どうしようもない僕がブリュンヒルデに恋をした   作:のーぷらん

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※2話の千冬さん視点です。
キャラ崩壊にご注意ください。
千冬さんは無双で強い男勝りな女性だと思われている方はユーターン推奨です。



1(千冬視点)

「好きです」

 

 

 

 

 

 

 

私は、唖然として彼を見た。

どうして、こうなったのか…。

 

 

 

 

 

 

思わず、今日の私の行動を振り返る。

 

 

私はその日、疲れていた。

『世界最強』『ブリュンヒルデ』と呼ばれる私も人間なのだ。どうにも私の周りの人間はそれを忘れがちなようだが。

久しぶりに日本の我が家に帰った私は、早速ひっきりなしにかかる固定電話を電話線ごと切った。すでに携帯電話は折ってしまっている。外にいる報道陣や騒ぐ馬鹿どもが視界に入るのがわずらわしくてカーテンも閉めた。

 

 

「何故モンドグロッソを棄権されたのですか?!」「答えてください!」「多大なるプレッシャーに負けたという噂も」「千冬お姉様、嘘ですよね?!」「国民全員の期待を裏切って」「お久しぶりです!ところで、世界大会のことなのですが」

 

 

のどがからからだった。重い足を動かしてグラスを出し、蛇口をひねって水を出す。

しばらく家を空けたので妙に生温いカルキ臭のする味がしたが、気にせずごくごくと飲んだ。一夏ならば、生水は体に悪いと怒るだろう。あいつは年寄りくさいことを言うからな。

説教をしながら千冬姉はずぼらだとか、俺がお茶入れるからソファに座ってなよと言って、私のために動くのだ。

 

シンクにグラスを置いて、ソファにどっかりと座った。

 

だが、その一夏は今ここにはいない。

政府の保護施設にいるのだ。

ドイツで行われた第二回モンドグロッソ。あの大会で一夏は誘拐された。ドイツ軍からの情報を得て、私は大会を放棄し、急いで一夏の監禁場所へと向かった。あの時の焦燥は、とても言葉では言い表せない。

一夏は私の唯一の家族だ。

その家族を狙う誰かが許せなかった。同時に私の一番弱くて危険なところを知られているのが恐ろしかった。

私だってただの人間なのだと。

弟を大切に思う一人の姉にすぎないと。

ブリュンヒルデである私を恐れずに大切なものを奪う奴らが恐ろしかった。

一夏は無事だった。私は情報提供をしてくれたドイツ軍に、一夏の誘拐に関しての情報の秘匿を頼み、その報酬に来週から特殊部隊の教官をすることにした。これ以上、ブリュンヒルデの弱点を知られてはならない。一夏を狙わせてはならない。そう思った。

 

 

「二回目の優勝は確実だと言われていたのにも関わらず」「ISにはもう乗らないのですか?!」「国の威信を」「織斑さん、何があったの」「体調を崩されたとも」「他国の妨害に遭われたとも」「どうして」「何で」「一体」

 

 

そろそろ外が本格的にうるさくなってきた。出来るだけ耳に入れないように一夏の荷物を取りに部屋に上がる。

政府の保護施設にはいつまでもいさせるつもりはないが、この家にはほとぼりが冷めるまでいない方がいいだろう…国に帰っても誰にも労われず、非難され、私の棄権した理由を会う者会う者が気にかけ知りたがる。私の弟である一夏にも例外なくその対象なのだ。

手早く弟の着替えと携帯の充電器をバッグに入れたとき、壁にかけられているカレンダーに気が付いた。

 

「『10時 はなぶさ バイト』…」

 

『←千冬姉 応援 ドイツ→』と書かれている次の日に、そう書かれてあった。

はなぶさは一夏が勤めているバイト先で、隣町にあるカフェ・アンド・バーだ。この町で食堂を経営している五反田さんと店主の伊藤さんは昔なじみらしく、人手が足りないはなぶさの方でバイトをしないかと一夏に打診があり、去年からあいつは働いていた。確か店名と同じ名前の料理人と一夏だけで店を回していたはず…

誘拐事件にショックを受けている一夏がバイトを休むと連絡しているとは思えないし、あいつを匿っている施設から外部に電話をすることはそもそも不可能だろう。

固定電話をちらっと見たが、電話線をつなぎ直しても電話が鳴りっぱなしになる。携帯はおしゃかになっている。次に一夏のベッド脇の目覚まし時計を見た。9時43分。

 

「…」

 

ため息をつき、私はネクタイをきっちり締めなおした。乱暴にスーツをはたいてしわを伸ばすと、すばやく家から出る。

ドイツ軍と話している時に、『立てば軍人、座ればサムライ、歩く姿は装甲戦車』と形容されたな。私は、…特に気を張っているときだったからだと思いたいが、そのように見えるらしい。

目を向けると、報道陣もミーハーも迅速に道をあけた。……本当に戦車でも来たかと思えるような反応だな。

そういえば束も言っていた。

『ちーちゃんはー、凛としているというか、きっぱりした顔をしすぎているというかぁ…そんじょそこらの凡人を近づけないオーラがあるよね!微笑んでみなよー♪ちーちゃん、微笑むととんでもないご褒美になるよ!束さんにとっちゃもはや悩殺モノ(略)』

………今は『装甲戦車』だろうが『きっぱりした顔』だろうが、好都合だと思おう。私は悠々と人で出来た道を通り抜けていった。

 

 

 

 

 

 

 

隣町といってもすぐだった。穴場と呼ばれるような小さな店だが、木で作られた壁からは温かい雰囲気がする。

鍵がかかっていたのでノックをした。

ノックの音が聞こえるか少し不安だったが、ばたばたと店の中で動く音がしたのでいらない心配だったようだ。

 

「織斑くん、ごめん!ドア、まだあけてなか、った……」

 

慌しく扉を開けた人は、おそらく『はなぶさ』さんだろう。白い詰襟でボタンが横についているコックコートに黒いズボン。長い深緑色のロングエプロン。服装もそうだが、何よりも甘い、クリームや果物の匂いがほんのり彼からして、この人が調理をしているんだなと思わせた。ケーキを作っていたのだろうか。ピンで留められて露わになっている顔は、調理しているものと同じくらい、いわゆる甘いマスクとやらだった。

だが、私を見ているその顔は驚きに染まっている。

一夏が来ると思っていたら、今最もテレビや新聞で話題になっているブリュンヒルデが戸口に立っているのだ。驚いて当然だろう。普通なら、ここで私の威圧感(こちらとしては全くその気はないのだが)に目を伏せるか、黄色い歓声(特に女子の声は耳に痛い)を上げるか、美辞麗句の連続(私がISの世界大会で優勝しただのブリュンヒルデと呼ばれているだの…言われなくても知っている)がくる。

今の時期ならば、第二回モンドグロッソの話をするかもしれない。

彼は、私を見ていた。

 

 

…まだ見ている。

 

 

 

………それだけか?

 

 

 

 

彼が目を開けたまま寝ているのではないかと私が疑いだしたころ、ようやく彼は我に返った。ああ、驚いていただけか。では次に「かの有名なブリュンヒルデに合えるなんて光栄です」か、「何故世界大会を棄権したのですか」だとかを言う…

 

 

「あさ、あさひがまぶしい、ので…」

 

 

そう言って彼はピンをはずした。

 

 

 

 

……意味がわからん。

予想と全く異なる、脈絡のない発言と行動。

 

今の私はどこからどう見ても、間抜けな顔をしているに違いない。少なくとも『きっぱりした顔』には程遠いだろう。束がこの顔を見たら、笑い転げながら「ちーちゃん、こっち向いて♪写真とるよぉ!」などと言う、絶対にだ。

脳内で束にアイアンクローをしながら、私は気を取り直して「…急にすま、いえ、すみません。こちらで働かせていただいている織斑一夏の姉、織斑千冬と申します。今日明日は弟がバイトに出られそうもないのでそれを伝えに伺いました」と言った。

 

 

「はい」

 

 

ひどく困る反応だった。

一夏の欠席の理由やらを聞かれると思ったのだが、何も聞かれない。

私についても聞いてこない。

「では、…失礼します」

…まぁ、いい。用は済んだのだ。

腑に落ちない言動が多い人ではあったが、それこそ私が聞くことではない。

そう思いつつ、どこかもやもやしながらドアを閉めようとすると …ちょうど逆側のドアノブを逆に引っ張っている彼の手があった。何かあるのだろうか?

 

「あ、あ。あの、おわたししたいものが、あるので、待ってもらえないでしょうか?」

 

そのとき、店に面した路地からカツカツと歩く音が聞こえた。ハイヒールの音。テンポが速いので走っているのか?もしかしたら、我が弟のバイト先の人間にインタビューでもしにきたのか…考えすぎかもしれないが、騒ぎになってはまずい。私は素早くドアを閉めて、彼の脇を通り抜けた。

店の中は外観から想像していた通り温かい雰囲気だった。2つの丸テーブルを通って、その先のカウンターの上のものを見た途端、私は思わず「これは…」と声を出していた。

 

メロンを丸ごと一個使った繊細にカッティングされたバラ飾り。ちょうど二人用くらいの小型のケーキ。

何よりも…―――メロンの皮に刻まれた、お疲れ様の文字と私の名前。

 

私はただただそれらを見つめた。いくら見ても、その文字は揺らぐことなくあった。

初めてだった。

誰もが失望の目で私を見る中、お疲れ様と言ってくれる人はいなかった。

『ブリュンヒルデ』は私の名前ではなかった。

ああ、まずい。

『きっぱりした顔』ができなくなりそうだった。ぐじゅぐじゅになりそう。私の中で張られていた緊張の糸がこんがらがって、緩みそう。

私が眉間に力を込めて我慢していると、はなぶささんの声がかかった。

 

 

 

 

 

「笑ってください……」

 

 

 

 

彼は初めから私がブリュンヒルデだと気がついていたのだろう。それでもお疲れ様と言い、責めもせずに私の笑顔を望んでくれた。

…彼は顔を赤くして下を向いている。普段こんな気障な真似をするような柄ではないのかもしれない。不器用なやつだな…。

だから、私は何も考えず、素直に感情を出すことが出来た。

 

ふっと息を吐くと、少し涙と笑いが漏れる。

「ふっ…く…、ふ…」

 

彼は私が落ち着くまで待っていてくれた。

泣き声を聞かれた照れもあって、何だか所在無さげに背を丸めてうつむいている彼を見ると、理不尽だが腹立たしくなってきた。

私を泣かせたのだ、もっと堂々としていろ。

 

「顔を上げて、胸を張れ」

 

顔を上げた彼は私より5cmほど背が高い。

思ったより距離が近かった。

だが、せめてものお礼だ。束は私が微笑んだらご褒美になると言っていたからな…。

 

 

私は微笑んだ。

せめて優しく笑えていたらと思う。

背後の窓から差し込んだ光が彼の顔を照らした。前髪でほとんど隠れているが、わずかに見える澄んだ色素の薄い瞳はきらきらと輝いていた。きれいだな。

無口で不器用そうな彼が口を開くのを私は穏やかな気持ちで見ていた。

 

 

 

 

 

 

彼が私に好きだと言うまでは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………やはり、どうしてこんな…好きだと言われたのか分からない。

 

 

 

今日初めて会ったが、彼はいい人だと思う。

だが、これを受け、付き合ったとして私は来週からドイツへ行くのだ。決定事項だ。オーケーを言ったとして遠く離れ離れになるのは辛いに…

いや、すぐ断ればいいのにこう考えること自体おかしいのではないか?

恋なのか?

私は身近に恋をしている相手を思い出そうとした。

そうだ、あの愚弟に恋をしている小娘ども。

一夏に恋をしている篠ノ之や、もう中国に帰った鳳は何をしていただろうか?

…叩いたり蹴ったりしていたような。参考にならない。だが、あいつらは確か一夏と…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……友人ということでいいか?」

 

 

 

 

 

 

迷いに迷って出た言葉はこれだった。

あいつらは一夏と友人でいる。

 

私と彼は今日初めて会ったばかりだ。まだ『恋』だの『愛』だのを語るには早い。付き合うということにもピンとこない。私も彼も、お互いを友人からスタートして、もっと知ってからでも遅くはないはずだ。

 

 

 

 

私は久々に難問の答えをやっと解けた学生のような気分になり、満足の息を吐いたのだった。

 




深刻なキャラ崩壊を起こしている…!ずれているよ、千冬さん!

本作の千冬さんはこんなどこかずれた人で、女々しくて案外弱い人です。こんなの千冬さんではないと思われる人(実際作者もそう思っている)も多いと思いますが、ISの刀を生身で受け止める彼女も人間。肉体面がいくら強くても精神的に弱っている彼女を書きたかったのです。

あと笑い声と泣き声ってそっくりだよね。コミュ障ぎみの作者は区別できません。


次話はまた主人公サイドに戻ります。

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