突然だが、私はオカルトと呼ばれる類のものが苦手だ。
たとえ別の世界に迷い込み、カードの精霊が見える身となっても苦手なものは苦手である。
「カードを求め、湖を覗き込んだその人は――なんと。中から出てきた白い手によって首を――」
「こ、怖いんだな……」
「どうなったんだ?ワクワクしてきたぜ!」
「いや、普通に締められただけだと思うのだけど」
「……」
「ぞくり、あわ立つ様な感覚。最初はおぼろげな感覚がだんだんとはっきりとなって――ぎゃぁぁぁぁっ!?」
「……その演技で台無しだぞ、翔」
「同じくそう思う。あと栞、私の手を強く握り過ぎだよ。そんなに怖いの?これ」
翔君が自らの首を絞める演技をすると同時に渾身の叫び声を上げる。
深夜のレッド寮の食堂、行っているのは百物語。即ち怪談である。
一人がカードをめくり、出たレベルのカードのレベル並みの怖さの話をしていくルール……今のは4レベルの話だ。
今のところ怖がるのは私と隼人君。全く動じない十代。そして私の隣で聞き専しつつ茶々を入れるウィンダという状況だ。
オカルトが苦手だが、仲間はずれが苦手なチキンハートには中々の苦行と化しているのだった。
「――次は私の番ですか」
「またゴーストリックとかやめてね。シャワーで後ろに気配を感じたからとか、短いのばっかだし」
ちなみに私が怪談らしいからと持ち込んだのはゴーストリックである。
中核をになうモンスターが低レベル帯であるため、適度に怖くない話が出来るので重宝していたのだが――
「ドロー……これは、きてしまいましたか」
「何々?《sophiaの影霊衣》?レベル11モンスターか!」
「――か、考えたくないんだな!」
「でも栞さんの話だったらそこまで怖くないかも知れないッスね」
「さあて、栞の渾身の話、聞かせてもらおうかな」
デュエルモンスターズで二番目に高レベルカード、11レベルが私の手に握られていた。
どう考えてもウィンダの仕業である。
「――では、話しましょう」
蝋燭を一つ消し、水盆を撫でて波紋を作る。
ウィンダが中々意地の悪い表情で私を見ている。中々に私を舐めているようだ。
しかし、そんなに怖い話が所望か。
では見せてやろう、私の中の最大級の恐怖を!
「かつて、多くの人が犠牲になった戦争がありました。多くの子供たちが親を失ったなか。一人の女魔術師が、多くの孤児を引き取り、育て上げました」
「それって、ただのいい話じゃ――?」
口を挟みかける翔君を手で制する。
まだ、始まったばかりだ。
ちなみに隣に居るウィンダは既に震え始めている。
「――孤児たちは色々なところの出身者からなっていました。それこそ、敵対するものたち同士も。そんな彼らに魔術師は平等に接してくれました。自らの娘と同じくらい、大切に、大切に――。しかし、そんなある日、悲劇が起きました」
その日、どうしようもない理由で孤児の一人と彼女の娘は喧嘩を始めていた。
お菓子の取り合いだったか、それとも気になる男の子の奪い合いであったか。
いつものように、魔術師は仲裁に入る。
喧嘩するほど仲がいい。ちょっと抑えておけば二人は泣きやむはずだった。
「ときに十代――女の人が気にするもの、と言ったら何を思い浮かべますか?」
「――ええっと……分からないや。翔、パス」
「ええっ!?僕っスか?――やっぱり年齢っスかねえ――?」
「ねえ、栞。この話はやめようって!」
「そう、それは口の弾みでした――」
ウィンダが私の袖を掴むが、やめない。
そもそも11レベルを所望したのは彼女である。
「『ちょっと黙っててよ!おばさん!』そう孤児の子は叫んでしまったのでした」
その瞬間の、魔術師の顔は筆舌に尽くしがたい。
覚悟はしていても、どうしてもいわれれば気にしてしまう言葉。
娘の顔は蒼白に染まっていた。だが、孤児の子はそこで止まらなかった。
「『もう年なんだから!』、そうとも言いました」
「……うわあ……」
情景を想像し、翔君と隼人君がなんとも言えない表情になる。
十代が良く分からない、と言った感じだ。きっと彼も同じ地雷を踏み込むのだろう。
「『そう、でもね、人に言っていいことと――』魔術師は笑顔を浮かべていました。笑顔は相手に対する威圧行為の名残。そこで漸く自らの過ちに気づいた孤児の子は蛇に睨まれた蛙のようでした」
二人はそれまで喧嘩をしていたことを忘れ、思い切って走った。
孤児院の中で隠れられるところは、どこでももぐりこもうとした。
二手に分かれようとかく乱も試みた。
だが、魔術師は必ず先回りしているのだ。まったく同じ笑みを貼り付けたままで。
「逃げども、逃げども無駄でした。彼女達の命運がどうなったのか――それは貴方達の想像に任せましょう」
蝋燭を吹き消し、周囲を見回す。
隼人君と翔君は微妙な表情。十代はけろりとした顔だ。
――そしてウィンダはと言うと。
「ごめんなさいごめんなさいもうしませんゆるしてくださいかんべんしてください」
部屋の隅で耳を塞いでかがんでいた。
よし、復讐完了。
《リチュア・ノエリア》に歳の話は厳禁である。
「――何の話をしてるのかにゃ?」
「はにゃっ!?」
「うわっ!?」
「大徳寺先生!」
不意に後ろから声をかけられる。
振り返ると懐中電灯で顔を照らしたオシリスレッド寮監である大徳寺先生がそこにいた。
「全く、もう消灯時間はとっくに超えているんだにゃ。さっさと寝るのが学生の仕事なんだから――」
そう言いつつ、何故かカードをめくる大徳寺先生。
最後の一枚だったそのカードは……《崇光なる宣告者》。最恐の12レベルである。
「でも、百物語は全てカードが尽きなければ『終われない』のがルール。もし途中で中断したら集った恨みによって身を滅ぼす――故に、先生が最後の話をするんだにゃ」
「その前口上からしてこわいっス!?」
「なんだな!?」
「……最後だしワクワクするのを頼むぜ!大徳寺先生!」
「なんか十代のせいで感覚狂うんだにゃ……」
そして、大徳寺先生が最後の蝋燭に火をつける。
――
「なぜこの時間にこんな場所に……」
「やっぱ気になるじゃないか!あんなワクワクしたこと聞いたらさ。冒険するしかないだろ?」
「な、中々風情のある建物っスね」
「もう入る気なくすんだな。はやく帰るべきなんだな」
数十分後、私達は廃棄された特待生寮の前に居た。
大徳寺先生の怪談は、この学校にあるという特待生寮についての話。かつて行方不明者が多数出たことで廃棄された寮。
なぜ行方不明者が出たのか、どうしてすぐに廃棄されたのか。
分からないことだらけの事件。
もはや怪談ではなく最早十代の気を惹くために話したとしか思えない内容である。
「誰っ!?――ってあら?何で貴方たちがこんなところに?」
「明日香さん?」
「ちょっとした冒険だな」
「――貴方達……ここの寮は多くの行方不明者が出ている危険な場所なのよ?用がないならさっさと帰ることね」
「へへっ。そんな迷信、オレは信じないぜ」
「全く……忠告はしたわよ」
「あっ、明日香さん待ってください!」
廃寮に入ろうとする明日香さんを追いかけて私は走る。
行方不明者が居るというのに一人で調査と言うのはどう考えてもフラグだ。
十代たちを置いていくことになるが、恐らく大丈夫だろう。
見たい人に見られない、それが幽霊と言う存在なのだから。
――
「やっぱり、妙な間取りだから少しおかしいと思ったけど……隠し階段ね」
「この場所は――」
「何かあったことだけは確かみたいよ――恐らく、ここに手がかりが」
隠されていた階段を降り、地下室へと下りる。
埃とそしてかすかな血の香り――。
そこで私達二人が目にしたのは壁一面に刻まれた壁画であった。
ウジャト眼の刻まれた7つの道具。
かつて、エジプトに存在した魔力と魂をこめた呪物。
「闇の、ゲーム」
「みたいだね。この肌に来る嫌な感じ――間違いなく闇の力が働いてる」
私のつぶやきにウィンダが首肯を返す。
どうやら、大量失踪者が出たと言うのは間違いがないらしい。
ここで行われた闇のゲームの餌食となったのだろう。
そう考えるとこのデュエルアカデミアが巨大な蟲毒なのでは、とどうしようもない邪推をしてしまう。
「闇のゲームですって!?栞、もしかしてここに覚えでもあるの!?」
「い、いえ……そういう訳ではないですが。この紋様に刻まれているのが決闘者二人に見えて、それで……」
明日香さんに首元を掴まれ、何度もふられる。
その眼は真剣そのものだ。
だが、本当のことを言っても問題になる。まさか精霊に話を聞いた、とか前に居た世界の知識として知っている言う訳にもいかない。なので私は一生懸命に話を逸らそうとする。
そして、後者――私の前に居た世界の記憶は加速度的に失われている。そのことに気づき、主要な事件、起こりうる事態などに対応するための最低限の対策をノートに書き記すのが精一杯だった。曖昧な情報を頼りに行動すれば、どうしようもない結果を招く。
「ねえ、知ってるんでしょ!今の反応は明らかに嘘をついている顔よ」
「……」
きつい眼で睨まれ、視線を逸らす。
今なら何を言っても誤解される自信がある。と言うよりも怖くて何もいえない。
気まずい沈黙があたりに満ちていた。
「闇のゲーム、そんなものが存在するとしたら……」
「存在するぅ!」
そんな気まずい沈黙を破ったのは、一人の乱入者であった。
黒コートに仮面、あやしさ爆発の服装も特徴的だったがその声が特に特徴的な男だった。
どこかで聞いたことのある特徴的なイントネーションの声。――日曜の夕方あたりに居そうである。
「誰っ!?」
「私の名はタイタン。闇のデュエリストだぁ」
「――そう、ならば私が貴方を倒せば何か掴めるかもしれないわね」
「いい度胸だ小娘ぇ。だが、私の相手はもう一人の小娘。お前だぁ」
「……はにゃ?」
乱入者……タイタンさんと明日香さんのデュエルがはじまるのかと思ったそのとき、相手が指名したのは何故か私だった。
左右を見回すが、私しかいない。ウィンダが居ることには居るが彼女は精霊だ。
「――そう左右を見渡すんじゃあない。お前が《ブラックマジシャン》のカードを売ったのは有名だぁ。しかも、簡単に道端のショップで売ったと聞いたあ。だとすれば他にレアカードを持っている可能性もある」
「成る程……」
「簡単な話だぁ。小娘ぇ。お前を倒してカードを頂いていくぅ!」
すなわち、私が高額カードを売ってしまったことで目を付けられてしまったということらしい。
この世界のカードの値段はそれこそ前の世界とは比べ物にならない。
私の持っているカードも全て売ればひと財産築ける可能性がある。狙われない理由がないのだ。
「栞!早く逃げなさい!」
「――これは闇のゲームだぁ!逃げることは出来ない!」
私を後ろに下げようとした明日香さんが不意に糸の切れた人形のように倒れこむ。その身体を近くにあった棺に丁重に置くタイタンさん。
これが、闇のゲームと言うことなのだろうか。
負ければ私のカードが、逃げれば明日香さんの命に危険が及ぶ。
怖い、逃げたい、戦いたくない。でも逃げたら駄目だ。私なんかのために人が死ぬのは駄目だ。
血の気が引いていく。恐怖が身体を支配しかける。
「――大丈夫、私が付いてる」
「ウィンダ……」
ウィンダが私の肩をゆっくりと叩く。
恐怖に震えそうになる足が、しっかりと地面に付く。
そうだ、デュエルで勝てば良い。
このデッキを信じて、前に進めば良い。
(でも、このデッキもシャドールじゃないんですけどね)
さっきあんな仕打ちをしたのだ。下手をすればすねて出てこない可能性だってある。
「――デュエル!」
こうして、闇のゲームが幕を開ける。
――
遊崎 栞
LP4000
タイタン
LP4000
「私の先攻!ドゥロー!……私はぁ。《トリックデーモン》を召喚!」
トリックデーモン
ATK1000 DEF0
「私はぁ、さらに手札から《デーモンの将星》を特殊召喚!このモンスターは場にデーモンと名の付くモンスターが居るとき特殊召喚できるぅ!」
デーモンの将星
ATK2500 DEF1200
「ただぁし、このカードは特殊召喚されたターンは攻撃できず、また特殊召喚されたとき自身のデーモンと名の付くカードを破壊しなければならない。私はぁ《トリックデーモン》を破壊するぅ。そして《トリックデーモン》は破壊されたときデーモンと名の付くカードを手札にサーチできるぅ!《伏魔殿‐悪魔の迷宮》を手札に加えて直接発動!デーモンと名の付くカードは攻撃力が500アップするぅ」
タイタンさんの言葉に従い、内部の様相が入れ替わっていく。
暗く、静かな廃墟が徐々に退廃的で豪奢な悪魔の巣窟となる。けたけたと悪魔達の笑い声が耳朶をたたきつける。
デーモンの将星
ATK2500→3000
「カードを二枚セットしてターンエンドだぁ」
「私のターン、ドロー」
「ああっ、また私使ってくれないの!?」
(次は使いますから。それに、久しぶりにこの子達も戦いたいはずです)
「絶対だよ?絶対使ってね」
ウィンダの言葉に頷きながら私は手札を見る。
――負ければ彼女と話すことはできない。気合を入れなければ。
「――私は手札の《シャドウ・リチュア》を捨て《リチュアの儀水鏡》を手札に加えます。そして《リチュアの儀水鏡》を発動。手札の《ヴィジョンリチュア》――このモンスターは一体で儀式のレベルを代用することができます――を生贄に《イビリチュア・ジールギガス》を儀式召喚します」
イビリチュア・ジールギガス
ATK3200 DEF0
黒い巨人が、私の場に現れる。
高攻撃力とドロー強化とギャンブル性のあるデッキバウンス。
そのあんまりな防御力を除けば、最高クラスのモンスターである。
隣で因縁のあった相手であったウィンダが頭を抱えるがその性能に免じて勘弁してもらおう。
「さらに《リチュア・チェイン》を通常召喚。効果によりデッキトップを三枚めくり、儀式モンスターか儀式魔法であれば手札に加え、その後残った二枚を好きな順番でデッキトップに戻すことができます。私は《リチュアに伝わる禁断の儀式》を手札にくわえ二枚をデッキトップに戻します」
リチュア・チェイン
ATK1800 DEF1000
鎖を持った蜥蜴のモンスター。
彼が私のデッキの上から3枚を突き刺し、一枚を手札に、そして二枚をデッキトップにおいてくれる。こうしておけば《イビリチュア・シールギガス》の効果を安全に使用できる。
「《イビリチュア・ジールギガス》の効果を発動します。LPを1000支払いカードを一枚ドローし、そのカードがリチュアと名の付くモンスターだったときフィールドのカードを一枚デッキに戻します――ドローしたカードはさっき《リチュア・チェイン》の効果で置いた《イビリチュア・ジールギガス》です。よって《伏魔殿‐悪魔の迷宮》をデッキに戻します」
「ぬうっ!?やるな小娘ぇ!」
黒い旋風が吹き荒れ、景色が元に戻る。
残ったのは攻撃力の下がった《デーモンの将星》と伏せカードのみ。
デーモンの将星
ATK3000→2500
「バトルフェイズ。《イビリチュア・シールギガス》で《デーモンの将星》に攻撃」
「ぬう……っ!だがトラップ発動!《デーモンの雄叫び》でLPを500払い《トリックデーモン》を守備表示で蘇生だぁ!」
トリックデーモン
ATK1000 DEF0
タイタン
LP4000→3300→2800
「そのまま《リチュアチェイン》で《トリックデーモン》に攻撃します」
「《トリックデーモン》は破壊さぁれたが、このカードは戦闘で破壊されたときデーモンと名の付くカードを手札に加えるぅ!《伏魔殿‐悪魔の迷宮》を手札に戻すぅ!」
「――カードを二枚セットしてターンエンドします」
《リビングデッドの呼び声》であれば破壊しない選択肢もあったが、彼が発動したのはエンドフェイズに出したモンスターが自壊する《デーモンの雄叫び》だった。どちらにしろ《トリック・デーモン》のサーチ効果が発動する。軸となるカードを活かすための思い切った動きだ。
「私のタァーン!ドロォウ!――小娘ぇ。そろそろ自身の身体に注目したらどうだ?」
「――どういうことで――はにゃ!?」
「栞の身体が消えてるっ!?」
タイタンさんが首からぶら下げた四角錐を揺らしながら言った言葉で、私は自身の身体に起こった変調に気がついた。
私の胴体から腰にかけてごっそりと私の身体が消えていた。
「ふふふ、これが闇のゲームぅ!なくなったLPの分だけ体が消えてゆくのだぁ」
ライフコストによって身体の半分をなくしながら、タイタンさんはにやりと笑う。
まるでこの状況を楽しんでいるかのようだ。
「さあメインフェイズだぁ!もう一度発動!《伏魔殿‐悪魔の迷宮》。そして《戦慄の凶皇-ジェネシス・デーモン》を妥協召喚!このカードの攻撃力・守備力は半分になりエンドフェイズに自壊してしまうがなぁ」
戦慄の凶皇-ジェネシス・デーモン
ATK3000→1500→2000 DEF2000→1000
再び現れた悪魔の住処に、いつの間にか出来上がった玉座――その上で剣を持った巨大な悪魔が哄笑をあげた。
「さらに《戦慄の凶皇-ジェネシス・デーモン》の効果発動ぅ!墓地の《トリック・デーモン》を除外して場のカードを破壊だぁ!右のセットカードを破壊ぃ!――《聖なるバリア・ミラーフォース》か。これがあれば問題はなかったのだろぉがぁ、運がなかったなぁ」
「え!?セットカード?」
「――っ」
高攻撃力モンスターではなく、セットカードを破壊したことに対して訝しげな顔をするウィンダを横目に、私はタイタンさんを睨む。
(《イビリチュア・ジールギガス》を破壊しないということはあのカードが彼の手に握られているはずです……!)
「私はぁブラフとして伏せていたセットカードを発動ぅ!《堕落》!このカードはデーモンと名の付くカードが私の場に存在しなければ自壊する装備カードォ!このカードを装備したモンスターは私がコントロールを得るぅ!《イビリチュア・ジールギガス》よ!私に従うのだぁ!」
タイタンさんの場に私のモンスターがフラフラと引き寄せられる。
デーモンが存在するとき限定とはいえコントロール奪取は凶悪だ。私の場は《リチュア・チェイン》と伏せカード一枚のみ。かなり絶望的な状況である。
「さらにぃ!《伏魔殿‐悪魔の迷宮》の効果発動ぅ!自分の場のデーモンと名の付くモンスターを除外し、デッキより同じレベルのデーモンを召喚するぅ!――《戦慄の凶皇-ジェネシス・デーモン》を追い落とし、君臨せよ女帝!《ヘル・エンプレスデーモン》!」
玉座に座っていた悪魔が、不意に多くの悪魔に襲われ、姿を消す。
伏魔殿とは陰謀渦巻く館の意。その中心は常に危うい――高らかに笑い声を上げて新たな悪魔が玉座に座る。
ヘル・エンプレスデーモン
ATK2900→3400 DEF2100
「さあ攻撃だぁ!《ヘル・エンプレスデーモン》で《リチュア・チェイン》を攻撃ぃ!」
「ぐ……まだですっ……罠カード《リチュアの幻影鏡》を発動し手札より《イビリチュア・ジールギガス》を儀式召喚します!」
デーモンの一撃が私の右腕と胸を吹き飛ばす。残っているのは両足と両手、顔のみ。
足が残っているおかげで立てるのが、両腕が残っているのでカードが使えるのが、目が残っているのでカードを認識できるのがまだ救いだ。
栞
LP3000→1400
イビリチュア・ジールギガス
ATK3200 DEF0
「くっ!罠カードの儀式だとぉ?……だぁが、テキストを読めばターン終了時に手札に戻る張子の虎ではないかぁ!私はこのままターンを終了するぅ」
「――ターン終了時、《イビリチュア・ジールギガス》は手札に戻ります」
自分の場には何もなし。そして相手の場には攻撃力3000越えのモンスターが二体。片方は破壊耐性持ちとまさに絶体絶命である。
緊張して身体が震える。
――こんなところで終わり?
そんな考えが浮かぶと、血の気が引いていく。
そもそも、タイタンさんがまけたらこの人も消滅するのだろうか?私が誰かをデュエルで殺害したことになるのだろうか。
「栞っ、もう両足と両手が――!」
「へ?」
ウィンダの声に思わず疑問で返す。さっきの攻撃、私の身体でなくなったのは胸、そして胴体だ。両手も両足も健在だ。
「――おい!栞、何時の間にデュエルを――!うわっ!?胴体と足が、ない!?」
「みつかったんだな!って下半身が完全に消失してるんだな!?」
「デュエルっスか?――って栞さんの首が、ない!?」
そして、駆け込んできた十代たちのセリフで私の頭はさらに混乱する。
みんななくなっていると言っている場所がバラバラだ。
「――タイタンさん。つかぬ事をお聞きしますが――。もしかして、タイタンさん
って」
「ちがぁう!私は正真正銘の闇のデュエリストだぁ!」
「まだ何も言ってないのにこの反応ってことは確定だよ、栞」
ウィンダの呟きに私は静かに頷く。
この人、多分凄腕の催眠術師だ。
そう考えた瞬間、私の肩がふっと軽くなっていくのを感じる。
そうだ、今すべきことは怯えることじゃない。
私のカード、そして明日香さんのために勝つことだ。
「――私のターン。ドロー!タイタンさん、貴方は闇のデュエリストではなく、凄腕の催眠術師ですよね」
「なぜだ!何故そういいきれるぅ!」
「では、質問です。闇のデュエルに必須とされる千年アイテム――その総数は幾つでしょうか?」
「――ぐ、ぐ……!」
タイタンさんが目を伏せる。
――どうやら、答えに窮したようだ。
「答えは7つ。千年パズル、リング、タウク、アイ、ロッド、秤、錠です。――そして、このデュエル、私が勝たせていただきます。まずはスタンバイフェイズの《堕落》の効果でタイタンさんに800のダメージです」
タイタン
LP2800→2000
「ぐ、おのれ……それがハッタリだとしてもこんなデュエルに用はなくなったぁ!」
タイタンさんが手元から四角錐を地面にたたきつける。
同時に発生する煙。
私達の視界が塞がれデュエルが終了する――はずだった。
「――な、何ぃ!?」
「はにゃっ!?」
「これは、闇のゲーム!?」
しかし、地面にウジャト眼が浮かび、その煙ごと私達を取り込んでいく。
「――栞っ!」
駆け込んできた十代を巻き込む形で、私達は闇の中へと消えた。
――
「ここは……」
そこは闇一色の世界だった。
自分の身体や、タイタンさん、十代やウィンダこそ視覚で認識できるものの、それ以外はクレヨンで塗りつぶされたように真っ黒だ。
「――栞っ、注意して!」
ウィンダが不意に何かに気づいて私と十代の手を掴んで滑空する。
さっきまで私が居た場所を何か真っ黒なものが通過していく。
見れば、黒の中にさらに黒く見える小さな生物が大量に存在していた。
「ぬ、ぬぐぉぉぉお!?」
「タイタンさん!」
「へっ!?助ける気なの!?」
そしてそいつらはタイタンさんの身体へと群がっていた。
少しずつ身体が黒に染まり、侵蝕されているのが分かる。あのままでは真っ黒になるのは時間の問題だ。人形の上から手を伸ばし、すれ違いざまに彼の手を掴み、離脱させる。
「ぐっ……うっ……あ……!」
「おい!小娘!大丈夫なのかぁ!?」
しかし、私の身体にとって成人男性の身体はとにかく重い。肩がきしんで外れそうな感覚だ。激痛のあまり意識が飛びかける。握力が弱くなり、ゆっくりと外れそうになる手。
「オレの手にも掴まれ!」
「小僧ぅ!感謝する!」
だが、そんな私に救いの手が舞い降りる。
十代がタイタンさんの身体を掴みなおし、漸く私達は体勢を整えることに成功したのだった。
「小僧、小娘。助けてもらったことには感謝するぅ。しかし、ここはどこなのだぁ?」
「恐らく、闇のゲームの中ではないかと」
ウィンダの人形である風竜星ホロウの上で、私達は状況を確認する。
あたりは一面の闇のままだ。ずっと飛んでいるのだからどこかで壁に当たっても可笑しくないがその気配は一向にない。
ちなみにウィンダはさっきから一言も口を開いてくれない。私が自身の身を危険に晒してからずっとこの調子だ。
「闇のゲーム?そんなのあるのかよ」
「――でなければ、この状況が説明できません。精霊が見えないタイタンさんがこうしてウィンダの人形に触れたり、闇で出来たナゾの生き物がいたり……」
「なぁるほどぉ。では、どうすれば出られると思う?」
「あくまでもこれはゲーム。となればルールどおり出るのが最も手っ取り早いでしょう」
「つまり、デュエルの続きをする、ということか。でもそれじゃどっちかが酷い目にあうんじゃないのか?」
「ええ。勝ったほうが恐らく出られると思いますが。――十代の言うとおり、負けたほうがどうなるかは分かりません……ですが」
「何だ?」
「――私とタイタンさん以外を負けさせれば、二人とも脱出できる可能性があります」
その言葉に首を傾げるタイタンさんと十代。
私は闇に侵蝕されているタイタンさんのコートを見つめていたのだった。
ウィンダが静かにため息を吐いた。
「デュエル再開」
「――しかし、小娘。本気でこの状況で勝つつもりか?」
再び地に降り、デュエルディスクを構える。
タイタンさんと十代はまだウィンダの人形の上だ。
私が相対しているのは、タイタンさんのコート。そしてデュエルディスクだ。
そして予想通り、闇が人型となってコートをまとい、ディスクを構える。
カードとコートを狙ってくる彼らは恐らくデュエルをしたかったのだろう。タイタンさんは気づいていないようだったが、侵蝕されたコートのすそがやたらカードを触れようと蠢いていたのだ。
再び現れるソリッドヴィジョン。デュエル再開である。
「大丈夫、栞は強いぜ!安心して見てなって」
「まったく、あの子はいつも自分を省みないんだから…」
「――私は《リチュアに伝わる禁断の呪術》を発動します。このカードは相手の場のモンスターを生贄に儀式を行うカードです。ただしバトルフェイズは行えず、能力は半分になります――相手の場の《イビリチュア・ジールギガス》を生贄に《イビリチュア・ジールギガス》を守備表示で儀式召喚します」
イビリチュア・ジールギガス
ATK3200→1600
「さらに《リチュア・アバンス》を召喚。効果でデッキトップに《シャドウ・リチュア》を持ってきます」
リチュア・アバンス
ATK1500 DEF800
再び現れる巨人、そしてもう一人、男の子が私の場に現れる。
《リチュア・エミリア》の幼馴染。戦争に巻き込まれ数奇な運命を辿ったもう一人の人物。
「《イビリチュア・ジールギガス》の効果を発動します。1ドローし、リチュアと名の付くモンスターなら相手の場のカードをデッキにバウンスできます。ドローカードは当然《シャドウ・リチュア》です…《ヘル・エンブレスデーモン》をデッキにバウンスします」
栞
LP
1400→400
「私はこれでターンエンドです」
「……」
闇がカードをドローする。
そして、カードを二枚伏せてターンエンドした。
その様子に私は胸を撫で下ろす。
モンスターを引かれただけで終わりの状況であったが、あとは相手の罠次第だ。
「私のターン、ドロー!」
そして、私の引いたカードは――
「《リチュア・エミリア》を召喚!ダイレクトアタック!」
罠を開こうと動き回る闇を無視し、私のモンスターたちは相手の身体を打ち抜いていた。
闇
LP2000→0
「十代、あとは任せましたよ……」
その様子を確認し、私の意識は闇へと堕ちる。
戻ったらウィンダになって言おう。そんなことを考えながら。
作者の知識不足によりチェスデーモン使いではなくデーモン使いと化したタイタン氏。
タイタン「訴訟も辞さないぃ」