「あら、キレイに折れちゃってるわね」
どこか物悲しそうに、永琳は独言する。永久を思わせるほど長引いた永夜異変……あれからどれくらいの月日が経ったであろうか。永遠の魔法が解かれてからというもの、永遠亭のあらゆる物が朽ちていくようになった。それからというもの輝夜や永琳をはじめ、ウサギも杓子も物を大切にするようになった。それ故に、永遠の術を失った今でも、めったに物が壊れたりはしない。ましては永遠亭内で何かが折れるなんてことも。そんなさなか起きた出来事だった。
折れてしまったということは、棒状のものが完全に二つ、ないしそれ以上に切り離されてしまった状態ということだ。とは言え、これをなおすのは別段難しいことではない。断面がはっきりしているので、処置を施しやすいからだ。しかし、はっきりしているのは損傷した部位だけではない。そのモノが一度でも機能を失うという現実だ。その中にはもちろん、二度と復活しないモノもある。なおせたとしても、先の現実がついて回る。所詮なおすといっても間に合わせ程度のものということだ。
それに引き換え、ヒビであるなら喪失感は薄い。何かを落としてヒビですんだとき「ああ、ぎりぎりセーフだった」と、胸をなでおろした経験のある者は少なくないはずである。逆にそれ以上悪化しないようにより慎重に、より大切に扱うようになる。その結果として、ヒビがはいらなかったモノよりも長持ちする場合があるものだ。
「つまり何、私よりもその椅子の方が大事だってことなの?」
悲壮な面立ちで折れた椅子の足を見つめる永琳に対して、カリンは苛立ちを隠せずに言い放った。不機嫌そうな仁王立ちカリンを確認すると「あら、そんなこといつ言ったかしら」と笑みを含みつつ返した。カリンの背後に続々と魔女やら兎やらウサギが顔を出す。永琳一行はカリンの手当てを終えると、また初めの診察室に戻ってきたのだ。
「何で一つの部屋で済ませないのよ」
カリンは不満を漏らしながら、壊れていない椅子に荒々しく座った。その隣にミスティアはいの一番に座った。魔理沙、てゐと続々と座る中、鈴仙は椅子を見つめたまま立ち尽くしていた。
「もし、診察室を一つにしたらホールになってしまうわ」
問われた質問に応答しつつ、部屋の隅から新しい椅子を取り出して座る。そんな永琳を見届けると、ようやく鈴仙も腰を下ろした。
「一つにまとめると何で円形になるんだ? 宇宙人のテクノロジーはよく解らないぜ」
ホール――日本語で言うと公会堂のことだ。つまり、たくさんの人を収容できるほど広い建物のことである……円形であるかは解らないが。しかしそんなに広くなってしまうほど、物品が多いということか。もしそこにたくさんの棚を置いて仕切りのようになってしまえば、結局は小部屋のようになってしまう。つまりは今のつくりが一番しっくりくるのだろう。
「夜雀とか騒霊にライブでもされちゃ困るからな。このまま個室のほうがいいんだぜ」
垢抜けた笑顔で魔理沙はカリンに説明するが、カリンの渋い表情が晴れることはなかった。
「まぁ、軽い打ち身でよかったじゃない」
――
「あのねぇ、あんた達が私の話を聞かないから……それに怒って何がなんだかわからなくなって。それで、えっと。なんか飛んじゃったのよ!」
現在進行形で激怒のカリンは、先ほど飛んでしまったときの状況を説明する。しかし憤怒がそのまま出ているので、その内容はどこか感情的で本質がつかめなかった。
「ほれほれ、これ解読してみろ」
そんな中魔理沙が急に紙を出して、カリンに見せ付けた。おおかた『手羽先』の話をぶり返しているのだろう。ちなみに紙に書かれている文字は『解読』だった。
「私……文字は使ったことないのよ。だから解読しろって言われても困るし、肩痛いし」
カリンは肩を痛めてからというもの、返答の最後を投げたりそもそも質問に答えるのを放棄したりしていた。頭に比較的近い肩に熱を持っているので、脳の演算機能に支障をきたしているのかもしれない。そんなカリンを差し置いて、魔理沙は大笑いをしているものだからカリンの機嫌は悪くなる一方だ。
「何で、あなたはトリをそんなに馬鹿にするのよっ……自分が人間だからってそんなに偉いの?」
「いやいや、別に馬鹿にしてないぜ。からかっているだけだ」
魔理沙は凛とした態度で受け流すが、カリンの口からは「同じでしょ!」という言葉が噴き出してきた。機嫌がどんどん悪化していくカリンをなだめようとするミスティアだったが、ただならぬカリンの雰囲気を見ると何もできずに立ちすくんでしまっている。見守っていた永琳であったがついにため息をついて「診断できなくなるから煽らないでくれる?」と一声かけた。そうは言っても、簡単に機嫌が直るわけでも落ち着くわけでもない。
「いいこと教えてやるぜ。これはな『かいどく』って読むんだぜ」
「え……嘘、かいどく? かいどくって『解読』ってこと」
雰囲気に飲まれてしまっていた『解読』をここで出してきた。『解読』の事実を知った瞬間、先ほどの熱気はどこへやらカリンの表情は一気に冷却されてしまった。それを確認すると「ほれ、落ち着いたろ?」と魔理沙は永琳の顔に視線を移した。
「あなたってたまに酷いことするわよね」
「一時も幸せになれない点、てゐより質悪いわね」
永琳と鈴仙に指摘されて、さすがの魔理沙も気が差さった。
「えっえ? どうしたのカリン」
追撃するように、カリンはミスティアの膝に泣き崩れてしまっていた。ミスティアは急な出来事でただただカリンを膝で受け止めてあげることしかできなかったようにも見える。
「何よ何よ……そんなもの人間が勝手に決めたルールでしょっ?」
幻想郷に住む妖怪でも、人間と同じ文字を使う者は多い。それは手紙であったり新聞であったり、さまざまな場面で使われている。それは妖怪たちが長年人間との交流があった証でもある。最近はどこぞの鴉天狗が書く新聞によって、妖精にも文字がある程度読めるようになったという噂だ。逆にその天狗たちが独自の文字を使って書いた妖魔本の存在している。つまり、人間が勝手に決めたルールというのは間違った表現ではない。
「うぅ、トリを馬鹿にするな……」
泣き崩れた割にはさめざめと泣き続けているカリンを、ミスティアは膝で介抱していた。ぎこちなく頭に手を添えたりするものの声もかけられないその介抱は、おおよそ介抱といえる代物ではなかった。
ただでさえ月よりも強い重力が、さらに激しく魔理沙を襲っている。いつもであれば自分の得意分野であるレーザーを、今は永琳と鈴仙の目から放たれた目線として魔理沙自身が受け続けていた。
「あの、何だ。ちょっと馬鹿にしすぎた……すまん」
基本的に図太い精神を持つものが多い幻想郷。おちょくりや嫌味は二倍以上にして返したり、思考が足りなければ弾幕で……という風潮がある。しかし外から来たカリンにはそんな常識持ち合わせていない。魔理沙自身もカリンがここまでメンタルの弱い妖怪だとは思っていなかったらしく、予想以上にしっぺ返しを食らっていた。
当の被害者といえば、返事がない。ないどころか嗚咽の声すら聞こえない。恐る恐る魔理沙が顔を確認してみた。
「お、おい待て! こいつ寝てるじゃないか」
ミスティアの膝を枕にして、カリンは穏やかに寝息を立てていた。魔理沙はもちろん、介抱していたはずのミスティアも驚いていた。
「あー、謝って損した!」
頭を抱えながら、魔理沙がぼやき叫んでいた。
とぅーびーこんてぃにゅーど...