幌筵の小さな警備府   作:蛍火おぼろ

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警備府内で荒波が起きるようです。

 秋窓は報告書を対峙する少女から受け取り、内容に目を通す。一際大きな戦績評価が目に映った。その下には出撃した艦娘達の名前と被害報告のそれぞれが、一目で解るよう簡潔に書かれていた。

 

「……この内容が警備府近海での戦闘結果と。間違いはないな?」

 

 彼がそう問うと、少女は首を縦に振る。彼女も出撃していたにも関わらず、目立った外傷が見当たらない。幸運艦と謳われる時雨は、ただ目を細めるだけだ。

 

「そうか、ご苦労だった。下がっていい」

「何も言わないんだね」

 

 意味深に呟いた時雨の言葉は無意識なのか。真意は解らずとも、秋窓は彼女の言葉に答える。

 

「誰も沈まずに帰ってこれたんだ。俺は文句なんてない」

「……。僕は戻るよ、提督もお疲れ」

 

 執務室に一人となった秋窓は深く息を吸って、吐き出した。実際に戦場へ足を運んだ訳ではいないのに、この重圧だ。精神面に難がある物ならば、長くは続けられないだろう。少しの判断ミスが、彼女達を深い海に沈めさせるのだから。

 気を取り直した彼は、再度報告書に目を通す。戦績評価の下に赤字で「旗艦木曾小破、雷中破、電大破」と刻まれている。更にその下には「軽巡洋艦一隻及び駆逐艦一隻の配備を手配済」とあった。

 

「手配済って、いくらなんでも急過ぎるだろうよ……こっちは新人だぞ?」

 

 現場が落ち着くまで、良くも悪くも彼の悲鳴が止むことはないだろう。

 

 

 

 

 

 その頃、艦娘達は船渠にいた。木曾にとっては、秋窓に投げ込まれた思い出の場所だが。

 比較的に被害が少ない木曾が、暁型の二人組を入渠(にゅうきょ)させて一息ついていた時だ。彼女は何者かの足音が通路に響くのを耳にした。この場所にいない秋窓や時雨とは異なる。あの二人は足音を出さない。

 

「およ? 睦月のお仲間さんですかねぇ、いひひっ!」

「だれだ? 不法侵入は御法度だぞ」

「本日付で警備府に配属が決定しました、睦月型一番艦の睦月です。睦月は待ってるのが苦手で……。てへっ」

「ああ、新しい艦娘か……。俺は旗艦の木曾だ。提督には会ったのか?」

 

 睦月型といえば旧式駆逐艦だ。火力は新型と比べると見劣りしてしまうが、燃費はいいとの話がある。まだまだ新しいこの警備府を考えれば、それはありがたい事だ。

 彼女は曖昧な笑みを浮かべ、首を横に振った。睦月曰く、ここは「迷いやすい」らしい。

 

「そういう事なら連れて行ってやる。着いて来い」

「はーい! あ、睦月以外にもう一人配備された方はもう面会済みなんですかー?」

「……他にも来る奴がいたのか」

 

 さっさと済ませたいのが木曾の本音だ。しかし、現実はそうさせてくれない。歩きながら考える彼女は不意に足を止めた。もう一人の新人を探すついでに、睦月に警備府の地形を最低限覚えてもらえばいいと。そうと決まれば話は早い。

 追従していた睦月へ振り向き、彼女の両肩を掴んだ。

 

「睦月!」

「は、はひぃ!」

「まだ警備府を把握していないんだよな?」

「……迷子になるくらいには、解らないのです……」

「そうか。もう一人の艦娘探すついでに案内してやるよ。最低限の場所だけ覚えればいい。行くぞ」

「おぉー! 睦月、感激ぃ!」

 

 満面の笑みを浮かべた睦月は、再び歩き出した木曾の横に並ぶ。それは姉に頼る妹の様に見えなくもない。

 

 

 

 

 

 それを通路の影から見送る人物がいた。彼女は瞬き一つせず、睦月を見た。人懐っこい笑みは木曾に向けられている。本来ならば仲睦まじいと思うはずなのだが、心の奥底で滾る感情はなんなのか。戸惑いつつも、これは良くない感情だと首を振る。現在優先すべき事はそれじゃないと。

 

「あれ? 時雨じゃない。どうしたの?」

「わっ……なんだ雷か、なんでもないよ。そんな事より、入渠は終わったのかい?」

「私は言うほど被害大きくなかったから、時間はかからなかったわ。電はもう少しかかりそうだったわね」

 

 同時に入渠出来る人数が狭いのも、今後の課題となるのは誰の目から見ても明らかだ。増築するにも難しい話ではあるが。

 

「時雨、なんでもないという割には顔が怖いわよ。司令官に何か言われたの?」

「提督は関係ないんだ。ただ、僕の気持ちがよく分からないだけで……」

 

 その言葉に何を感じたのか。雷の目が探照灯のように光った。彼女は時雨に「詳しく話を聞きたいから」と続きを促す。戸惑いながらも、時雨は沸き立つ感情について言葉で伝える。

 

「近くにいてくれるだけで、不安がなくなるような気がして安心するんだ。だけど……誰かと仲良くしてるのを見ると、体の中でモヤモヤしたのが蠢くんだ」

「なるほどねぇ……。時雨は大人びてると思ったけど、やっぱり女の子してると可愛いわね!」

「え……そ、そんな事より! 雷はこのモヤモヤがなんだか解るかい? どうしたらいいんだろう」

 

 困惑した表情で、時雨は彼女を見る。頼られる事を良しとする雷は、利き手の人差し指を時雨に向け、答えた。雷の表情は母親を彷彿とさせるような、穏やかなそれだった。

 

「いい? そのモヤモヤは嫉妬よ。時雨、あなたは恋をしてるのよ」

「嫉妬……。恋……?」

 

 縁のなかった言葉に、時雨はただただ、首を傾げる事しか出来なかった。

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