幌筵の小さな警備府   作:蛍火おぼろ

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艦娘達が抜錨するようです。

 イ級は口を大きく開き、己を釣り上げた秋窓目掛けて襲い掛かる。咄嗟に懐から一丁の拳銃を引き抜く。効かないのは理解していた。けれども彼は逃げずに、立ち向かうことを選ぶ。しかし、彼は発砲することが出来なかった。

 

「青葉、じっとしてられないな」

 

 秋窓とイ級の間に、青葉が割って入ったのだ。彼女は艤装を展開させ、砲門に指示を下す。この合間にも迫り来るイ級は、口の中にある砲塔から射撃を行う。彼女は決して躱さず、被弾しながらも連続で撃ち続けた。

 イ級は近距離からの連続砲撃に耐え切れず、黒煙を纏いながら海へと逃げた。

 青葉に至っては体が少し煤けているくらいで、特に目立った損傷はない。

 

「通常サイズの駆逐イ級を仕留め損ねるなんて……。異動前に、良い装備持っていける口実が出来ましたねぇ。……はっ! 秋窓さん、大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫だ。助かった」

 

 慌てて安否を確かめる青葉に、彼は御面の下で笑う。互いに身体的な変化があっても、精神的にはそのままなのだ。思い出の中の彼女となんら変わらない。

 しかし困ったものだ。はぐれかもしれないが、こんな近海ですら深海棲艦が現れるのは危険過ぎる。なによりも、いざという時の食料確保が出来ないのは後に響く。

 

「提督! さっきの音は……!」

「時雨か。大した事じゃない。それよりも、全員出撃命令だ。出撃後、通信機は切らないように」

「うん、了解。提督は安全な場所に移動してね」

「わかった」

 

 砲撃の音を聞いて駆けつけた時雨に指示を出し、後手に回らないようにする。それだけでも、戦況は大きく変化するのだ。

 時雨は青葉に何か言おうとするが、閉口した。踵を返して警備府に急ぐ彼女を見送り、釣り道具一式を片付ける。青葉はというと、何故かカメラを手にしていた。彼女がわがままを言い出す前に、秋窓は手で制する。

 

「駄目だ。戦闘の邪魔は許さないぞ」

「まだ何も言ってませんよ?」

「カメラ持ってる奴が何を言うかなんて察しはつく」

 

 そう言われ、彼女は自身の手元へ視線を動かす。目蓋を大きく開き、愛用のカメラを持っていることに動揺を隠せないのが、手に取るようにわかる。それを後ろに隠し、誤魔化すように笑いかけた。

 無意識に体が動いてしまうのは難儀な事だ。

 

「仕方ないですね……。また後日にします。そろそろ時間なんで」

「そうか。また何かあったら連絡くれよ、姉貴」

「了解です! では、青葉はこれで」

 

 最後に秋窓を抱擁をした青葉は、南西の海上を駆けて行った。それを見送り、急いで執務室へと向かう。警備府で使える通信機は現状そこにしかないのだ。

 

 

 

 一方、出撃命令を受けた艦娘たちは旗艦の木曾を先頭に、順次海へと出ていた。

 

「近海に深海棲艦ねぇ。本当にいると思う?」

「お姉ちゃん、司令官さんが見間違えるとは思えないのです。きっとどこかに潜んでいるのです」

 

 秋窓の言葉を信じて疑わない電は、視線をあちこちに向ける。妹のそれに見習い、雷も耳と目に意識を傾けて周囲を探り始めた。二人が警戒をしても、周囲にそれらしい姿は見えない。

 

「もっと沖の方かな?」

「時間も経っているし、本隊と合流した可能性も充分ありえる。沖へ移動するぞ。時雨は殿を頼む」

「了解」

 

 木曾は右手で軽く水兵帽を抑え、左手で三人に付いて来るよう促す。雲ひとつない天候で見晴らしは良いが、それは相手も一緒だ。敵に戦艦や空母がいるなら厄介な事この上ない。木曾の能力上、艦載機を搭載する事は可能だが、本人の希望もあり装備していないのが現実だ。故に自力で敵艦隊を見つけ出さねば。

 

『秋窓だ。木曾、聞こえるか?』

「ああ、問題ない。現在は沖の方へと進軍している。提督の方から何か指示はあるか?」

『俺が確認したのは、防波堤周辺に駆逐イ級一隻だ。たった一隻だけで、ここまで来るとは考えにくい。恐らく沖の方に本隊がいるだろう。敵艦を発見次第、報告を頼む』

「了解。提督はもっと気を楽にしてな。すぐに片付けるさ」

『初陣の癖によく言う。俺は茶でも飲んで、ゆっくりと報告を待っていればいいか?』

「それでも構わないさ。なぁ?」

 

 後続の三人に顔を向け、問いかける。各々が自信満々に声を上げ、一気に騒がしくなった。それは自分自身を鼓舞するようにも感じ取れる。

 

「なによ、私達じゃ心配なの?」

『いや、そういう訳ではないのだが』

「元気ないわねー。そんなんじゃ駄目よ! 電も言ってあげなさい」

 

 姉に後ろから押されて動きが危うくなるも、電はなんとか体勢を立て直す。ちらりと姉を見れば掌を合わせて謝罪のポーズを取っていた。一度咳払いをして、通信機に手を添える。

 

「し、司令官さん?」

『聞こえている。電も何か言いたい事があるのか』

「あの……。皆で帰るので、安心して待っててほしいのです」

『解っている。無理だけはするな』

「……了解なのです!」

 

 雷は私の時と反応が違うじゃないと頬を膨らませ、両手をぐるぐると振り回す。それを時雨が掴んで無力化させながら、彼女が口を開く。その場面だけをくり抜けば雷が彼女の妹にも見える。

 

「提督、今回の出撃が終わったら聞きたい事があるんだ。そのつもりでよろしく」

『何を聞きたいのかさっぱりわからんが……。解った、覚えとこう』

「ありがとう」

 

 木曾はそれを微笑みながら聞き、前方を睨む。天候のおかげか、遠方に黒煙が上がっているのが確認できた。それの周辺には数隻の艦隊らしき影が見える。木曾は通信機に手を当て、敵影らしき物の報告をし、加速を始める。三人もそれに習って速力を上げ、後方を追従した。

 

『砲雷撃戦、用意だ。敵の艦種と数は解るか?』

「軽巡ホ級一隻、駆逐ロ級が二隻、黒煙を上げてる……恐らく大破している駆逐イ級が一隻だな」

『偵察艦だったという訳か。情報を持ってかれる前に撃破してくれ』

「了解だ。戦果を楽しみにしていてくれ」

『無理はしないように。生きてる限り次はある』

「……不安なのか?」

『ま、そんなところだ』

「大丈夫だ、俺達を信じろ。以後の報告は時雨にさせる」

 

 それを最後に、木曾は自分から通信を送ろうとはしない。彼女は秋窓が不安となる要素に、目星が付いている。

 確かに艦だった頃の記憶はあれど、新しい船体(からだ)での実戦は別物で、また勝手が違うからだと彼女は考えていた。

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