あいつの罪とうちの罰   作:ぶーちゃん☆

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その時彼女は自らの挫折を心から感謝した

 

 

 

「おはよ」

 

 

ひと月ぶりに開いた朝のリビングキッチンでは、朝ごはんの準備をしていたお母さんと準備が出来るのを新聞を読みながら待っていたお父さんが、うちを見て一瞬だけ驚いた。

 

 

「あら南おはよ!」

 

「おはよう!ホラ南、早く座れ。そろそろ出来るみたいだぞ」

 

 

でもすぐに何事も無かったかのように返事を返してきてくれた。

 

「……はーい」

 

二人の気遣いに思わず目が滲んでしまう。でも今はまだ泣く時ではない。

なんとか涙が零れないよう踏ん張って席についた。

 

「はーい、どうぞー」

 

 

久しぶりだなぁ、朝ごはん!

17年間毎日食べていたはずなのに、お母さんが用意してくれた朝ごはんはとてもとても美味しかった……

 

「ごちそうさまでした!」

 

「はーい。お粗末さまでした!南、はいお弁当!」

 

食べ終わるとお弁当を渡してくれるお母さん。

 

 

でもなんで?

うちは今日から学校に行くだなんて一言も言ってない。

それどころか、比企谷が家に来た木曜日以来、うちは誰にも会わず誰とも喋らず三日間ずっと部屋に閉じこもってたのに……。

だからお母さんは今日からうちが学校に行くだなんて思ってた訳がない……。

 

そしてひとつの仮定が頭の中を過る。

 

 

 

 

もしかしたらお母さんは、うちが不登校になってから、毎日ずっとお弁当を用意してくれていたのかな……

うちがいつでも学校にお弁当を持っていけるように……

 

 

「うん。ありがとう」

 

 

ありがとう……。そしてごめんね……。

 

自分自身で決着をつけられたら、その時はちゃんと謝ります。まだなんにも出来ていない今、ただ謝るのは違うと思うから。

 

 

× × ×

 

 

ひと月前とおんなじように、お母さんは玄関まで見送りにきてくれた。

 

このままいつもと変わらずに送り出してくれるのかと油断してたら、とんっでもない不意打ちを食らってしまった。

 

 

「みなみみなみっ!」

 

ローファーを履いてるとチョイチョイと手招きし、コソッと耳打ちしてきた。

 

「ん?なに?」

 

「あの子、最初はびっくりしたけどとってもいい子ねっ!お母さん気に入っちゃった!お父さんには内緒にしといてあげるから、今度家に連れて来たらぁ?お母さん思いっきり歓迎しちゃうぞぉ?」

 

 

なっ!?なに言ってんの?この人!ニヤァっととんでもない事言わないでよっ!?

 

「は!?はぁ!?な、なに言ってんのよっ!アイツはそんなんじゃないからぁっ!」

 

あら?そぉなの?とニヤつくお母さんを無視してバタァン!とドアを閉める。

 

 

 

まったく!朝から顔があっつい!

だから梅雨は蒸し暑くて嫌なのよっ!

 

 

× × ×

 

 

昨日からの雨が残り、今日も朝からシトシト降り続いていた。

 

朝は無理矢理自分の気持ちを鼓舞して張り切ろうとしてたけど、学校に近付くにつれて気分が半端なく沈んできた……。

 

「気分を天気で表現とか、どこの少女マンガよ…」

 

ああ…気持ち悪い……。吐きそう……。もう帰っちゃおうかな……。

 

 

ダメだダメだっ!後ろ向きになっちゃダメだ!

 

そうだ!比企谷の言葉を思い出そう!

実はあの大笑いの際、てっきり帰ったかと思ってた比企谷が、玄関まで行ったあとにすっごい気まずそうに恨めしげなジト目で引き返してきたんだよね。

言い忘れた事があるって。

 

『もし学校に来るんなら、俺の経験則からひとつアドバイスしといてやる。とにかく奴等に弱味を見せない事だ。教室に着いたら確実に好奇と侮蔑の目に晒されるだろう。だが一切気にするな。不登校してた事など別に大したことじゃありませんけどーってなくらい普通にしていろ。ああいうクソみたいな連中は、弱味を見せたら叩いてもいいんだという腐った思考回路をしてるからな。だからとにかく普通でいろ。例え【なにがあっても】な』

 

 

そうだ!今からこんなんでどうする!

うちなんかの為にあれだけの事をしてくれたあいつを信じよう。

 

「……比企谷……。うちを守ってね…」

 

 

比企谷に守ってもらえる資格なんてないのに、ついこんな事を口にしてしまううちは本当に滑稽だな…。

でも、叶えられないそんな願いでも、一言口にしただけでも随分と気が楽になった気がした。

 

「よし!行くぞっ!」

 

 

× × ×

 

 

教室に入ったうちに向けられた視線はまず驚愕。

え?来んの?って。

 

そしてそれは次第に嘲笑や侮蔑へと変化していった。

 

離れた所では、「えー?よく出て来れるよねぇ?私だったら恥ずかしくて無理〜!」とかって、わざと聞こえるように笑ってる連中も居た。

 

 

足が震える…。目眩もする…。吐き気も半端ないし、涙が溢れそうにもなった……。

 

でもうちは踏み留まった。こんな事はなんでもない事なんだ!って。大したことじゃない!って。

精一杯強がって自分の席まで辿り着くと、机が新しい物に変わっていた。

 

ああ、学校側が替えたのかな……。いざ問題化した時の証拠隠滅ってやつ?

 

ま、そんな事はどうだっていっか。うちは気にせず席についた。

 

 

「南ちゃん!おはよー!」

 

「おーす、南ちゃんっ」

 

 

………びっくりしたぁ!席についた途端、由紀ちゃんと早織ちゃんが普通に挨拶してきたんだもん!

二年の頃に戻っちゃったのかと思うくらい、本当に普通に……!

 

でもよく見ると目は滲んで赤くなってるしちょっと震えてる。

 

『なにがあっても』

 

比企谷は、うちが登校してきた時には普通に接しろって二人にも助言してくれてたのかな……?

 

だからうちも溢れ出そうになる感情も涙も押し殺して、二人に二年の頃と変わらない挨拶をした。

 

 

「おはよー!由紀ちゃん、早織ちゃん!」

 

 

× × ×

 

 

その後は朝のHRが始まる迄の間、本当に地獄のような視線とわざと聞こえるような罵詈雑言に晒された。

うちだけじゃなく由紀ちゃん達にも……。

 

あれだけ裏切られたと嘆き失望していたのに、いざうちのせいで由紀ちゃん達までもがこの悪意に晒されてるのかと思うと、本当に申し訳ない……

 

「二人共ごめんなさい……」

 

うちは誰にも聞こえないように呟いた。

 

 

担任が教室に入ってきた時、うちを見て大層驚いていた。

でもその場ではうちに一切触れず、HR後に放課後生徒指導室に来るようにと一言言われただけだった。

 

もううちはあんたらの事も一切信用してないから、別にどうでもいいんだけどね。

 

今うちが学校で信頼してるのは由紀ちゃん達だけ。

 

ふふっ、あとあいつもかな?

 

 

一時限目の授業が滞りなく終わる。

 

やっばい……!全っ然分かんない!

これはしばらく苦労しそうだなぁ……

 

 

休み時間になると、由紀ちゃん達がすぐにやってきた。

 

「南ちゃーん!一緒にトイレ行こっ!」

 

「うんっ」

 

うち達は、ねっとりとした悪意の視線などまるで気にしていないフリをして教室を出た。

 

教室を出たと同時に教室内が爆笑の渦に飲まれていたが、もうそんなのどうだっていい!

隣には由紀ちゃんと早織ちゃんが居てくれるんだから……!

 

 

× × ×

 

 

「………南ちゃぁんっ……ごめんね〜……!」

 

「……もう私らに…こんな事言える…資格なんてないけど…本当にごめんねぇ……!」

 

「……うちの方こそごめんね……二人を巻き込んじゃって……でもありがとねっ……!」

 

 

誰も居ないトイレに入った途端にうち達は泣きながら抱き合った。ふた月分の気持ちを込めて……

 

こんな日がくるなんて思わなかったよ…!

うちは最低辺どころか本当に幸せ者だ…!

 

ひとしきり泣きあった後、早織ちゃんが由紀ちゃんに声を掛けた。

 

「……由紀っ!南ちゃんにアレっ!」

 

「あっ!そうだったぁ!」

 

ハンカチで涙を拭いながら、スマホのメール画面を見せてくれた。

そこにはFrom比企谷の文字が……。

 

 

「……えっ!?ひ、比企谷からぁっ!?……ゆ、由紀ちゃんて、いつの間にか比企谷と仲良くなったの!?」

 

「へ?違う違う!南ちゃんが学校にきてくれた時の為に連絡先交換してたんだ!なんか指示があるっていうからさ」

 

 

……あ〜、びっくりしたぁ……

いつの間に仲良くなっちゃったのかと思ったよ…。

まぁ冷静に考えたらそういう事に決まってるよね!

 

てか冷静に考えたら…って、なにうち動揺しちゃってんの?バッカじゃないの!?

 

 

「……あ、でもさぁ、別に仲良くなった訳じゃ全然ないんだけどぉ……、正直比企谷の事、すっごく見直しては…いるかな…?」

 

へ?

 

「ねーっ!なんかあいつって、本当は超頼りになるよねっ!……あんなに酷い事した私らに、依頼とはいえこんなにまでしてくれるなんてさ……」

 

ちょ!ちょっと二人とも…?

なんか赤くなってますけど…?

 

「っ!……おっと!そんな事どうでもいいんだった!南ちゃん、コレ見て?比企谷からの指示!HRのあと、南ちゃんが来たよってメールしたらコレが返ってきたんだ!」

 

そうだった!

一先ず今の件は置いといて……、ってどこになにを置いとくってのよ!?

別にどうでもいいっての!

 

 

そこには、比企谷からの指示なんだかアドバイスなんだか良く分からない文面が書かれてあった。

 

 

[よう相模。思っていたよりも早く来たな。ひとまずご苦労さん。キツいだろうが、とりあえず昼までは頑張ってくれ]

 

昼まではってどういう事……?

 

[そして昼になったら、辛いだろうがそのまま三人で教室でメシ食ってろ。ちょっとしたサプライズを用意してある]

 

は?サプライズ……?

 

[そのサプライズはお前達三人にとってもかなりキツいだろう。だが頑張れ。頑張って『普通』で居ろ。楽しくなくても楽しそうに振る舞え。アドリブを生かして自然体で居ろ。それが出来れば、お前達はもうクソ共から侮蔑の視線を送られる事はなくなる]

 

 

比企谷は何をしようとしてんの……?

そして最後にこう書かれメールは終了していた。

 

[あとはお前達次第だ。上手くやれ。そうすればもう惨めな想いだけはしなくてすむ]

 

 

読み終わると由紀ちゃん達に不安の目を向けた。

 

 

「な…に?これ…?なにが起こんの?……なんでサプライズってのの中身教えてくんないの……?」

 

「私達も本当に知らないんだ……。聞いても教えてくれないのよ……。この程度のこと自分で考えて乗り切れないようなら、どうせこの先破綻するぞ…って」

 

 

なんだろう……。不安しかないよ……。

だって比企谷だよ…?

 

 

× × ×

 

 

教室に戻るとうちの机には早くもいくつかの落書きがしてあった……。

 

『よく出てこられたね』『カッコわる〜い(笑)』『文化祭みたいに逃げだしちゃいなよぉ』

 

ってな具合にね。

 

 

ふと見ると自分の席に帰った由紀ちゃんと早織ちゃんも一瞬固まっていた。

 

クソっ……!二人もなんか書かれてるんだ……。

 

でも二人共そんな覚悟をしてたのか、そのまま気にしないように席についた。

だからうちも何事もなかったかのように座った…。

 

悔しい…!悔しい…!悔しい…!

 

うちだけならまだしも、あんなに優しい二人にまで嫌がらせするなんて……!

 

でも顔に出しちゃダメだ…!俯いてもいけないんだ…!

 

うちは顔をあげた。なんでもないよと見せ付けるように。

その時ふと視界に入ったのは、遥とゆっこの醜く歪んだ笑い顔。

それを目にした瞬間、うちは自然とこんな気持ちになってしまった。

 

 

 

ああ……。うちは道を踏み誤って良かったな。

ハブられて痛い目にあって本当に良かった…。

 

あの醜く歪んだ顔は、紛れもなく少し前までのうちの顔…。

 

花火大会で、結衣……ゆいちゃんが比企谷と一緒に居るのを見て見下した時と同じ顔。

文化祭で奉仕部に依頼に行った時の顔。

比企谷を悪者に仕立て上げて、まんまと学校中の悪意を受けた比企谷を見て良い気味だと蔑んだ時の顔。

 

 

うちはあんな顔を比企谷に向けていたんだ……。あんな顔を比企谷に見られていたんだ……。

思い出しただけで背筋がゾッとする。

 

 

 

ああ……。うちは本当に道を踏み誤って良かった……

 

 

× × ×

 

 

うっわ〜…、超緊張してきた……。

刻一刻とお昼が迫ってくる……。

 

「やばい……あと二時間…」

 

休み時間の度に侮蔑と嘲笑が向けられてきたのだが、もうすでにそれどころじゃない……。

 

「もう次四時限だよ……?」

 

だって比企谷だよ……?

文化祭の為とはいえ、うちの為とはいえ、解決にあんな事をしでかした比企谷がうちらに優しい事なんて考えてる訳ない……。どうせろくでもない事に決まってるよ〜……。

 

ってかうちって比企谷全然信頼してないじゃん……

 

 

しかし無情にもその時はやってきてしまった。

校内に四時限目終了のチャイムが鳴り響く。

 

「やばい吐きそう…」

 

「一応先に食べてよっか…」

 

うち達は緊張の面持ちでお弁当を広げた。

 

「えっ!?なに?もしかして教室で食べんの?あの人達〜!」

 

「まじウケる〜!」

 

 

分かっていた事だが、教室中そんな空気で包まれていく。

 

 

でもそんなくだらない空気は次の瞬間、ガラリと無遠慮に教室の扉が開かれると一瞬にして凍り付いた……。

 

 

 

 

……………嘘でしょ?

 

なんであの人が…、あの人達が来んのよ……?

 

 

「やっはろー!さがみんっ」

 

 

なんでゆいちゃんが……?

 

 

「はろはろー、南ちゃん!」

 

 

なんで姫菜ちゃんが……?

 

 

そして中心に控えるこの人が一言発言した瞬間、クラス中を緊張の獄炎が包みこんだ……!

 

 

 

「あー!マジで南来てっし。てか勝手に先に食べてんじゃねーし!あーしらも混ざっからぁ」

 

 

 





この度もありがとうございました!

この回はラストに向けての繋ぎの回ですね。


それではまた!

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