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恋とは、愛とは。ただそれだけが、時雨の思考を埋め尽くす。けれども答えに行き着く事はなく、頭が痛くなるばかりだ。夢遊病を患ったかのように、宛もなく歩く。気付けば、彼女は警備府の屋上に着いていた。
「雷が言う通り、そうなのかな……?」
浮かぶのは女性の姿。その時点で既に時雨の思考はパニック状態に陥っている。こんなザマでは、艦娘として戦う事もままならない。頭を抱え蹲っていると、誰かの足が目に入った。
「時雨、こんなとこで何してるのさ。頭痛いなら医務室に連れていってあげようか?」
「……誰かな」
聞き覚えのない声に名を呼ばれ、時雨の顔が自然と上がる。彼女の視線の先には、茶髪のセミロングをツーサイドアップにした女性がいた。柿色のセーラー服は非常に目立ち、黒のミニスカートから覗く素足は眩しい。
女性は人懐っこい笑みを浮かべ、再び口を開いた。
「
「僕は時雨……うん? 養成所は艦種別だよね? 初対面だと思うんだけど」
艦娘養成所とは、読んで字のごとく艦娘を養成する施設である。艦娘自体も人間と同じであり、学んで覚えるという過程が必要だ。最初から何でも出来る訳ではない。
「あれ、私が何か勘違いしてるのかなぁ……。まあ、いっか! それで何かあったの?」
川内は時雨の目線に合わせてしゃがみこむ。彼女の表情は、仲間を心配するそれだ。時雨は苦笑を漏らしつつ、ゆっくりと口を開いた。
「川内はさ、恋愛とかって詳しい?」
「あはは。そっち方面は予想外だったなー。……なんて、一応経験あるよ」
「え、本当に?」
予想外な言葉に、時雨は無意識に聞き返す。友人の中でそれを知っている者はいても、経験者はいなかったからだ。笑みを絶やさず「嘘はつかないよ」と川内は答え、ゆっくりと話し始めた。
それは十年以上前の話だ。当時の彼女は艦娘養成所に来てから日が浅く、施設内で迷子になってしまっていた。少女というよりは幼女といった方が正しい当時の彼女は、壁伝いにゆっくりと歩く。
そういう時に限ってすれ違う人すらいない。ただただ、自身の足音だけが反響する。
歩けば歩くほど、その分だけ周囲から孤立してるような錯覚に襲われた。彼女はそれが怖くて仕方ない。
そんな彼女の元に、駆けつける男がいた。作業服を着用した彼は背が高く、見知らぬ者なら少し怖気づいてしまうだろう。しかし川内は違う。彼を見る瞳は光り輝いている。
「まったく、こんな所まで来て……」
「あ、整備のおじさん……!」
「お兄さんと呼べ、お兄さんと。みんな心配してるんだ、帰るぞ」
「わかった!」
差し出された彼の大きな手を、川内は強く握りしめた。
頬に手を当てる川内は、ニヤニヤと笑みを絶やさない。所謂思い出し笑いというやつだ。少しばかり話し掛けづらいものがある。
時雨は出来る限り平静を装いながら、川内に声を掛けた。
「えっと、迷子だったのを助けてもらった話?」
「そうだけど! そうじゃない! 段々意識しちゃってさ、暇さえあれば思い出すんだよねー」
「へぇ……。助けてもらってから、その人とはどうなったんだい?」
「私が一人前になったと同時に、転属しちゃったんだ。その間にも色々あったけどさ」
言葉を区切った川内は、唐突に時雨の肩を掴む。先程の不気味な笑みは嘘のように消え、彼女の力強い視線が相手を射抜く。逃げる事すら出来ない時雨は、生唾を呑み込んだ。
「時雨の気持ちが決まってるなら、伝えられる内に伝えた方がいいと思うよ。もしかして、相手との関係壊れるのが怖い? 私達は、戦場の最前線に出る艦娘だと言うのを忘れちゃダメだからね。沈んでからじゃ遅いんだからさ」
「………………うん、ありがとう。川内」
彼女の言葉を胸に、時雨はゆっくりと頷く。思い浮かべるのは、相手を気遣う言葉とたまに見せる笑顔だ。
「僕、木曾に告白してくる」
「そっか、決心が……ちょっと待って」
走り出そうとする時雨にしがみつき、川内はなんとか彼女を食い止めた。傍から見れば滑稽で仕方ないのだが、二人にとっては実に真面目な事である。
「どうしてそうなったのよ!」
「木曾が出撃した後じゃ、遅いかもしれないじゃないか! 離してくれないかな!」
そんなやり取りが暫く続く事になり、騒ぎを聞きつけた秋窓が喝を入れるのは、そう遠くない未来だ。しかし二人がそれに気付く事はない。