どうしようもない僕がブリュンヒルデに恋をした 作:のーぷらん
のーぷらんと申します。名前の通り、ノープロットで書きたい放題に小説を執筆しております。
IS原作なのに、ISほとんど出てきませんが、それでも大丈夫!という心優しい方は是非とも読んでやってください。
1
僕は女性というものが苦手だ。
初めは、小学生のころ。
近くの席の女の子が体操服の入った袋をうっかり間違えて、僕の机のフックにかけた。それをすっかり忘れていた女の子は自分の体操服がないと騒ぎ出し、あろうことか僕を体操服泥棒と決めつけてののしりだしたのだ。周りの女子も気持ち悪いものを見る目でこちらを見る。何人かのクラスメートが、「お前がこいつの机に体操服置いたのを見たぞ」と言ってくれたが、引っ込みがつかなくなったのだろう、「絶対にこいつが犯人よ!」とわめく始末。その事件以降、一部の女の子は僕のことを影で〈体操服泥棒〉と呼び、僕が廊下を通るたびにこそこそと陰口を言う。おかげで、僕は女の子が喋っているのを見ただけで『僕の悪口を言っているんだ…』と思ってしまうようになった。それに、僕のノートなどを隠したり班分けで一緒の女子は話し合いの時間でも話しかけてこない。小学生にして僕はすっかり女の子が怖くなってしまった。
だから、僕は、男子校に通うことにした。少し遠いが女の子と一緒よりマシだ。電車通学になった。
だが、ほとほと僕は運が悪いらしい。入学早々、今度は満員電車でOLさんに痴漢と勘違いされた。唯一救いだったのは僕がまだ中学生だったことだろうか。「思春期にそういうことに興味を持つのは仕方がないと思うけど、犯罪だからね」と注意され、周囲から生ぬるい目線を浴びた僕は女の人まで苦手になった。
というか、女というものが嫌になった。そんなときに、僕にさらなる追い討ちをかけたのが…
IS。
僕が14歳のときだった。IS〈インフィニット・ストラトス〉と呼ばれるスーツが全世界に発表された。なんと僕と同い年の少女が発明したらしい(「らしい」というのはその子を見たことがないからだ。どうせ瓶底みたいなメガネをかけて、偉そうにしているに決まっているし、傷心の僕に女の子をテレビつけてわざわざ見る気力なんてない)。しかも隣町だと言うのだから世の中って狭いね。
その時は、そんなにすごいものを作ってすごいなぁ、だとか、スーツを着ただけで宇宙まで単独で行けるって人間の進化ってどこまで進むんだろう、とかくだらないことを考えていた。
しかし。
この世紀の大発明によって、女尊男卑の風潮が生まれてしまったのだ。
何故かというと、このスーツ、宇宙まで行けるというトンデモ発明なくせに、何と〈女性以外に使用できない〉という重大な欠陥を抱えていたから。
ISはそのスペックもさることながら、現行の兵器など屑鉄に等しい強さを持つ。そのことからどこをどうしてそうなったか分からんが、〈ISに乗れるんだから全女性は全男性より地位が高い〉という考えが浸透したのだ。なんてこった。女は勝手だ。
僕は見た目弱弱しく、ただでさえ女に苦手意識がある。町に出ると、そこにつけこみやすいのか、必ずと言っていいほど「そこのあなた、荷物もちね」「私と一緒にお茶しに行きなさい。あなたのおごりね」などと言われて、財布も体力もなくなる。もっと削られてなくなるのは精神力だが。
結論から言おう。僕は女が苦手なあまり、ひきこもりになった。
だって、そうなっても当然だろう?町に出るたび金づるにされて、「今忙しいんで…」と断ろうものなら、痴漢だの何だのあらぬ容疑をかけられて警備員に言いつけようとする。一昔前のヤンキーに会うようなものだ。会ったら最後、お金はとられ、お金を出さねば脅される。ただでさえ、女性トラブル(それも決してモテるとかそういう意味ではないトラブルだ)が絶えない僕には生き辛い社会になりすぎたのだ。
高校2年からひきこもって、1年の歳月がすぎた。同級生(男子校なので男子のみだ)が次々と「○○大学に進んだ」「○○会社に就職した」と報告をくれる中、僕は完全に社会人のスタートも大学生デビューもしそこねて、『このまま親のすねをかじって年をとっていくのかなぁ…』と思っていた。
しかし、ついにこの年。
ISの第一回世界大会があって日本製のISに乗った日本人女性が優勝し、日本中が熱気に包まれ、「日本の科学力は世界一チィイイイイイイイッ!」とネットでも騒がれていた年。
僕は親に「働かざるもの食うべからず」と言われた。
一大事である。
死活問題である。
誠心誠意社会に出ることを約束するから、せめて猶予を下さいとお願いし、まずは家の家事全てをするということで譲歩してもらった。
すっかり昼夜逆転してアニメや漫画ばかり見ていた僕にはそれだけでもキツかったが、早起きして炊事、洗濯、掃除をしないと、本当に家を追い出される。
僕の両親は、小さいながらも人気の飲食店(いや、今風に言うとカフェか?)を営んでいて、夜には同店でバーもしているのだから三食僕が作ることになるが、舌の肥えた両親にはさんざんなことを初めは言われた。僕自身も父さんが作るご飯と比べて随分おいしくないと思ったものだ。母さんは全くご飯が作れないのだが、その他の家事に関しては厳しい。
だから、家事と料理だけは20歳になるころにはそんじょそこいらの主婦や料理人に負けないくらいになっていた。
僕自身もそのころになると、料理を作ることが大変楽しくなっていたし、掃除をして部屋や店が綺麗にすることが趣味のようになっていた。店には女性客もよく来るので、決して人に見られないキッチンに閉じこもり、お客さんに出す軽食を作るようになった。21歳になると、朝にたまにデザートを作り、昼にパスタ、夜に軽食とカクテルを出すようになった。午前中はアニメや漫画鑑賞、掃除、家事、昼から料理人をする生活は充実していて面白い。
僕の腕前なら、料理人として社会に出られると親も評価してくれるようになった。…相変わらず母さんに作った料理を持って行ってもらう必要があることを除けば。
母さんと父さんは「お前がせめて注文をとって食事を自分で持っていければ…」と残念な顔をしている。年をとって、腰を痛めた父さんや一日立ち仕事はキツくなってきたという母さんには悪いが、そこは「バイトをいつか雇うよ…男の子の」と言っておいた。さらに、ため息をつかれる。
でも、いいんだ。
吹き込む風がふわりと店のカーテンを揺らし、棚に整列している年代物のお酒やワインのボトルが上品な光を放つ。夜の少し抑えた照明からでも分かるような清潔な店内。3テーブルとカウンターの6席のみの小さな店だが、閉塞感はなく、どこか家のように落ち着く。
そんな店の…―キッチンと自分の部屋だけで生きていければ。
背後で「早くお嫁さんをとって、孫の顔を見せてくれんかねぇ」と聞こえたが、無視した。どうせキッチンに閉じこもっている僕には出会いもあるまい。第一、男女関わらず、僕は家族以外の他人に会わないで5年ほど過ごしている。会話することもあまりないので、親とふと喋る時もかすれ声や小声なのに、出会いがあってもコミュニケーションが出来るはずもない。
そう思っていた時期もありました。
まさか、父さんと母さんが本当にバイトを雇ってくるとは。
僕は随分久しく見たことのない家族以外の他人を見た。
「今日から平日は学校終わりから夜まで、休日は昼からこちらの『はなぶさ』でお世話になります、織斑一夏です。宜しくお願いします」
開かれたキッチンの扉に、中学生くらいだろうか。織斑一夏と名乗る、男の僕から見てもモテそうだと思える顔立ちの子が立っている。折り目正しく挨拶してくれて、爽やかな笑顔をまく少年を見て、『これはもしかしなくても女性客が増えるな…』と暗鬱とした気分になりながら、一応こちらも重い口を開いて(精神的にも、口を開いていないので物理的な意味でもだ)挨拶をした。
「
異常にかすれて低い声になったが、織斑くんはきちんと聞き取ったらしい。
「店名と同じ名前…ですか?」と首をかしげた。
僕はうなずいて返す。
英には、〈美しい、優れている〉という意味があり、花についている〈がく〉という意味もある。〈優れていて、花を支えるがくのように人を支えられる人間になってほしい〉という願いを込めて僕につけた名前を、両親はそのまま店の名前にもしたのだ。残念ながら僕自身は人を支えられる人間になるどころか、親に支えられるようなどうしようもない人間になってしまっているが。
「店のこと、については、母さんから聞いたらいい…」
掃除以外で店に出ない僕じゃオーダーの取り方も配膳もさっぱりだから。
僕の言葉に織斑くんは「はい!」と笑って返事をしてキッチンから出て行った。
織斑くんは働き者だった。仕事もすぐ覚えたので、夜以外は僕と織斑くんで店をまわしている。父さんの友だちの五反田さん(僕も小さい頃何度か会ったことがあるらしい…まぁ、母さんが、会うたびにその眼光に泣いていたとか言っていたが)の経営している食堂で中学生になってすぐお手伝いしていたそうだが、父さんが五反田さんに僕の現状とバイトが欲しい話をしたところ、織斑くんに掛け合ってくれたそうなのだ。
「よかったの…?」と聞くと、「五反田食堂はクラスメートがたくさん来るんで、俺もちょっと恥ずかしかったですし、こっちの方が家に近いので」と織斑くんは答えた。
僕の必要最低限の質問もきちんと理解して答えてくれるあたり、彼は人の気持ちに敏感である。
…恋愛感情以外は。
「一夏っ、来てやったわよ!」
「鈴か。…すみません、幼馴染が騒がしくして。ちょっと行ってきますね」
キッチンの外から女の子の声が聞こえた。
鈴とは、彼いわくセカンド幼馴染(僕は分からないが世間一般では二番目の幼馴染のことをそう呼ぶのだろうか?)だそうで、よく店に来る。織斑くんには僕が女性が苦手だと言ってあるので会ったことはないが、話を聞く限りでは随分勝気でツンデレで…織斑くんを好きみたいだね。「私の作った酢豚を毎日食べて」だなんて、プロポーズもされているみたいだし。
まかないで出した酢豚(店では出さないがたまには中華も作りたいと思ったのだ)をキッチンで向かい合って食べながら、鈴さんの一世一代の告白のことを思い出の一環として語る織斑くんを見て『こんな鈍感な子がいるんだなぁ』と感心したものだ。
「英さんの酢豚の方がおいしいんですけどね。中華屋の娘よりもおいしく作るなんて…何入れてるんだろうな…」と言いながら、じっくり酢豚を食べている彼を見て『いつか女性に刺されるんじゃ…』とも心配になったけど。
何はともあれ、女性関係で僕にアドバイスできることはない。彼に「理想の女性は?」と聞いたら、「千冬姉…は強いし美人だなぁ。でも、家事とか出来ないし…うーん、でも俺が出来るから、千冬姉、でいいのかな?」なんて言っていた。一応、理想の女性像があるのならそういう人が現れたら彼も恋愛感情に鋭くなるかもしれない。それにしても、普通アイドルとか答えるんじゃなかろうか?(どうせ言われても分からないけど)
織斑くんってシスコンなのかな?
そんな織斑くんが中2になり、桜の花が散り始めたころ、5日ほど休みをとりたいと言ってきた。どうやら、彼のお姉さんが世界的な大会に出場するそうで応援に行きたいらしい。
僕はもちろん了承した。いや、正直織斑くんがいない間は辛いけど、母さんと父さんにオーダーは頼もう。僕はオーダー取りに行けないし、休日にしたっていい。
そう軽く思っていた僕はバカだった。
織斑くんがいない5日間が地獄だったのだ。
母さんや父さんがこの機に何とか俺をキッチンの外に出そうとすること2日間、僕がオーダーをとらざるを得なくなって3日間。
3日目の朝に父さん、母さんが来なくて、キッチンの机に『今日は頑張れ。3日間温泉に行って来る』というメモがあったのだ。
僕は無言でメモを握りつぶした。
手汗をかきながら、顔にかかるほど長い前髪を留めているピンを取った。美容院に行くのが嫌で伸ばしっぱなしなのだ。飲食店に長い髪は厳禁だし不潔と思うので留めていたが、顔を出したままでお客さんと面と向かって話すのは不可能だと思えた。ちょっとでも、隠れていた方がいい。視線も遮れるだろうし。
開店後。
恐る恐るキッチンの扉から1歩離れた所からお客さんに話しかけられたのはすごいと思う。にしても、おじさん、おばさんのお客さんはキツい。「これまで料理作ってたコックさん?初めて見たわー」。じろじろ見ないで下さい。「キッチンから出るなんて珍しいこともあったもんだ。明日は雨が降るな、ハハハッ」。余計なお世話です。「へぇ、…近所の人に言おうっと。ついにコックさんが開かずの扉から出てきたぞってね」。開かずの扉だなんて、呼ばれていたんですか。ホラーですね。
だが、何より女性客がキツかった。僕の方を見てこそこそ話をするくらいなら、カウンター席に座らなかったらいいのに。何を言われているか分からないことへのストレス(どうせ暗いとか言ってるんだろ…)、過去のトラウマを穿り返すような行為(こそこそ話さないでってば…)、またトラブルが起きるんじゃないかという心労(3日間何もなかったけど…)で、僕はラストの3日間に何度心の中で織斑くんを呼んだか分からない。
そして、織斑くんの休みが明ける日。
バイトは10時からだけど、僕はこの5日間で彼という存在の大切さが身をもって分かり、朝から織斑くんに感謝の気持ちを込めて1ホールのケーキを焼いていた。まぁ、急に感謝というのも変なので、すごい大会に出るというお姉さんのお祝いという名目だ。シスコンみたいだから喜ぶだろうなぁ。しかし、何の大会かくらい聞いておけば良かった。そうしたら、ネットで結果を調べて織斑くんにすぐ連絡して「おめでとう」なり「お疲れ様」なり言ってあげれたのに。
僕は他人と触れ合わずに5年生きてきたので、そういうことに気が回らないのだ。
そうこう考えているうちにケーキが完成した。うん、いい出来だ。
『でも、お祝いのケーキにしちゃこざっぱりしてるかなぁ…』
小ぶりなケーキに生クリームとイチゴを乗せたが、何か足りない気がする。
僕はメロンで飾りを作ることにした。フルーツカッティングといって、ペティナイフ一本で花や文字の形にフルーツを切っていくのだ。初めてだが何とかなるだろう。
数十分後、大きすぎるメロンのバラの花と『ちふゆさん』『お疲れさま』と書いたメロンの皮を前にして困る僕がいた。
…確かに初めてにしては思いのほか上手く出来た。織斑さんとはさすがに画数が多くて書けないから、『千冬姉』と織斑くんが呼んでいたし下の名前で書いて、どんな結果でもいいように『お疲れさま』と書いた…のはいいけど。
「これケーキに飾れないよ…」
ケーキよりも飾りの方が大きい。それに二つに分けて織斑くんに持って帰ってもらうとしても、メロン1玉とケーキ1ホールはかなり荷物になるだろう。
自分の気の利かなさに呆れつつ、どうしようと悩んでいると、ドアがノックされた。
しまった!もう10時か。
扉を開けるのを忘れていたから織斑くんが入れなくて困っているに違いない。
飾りは織斑くんに見せるだけにしよう。
そう決めて、ケーキの包みとメロンの飾りをカウンターに置いて、僕は慌しく扉を開けに行った。
「織斑くん、ごめん!ドア、まだあけてなか、った……」
ドアを開けると眩しい朝の光が目に入った。僕はこの光に毎日忌々しく思いながら目を隠すのだ…―普段ならば。
だが、今日の朝は違った。目を隠すのも惜しい、いや、そんな動作があったことすら忘れるほどの女性の姿が目に映っていたのだ。
黒曜の瞳に、何にも染められたことのないような漆黒の髪を無造作に後ろに垂らしている。ほっそりとした白い顔には目鼻口眉がこれ以上もないほど綺麗に配列されていて、すらりと伸びた肢体は少々無粋なことにきっちりとした黒のスーツで包まれていた。だが、そのスーツも彼女の女性としての魅力を隠しきれていない。
わずかに釣り目で、静かな眼差しは人によっては冷たい氷をイメージさせるのかもしれないし、恐怖の対象になるのかもしれない。だが、僕にとっては眩しく強い朝日を思い起こさせ、僕の中の何かを熱くさせ、焦がした。
僕は息をつめて、ただその女性を『見る』だけで精一杯だった。