再び熱砂の上へとへたり込む。
「栞……!」
「大丈夫……、大丈夫ですから……」
ウィンダの声にこたえながら、もう一度立ち上がろうとする。
手を地面について芋虫のようにゆっくりと姿勢を起こす。
腹部から流れ落ちる血が熱砂に吸い込まれ、色を黒へと変える。
「……たった一撃受けただけでこのありさまとはな!この程度か!侵入者!」
「――まだ……負けては……いません……!」
「たった一撃で瀕死になる人間ごときが何を言っている!さっさと王を慰めるものの一人になるがいい!私は《王家の谷ネクロバレー》を発動!カードを2枚セットしてターンエンドだ」
巨大な王墓が彼の後ろに出現する。
視界を横にあると、無数の棺が見えた。
眠るのはこの試練に挑み、敗れた者たちの死体だという。
だが、無数の棺桶の数はそれだけで賄えるものではない。
――試練に挑んだ人間の大切な人が、その棺の中に閉じ込められ、生きたまま埋葬されるのだ。
恐怖と苦痛によって視界が定まらないまま私はデッキに指をかける。
「栞……!」
「……ありがとうございます、ウィンダ……」
「当たり前でしょ!友達を助けるのに理由なんていらないんだから!」
痛みによろめきかけた私をウィンダが支える。
そうだ、私は一人で戦っていない。
「私のターン、ドロー!」
ウィンダに支えてもらいながら私はカードをドローした。
――
「と、いうわけで君には発掘作業を手伝ってもらうんだにゃ」
「はあ……」
それは対抗戦の行われる前日、大徳寺先生のひょんな一言が事件の発端だった。
大徳寺先生によるとこの学校の中には、埋蔵された多くの遺跡があり、その解明を大徳寺先生は行っているのだという。
前から気になっていた謎の巨大な柱などもこの島にもともとあったものだそうだ。
……古代の遺跡の上に学園を建てるとはなんとも非常識な話である。
建築基準法とか、文化遺産とかその他もろもろは大丈夫なのだろうか。
「……フハハハハハ!過去の遺物などにオレが迷うとでも思っているのか!むしろ過去の遺物を亡き者にし、その上に立ってこそ決闘者だ、フハハハハハ!」
……そんなことを考えていると、この学園のオーナーの幻影が私の脳内に現れて高笑いをあげていた。
――意外と大丈夫なのかもしれない。
「なーにか変なこと考えているんだにゃ」
「は、はにゃ!?」
「……まあ、いいんだにゃ。発掘作業は今からだからすぐに軍手をもって先生についてくるんだにゃ。あと、出席したら単位なんだからちゃんとやること!」
「はい!」
「……ほんと即物的で、しょうがない奴だにゃ」
単位、と言う言葉に思わず即答する私に、特大の皮肉を言う大徳寺先生。
だが、私にとっては重要な問題だ。
追加単位があれば、進級がさらに容易になる。追加で払う学費の当てのない私にとっては非常に大きな差だ。
先生の気が変わらないうちにと軍手を用意するべく私は自らの部屋へと駆け出す。
「――本当に、この程度で釣れるのか。他愛無い」
彼の独り言は、降って湧いた単位に浮かれる私の耳に届くことは無かった。
――
「……ここは……」
「間違いなく、今まで居た島ではないわね……この闇の濃度は……間違いなく精霊界。ただ、私達の世界とは少し違いそうだけど」
ウィンダの言葉に私はがっくりとうなだれる。
数時間後、私は熱砂の砂漠をさまよっていた。
先生に言われるままに島での発掘行為に参加していた私は柱が放つ謎の光に巻き込まれ、気づけば良く分からない砂漠の中にたった一人でたたき出されていた。
見上げれば三つの太陽が浮かび、果てしない地平線が広がっていた。
はじめは夢か何かの部類かと思ったが、そうでないことは肌を焼く日光と足にまとわり付く熱砂の感触が否定していた。
「暑いですね……」
「さっさと私の人形の上に乗りなさい。どうやら、ここだったら私達はちゃんと触れるみたいだから」
ウィンダの言葉に頷き、風竜星-ホロウの人形へと乗り移る。
このまま歩き回れば間違いなく待っているのは野晒しである。ともかく、どこか日を凌げる場所を探さなければならない。
――本当に、私にはいい精霊が居ると思う。
「飛ばすよ栞っ!しっかり掴まってて!」
「――っ!」
ウィンダが操る影糸にあわせホロウが翔ける。通り過ぎる風が心地いい。
……と感じるのは序盤だけ、あまりのスピードに翻弄された私はウィンダの腰に腕を回して全力で掴むのみだ。空気を切り裂く代償として気圧の壁が私達の身体に突き刺さる。
「ひゃ、ひゃぁ!?は、速いってっ!?――にゃっ!?」
「さっさとどこか泊まれるところを見つけないと生身の栞は大変でしょ!だったら全力で飛ばすしかないじゃない!――まだまだ行くよっ!」
「待って待って!?ちょっと!?」
絶対飛ばしたいだけだ!?
そんなことを抗議する暇も無く、凄まじい勢いで景色が後ろに飛んでいく。
「もっと速く疾走れ――!!」
「にゃ、にゃぁぁぁぁっ!?」
まるでどこかの決闘疾走者のように叫ぶウィンダ。
この暴走は、地上の景色の中に石造りの村と川が見つかるまで続いたのだった。
――
「――ひっ!?」
「中々な歓迎ね――!」
村に降り立った私達を迎えたのは、歓迎でも許容でもなく、拒絶であった。
私達の姿を見つけた男が家に戻ると同時に、村の全体から老若男女、多くの人がわらわらと私達を取り囲んだ。
その手にはもれなく武器が握られており、剣呑な雰囲気が伝わってくる。
急いで逃げようとウィンダに合図を送ろうとした瞬間、矢が私の頬を掠め、戦闘経験の無い私は思わずへたり込んでいた。
そして、私達を囲む輪がじりじりと半分くらいの大きさになったあたりで、豪奢な服を着た男――恐らくこの集落の長が輪の中から一歩進み出て唇を開く。
「――この聖域は貴様らのような邪悪な存在が踏み入れていい場所ではない。疾く死して砂漠の砂に還るか、贄として王墓に収まるがいい!」
「邪悪ね――、言ってくれるじゃないの」
「そうであろう?自ら世界の崩壊を引き起こした愚者。そして唯々諾々と従うだけの人形。――生きていること自体が嘆かわしい」
やれやれと彼が首を振ると、じゃき、という音ともに周囲の人間が武器を構える。
彼らの瞳は凝り固まった殺意に染まっていた。
「――私は私の親友を助けるだけよ。従うだけの人形じゃない!」
殺意を一身に受け止め、ウィンダは叫ぶ。
その手に握られた杖からは闇の魔力が凝縮していた。
「栞――ディスクを構えて」
「……」
「ははは!無駄を知りつつも試練に挑むか!邪悪なる者よ!」
立ち上がった私は何も言わずにディスクを構える。
相手の男も、いつの間にかディスクを構えていた。
このままリアルファイトだったら勝ち目は無いが、決闘で済むならそれに越したことは無い。良く分からない展開だが、生き残れるのであれば僥倖だ。
「――デュエル!」
墓守の長
LP4000
遊崎栞
LP4000
そのときの私は知らなかった。
これが闇のゲームであった事に。
そして、闇のゲームに参加するという本当の意味を。
――
長
LP4000
場
《王家の谷・ネクロバレー》
《墓守の呪術師》
セットカード
栞
LP3500
「私はフィールド魔法《影牢の呪縛》を発動します――」
「なんて邪悪な――!」
黒い闇が私の足元に満ちる。
総てを写し取る堕ち影が私の足元に満ちる。
フィールド魔法の上書きが発生《王家の谷・ネクロバレー》が闇に呑み込まれて消える。
墓地利用を旨とし、打点が高いと言い難いシャドールにとって、墓地利用を封殺した上墓守の火力を上げるこのフィールド魔法の存在は重い。マスタールール2に感謝である。
《墓守の呪術師》
ATK1300→800
「私は《手札抹殺》を発動します。手札を総て捨て、4枚ドロー……捨てられたのは《影依融合》《シャドールリザード》《シャドールビースト》《影依の原核》です。よって《影依の原核》の効果で墓地の《影依融合》を手札に加え、《シャドールビースト》の効果でカードを一枚ドロー《シャドールリザード》の効果でデッキから《シャドールドラゴン》を墓地に送ります。そして《シャドールドラゴン》の効果で右のセットカードを破壊します」
「ぐっ……!」
セットカードを影糸が砕くと、やたら悔しそうに長が私を見つめてきた。
ディスクで墓地のカードを確認すると《スキルドレイン》のカードだった。
(危ないところでした)
私はほっと息を吐く。
スキドレ墓守。
かつては世界大会でも結果を残した危険なデッキである。
墓地とフィールドにおけるモンスターの能力を封じられれば、出来ることは殆どなくなる。よしんば《スキルドレイン》が無くても《墓守の祈祷師》あたりが出てくれば、あっという間にピンチになる。
「私は《影依融合》を発動します。墓地に送ったシャドールモンスターは3枚。《影牢の呪縛》に乗った魔石カウンターを三つ総て消費しその効果を発動します」
「何だ――?何が起こっている!?」
私の号令に併せ、ぐにゃりと足元の闇が変化して相手のモンスターを包み込む。
墓守の格好をした呪術師が、闇の中へと吸い込まれ、苦悶の呻きを上げた。
「《影牢の呪縛》の効果、このカードのカウンターを3つ取り除くことで相手のモンスターを融合素材とできます」
「ぐ、闇に呑まれたのか――!」
「相手の場のモンスター……《墓守の呪術師》と私の手札の《シャドール・ヘッジホッグ》を融合し――『えいこうのゆみ』――《エルシャドール・シェキナーガ》を融合召喚します。さらに《シャドール・ヘッジホッグ》が墓地に送られたときのの効果により私は《シャドール・リザード》を手札に加えます」
エルシャドール・シャキナーガ
ATK2600 DEF3000
「――さらに《シャドール・リザード》を通常召喚します」
シャドール・リザード
ATK1800 DEF1000
影糸によって縛られた機械と鎧が私の場に出現する。
攻撃力の合計は4400。初期ライフをきっちり削り落とせる値である。
「バトルフェイズ――《エルシャドール・シェキナーガ》で攻撃――」
「ぐ、ぐふっ……!」
「長っ!?」
「父様っ!」
墓守の長
LP4000→1400
巨大な機械の腕が長の身体を貫くと、血を吐き出し、彼の体が前のめりに倒れる。
闇のゲームの威力は私で体感済みだ。――凄まじい痛みが彼を襲っているのが良く分かる――とはいえ、私ほど脆弱ではないのであろう。彼はすぐに立ち上がりディスクを構えなおす。
「――《シャドール・リザード》でダイレクトアタックします!」
「罠発動!《リビングデッドの呼び声》!墓地の《墓守の呪術師》を特殊召喚する!貴様に500ダメージだ!」
墓守の呪術師
ATK800 DEF800
「ぐっ……あっ……!……ですが……《シャドール・リザード》で……《墓守の呪術師》を……攻撃……します……」
「ぐ、ぐおおおおおっ!?」
栞
LP3500→3000
墓守の長
LP1400→400
「ぐ……あ……はあっ……はあっ……」
「栞……!」
私が鎧に攻撃を命じると同時に呪術が私の臓腑を焼く。
吐き気と痛みが同時に腹部に生じ、私は熱砂の上に再び膝を付く。
長の方も、鎧に傷を抉られ、再び倒れていた。
(これは、本当に拙いですね……)
めまいがして、頭がずきずきと痛む。
攻撃を命令できたのは私の意地だ。
ウィンダに肩を貸してもらい立ち上がるが、手札を持つのがやっとの状態である。
「――カードを、二枚セットしてターンエンドです……」
「私のターン、ドロー!《マジックプランター》を発動し、《リビングデッドの呼び声》を破壊して二枚ドロー!《強欲な壷》でさらに二枚ドロー!――どうやら貴様は決闘は強くても精神が弱いようだな!――これなら総てのライフを削らずとも簡単に落とせるな――その脆弱さを呪うがいいわ!」
か細い声でターンエンドを告げると、長は立ち上がり、自信満々の声音で叫ぶ。
「私は《ブラックホール》を発動!場のモンスターを総て破壊する!」
「ぐっ……!墓地に送られた《エルシャドール・シェキナーガ》と《シャドール・リザード》の効果により手札に《影依融合》を加え、さらにデッキから《シャドール・ファルコン》を墓地に送り、その効果により《シャドール・ファルコン》を裏側守備表示で特殊召喚します」
黒い渦が私のモンスターを飲み込み、地面へと還す。
――本当に制限カードの威力は凄まじい。シャドールでなければ場が開くところだ。
「ちっ!壁を出したか!だがそれも貴様の苦痛が伸びるだけよ!私は《降霊の儀式》を発動!墓地から《墓守の呪術師》を召喚!再び500ダメージを食らうがいい!」
墓守の呪術師
ATK800→600 DEF800
栞
LP3000→2500
「ぐっ……あがっ……!」
「栞っ!?――くっ!お前!これを見越してのバーンデッキか!」
再び召喚された呪術師の呪詛が私を狙う。
どうやらスキドレ墓守というのは早合点。相手のデッキは墓守バーンであったようだ。しかし、分かったところで私にできることは何一つとしてない。
3回目の呪術は私の足を貫き、私は無様に熱砂の上に崩れ落ちる。
足を見れば、無残な火傷が刻まれ、力を入れようとするたびに激痛が理性を苛む。
「くくく……そのとおりだ!もう立つこともできまい!さらに私は《墓守の呪術師》を生贄に《墓守の長》を召喚!――《墓守の長》の効果発動!生贄召喚に成功した際、モンスターを一体蘇生する……《墓守の呪術師》を再び召喚!500ダメージだ!」
「……うっ……あっ……」
栞
LP2500→2000
弱弱しく呻く私に容赦の無い呪詛が再び刻まれる。
左腕に命中したそれは、虚脱感と鈍痛を同時に伝え、カードを持っている感触が一気に薄れていく。
「――さらに地獄は続くぞ!私は《二重召喚》を発動!《墓守の大筒持ち》を通常召喚!」
墓守の大筒持ち
ATK1400→1200 DEF1200
次に現れたのは巨大な筒を持った墓守だった。
どう見てもバーン効果持ちのそいつに私は思わず怯えた視線を向けていた。
「いい反応だ!邪悪が怯え、許しを請うさまを見るのは最高の娯楽だ――!今の今まで発動しないということはどうせそのトラップは攻撃反応型なのだろう?」
「――っ!」
蒼白になる私の顔色を見て、墓守の長は哄笑を上げる。
私が伏せていたのは《次元幽閉》と《聖なるバリア・ミラーフォース》どちらも優秀な罠だが相手の攻撃が無ければ発動は出来ずただの宝の持ち腐れである。
「私は《墓守の大筒持ち》の効果を発動する!二体の墓守を生贄に貴様に×700ポイント――1400のダメージを与える!」
「ぐっ……あっ……っ……!」
栞
LP2000→600
墓守の手に握られた砲が私の身体を直撃する。
質量をもった一撃が私の右腕を直撃し、焼け焦げた腕が使い物にならなくなる。
「まだだ!魔法カード《ファイアボール》を発動!さらに500ダメージだ!」
「--っ、あっ……!」
栞
LP600→100
火球が現れ、私の身体を満遍なく焼いていく。
既に痛覚が麻痺しているのか、痛みをほとんど感じないのが唯一の救いだ。
肉の焦げる不快なにおいが私の鼻をついた。
「私はこれでターンエンドだ!」
「――私の、ターン」
静かに声を出すが、今の私にできることは何も無い。
立ち上がることは出来ない。
足は火傷で立ち上がることを拒否する。
カードを持つことはできない。
右手は完全に焼けてしまっている。
デッキに触れることが出来ない。
病に冒された左腕が持ち上がらない。
今の私の肉体ができることは、本当に、何も無い。
「――ウィンダ」
だから、私は傍らの精霊に声をかける。
今の私が自力で動くことが出来ないのであれば、外的な要因で私の身体を強引に動かすほかは無い。
「――もしかして、栞」
「その、もしかしてだと思います」
首を傾け、彼女の姿を見つける。
そして、瞳がゆれて、動揺している彼女にあるお願いをする。
「――私に、影糸を結んでください」
「何を、言っているの――?」
影糸、それは文字通りシャドールを動かすための糸である。
殆どのシャドールモンスターは堕ち影によって複製された存在だが、《エルシャドール・シェキナーガ》や《エルシャドール・ウェンディゴ》など一部のモンスターは違う。本物の生物に影糸をつけ、人形として動かすのだ。
それは、文字通りの生き人形となることと同義だ。
「ウィンダが……私を操れば……動かせる……はず……です……」
「でもっ、そんなことをしたら栞の体がっ……」
途中まで叫ぶウィンダが、私の身体を改めて確認して言いよどむ。
焼け焦げた身体は、きっと無残な姿なのだろう。
その表情が、私の惨状を物語っていた。
「お願い……します……」
「……っ!もうっ!知らないんだからっ!」
「――ありがとう……御座います……ウィンダ……」
彼女が後ろを向く。
その表情をうかがい知ることは出来ない。
「――本当に、後悔しないでね……」
直後、私の視界を黒い糸が覆い尽くしていた。