あいつの罪とうちの罰   作:ぶーちゃん☆
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そして彼と彼女の想いが交錯する

 

 

部屋に入ると緊張している比企谷を無視し、無言でお盆をテーブルに置く。

 

いつもの自分の居場所、つまりベッドに腰掛け紅茶に口をつけた。

 

 

なんだこれ?味が全然分かんない。

たかだか比企谷が居るだけだというのに、すごく緊張してる。

 

自分の部屋に男が居るという違和感のせいだろう。

 

 

「……あんた、さっきまであんなに威勢良かった癖になにそんなにキョドってんの?キモ…」

 

「うっせえな……予想だにしない展開について行けてねえんだよ……」

 

「は?予想外なのはこっちだっての。なんであんたがうちの部屋に居んの…?」

 

「俺が聞きてえんだけど…」

 

他愛ない話をしていたらちょっと落ち着いてきた。

さっきまであんなにうちを泣かしてたこいつが慌てふためく様を見てたら、久しぶりになんか笑えてきた。

 

ニヤけそうになった口元を誤魔化すように紅茶を口に運ぶ。あれ?なんか美味しい。

 

「……飲めば?せっかく持ってきてやったのに冷めちゃうんだけど」

 

「お、おう…。頂きます……」

 

コーヒーを一口飲むと、ちょっと驚いたような顔をする。

なんか変だったのかな。

 

「あれ?美味い……」

 

あれ?ってなによ?うちが淹れたコーヒーがそんなに不味いとでも思ってたわけ?

 

「すげえ甘くて美味いんだけど、お前んちってコーヒー甘い派なの?」

 

「は?そんなに大量に砂糖入れたコーヒーなんて飲むわけないじゃん…」

 

そんなの有難く飲むのなんてあんたくらいなもんでしょ。

 

「いや、じゃあなんでこんなの淹れたんだ?俺が甘党だなんて知らねえよな?」

 

「だってあんたいつも甘ったるい缶コーヒーばっか飲んでたじゃん」

 

それくらい見てりゃ分かるっつーの。

バカじゃないの?

 

「いや、いつもって……。アレ?俺クラスで認知されてないつもりだったけど、意外とそういう所って見られてたりするもんなのか……?」

 

 

…………あ。

 

 

「……別に誰もあんたの事なんて見てないでしょ、キモッ……。ただうちはあんたが大嫌いだから、見たくもないのに勝手に視界に入ってきただけだっての…」

 

 

苦しい言い訳だ。

 

そう。体育祭以来、うちは気付いたらこいつを見ていた。

見たくもないはずなのに、なんでか気になってた。

 

だからこいつが毎日同じ甘ったるい缶コーヒーを飲んでた事なんて、当たり前のように知っている。

単なる気まぐれで試しに買ってみて、あの甘ったるさの原因が練乳のせいだって事ももちろん知ってる。

 

家に練乳があれば、もっとびっくりさせられてたかな?

 

 

「……ほーん。そういうもんなのか」

 

「そ、そんな事より、なんかうちに話があるんじゃないの……!?」

 

「は?……いや、俺の話はさっき玄関で話し終ったんだが、お前に部屋で待ってろって言われたからな……」

 

 

「……………あっそ」

 

 

なによそれ……。じゃあまるでうちが引き留めたみたいじゃん。

 

なんか暑くなってきちゃったな。

だから梅雨は嫌なのよ。蒸し暑いから。

 

 

× × ×

 

 

しばしの沈黙。

勢いでこんな事になっちゃったけど、こいつと会話なんか弾むわけないじゃない……。

 

でもこのままって訳にもいかないからなんか話さないと……

 

 

「あ、あのさ……。前にあんたが言ってたじゃない?……うちの事なんて誰も真剣に捜してないって……。あれってさ、本当だったね……」

 

うちはなにを言い出してるんだろう。

なにか話さなきゃって思ったとしたって、いくらなんでもこれはない。

 

「ゆいちゃんから聞いてるかも知んないけど、うちは一年の時は一番のグループに居てさ、………それでチヤホヤされて気分よくなっちゃって、勘違いしてたんだろうね……」

 

うち、なにこんな奴に愚痴っちゃってんの……?

 

「二年に上がったら、チヤホヤも何もかも三浦さんに持ってかれちゃってさ……、つまんなかったんだ」

 

やめなよ……うちはこんな事、他人に、比企谷なんかに知られたくないのに……

 

「同じランクだったはずのゆいちゃんも違う世界に行っちゃってさ、焦って妬んで悔しくて、それで身の丈に合わない大役で自分を飾り付けしたくてバカやって、雪ノ下さんに、あんたに、みんなに思いっきり迷惑掛けて逃げ出して、それなのにあんたを悪者にして自尊心満足させて呆れられてぼっちになって、挙げ句の果てにこのザマ……」

 

もうやめてよ……。黙ってよ……。

 

「………ホント、あんたの言ってた通り、うちは…最低辺の世界…の住人だ…ね……」

 

 

気がついたら頬を涙がつたってた。誰にも知られたくなんか無かった……。うちの醜い心の内……。

 

比企谷を引き留めたのは、帰したくなかったのは、惨めな自分を曝け出して懺悔したかったからなのだろうか……?

うちのせいで犠牲になった比企谷に許して欲しかったからなのだろうか……?

 

 

嗚咽で何も言えなくなったうちに、黙って聞いていてくれた比企谷が語り掛けてきた。

 

 

「そうだな。その通りだ。ちゃんと分かってんじゃねえか、自分の中身を。でもな、それを自覚して後悔してんなら最低辺なんかじゃねえよ。だったらやり直せるんじゃないのか?」

 

 

なによ…、罵倒したり優しくしたり……。

あんたなんかに今のうちの惨めさが分かる訳ない……

 

 

「………あんたなんかに」

 

自分でも驚くくらいの低く仄暗い声だった。

 

「あんたなんかにっ!うちの気持ちが分かって堪るかぁっ!」

 

気持ちが爆発してしまった……。もう自分では止められない。ずっと秘めていた想い……

 

「なにがっ!なにが最低辺なんかじゃないよ!なにがやり直せるよっ!………あんたになにが分かんの!?……いつも自分をぼっちぼっち言って孤高を気取っちゃってさぁ!……あんたのどこがぼっちなのよ!?あんたのどこが最低辺なのよ!?笑わせんな!……あんたの周りには人いっぱい集まってんじゃんっ!凄い人ばっかり……!」

 

 

そう。文化祭で自分の小ささを自覚してしまった後、今まで見えてなかった物が次々とうちの目にも見えてきてしまった。

 

見下して優越感に浸っていたはずの相手には凄い人ばっかり集まってきていた……。

雪ノ下さん。結衣。城廻先輩。葉山くんや戸部くん、三浦や海老名だって、こいつに一目置いてるのなんて嫌でも分かった……

みんなに愛されている戸塚くんも比企谷に憧れていた……

 

 

「で、なに!?気が付いたら生徒会長まであんたのそばに居んじゃんっ……!」

 

 

あれは衝撃的な光景だった。

たまたま一人で廊下を歩いてたら比企谷と生徒会長が一緒に歩いてた……。

 

一色さんだっけ?あの子は葉山くんに好意があるって、狙ってるって有名だったのに。

なのに気付いたら比企谷の隣で笑ってた。

とてもじゃないけどただの先輩を見る表情なんかじゃ無かった。

雪ノ下さんや結衣が比企谷に向ける目とおんなじ目……。

 

 

「なにがぼっちよ!ふざけんなっ!…………あれだけ馬鹿にしてたのに……、あれだけ見下してたのに……、今は……今はあんたが羨ましくて仕方ないっ……!そんなあんたに、うちの……、うちの惨めさの何が分かるって言うのよぉっ……」

 

 

泣き崩れる。それしかうちには出来ない……。

うちに許されてるのは嘆く事だけ……。

 

 

「……やり直せる?救われる?………うちにはそんな事許される訳ない……。うちは罰を受けてるんだから……。あんたに罪を背負わせた罰を受けてるんだから……。罪人《つみびと》は罰を受けなきゃいけないんだよ……」

 

 

終ることの無いかと思われた罪人の懺悔は、あふれ出る涙と嗚咽で終息した。

 

比企谷、もう帰ってよ……。もううちは……。

 

 

「なに勘違いしてんだ?俺はお前の罪なんか背負った覚えはない。自分でやりたいからやっただけだ。だからお前がその件で罪を感じる必要は無いし罰を受ける必要もない」

 

「………で…も」

 

「相模。お前はこのままでいいのか?こんなに惨めなままでいいのか?………勘違いすんなよ?言っとくが、お前が逃げるって選択肢を後悔せずに選ぶんなら俺はその選択を支持する。逃げるっていう選択を自分の意思でした奴を責める事なんて誰にも出来ないからな。だがな相模。本当はそんな選択したくないのに、罰だから、自分のせいだからと選択するのならまた話は別だ。俺はそんな選択支持しない。………どうする相模?お前次第だ。お前が好きで逃げるんならそれでいい。だが本当は逃げたくないなら、本当は救われたいなら、俺が……、俺達がなんとかしてやる。あくまでもお前の頑張り次第だがな」

 

 

……うちは救われていいの?

……うちは差し伸べられたその手を掴んでもいいの?

 

 

 

 

「………やだ……」

 

「あん?」

 

「こんなのは嫌だ……。もうこんな思いは辛いよ……!……………あんたに、あんたにこんな事言うのは間違ってるのは分かってる……!そんな資格が無い事なんて分かってる…」

 

 

こいつにこんな事言うなんて虫がよすぎる……。

 

でも、もしも許されるのなら……

 

 

「比企谷ぁ……!やだよぉ……!もうこんなに辛いのは嫌だよぉっ……!助けてよぉっ……!もううちどこかに消えちゃいたいよぉっ……!うちは…、うちはどうしたらいいのぉ………?こんなに惨めなのはもういやぁ……」

 

 

泣き崩れてぐちゃぐちゃなうちに比企谷は舌打ちをした。

 

 

「チッ……、しゃあねえなぁ……。いいか相模、今から俺の友達の友達の話をして………、あぁ、もういいか。俺の昔話だ。今までも依頼解決の為に何度か依頼人や雪ノ下達に話した事もあるんだが、今までは聞いてる連中があまりにも引いちまわないようにウィットに富んだジョークを混じえて軽めに脚色してたんだが、今から話すのはマジもんの話だ。ドン引きすんじゃねえぞ。本物のドン底、本物の惨めさってのがどういうもんなのか教えてやる」

 

 

それから比企谷は自分の小学生時代、中学生時代、そして高校一年までの出来事、そしてそれに対して自分がどう感じたか、どう辛かったのかを語ってくれた。

 

 

うちにはなにも言えなかった……。言えるわけなかった……。

 

少しでも自分の境遇と重ね合わせて感情移入しようと試みたのだが、そんなに甘いものじゃ無かった。

この程度で世界中の不幸を一人で背負っているつもりになっていた自分が恥ずかしすぎるほどの辛さ……。

 

 

うちは胸が痛くて苦しくて、涙を流し続けて聞いていた。

 

 

× × ×

 

 

「ま、こんなもんだ、リアルな惨めさってのは。引くだろ?………最低辺舐めんな」

 

なんにも言えずにただ涙を流すうちに、比企谷はこう言った。

 

「ったくよ……。マジで俺クラスの鍛え上げられたエリートぼっちじゃなかったら、こんな昔話人に聞かせてるだけで辛くて自殺してる所だわ。鍛え上げられた俺にはこの程度の思い出話、もうなんの痛みも感じないがな」

 

 

 

………嘘付き。

 

 

なんにも感じてないなら、なんでそんな顔してるの?

なんでそんなに辛そうな表情で目を滲ませているの?

 

あんたは痛みに慣れたフリして自分に嘘付いてるんじゃない……。

 

そんな思い出したくもない口にしたくもない昔話を、うちの痛みを少しでも減らしてくれる為に、また自分を傷付けてまで話してくれたんじゃない……。

 

 

ホントにバッカみたい……………。

 

 

「ここまでの話をしたのは後にも先にもお前だけだ。まあ忘れてくれると有難い」

 

 

忘れられるわけないじゃない……。あんたの痛みを。あんたの苦しみを。

あんたの優しさを………。

 

 

 

「でもな、相模。こんなに惨めで全てを諦めてた最低辺の俺でさえ、今ではあれだけ青春とやらを謳歌してリア充代表みたいだったお前から羨ましいだなんて言われちゃうんだぜ?人生って分かんねえもんだよな」

 

 

涙で滲んで良く見えなかったけど、そう言ってる時の比企谷の顔は、たぶんすごく優しい表情だったんじゃないかな。

 

 

「俺には奉仕部に強制入部させられる前までは、学校に味方なんて一人も居なかった。でもお前には少なくとも二人、お前の為に一緒に傷付いてくれる奴が居る。それで自分は最低辺だなんて、惨めだなんて、マジで贅沢すぎんだろ」

 

 

 

ホントにそうだ。うちは贅沢者だ。

 

 

「だからお前は最低辺なんかじゃねえよ。やり直しだっていくらでも出来きる。人生なんて周りと自分次第でいくらでも変わんだろ」

 

 

うちはやり直せるのかな?

 

 

「キツいだろうから別にすぐに学校来いとは言わんけどな、お前が来たいと思うんなら来い。残念ながら孤立から救ってやる事は出来んが、惨めさは排除してやれる。くだらないクソ共からの蔑みの眼差しは無くしてやれる。あくまでもお前の、お前等の頑張り次第だがな」

 

 

すると比企谷は立ち上がると荷物を拾いドアの前まで行き、ドアノブに手を掛けた。

 

「俺の話は以上だ。あとはお前に任せるわ」

 

そのままこちらを振り向きもせずドアを開いた。

 

 

 

うちは許されるのだろうか……?

うちはやり直せるのだろうか……?

うちは頑張れるのだろうか……?

 

 

× × ×

 

 

「…………え」

 

「…………あ」

 

 

あれ?比企谷はそのまま出ていくのだろうと思ってたのに、扉を開けたそのままで固まっている。

 

てか「……あ」って何?誰の声?

 

俯きっぱなしの涙でぼろぼろの顔を上げると、硬直した比企谷の向こう側に、ぼろぼろに泣いてるお母さんが……。

 

 

「……あ、や、ごっ、ごめんなさいねっ……!ちょっ!ちょっと南が心配だったから……そのっ!」

 

 

涙でぐちゃぐちゃな顔を真っ赤にさせて、スタコラサッサと階段を下りていく我が母親……。

 

 

…………マジか………。今の会話、お母さんに聞かれてたのっ……?

 

………恥ずかしい……恥ずかしすぎる……。

もう死にたい……

 

 

でもうちよりもずっと遥かに死にたそうな顔をしているヤツが一人……。

 

 

「マジ…かよ……」

 

 

真っ赤な顔をしてプルプルしてる。

 

なにこれ?さっきまでのシリアスなんだったの?

 

比企谷はそのままそっと部屋を出てそっと扉を閉めた……。

閉まりきる直前にちょっと目があったのだが、それはもう恥ずかしそうに気まずそうに、顔を真っ赤にさせて軽く目が潤んでた。

 

 

 

「………………ぷっ」

 

 

その様子をしばし呆然と眺めていたのだが、なんか急に込み上げてきちゃったよ……

 

 

「くくっ……ふふふふ……っ………あははははははっ!……っひぃーっ」

 

 

こんなに思いっきり笑ったのはどれくらいぶりだろう?

ああ……、忘れてた。笑うのって、こんなに気持ちがいいんだな……

 

うちはしばらく涙と笑いが止まらなかった。

この笑い声は比企谷にも思いっきり聞こえているだろう。

うちにもこんなに恥ずかしくて情けない思いをさせたんだ。あんなやつ、恥ずかしさに悶え苦しめばいいっ。

 

 

だからうちは比企谷にもっといっぱい届くように、精一杯大声で笑ってやった。

ざまーみろ!

 

 

× × ×

 

 

それから土日を挟んで三日間、うちは部屋に籠もっていた。

 

 

そして週が開けた月曜日。

うちは久しぶりに早起きすると鏡の前に顔を向け、ひと月ぶりに髪をセットしメイクをする。

 

うん!嫌味にならない程度のナチュラルメイクでばっちり!

朝から気合い入れてネイルも塗っちゃおう!

セットもメイクもネイルもやり方を忘れてなかったみたいだ。

 

 

ひと月ぶりのピアスをはめる。

 

穴塞がっちゃってないかな?ピアス穴を空けてからこんなにピアスをしなかったのは初めてでちょっぴり不安だったけど、うん!ちょっと痛かったけど大丈夫!

 

 

ひと月ぶりの戦闘服に袖を通す。

 

もう着ることないかも……とか思ってたけど、やっぱりこの可愛い制服はうちにピッタリ!

 

 

全身ばっちりコーデを決めて、ずっと誰も映る事の無かったひと月ぶりの姿見の前に立ちクルリとひと回転。

 

 

「うしっ!」

 

 

パチンッ!と両手で思いっきり両頬を叩く。

 

 

 

 

 

しょうがない!あいつの口車に乗せられてやろう!

あんな奴をいつまでも羨ましいと思ってるなんて癪だしね!

今度はうちを羨ましいと思わせてやる!うちを凄いって思わせてやる!うちを認めさせてやる!

 

あんなやつに、比企谷なんかに負けてられるかぁっ!

 

 

 

うちは部屋を出て階段を下り、久しぶりに嗅いだ朝ごはんの香りが漂ってくるリビングキッチンの扉に手を掛けるのだった……

 





ありがとうございました!

ようやくここまで来ました!今回は書いててちょっとキツかったです。

でもここからは最後まで気持ち良く書けたらな〜……と思ってますので、最後までお付き合い頂けましたら幸いです!







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