オリ主と第六駆逐艦隊   作:神域の

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EX-7 オリ主なヒミツ

 海の真ん中でソレを見たとき、俺はすぐさま向こうを向いた。……いや、どちらかと言えばソレを見ない様にした、と言ったほうが正しいのかもしれない。

 なんというか今の俺は、本当は一刻も早くこの場を立ち去りたい気持ちでいっぱいだったのだけど、帰る方向にソレがあってそっちの方へ行きづらい訳で……苦肉の策だった。俺の今の行動が、俺にできる最後の抵抗だった。

 

「よう」

 

 そんな事をしていると、不意に後ろから声がした。

 ソレが近づいて、俺に話し掛けたのだ。

 

「…………あーっ、今日はいい天気だなー」

 

 だが俺は声を無視することにした。

 もしかすると、これはきっとアレかもしれないからだ。

 ……そう、道端でよくある「あれっ?久しぶりじゃん!」なんて言われて「おう。久しぶり」なんて返したら、話し掛けてきた奴は実は自分の後ろの奴に話し掛けていて、物凄く恥ずかしい思いをするアレの事だ。

 俺は知ってる。

 これで「よう」なんて下手に返そうものなら、恥ずかしい思いをするかもしれないことを。だってこんな海のど真ん中で俺に話し掛ける奴なんて限られるのだから。だというのに、

 

「……あ?天気なんて下らない話より、お前に色々聞きたい事があるんだけどよぉ……ていうかこっちを向け」

 

 声の主はしつこかった。いや、この場合は話し掛けられている奴が悪いのか。全く……こういう時は早く相手に返事を返してやれと切に思う。こういうのが多いからアレみたいに恥ずかしい思いをする奴が増えるのだ。ちなみに俺は道端で声を掛けられたら必ず後ろを確認する。……だってアレ、めちゃくちゃ恥ずかしいからね。

 まあ、とにかくひとつだけ言える事は、俺は絶対に関係ないって事かな。

 そして俺は、ふと思い付いたように袖をめくる。

 

「いっけなーい。気が付けばもうこんな時間!早く帰らないと昼ドラの放送が始まっちゃう!今日は旦那と義母の浮気が嫁にバレてドロドロの展開だから見逃せないなぁ!だから早く帰らなくっちゃ」

 

 俺は顔を上げないように後ろを振り向いて、誰かに話し掛けていた人物であろう艦娘の横をサッと通る。ごく自然な流れだった。それこそ、日常を切り取ったワンシーンのような……そんな感じの。

 ……そんなありふれた日常に、唐突に伸びる魔の手。

 

「ちょ待てよ」

 

 俺の肩がガッされた。

 

「えっ?なに?今日のドラマはキムタクが出るんだっけ?」

「呆けたこと言ってんじゃねえ。お前の腕に時計は無ぇだろ。俺ん所に来た響だろ?お前は。そんな雑な芝居で誤魔化せる訳がないし、第一、お前みたいな奴は二人と居ねえんだよ!!」

 

 観念しろとばかりに俺に掛けられる、徐々に強くなる言葉尻に肩を掴む握力。更に、「絶対逃がさない」と言わんばかりにもう片側の俺の肩もガッされる。

 そして……俺の前に迫り来る顔。その表情は冷たく無情で、これ以上間違った事をしよう物なら、即座に俺の捕まれている両肩が砕かれる……そんな危険な予感を感じさせた。

 ……駄目だ。これ以上無視したら俺が無事じゃすまねえっ……!!

 ここは何か言い訳を言わなければ、俺の肩が持ってかれてしまう!!

 

「あっ……あれー?誰かと思えば天龍さんじゃないですかあ。いったい何時からそこに?いやー、俺、全然気が付きませんでしたよ!それに後ろの二人はどちら様で……って、そっちの赤い子はそういえばさっき会ったよねって……痛い!痛い痛い痛いっ!?待って!本当に痛い!!艤装を着けた状態でアイアンクローは洒落に成ってないですって!!」

「……」

「無視!?嘘でしょちょっ……もげる!!肩から鳴ってはいけない音が鳴ってる!!やめて!?一回冷静になろう!?お願いだから!!」

「……」

「痛い痛い痛いっ!!あれだ!そこの艦娘さん、天龍さん止めて!?俺の肩が壊れそうだから!!……ちょっと?もしもーし!!」

「あらあら、天龍ちゃんったら楽しそう」

「駄目だ!!天龍さんの連れは話しが通じねえ!!……あの天龍さん?俺の肩が悲鳴を上げてるんですけど!!そろそろ止めてほしいんですけど!!あれですか!?天龍さん不機嫌で理由も無く俺に八つ当たりしてます!?……もしかして天龍さん、女の子のっ……ぎにゃああああ!!」

「……」

「ーーああああっ!!ゴメンナサイゴメンナサイ!!あれじゃないでした!!そっちでした!!嘘付きましたっ!!本当は気付いてましたっ!!無視してスミマセンでしたあっ!!反省したんでそろそろ放してぇっ……!!」

「……ふん」

 

 天龍は俺が謝ると、下げずんだ表情のまま俺の両肩を手放した。俺はその直後に自分の肩の具合を確かめる為、肩を軽く回してみる。

 すると、強い力を掛けられていたのだろう。もう肩の違和感がハンパない事になっていた。何て言うか……本当に洒落に成っていなかった。

 

「……チクショウ……冗談も分からない艦娘ゴリラめぇ」

「あ?なんか言ったか?」

「……肩が痛いって言っただけです」

「因果応報だな。ざまあみろ」

「このや……ぐぬぅ」

 

 クックッと笑う天龍を尻目に、俺は再度出かかった言葉を飲み込んだ。

 それは、言っても良いことはないし、聞かれたとしたら今度こそ俺の肩が破壊されるだろうからだ。俺は賢く、空気が読めて、我慢強い。だから自身の首を絞めるようなことはしないのだ。

 

 そこは流石は俺。大人の貫禄。やっぱり出来る男は違う。

 そうやって俺は、自分の事を心の中で褒めて自尊心を保っていると、天龍が再び俺のもとへ近づいてきて、俺の頬を片手でムニィと掴んだ。

 

「……で、だ。馬鹿で駄目でどうしようもないクソガキなお前に聞きたい事がいっぱいあるんだが……もちろん答えてるれるよな?」

「……ふぁい」

 

 俺は心で思っていた事を、天龍に正面から全否定されて凄く泣きたくなった。だが天龍はそんな事は全く意に介さず、質問を初めてしまう。

 

「よおし。じゃあまず、ひとつめ。……こっちのル級はどうした?」

「にがひまひた」

「……あ?なんだ?逃がしたって。その言い方だとお前が敵に情をかけたように聞こえるんだが」

 

 グニィと、俺の頬を掴んでいる天龍の手に、心なしか力が入った気がした。

 

「……まあ、いい。じゃあ、ふたつめ。……何でお前はちょっと目を離した隙に改二になってるんだ?」

「……ほへはへーほ……へんひゅうはんのひのへいへす。ひふん、ほほはらはひひへす」

「ああ?何を言ってるかわかんねえよ」

 

 解せぬ。だったらその手を放してよ。

 俺はそう思ったが、天龍は手を放す事なく話を進めようとしていた。

 俺は訳が分からなかった。改二になった理由が聞きたいから質問したんじゃないのか?それとも意外と突然改二になったりする事が多々あるのだろうか?

 考えたって理由は分からない。それは単に興味の無い事だったのか、差ほど重要でもなかったのかなんて。ただーー、

 

「……じゃあ、最後の質問だ……」

 

 ーー頬から手を放され、『ガチャン』と音がした。

 

「ーーその着けてる指輪……何処で手にいれた?」

「は?」

 

 一瞬、視界が狭まって理解が遅れた。そして俺は遅れて状況を把握した。

 俺の視界を塞いだのは眼前に突き付けられた連装砲だった。それにさっきの音は装弾した音じゃないのか?

 ……何時でも撃てる状態の主砲を向けられている。これは質問に答えさせる為の行動にしてはやり過ぎじゃないのか?

 

 ……俺は来て早々に天龍に迷惑を掛けて、後ろめたさがあって、俺に対する風当たりが強いのも仕方がないと笑うつもりだったが……これは頭がひえた。

 この状況はどう見たって質問じゃなくて尋問だ。

 

「もう一度だけ言う。その指輪はどうやって手にいれた?言っとくがこれは脅しじゃないぞ。お前がふざけた事を言ったりダンマリだったときは、お前の面に砲弾を容赦無くぶちこむ」

 

 天龍が淡々と俺に告げる。それを俺は見て、聞いて、もしもの時は本当に砲撃を俺に撃つつもりなのだと感じとった。

 これにはまあ、自業自得とはいえ随分と嫌われたものだと、俺は逆に感心した。この調子では天龍に何を言っても納得させられないだろうなと、そう思った。

 

 

 

 

 

 

「だめえぇっ!!」

 

 天龍の背後から、今にも泣きそうな叫び声が聞こえた。

 声がした方に目を向けると、俺が助けた赤い髪の艦娘が転びそうになりながらも走って此方に近づいて、天龍と俺の間に割って入り、両手を広げ天龍を見つめた。

 

「……天龍ちゃん、どうしてこんな事するの……?」

「ソイツの得体が知れないからだ。……後、俺をちゃん付けで呼ぶなって何回も言ってるだろ」

「でも……この子はうーちゃんを助けてくれたぴょん……」

「それとこれは別だ」

 

 天龍は赤い艦娘の子に冷たく言うと、再び俺の方に顔を向けた。

 

「……いいか?分かって無いようだから最後に教えてやる。今、お前が間抜け面して付けてるその指輪はな、海軍の中でも一握りの特別優秀な提督しか貰えない、艦娘の潜在能力を上げる物凄えキチョーな物なんだ。でもって、その指輪を貰える艦娘ってのも、その提督にとって長年のパートナーだったり、その鎮守府の中でも絶対的なエースだったりで……早い話がその指輪は、お前みたいなチンチクリンが其処らの鎮守府に一年ちょっと居ただけで手に入る物じゃねえ」

 

 天龍の話を聞いて、俺は指輪を見た。

 ゲームでは課金で簡単に手に入る……レベルを一度カンストさせなければ渡せない、暖かな光を放つその指輪を。

 そして思う。天龍が……本部に居た艦娘が言う、一握りの優秀な提督にエースクラスの艦娘とは。

 話を聞いて真っ先に思い浮かんだのは、各鎮守府から選りすぐりを集めて形成されるという……連合艦隊だ。

 あれなら優秀な提督も集まるし、そこで指揮をとると言えば、分かりやすく……集まった中でも一握りだろう。そして、そんなエリート共を主力で支える艦娘なら、先ず間違い無く練度はケチの付けようが無いはず。

 

 パッと思い付いたにしては府に落ちた。ただ、この予想通りならば、連合艦隊を指揮する提督が何人いて、そこから更に指輪を渡される艦娘がどれくらい居るのかという話になる訳で。

 ……もしそうなら、指輪を持っている艦娘は数える程もいないんじゃないか?それこそ俺は、さっきまでそれなりに大きい鎮守府なら一人くらいはケッコンカッコカリをしていても可笑しくないだろうと思っていたが、実のところ、鎮守府全体を見てもケッコンカッコカリの指輪を持っている艦娘は両の手の指の数にも充たない程の人数しかいないんじゃ……。

 

 そうだとすれば、天龍の過剰な行動も何となく分かる気がする。……まあ、それでも主砲を向けられるのはやり過ぎだと思うけど。

 ……にしても、だ。まさか指輪一つでここまで面倒な事になるとは思わなかった。

 俺は精々、鎮守府に戻ったら暁達に「響に男の恋人が!?」と在らぬホモ疑いを掛けられるくらいだと思ってたのに。

 

 これなら指輪を捨てるべきだったか?なんて事を思っていると、天龍がスゥと息を吸って、

 

「ーーそれに……コイツは今居る鎮守府以前の経歴が一切無い。それまで何処に居たかも、何処の鎮守府で建造されたか、または何処の海域で参入したかもだ。……突然湧いたような奴なんだよ、コイツは。味方かどうかだって怪しいもんさ」

 

 

 ……………………、

 ………………、

 …………、

 ……、

 

 

 …………はい?

 

 

 

 

 俺は耳を疑った。だって……ねえ?そういうのって憑依転生物だと、ご都合主義でナアナアになってるもんじゃないの?……なってないの?そして突っ込むの?そこに……ていうか艦娘になってるんだからその辺の経歴も不思議パワーで偽装しといてくれよぉ!!

 

 俺は再び天龍に目を向けた。そこには未だに神妙な顔つきで主砲を俺に向ける天龍が居た。

 

「本来なら、お前のふざけた性格を叩き直すだけのつもりだったが……そこまで不自然の塊と知ったら、見て見ぬふりも出来ない。此方からすれば常に不発弾を抱えているようなもんさ。俺は、そういうのは早めに処分するに限ると思ってる。……ああ、そういえばこれは関係無い話なんだけどよ、お前のトコの鎮守府、最近深海棲艦に色々やられて大変らしいな?ついてねえよなあ、お前も深海棲艦を逃がしたらしいし……なあ?」

 

 天龍の話を聞いて、俺は主砲を向けられている理由を理解した。

 早い話、味方だと思われていない。更に言えば、天龍の最後の含みのある言葉から察するに、天龍は此方の鎮守府の現状を知っているらしい。

 

 ……そう、長門が前に言っていた作戦漏洩の件だ。

 天龍が何故それを知っているかは知らない。長門に聞いたのか、戦果から洞察したのかは定かではない。

 ただ、これに関しての一番の問題は、俺の逃がした発言を、天龍は作戦漏洩の件と結び付けた点だ。

 即ち、天龍はこの一連から俺の事を、『深海棲艦に情報を売っている艦娘』と思っているようなのだ。

 

 ……どんなミラクルなの、それ。

 

 まあ気持ちは分かるよ?

 経歴が無いのは怪しいし、いきなり改二になったのはおかしい。

 出所の言えないケッコンカッコカリの指輪を持っているのは考えられないし、駆逐艦が戦艦に上からの発言で「逃がした」は、普通はあり得ないから何かあると思うのも無理はない。

 

 

 

 けどさぁ……俺、頑張ったよ?

 

 

 

「どけ、チビ助。これは遊びじゃないんだよ」

「ヤダ!そしたら天龍ちゃん、この子にいじわるするもん!」

「意地悪じゃねえ、ソイツが変な事しか喋らないから仕方なく……だ。ほら、どけ」

「ヤダぁ!!」

 

 天龍と赤い髪の艦娘が目の前でやり取りを交わす中、俺はハァとため息を吐いた。そして一歩前へと進んで赤い髪の艦娘の肩に手を置く。

 

「ありがと。もういいよ」

「……え?……でも、そしたら天龍ちゃんが」

「いいんだ」

「なんだ、やっと喋る気にでもなったのか?」

「いいや?どうせ言っても信じて貰えないし。俺はそういう無駄な努力はしない主義でね」

「ガキの癖に残照な心掛けだな。まっ、お前の鎮守府には深海棲艦と戦って華々しく散ったと言っておいてやるよ」

「……そんな配慮するんなら撃つの止めません?」

「止めてほしければ俺を納得させる言葉のひとつでも吐くんだな」

「……ハァ、まったく……最近の子はああ言ったらこう言う……」

 

 天龍はどうしても俺を撃たなきゃ気がすまないらしい。

 ならいいさ。撃ちたきゃ撃てばいい。

 俺は覚悟を決めた。後は天龍が砲撃を撃つのを待つだけだった。

 

「……天龍ちゃんはわからないの?」

 

 そんな時だ。さっきまで俺を庇ってくれていた赤髪の艦娘が悲しそうに言ったのは。

 

「……どういう事だチビ助」

 

 天龍が声に反応して、赤髪の艦娘へ目線を向ける。

 

「天龍ちゃん……この子はきっと、誰にも言えない事情があるんだぴょん……」

「あ?なんだよ?言えない事情って。訳がわからねえよ」

「言えないものは言えないんだぴょん。……うーちゃんはその事情が分かるから、この子の気持ちがすっごく解るぴょん」

 

「ッ!?」

 

 俺は思わず振り替えって、赤髪の艦娘を見た。

 

 ……今、この艦娘は何と言った?俺の事情がわかる?気持ちが理解できる……?

 

 理解が追い付かなかった。何せ俺の事情は特殊……、憑依何ていう普通ならあり得ない、有る訳無いと一掃される物だったからだ。

 それを……そんな事情が言わなくても解る奴なんていうのは、本当に頭の中がお花畑な奴か、それか……

 

 

 

 

「……ああ、そうか」

 

 

 俺は此処にきて、ある事に気付く。

 それは言われれば単純な事だったが、それ自体を俺自身が『あり得ない、在る訳無い』と考えて、頭の外に追いやっていた事だった。

 だが、それは実は俺自身が身をもって今も尚経験している事であり、よく考えれば自分に起こっている事なのだから他の人に起こっていても別に可笑しくない事だった。

 

「天龍ちゃん、この子はーー」

 

 ……つまり、それはーー

 

 

 

 

 

 

 

「ーーお前も憑「ーープリキュアなんだぴょん!!」

 

 

 

 

 …………い?

 

 

 

 

 

 空気が凍った。

 誰もが動くのを忘れた。

 その中で唯一、赤髪の艦娘だけが興奮して言葉をまくし立てた。

 

「天龍ちゃんだって一緒にテレビ見てるんだから分かるはずだぴょん!この子の服が変わったのは変身したからで、言えないのはヒーローはその事を秘密にしなくちゃいけないからでーー」

 

 赤い髪の艦娘が喋る中、俺は段々と状況を飲み込んでいく。

 ……つまりはあれだ。

 目の前のこの艦娘は憑依者でも何でも無いただの艦娘で、俺の服が変わったのを変身したと勘違いして……それでプリキュア?

 

 俺はこんな時、どんな反応をすればいいか分からなくて、助けを求める為に必死になって視線をさ迷わせる。

 

「だーかーらー、アイツは艦娘でプリキュアじゃないんだって」

「でもっ!深海棲艦は悪い奴なんでしょ?この子は悪い奴と戦ってうーちゃんを助けてくれて変身もしたんだぴょん!だから絶対ぜーったいプリキュアだぴょん!!」

「あれは変身じゃなくて近代化改装っていってーー」

 

 天龍は赤髪の艦娘の説得で、俺の事など眼中に無かった。

 ならばと、俺はその後ろでこちらを見ていた艦娘へと目を向けると、

 

「……ふ……ふふ」

 

 ……様子を遠巻きに見ていたその艦娘は、表情を崩さずこちらを見ていると思いきや、口元を見ると口角がひきつっていた。その艦娘は表情を崩さない様に必死だった。

 

「ねえ!」

 

 俺がそんな状況に着いていけず途方にくれていると、赤髪の艦娘が急に振り返り俺に話しかけた。

 

「あなたも天龍ちゃんに言ってよ!」

「……なにを?」

「自分はプリキュアだから悪い奴じゃないって!」

「えぇ……」

「え……じゃないぴょん!!早くしないと天龍ちゃんがドカーンってするぴょん!!」

 

「早く早く!」と赤髪の艦娘に急かされて、俺は泣きたくなった。

 だって、大人がプリキュアを自称するのは精神的にキツイだろ?

 だから俺は、赤髪の艦娘の言葉を否定しようと口を開いた。

 

「あのね」

「どうしたぴょん?」

「いやね?俺はプリキュアじゃないよ……?」

「そんな事無いぴょん!!だってその服、変身したんでしょ!?」

「……いや、これは変身というか勝手に服が変わったってだけでーー」

「おおおおっ!!じゃあプリキュアで間違い無いぴょん!!だって最初は皆、変身したら服が変わってビックリしてるもん!!」

「そっ……そうなのかー」

「そうなんだぴょん!!」

 

 自信満々に力説する赤髪の艦娘の話では、どうやら俺はプリキュアで間違いないらしい。

 ……まあ、あれだ。知らない内に艦娘になったりするご時世だ。だから知らない内にプリキュアになってもおかしくないのかもしれない。

 

「……天龍さん、なんか俺、プリキュアらしいッス」

「ちげえ」

「どうやら俺、プリティーでキュアキュアな存在らしいッス」

「お前はプリティーでもキュアキュアでもねえ」

「えっ!?こんな可愛い響ちゃんがプリティーでもキュアキュアでもない?そんなの絶対おかしいよっ!?」

「……ああ、ぶっ殺してえ」

 

 天龍がワナワナと震えた。

 それでも俺に向ける主砲は、微動だにせず俺を的確に捉えているのは流石としか言い様がなく、その姿は彼女が各地から集められた『最強の艦娘』のひとりであった事をハッキリと裏付ける。

 それはそれとして、今の立場でふざけたのはちょっとマズッたかなーなんて思っていると、今にも砲撃しそうな天龍の後ろから、先程まで笑いを堪えながら様子を見ていた艦娘がゆっくりと天龍に近付いて肩に手を置いた。

 

「天龍ちゃん、その辺で良いんじゃない?」

「龍田……けどコイツはな」

「卯月を助けたんでしょう?そんな子を天龍ちゃんが撃っちゃったら、天龍ちゃんが悪者になっちゃうと思うけどなぁ。それにーー」

 

 天龍に龍田と呼ばれた艦娘は、俺の方を向いて微笑んだ。

 

「ーー事情があるんでしょう?さっき何か言いかけてたもの」

 

 俺はこの瞬間、小さく拳を握った。

 ここに来て、やっと風向きが変わったのを感じた。俺の事を肯定してくれる味方が増えた。

 流石に天龍も身内二人に「撃たないで!」と言われたとなれば、説得に応じざる終えないだろう。故に、俺を撃つ事はない筈。

 そう思っていると、天龍が「チッ」と舌打ちをして向けていた主砲をゆっくりと下げた。天龍が撃つのを止めたのだ。

 

 勝った。今夜はザギンでシースーだ。

 

 そんな風に俺が内心で喜んでいると、龍田が「ところで」と微笑みながら俺に近付いた。

 

「ーーできれば貴方のその事情を教えてほしいなーって思っているんだけど……どうかしら?」

「……あー」

 

 まあ、聞かれるだろうと予想はしていた。

 ……ただ、憑依だなんて事情はとてもじゃないけど言えない。別に秘密というわけではないが、言ったところで俺の印象がフザケた奴かイタい奴になるだけで、そんな事信じてもらえる訳がない。

 それなら此処は、龍田の様子から見て、言い辛いから言いたくないと言って、この話を切り上げる方が賢明だ。

 だから俺は少し間を置いて、それっぽい雰囲気を作ってから静かに口を開く。

 

「……それに関しては聞かないでくれると助かります。正直、自分の事情は複雑で他人に言い辛いものなんで」

「ふーん、そう……わかったわ」

 

 俺の言葉を聞いた龍田は、変わらず微笑みながらそう答えた。

 俺は話が早すぎて一瞬拍子抜けしたが、おそらく龍田は聞くだけ聞いただけで、俺の事情を知りたかった訳ではなかったんだろうと思った。

 ……それにしても、ようやく一段落って所か。なんて、ホッと胸を撫で下ろしたのも束の間。

 その瞬間……何故か『ガチャン』と、さっきも聞いた音が頭の上でまた鳴った。

 

「……たつた?」

「龍田ちゃん止めて!!」

 

 そして困惑している二人の艦娘の声。

 この時点で俺は何が起きているのか察しがついた。デジャヴを感じた。もの凄い泣きたくなった。

 正直、顔をあげたくない。見たくない物を見てしまいそうだから。でも、もしかしたら俺の思い違いって事もあるかもしれない。だから俺は、お願いだから違っていてくれ!!と切に願ってソッと顔をあげた。

 すると目の前には、主砲を俺に向けながら微笑む龍田の姿が。

 

「……なんで?さっき、撃ったら悪者になるって言ってたよね?言ってた事とやってる事が違うじゃん……」

「ふふふ」

 

 龍田は俺が喋っても微笑んだまま何も答えない。

 これはあれか。やはり事情を言わなかったのが良くなかったのか。何でも良いから理由を適当に言っておくのが正解だったのか。

 ……まあ、天龍を止めてくれたんだし、なんか言えば撃つのを止めてくれるよね。と、俺は気楽に考えて、龍田と目が合った瞬間ーー全力で身を捩って飛び引いた。

 

 

 飛んだ直後に『ガチンッ』と音がした。

 それは撃鉄が鳴った音だ。火薬の爆ぜる音こそしなかったが、その音は目の前に居た艦娘が俺の居た所に向かって引き金を引いた音だ。

 

 俺はその事を認識しつつ、空中でくるりと体制を建て直し、着水した。

 そんな俺を見た龍田はまたもやクスクスと笑うとーー、

 

「なーんてね。実は弾薬が切れてたの。……ビックリしたかしら?」

「…………は、はは」

 

 俺は、龍田の有無の言わせない行動にその場から動くことができなかった。

 一方、龍田はというと、既に俺の事は眼中に無い様で、天龍の方へと相変わらず笑みを浮かべながら近づいていた。

 

「ねえ天龍ちゃん。そろそろ鎮守府に戻らない?私の弾薬が切れちゃったし、あまり海に長く居るのは危険だと思うの」

「あ……ああ、そうだな」

「……天龍ちゃん?何か言いたそうだけど、気になる事でもあるの?」

「……別に?……龍田の言う通り、やる事もやったし、此処にこれ以上留まっても良いことはひとつもないな!」

 

 俺が天龍と龍田のやり取りを黙って見ていると、赤髪の艦娘が俺の方へとコソコソと近づいて喋り掛けてきた。

 

「……うーちゃん、龍田ちゃんが主砲を向けた時、絶対に貴方が撃たれちゃうって思ったけど、それが嘘でホッとしたぴょん!龍田ちゃんが撃たなくて良かったぴょん!」

 

 そう言って笑う赤髪の艦娘に、俺は「ソウダネ」と感情を込めずに返事をした。

 

 何せ、先程の龍田は本気で俺を撃つ気だった。というか撃った。

 あの後、「なーんてね」等と龍田は言ったが、俺はあの弾切れは絶対に偶然だと思っている。でなければ、あの天龍の歯切れの悪さは何なんだ。あれ、明らかに引いてるよね?

 ……なんて、そんな事を思っていると、いつの間にか少し離れた所に移動していた天龍が此方に呼び掛ける。

 

「おい、チビ共!!帰還するぞ、早く来い!!」

 

 俺はその言葉に素直について行って良いのかと悩んだが、それよりも先に赤髪の艦娘が俺の手を引っ張って天龍の方へと向かった。

 

「いこう?きっと皆、うーちゃん達の事心配してるぴょん!早く帰らなきゃ!」

「ちょ!?俺、戻ったら今度こそ殺されない?俺はどっちかというと、そっちの方が心配……!!」

 

 俺はそう言ったが、赤髪の艦娘は引っ張るのを止めてくれなかった。こうなると最早俺に出来る事は、戻った後に再び主砲を向けられないように祈る事だけだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ天龍ちゃん」

「んー?今度はどうしたー?」

「んー、天龍ちゃんはあの子の事、どう思ってるのかなーって」

「……どうもこうもねぇ。アイツ、来て早々に鎮守府の扉は壊すし、嘘ついて誤魔化そうとするし、土下座して泣きついてくるしで。……まあ、聞いてた通り実力はあるみたいだけどよ?とんでもねえじゃじゃ馬だよアイツは。というか……そういう龍田はアイツの事どう思ってるんだよ?」

「あの子?そんなの天龍ちゃんも私と一緒に見てたから分かるんじゃない?……あの子はーー

 

 

ーーどう見ても駄目でしょ?」

 

「…………」

「天龍ちゃんがあの子の事をどうするのかは知らないけど、私はあまりあの子と関わらない方が良いと思うわ」

「…………そうだな」


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