どうしようもない僕がブリュンヒルデに恋をした 作:のーぷらん
4(千冬視点)
こんな夢を見た。
長年一緒にいる、多分…友人の顔。
「ちーちゅわぁんっ久しぶりだね束さんはちーちゃん成分が足りないんだ今すぐハグしようそうしよう」
こんな変なことを言う奴を私は一人しか知らない。
満面の笑みを浮かべている目の前の顔に私は手を伸ばした。句読点や文脈の大切さ、コミュニケーションの何たるやを諭す必要性を感じる程だったのにも関わらず、急に彼女は口を閉ざす。
赤みを帯びた目を潤ませ、熱い吐息を漏らしている。彼女の桃色の頬に触れるか触れないかの位置で私は思わず手を止めた。
「ちー、ちゃぁん……」
弱々しい声。いっそ苦しげにさえ思える息遣いをしている我が幼馴染・篠ノ之束は、傍から見ると――
「みぎゃあぁあ!!」
どこからどう見ても変態だった。
出来るだけ接近しないように腕をぴんと伸ばしながら、全身の力で頬をひねり上げる。関節を曲げない分うまく力が込められないが、それでも十分この万年発情うさぎには効果てきめんだったようだ。桃色の頬はすでに真っ青になっているし、人間でもうさぎでもなく、尾を踏まれた猫の鳴き声を上げている。
「……束、何か私に用か?」
「ぢぃぢゃんじづーじんぎぎびゃげぎょおっで」
束が私に通信機器を渡しに来たと伝えるのは数十分後。私にマスコミの手が伸びなくなり、それが束のおかげだと気づくのは、束と離れた後。お礼を伝えそこねたのに気づいたのは、さらに後だった。
「ちーちゃん、この天才束さんが来たからには安心してね!そこらへんの変な奴らからちーちゃんを守るのだエヘン♪」
(どっちが『変』なのやら)
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こんな夢を見た。
お節介焼きの、気恥ずかしいが…母の顔。
「千冬ちゃん、その服は?……へぇ、英くんに。どうしてそういうことになったのかしら?」
こういうふうに私を茶化しても何ともないと思っているのは一人くらいだ。
私は紙袋の中身が見えないように腕の中に収めた。紙袋がぐしゃ、と抗議するように音をたてた。
「服にしわが寄っちゃうわよ?」
くすくすと笑っている。赤毛の髪が揺れて、いつも水仕事をしているせいで荒れ気味の手で耳元にかけられる。私はあきらめて袋を手に持ち替えた。今更隠しだてしてもすでに中身については知られているのだ。
「海に一緒に行きまして。そこで」
その答えは蓮さんをまたひどく楽しませたようだ。くすくす笑って半歩近寄られた。
しまった、紙袋を蓮さん側の手に持っておけばよかった。
「その答え方、英くんにそっくり」
彼、口下手だものね。
そう言って愉快そうに笑うと頬に年相応のほうれい線が見えて、彼女はますます慈愛に満ちた母のように
「ん?千冬ちゃん?何考えているの?」
鋭い視線に思わず背筋が伸びる。
「それじゃ英くんと初めて会った時のことから詳しく話してもらいましょうか」
蓮さんの延々続くと思われた質問攻めが真耶との合流によって一旦途切れるのは数十分後。だが、それにほっとしていた私は、英の店に着いた後も蓮さんの会話に赤くなったり青くなったりさせられることになるとは、そのときは知らなかったのだった。
「千冬ちゃんがいなくなるのが、寂しいんでしょ?」
(何を聞いてるんですか?!……英は、やっぱりそう答えるんだな)
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こんな夢を見た。
私が…どうしたらいいか分からない、彼の顔。
「……高校卒業のじきまで、じぶんで、料理作ったこと、なくて、……料理食べてもおいしくないって思ってたんだ……でも、料理してるとおなかが減って、自分で作れば、その料理ってぽんと出てくるものじゃないってわかって、……料理たのしくなって。これ、ずっとかきためてたレシピなんだ……ここの、その、料理人するまえのも入っているけど…………もらって?」
厨房の床に体操座りをしている上に、自分の膝に顔をうずめるようにしているので表情まではうかがうことは出来ない。だが、カンパリ色に染まった頬はなにもお酒のせいだけじゃないんだろう。
「……いいのか?」
「え?」と聞き返す声を聞きながら一緒に何となく体操座りをしてみる。
私に何故か好意を持ってくれている彼が口下手だというのは分かっているし、束ほどではないが人付き合いが苦手なタイプじゃないかというのも気づいている。けど、こういうふうに聞き返されて自分の感じたことを全部言わされると気恥ずかしい。
(絶対英にはそういう意図はないんだろうが)
「ここまで書くのは大変だったろう?……鳳や蘭のように欲しがるやつもいるぐらいなのに、それを……」
いいのか?
私にそれをもらうだけの価値はある?
わざわざ聞くことじゃない。もらってと頼まれているのだから、素直にもらえばいいのに。
自分が女々しくなった気がして、英の反応が気になり隣を見ると目が合った。
「千冬なら、いいんだよ」
今度は私が顔をうずめたいくらいだった。
(どうして!私に質問したり何かしようと誘う時には照れるのに、さらっと……)
「………ありがとう」
いたたまれない気持ちのまま、彼からもらったノートを開く。ノートにはあの日海辺で見たのと同じくらいお世辞にも綺麗とはいえない文字が並んでいる。踊っているように見えるそれらを捕まえようとたどってみると、少し黒くこすれてしまい慌てて指を離した。
……この字を理解しながら、全く普段しない料理をするのは無理だろう。ポケットの中で硬い感触がして私は提案した。
「料理は不得意でな……良ければ、その、通信しながら、料理を、作りたい……だめか?」
「あ、あ?ああ!もちろん教える!あああの、……携帯なくって……パソコンなんだけど……!え、と、」
「ここ、英のアドレスを打ち込んでくれ」
確かに何かしようと誘うのは案外恥ずかしいかもしれない。
嬉しそうに顔を輝かせながらたどたどしくアドレスを打った彼から携帯を返されながら、はたと気づいた。
一件目。
「……携帯を昨日新しいものにしたばかりでな。登録するのは、初めて、なんだ……英」
だから、何なんだろうな。と少し顔に熱が集まる。
喉も渇いたし、水でも飲もうと目をそらしたときだった。
英の手と、私の手が重なった。
ばっと振り返ると、視線も重なった。
それだけだ。なのに、全身がしびれた。英は花の蜜を吸いに来た蝶みたいに私にすり寄った。まるで私がおびき出したみたいで全然いやらしいと思わなかった。私の頭はアルコールを摂取しているとは思えないくらい驚くほどクリアで、英がしたいことが、もしかしたら彼以上によく分かっていた。
(ああ、キスされるな)
恐らく私の年代であるまじきことだが、私は一度もそういうことをしたことがない。14歳からISと関わって戦ってそんな日々。だが、経験を積んだ熟年の女のように私はこれから起こることを確信した。
同時に形容し難い衝動が湧く。それは外に出そうなもので、内に抑えつけると甘くはじけるのがすごく心地よかった。
吸う息が顔にかかって、少しくすぐったいような気がして思わず身をよじったのが数秒後。一夏が厨房に入ってきたのがその直後。私が彼を突き飛ばして「そろそろお暇するか」と言ったのがほぼ同じくらい。
そして、それから、ドイツに着いて一週間後。
(どうしたら……)
私はまだ英に連絡を取れずにいた。
久しぶりすぎる更新ですみませんー!展開も全然進んでなくてすみませんー!!orz
言い訳したいところですが、急いで続き書いた方がいいですよね!頑張ります!!