夜の森はたとえ鳥目でなくても、その人の手が届く範囲くらいしか者を視野に捕らえることはできない。それに引き換え、はるか遠くに存在しているはずの星は一段と光り輝いている。
「へい、いらっしゃい。今日は新鮮なヤツメウナギが入ってるよ!」
そんな満天の星空にも引けをとらない、明るい笑顔の店主。ここは用心な里の人間も足を止める屋台、『焼き八目鰻屋』である。昨日までは。
「あの……さ。これはどう見ても」
名を名乗るタイミングを完全に失っている妖怪は、自分の正体よりも、目の前にヤツメウナギとして説明されたものの正体を明示しようとした。しかしそれを遮るように、騒音という名の歌と調理の音が、なんとも言いがたいハーモニーを醸し出していた。それを奏でるのは、幻想郷ではもう名乗ることも不要な夜雀のミスティアである。
リズムを刻むように材料を捌くミスティアの手つきはさすがに慣れたものだった。先ほどまで生きていたはずのヤツメウナギは歌のサビに突入するよりも早く、炭火の上で大合唱をしている。もっとも、ミスティアの歌にサビという概念があるのかは不明だが。
「あっと……ん」
名乗るどころか、相手であるミスティアの名前を聞き出すこともできていないこの妖怪は、話を切り出すこともおぼつかなく意味のない喃語を発していた。この名無しの関係はそもそも、この妖怪が始めたものだ。ミスティアにペースを乱されてからというもの、あの威勢のよさは星瞬く果てに消えてしまった。
「はいお待ち! 冬限定焼きヤツメウナギ―ミスティアオリジナル―だよ」
妖怪が口籠もっている間に、四角く切られた形、焼き立てでまだ静まらない脂の音、そして香ばしい匂いのする正体不明のヤツメウナギが出来上がった。
ちなみに断っておくが、海のない幻想郷で冬に生きた八目鰻は存在しない。乾燥物か、冬の到来に気づかないくらい鈍感なものしかないだろう。もちろん後者の可能性は雀の涙ほどしかない。
「ミスティアオリジナルって……蛇のことじゃない。そういえばミスティアって名前なのね」
二人の空間に浮かんでいたアスタリスクの一つが、今はじめて明かされた。当の元アスタリスクは、豆鉄砲でも食らったような顔をしている。
「あれ? 名前いってなかったけ」
ミスティアにとって驚くべき事実が明らかになったところで、ようやく自己紹介する瞬間が訪れた。幸いにも妖怪は、鈍感ではなかったのでこの瞬間を見逃さない。
「私はカリン・プテリクス。あなた達トリの大先輩の妖怪よ!」
妖怪――カリンにとってみれば、普通に名乗ったつもりなのであろう。しかしミスティアは、三途の河幅を求める数式でもぶつけられたかのような面立ちだった。
「ぷてー……カリンだね! 私はローレライ。夜雀のミスティア・ローレライだよ。最近は焼き八目鰻屋やってるよ」
非常に鼻が高そうに話すミスティアだが、「焼き蛇屋じゃなくて?」というカリンの指摘によって豪快にくじけてしまった。
そもそも八目鰻は数も少なくなってきているので、毎回安定して仕入れることは困難だ。そこで冬や特に仕入れが少ないときは、鰻やドジョウなどを代用品として出すという。来店する里の人間も、気まぐれヤツメウナギの蒲焼よりも早くできあがってしまうので、火の通っている蒲焼であれば文句を言わないのである。
「あれ、でも蛇だって冬にはいないはずじゃ……」
今さら足を書き足す必要はないであろう。そう、冬に存在しないものの代用品に、捜索しずらい物を選ぶのはナンセンスだ。
「それがね、寒仕込みで雀酒を造ろうと思って用意してたんだけど。水が凍っちゃったから、集めた米を入れられなくて……。ツボを土に埋めてみたの。蛇も潜るくらいだから、地上よりはましでしょ?」
ここまでの話で、特に勘の鋭くない人でも展開が読めたであろう。そもそも雀酒事態、竹に米粒を溜めておいたのを忘れてできた偶然の産物である。
「それでちゃんと凍ってないか確認しようと思ったんだけど、どこに埋めたか分からなくなっちゃって。必死にそこらじゅう掘り返してたの。そしたらいいものを掘り当ててね、だからご馳走してあげたの!」
何とこの焼き八目鰻屋は、初めから八目鰻をもてなす気はなかったのである。今の今まで酒を出していないことから、こちらも仕入れられていないのだろう。赤提灯が聞いて呆れる。
「おいしいからいいけどね。……で話を戻してもいい?」
ミスティアの流れに飲まれてしまい、すっかり埋もれてしまっていたが、カリンはミスティアに二つの質問を投げかけていたのである。
「え? 何か話してたっけ」
どうやらツボだけでなく、埋めてしまったものはとことん忘れてしまうらしい。そして思い出そうという素振りもせず、屋台をせっせとたたんでいた。
「さっき開いたばかりなのにもう終わり?」
今ひとつ追加された。カリンが蒲焼を食べ終わったらすぐに店仕舞いを始めたことからすると、今日は元々開業しない予定だったのかもしれない。しかし商売癖なのか単に頭が回らなかったのか、箸やおでんの鍋も用意されていた。さすがに具は入っていないが、とんだ骨折り損である。
「明日は乾燥八目鰻の仕入れ日だから、今日は早く寝るの」
夜雀が早寝とは、既に存在意義が危うい。人間を驚かさずに商売を始めている時点で、妖怪としての威厳はもはや飛ぶ虫すら落とせないだろう。そこも幻想郷特色といえば、それまでだが。
「トリ云々は後でいいとして、ここはどこなの? 私以外に変化できるトリがいるとは思わなかったよ」
屋台は既に、暖を取れる程度まで鎮火した炭火くらいしか残っていない。それが完全に灰になるのを待つように、ミスティアは炭を火鉢でつついている。
「え? その言い方だと、もしかして幻想郷レベルでしらないのかな」
ミスティアは急に、炭に水をかけて火を消した。かと思うと、その残骸をその辺に洗い流した。この火鉢を片づけ終わると、伸びをして一息ついた。そこにカリンがまだ片付けられていない椅子を、ミスティアに渡しながら話し始める。
「げんそうきょう……って町の名前? 何かいつの間にかここにいたのよね」
つまり未知なる地で名前も知らないトリの妖怪に何の脈絡もなく『鳥の食』に関する哲学を説こうとした事になる。そんな行動を外の世界でもやっていたのなら、幻想郷に引き寄せられて当然である。いや、ここでも充分非常識である。
「じゃあ幻想郷のルールとかも分からないってことね。でも今から話すと長くなるから、明日追い追いに説明するよ」
ミスティアに『幻想郷』を完全に説明などできるはずないが、情報量が少ない分必要最低限の知識をつけやすい。そういう意味では、ミスティアが幻想郷で初めての出会いであったことは幸運なことである。
「それに、幻想郷についたばかりなら泊まる場所もないでしょ。隠れ家に案内するから、しばらく一緒に暮らそうよ!」
ミスティアはあっさりイって、すぐに歌を口ずさみ始めた。同じ妖怪とて、自分の隠れ家は簡単に教えることはない。それほどにカリンのことを気に入ったのか、深く考えなかったのか。
「本当にいいの? 隠れ家なんでしょ」
カリンも少しは常識も持ち合わせているらしく、その真意を確かめた。しかし当の本人は、聞く耳を持たない様子で歌い続けている。もしかしたら歌っている間ミスティア自身は、聴覚狭窄に陥っているのかもしれない。
「ち、ちょっと。待ってよ!」
カリンは返答できないまま、ついて行くという選択肢しかなくなっていた。そのまま二匹の鳥は、奇妙な歌声を残して闇に消えていった。
とぅーびーこんてぃにゅーど...
おまけの後書き↓
http://ameblo.jp/yataraku/entry-11572974938.html
●聴覚狭窄”
→視野狭窄のみみバージョン的な。こんな症状ないので大丈夫ですよ。造語。
オリキャラの容姿↓
http://ameblo.jp/yataraku/entry-11579347007.html