寒い。痛い。暗い。どうしてこうなってしまったのか……まるで解らない。誰もいない。自分が生きている意味ですら見失ってしまっている。何のために。これからどうすれば。でもどうしようもない。私は……。私は……。
――
「えっ、あれ。起きた!」
夢……だった。嫌な夢から目覚める時は、早く逃れたいのでどうしても勢いがついてしまうのは仕方がない。私の隣で頭に長い耳を付けた謎の生き物があわてている。まさに私の犠牲者といったところか。でもこっちにも耐え難い事情があるので、文句を言われても困る。
それにしても、あの悪夢を見るのは久しぶりだ。というのも、ここまで緊急事態になること事態何年ぶりだろうか。私の奥底に眠るこの記憶。実は私自身この悪夢についての詳細は覚えていない。忘れた。ただ何かの拍子――ちょうど死に掛けるような出来事に遭うと、フラッシュバックしてくるのだ。
「た……大変。お師匠様!」
私が心傷に浸っている間に、おかしな生き物は走っていってしまった。そういえばここはどこだろう。確か、私はあの魔女の家にいたはず。それで喉が渇いて……ここまで思い出したら、なんとなく私に起こった悲劇が予測できた。
「とにかく、あの兎っぽいのを探さないと」
さっきの人、というか多分妖怪はここの住人だろう。それか雇われ看護妖怪とか。げんそうきょうは本当におかしな所だ。人外外来があるなんて、もしかしたら妖怪がこの世界を治めているのかもしれない。
「大変です!」
さっきの妖怪の声がする。あの妖怪が騒々しくて助かった。寝かされていた部屋から出たものの、ここの廊下には見たことのない扉が永遠と続いていて私なら三年住んでも部屋を覚えきれそうにない。さっきの妖怪の声を頼りに、誰かがいるであろう部屋の扉を目指した。
「――……て感じかな」
私が目を覚ましてから今までの事を、ざっと一通り説明した。もちろん、悪夢の事と私の心の声は話していない。ここの建物の感想は話した。
「確かに、鈴仙は少し落ち着きがないわねぇ」
妖怪兎に師匠と呼ばれている医者が、笑いを含みつつ話す。あの妖怪兎が弟子とは思えないほど、落ち着いた空気を漂わせている。
「で、お前はどうやって生き返ったんだ?」
場の雰囲気が一段落ついた時に、魔女が笑顔で問いかけてきた。その内容はまさに、私が待ち望んでいたもの……そう、私の特殊能力についてだ。早速私は得意気に答えようしたが、それはミスティアによって防がれてしまった。
「死んでない! そもそもこんなことになったのは、あなたの仕業でしょ」
どれくらい眠っていたのかはいまいち解らないけど、久しぶりのミスティアの声はあまりに甲高く感じた。そんなヒステリックな声をものともせずに「お前には聞いてないぜ」と魔女は言う。
しかしこの魔女は妖怪相手でも、まったく動じてくれない。ミスティアや私はもちろん、兎みたいなのもこの医者も……人ならざる気配がするので人外だろうと推測できる。つまりこの中でまともに人間なのはこの魔女だけということだ。まともな人間かは、また話は別だけれども。
「そういえば、カリンはどうしてこんな危険な人間と一緒にいたの?」
しばらく魔女と言い合いをしていたミスティアが急に話を振ってきたので、思わず「え、人間って危険なの?」と口走ってしまった。おかげでまた笑いものだ。
「待て待て。私は全然危なくないぜ?」
魔女は弁解するが、「私じゃなくても、この人間が通るところは人が残らないみたいよ」「もちろん妖怪もね」「あと貴重品」とミスティア、妖怪兎、そして医者に指摘されている。どうやら私が思っていた以上に、この魔女は危険人物らしい。
とにかく聞かれたことに答えようと「私は――」と口にした時、「私は盗賊じゃない、魔法使いだ」という台詞が飛び出してきた。それに対抗するために「空を――」話を繰り出すものの「盗賊から転職でもしたの?」と兎の追撃。「あの――」私はめげずに、声をかけるさくせんを実行する。といっても、話を切り出すとくぎはあまり持ち合わせていないので「神殿なんてないじゃないか」と、あっさりかわされてしまう。「すいませーん、あの――」下手に出る手段を使ってみるものの「神社の中心は神殿じゃないのかな」まったく歯が立たない。
今目の前で繰り広げられている会話が、まったく理解できない。さらに今誰が声を発したのか……誰の声かも判断できなくなってしまった。「私の……だから、私の話を――」声を振り絞って出したものの「あれは本殿だろ?」と一蹴されてしまう。最初に話を振られたのは、確かに私だったはずだ。振られた質問に答えようとしたのに、相手方にはまったく通じてない。そんな相手の腹立たしさが、だんだん込み上げてくるのが解る。私の体は、今にも爆発しそうなくらい熱帯びてきた。手や腕、口などに力が入る。その流れで瞳を閉じると、外の明るさの所為か……目の前が真っ赤になった。その赤も手伝って、ついに私は噴火してしまった。
「だから、私の話を聞いてよっ!」
正直、ここまで声を荒げないと話し始められないとは情けない。他にも回避のしようがあったはずなのに。おかげで地に足がついていない様な心地になってしまった。誰の声もしないそんな状況の中、私は恐る恐る目を開ける。
「え……飛んで、る?」
私の体は、どういうわけか飛んでいた。さっきも今も、飛ぶ動作はしていない。当然羽ばたかせてもいないし、羽ばたかせたところで飛べない。
「あれ、カリンが飛んだ!」
ミスティアは何故か、私よりも早く喜んでいるように見えた。その笑顔を見ても、私はまだこの状況を読み込めない。いったい何故、今この場で私の体は宙に浮いてしまったのか? 私の頭はその一つだけで埋め尽くされてしまっていた。
「魔法ね」「魔法だな」
そんな私を尻目に、医者と魔女は同時に呟いた。魔法? 私はまだ、この魔女の店に通って三日も経っていない。長いはずの道をどんな裏ワザを使えば、こんなにあっさりとクリアできるのか。そもそも猛毒から回復したばかりだというのに。
「おいお前! こっちに降りてきてくれ。魔力の出所を調べる」
「は? ち、ちょっと待ってよ。これどうやって降りるの」
魔女の指示に従うにしても、体が言うことをきかない。手足は自由に動くけど。
「あれだ、深呼吸してみろ」
私は言われるがまま、大きく息を吸って……そしてはいた。何度か繰り返すうちに、体のあらゆるところに入っていた力が抜けていくのが解る。……とその瞬間、体中が何かの力に襲われた。
「ちょっと……ちょっと待っ――」
一度視界が暗転して、次に目に映ったものは私が浮いていたであろう空間。私の頭はいつも以上に回転してくれない。ただ「ここの天井は高いなぁ」という感想しか浮かばなかった。
「カリン! 手、手」
やや曇り顔のミスティアが手を出している。その状況に従って、右腕を上げると同時に肩に激痛が走った。私が落ちる直前にどんな行動をとったのか解らないけど、どうやら右肩から地面に到着していたらしい。
「あ、ミスティア待って。ちょっと待……いいぃぃぃぃ!」
何も知らないミスティアは、そのまま引っぱって私を起き上がらせてしまった。痛めた肩からきた熱が頭にまで上り、出てきた言葉は「何すんのよ、馬鹿ぁ!」というものだった。
「う、あ……ごめん」
今の私の脳内は、どこからか湧いてきた間欠泉のような感情でいっぱいになってしまった。
「ははは、手というより手羽先だろ?」
そんな状況だというのに、魔女はお茶を差そうとしてくる。もちろん「私は食べ物じゃないわよ!」と反論してやった。
「別に食べようなんて、思ってないぜ。読んで字のごとく、羽の先にある手……だろ? 一二点だ」
テバサキの字? 私は言葉こそ流暢に話しているが、文字はあまりというか全然使ったことがない。そもそもなんで手羽先が一、二点なのか。何点満点中の話なのか。十点満点でも百点満点でも、致命的な点数だ。五点満点なら、救いようがある。でも、そもそも採点基準が――
「あいだだだ。何すんのよ!」
急に私の肩に激痛が走った。私が考えている間に誰かが触ったらしいので、左手で薙ぎ払おうとしたが、「危ないわねぇ」という言葉を置いて逃げられてしまった。どうやら犯人は、医者だったらしい。
「脱臼かしら……飛べないのなら大丈夫かもしれないけど、骨折じゃなきゃいいわね」
ああ、魔女の得意ななぞなぞの所為で忘れてたけど、私は肩を痛めていた。とにかく足は無事なので立ち上がると「ここには包帯がないわ、こっちにいらっしゃい」と、医者が手招きする。何故か誰よりも早く、魔女がノリノリでついて行った。私も患部ができてしまった以上、お世話になるしかない。そんな中、珍しくミスティアが浮かない顔して立ち尽くしているのが目に入った。
「ミスティアも一緒に行こうよ……一人だと心細いし」
私がそう言って左腕をだすと「え、あぁ……うん!」なんて、おぼつかない返事をして手をつないだ。
とぅーびーこんてぃにゅーど...
後書き↓
http://ameblo.jp/yataraku/entry-11572983172.html (アメブロ)
意外と長かったりするので見ても見なくても
●私が心傷(シンショウ)に浸って……→『心傷』は造語です。
●お茶を差す→「茶化す」と「水を差す」がフュージョンしました。