どうしようもない僕がブリュンヒルデに恋をした   作:のーぷらん

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『友人』

 

 

 

そのセリフは僕の心に突き刺さった。さっきまでの威勢や熱気もまるで風船に穴を開けたように急激にしぼんでいく。

僕が言った「好きです」という言葉も彼女には届かなかったのだ。友だちという意味で好きかと聞かれるとは。

あっ、それとも、意味を分かっていながら、僕を傷つけまいとあえて

…いや、『それでいいんだよな?』とばかりにそわそわと僕の方を見ている彼女からはそんな打算は見受けられない、ような…気がする…多分。こんなときに人とのコミュニケーションをもっととっておけば良かったと後悔する。そうしたら、千冬さんの言葉の意味も分かるだろうに。

結局、『いいえ、愛しているんです。女性として好きなんです』と思ったものの言えず、チキンな僕がひねり出した言葉は、「そう、ですね」であった。

彼女はほっとしたように笑ったが、その後顔を曇らせる。

僕はその変化が分からず、首をひねる。

 

 

「…その、私は来週からドイツに行くのだ。…一年ほど」

「え?」

 

 

そんな。

思わず絶句してしまった。

彼女も友人になった手前、すぐさまドイツに行くだなんて言い出しにくかったのだろう。顔を曇らせたわけはそれか。

嫌だ。離れたくない。

想いも何も伝わっていない今、離れてしまえばすぐに僕のことなんて忘れてしまうだろう。

「あの、来週までで空いている日があれば、というかひまな日がありましたら、ちょっとだけでも、そのお茶、などい、いかがっですか?せっかく友だち、なので…」

僕はつっかえつっかえ、必死に言葉を紡いだ。息つぎもせず、まくしたてる。一刻でも早く彼女を引き留めないと遠くに行ってしまう…そんな焦燥感に駆られていた。

彼女は少し考えて、「明日の夕方からならば、空いている」と言った。

 

「空いているか?」

「は、はい!い、行きたいところはありますか?!」

 

明日も店があるが、そんなの関係ない。店は明後日も明々後日もいつでも開店するが、千冬さんに会うのはいつでもという訳にはいかなくなるのだ。

正直母さんと父さんに女の人と会うと伝えたら「夕方からでいいの?!」「一週間くらい休む?!」とか言ってくれそうなもんだし。

 

「そうだな…」考えている彼女に少しでも長くいてほしくて、冷えたジンジャーエールを出す。何が好きか分からなかったが、生姜のじりっとした辛さと風味、すかっとした炭酸の感じが彼女の凛とした雰囲気に合うと思った。なにより、その中にもある甘さや透明な琥珀色の綺麗さは彼女の可憐さに似ているから。

彼女がカウンター席に座ったので、いつものようにキッチン、…ではなく、思い切ってカウンターの中に立って、ケーキを包んだ。残念ながらメロンの方は荷物になるだろうから別に包まなくてもいいよね。皿にでも置いて冷蔵庫で冷やして、後で食べようかなぁ。

 

「それ」

 

顔をあげると千冬さんが僕をじっと見ていた。明日行く場所を考えているようだったので、まさかこちらを見ていると思わなかった。どぎまぎしてしまう。慌てて彼女の指先を追うとそこにはメロンがあった。

「包んでもらえないか?」

僕は目を瞬かせた。

「でも、これ…おもい、ですよ…?」

今度は彼女の方が目を瞬かせる。

「そうか?」

「メロン一玉ですし…かさばる…といいますか」

千冬さんは目をそらしながら気まずげに後ろ髪を左手ですいて、「…大丈夫だ。包んでくれ」と言った。メロン一玉は随分重いと思うが、千冬さんは優しいからな。きっとわざわざ作ってくれたと思って持って帰ってくれるんだろう。すごくうれしい。

僕はメロンも包んでケーキの箱と一緒に大きめの紙袋に入れた。ちょっとでも持ち運びやすくなったらいいんだけど。いつでもメロンは捨てて行ってくれていいと思いながら「無理しないでくださいね」と袋を手渡した。

彼女は「すまんな」と言いながら、右手で取手を掴み、左手で紙袋の底を支えて静かにカウンターに置く。その丁寧な仕草も好きだなぁ。

僕が彼女のことを改めて好きだと確認していると、千冬さんはまた僕を見てためらいがちに口を開いた。

 

「明日の…行く場所のことだが、その、はなぶささんの希望はあるか?」

 

!!

千冬さんが名前を呼んでくれた…!

「なまえ…」

「…ああ、一夏が店名と同じだと話していたから。…私の名前は千冬だと知っているんだろう?」

「え、あ?!ああ、はい…!」

ちらりと紙袋の中を千冬さんは見た。メロンに『千冬さん』と書いたんだから名前は知っているでしょということか。急に下の名前を削ったことが恥ずかしくなってきて、うろたえながら返事をする。彼女はそんな僕を見ていたずらっ子のように目を細めて満足そうに笑った。

「それより、行きたい場所はあるのか?『はなぶささん』?」

顔が赤くなる。

だが、同時にあることに気付いて顔に上った血は一瞬にして下がっていく。

僕はしばらく外に出ていない。時間にして、ざっと五年。

たくさんの人…特に女性のいる外の世界で遊び歩けばもしかしたら僕は気絶しちゃうかもしれない。わりと本気で。

「…えーと」

屋内はどうだ?

カラオケ…アニソンとキャラソンしか歌えないよ。

水族館…密閉空間にたくさんの人。勘弁してください。

同じ理由で映画も却下。

博物館とか美術館?…近くにないんだよな。

普通の店も、夜はこんな小さい店でも賑わうからなぁ。

じゃあ、屋外は?

人が少ないところ…

 

 

 

 

「海、は?」

 

 

 

 

思い出すのは幼い日に行った近所の海水浴場だった。

駐車場もなく、やけに岩場も多く、夏にはくらげが大量発生する、『心折〈しんせつ〉』設計の海水浴場は夏場でも客が少なかった。今は特に春だし、人がいない可能性が高い。それに海ならば、何と言うか雰囲気があって、よく聞くデートスポット……

僕は初めて『デート』という言葉を意識した。再度顔に血が上っていく音が聞こえる。

男女が外に出るってデート以外の何物でもないじゃないか!

 

「海か…いいな」

 

千冬さんをちらりと見ると何てことはなさげにジンジャーエールを飲んでいる。僕の情けなく悩んでいる様子は見ていないようで安心したが、千冬さんは『デート』だなんて思っていないんだろうなぁ。

紙ナプキンに簡単に近所の海水浴場の地図を書き、千冬さんの都合で午後3時半に集合することになった。

話し合った後、時間を見ると11時15分。

グラスに幾らかの滴がついていて、結構時間が経っているのだなと思った。

11時半開店なので、そろそろ誰かが訪ねてきてもおかしくはないだろう。

時計を見た僕に気付いたのか、千冬さんはちょっと笑って「そろそろお暇するか」と立ち上がった。手には大事そうに紙袋を抱えて。

 

 

 

「では、また明日」

 

 

 

誰かにまた明日と言われることなんてもう何年もないことだった。僕は「また明日」と言って彼女を見送る。

 

「明日…明日か…」

かみしめるように繰り返しつぶやいた後、僕はパソコンで「急ですが明日はお休みします  はなぶさ」と打つために、自分の部屋に向かったのだった。

 




強引にデート編!

初回デートに海なんて猛者すぎる。ただ、ひきこもりで体力なしの人間がいけそうなところなんて、海しか思い浮かばなかったんだ…
他に良い場所があったら是非とも教えて下さい。

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