どうしようもない僕がブリュンヒルデに恋をした   作:のーぷらん

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時間軸としては3と4の間、英がデートに誘って「また明日」と別れた後になります。千冬さん視点です。


2(千冬視点)

「一夏」

「おかえり、千冬姉!電話持ってる?」

私がドアを開けるなり、一夏が駆け寄ってきた。

ここは、日本政府が保護施設として紹介してきたマンションの一室だ。ロビーのセキュリティはしっかりしており、何よりこの階に来るまですれ違った人間は一般人ではないと感じられた。おそらく、住人を含めてこのマンション全体が一夏を守るために働く巨大な要塞なのだ。その中に外部との連絡機能がないのは当たり前だろう。保護している者の居場所が漏えいするのは好ましくない。

「今日バイトあるんだけど、ここ電話なくって…英さんに連絡できないんだ」

肩を落とす一夏に、「心配するな。はなぶささんにはお前がしばらく休むと伝えておいた」と言いながら、私は大きい紙袋から白い箱を取り出した。そっとその箱を開いて中身を確認する。

良かった。

そこにはまだ誰にも踏まれていない雪原のように真っ白で美しい生クリームと目に鮮やかな紅い苺のショートケーキがあった。二人用のケーキは小さく華奢でクリームも見ただけで分かるほどなめらかであったので、持ち帰る途中でぐちゃぐちゃになってしまいそうだと心配していたが、崩れていなくて安心する。

「このケーキは?」

「…はなぶささんからもらったんだ」

一夏は「…英さん、女性が苦手だったような?」などと不思議そうにつぶやいたが、すぐさま皿とフォークをお盆に入れ、コーヒーメーカーの電気をつけるなどいそいそと動く。

相変わらず甲斐甲斐しいな。それよりも、はなぶささん…女性が苦手だったのか?そんな素振りは…

「!」

『好きです』と言ったときのこちらを静かに見つめる彼の眼差しを思い出してしまい、じっとしていられなくなった私は一夏から皿とフォークを受け取って机に並べ始めた。

二人分の皿とフォークはすぐ置き終わり、まだ何かすることはないかと一夏の方を振り向くとばっちり目が合う。

「どうした?」

「いや…千冬姉が家事をするのって珍しいなぁと思って」

失礼な奴だ。

一夏の頭に私は勢いよく荷物を置いた。うめき声が聞こえたが気にしない。

「ふん。お前の荷物だ。携帯と着替え、携帯電話の充電器、勉強道具があれば十分だろう」

「生活には十分だけど……」

荷物の下から一夏が抗議している。私は無視をしようとして、………あることに気付いて口を開いた。

 

「――― 仕方がない。明日の午後娯楽品も取りに行ってやる」

 

一夏は口をぽかんと開けた。

「千冬姉…今日何かあった?」

「何もないさ。コーヒーが出来たら呼んでくれ」

私はメロンの入った紙袋と自分の荷物を持って自分にあてがわれた部屋の方へ向かった。冷蔵庫に入れようものなら必ず一夏の目に入るだろう。台所は一夏のテリトリーだ。

はなぶささんの贈り物を見られると、ひどく気恥ずかしい。それに明日の午後はなぶささんに会うと言うのも。

元々明日は朝のみ仕事(一夏のことについて政府高官と話したりドイツ軍と契約をしなければいけない)で午後は家にいると言っていたので、仕事は午後外出することの言い訳には使えない。だから、一夏の私物を取りに行くという理由はちょうど良かった。

 

しかし、男女二人で出歩くというのは…『デート』か?

 

束が白騎士を作ったとき、私たちは二人とも14歳だった。そこからISの操縦者として最前線で活動してきた。だから、学生時代はほとんど異性に関わったことがない。かと言って、異性と驚くほど交流のある一夏がうらやましいとは思えないが。

何はともあれ、女性中心のIS業界に身を置き、いつの間にか世界最強のブリュンヒルデとなって男性には敬遠されていた私にとっては、このようなことは初めてなのだ。

荷物が重くなるだろうと、せっかく作ってくれたものも見せるだけで処分しようとした。私〈ブリュンヒルデ〉にとっては軽いものなのに女性扱いをしてくれた。今世間で騒がれている私の為に、人があまり来ない海を選んでくれた。なかなか人通りの少ない場所が思い浮かばなくて悩んでいたようだが必死に考えてくれた。開店ギリギリまで私の為に時間を取ってくれた。はっきり『好きです』と言ってくれた。付き合うとまでいかなくても友人としてゆっくり関係を進めることに同意してくれた。

そういう優しさや気遣いは初めてなのだ。

IS操縦以外で特に出来ることはないが、せめて彼が私を誘って後悔するということがないようにしたい。

クローゼットの中に並んでいる黒のスーツ、動きやすいジャージ、ラフな部屋着、黒っぽい外出着を見た。

…デートには似つかわしくない、と思う。

一夏が「コーヒー出来たよ」と呼んでいる声に答えながら、私は頭の中で明日のスケジュール帳に『買い物』を追加したのだった。

 

 

 

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翌日の昼。

午前中の予定は滞りなく終わり、昼食を食べずに私はレゾナンスに直行していた。

ここはこの辺りでは最も大きいショッピングモールだ。この世にはこんなに様々なファッション関係の店があったのか、と思わず嘆息してしまうほど右を見ても左を見ても上を見ても店がある。女の子たちは金魚の尾びれのように色とりどりのスカートを揺らめかせながら店の間をすいすいと歩いている。

さてどうしたものか、と考えていると、二人組の一夏くらいの年の女の子の会話が耳に入った。

 

「デートにはしっかり気合い入れて選ばなくちゃねー」

「似合わない服を着て行ったら彼氏に一発で嫌われちゃうもん!」

「ほかのこと全部百点でも服がかわいくなかったら致命的だもんねー」

 

……第一、彼氏ではない。

いや、そういうのではないんだ。…だが、彼女たちも『デート』というシチュエーションでは服が重要だと言っている。

『かわいい服』『似合う服』を探せばいいんだな。そう思いながら、時計を見ると、13時15分を指していた。

間に合うか?

 

 

 

「織斑先生!」

 

 

 

振り返ると、そこには大きいメガネに深緑色の髪の少女といっても差し支えない女性がいた。相変わらず私と二歳違いと思えないほどの童顔だな。

「…真耶か」

山田真耶。

将来の日本代表を探すため、現役日本代表の私が候補生の指導をしたことがあった。その中でも一、二を争う実力者であったのが彼女だ。日本代表ではなく、IS学園の教師となることにしたと彼女から手紙があったのがつい最近。以前指導をした名残で相変わらず私を『織斑先生』と呼んでいるのが微笑ましい。彼女が何か物言いたげな顔をしているのを見て私はにやりという笑みを作りながらすかさず尋ねた。

「今は真耶も先生だろう?『山田先生』と呼んだ方がいいか?」

彼女は顔を赤らめてぶんぶんと首を振ると身に着けている白いチュニックがふわりと広がった。内側に来ている淡いレモンイエローのキャミソールが彼女の雰囲気とぴったりあっている。

「『真耶』って呼んで下さい!」

「そうか。…その服はかわいいな。よく似合っている」

『かわいい服』『似合う服』。

あまりに今探している条件と重なっているので思わず感想をもらすと、真耶は今度こそ真っ赤になった。

「…!すぐそこの服屋さんで買ったんです!お気に入りの店で今日も見に行こうかと…せっかくですし、先生も一緒に行きませんかっ?」

当初会ったときのおどおどするばかりだった彼女を思い出す。成長したな、と多少年寄りくさいことを考えながら私は頷いて彼女の後についていった。

『かわいい服』のある店で『似合う服』を見つけられる真耶と一緒ならば、あっさりと今日の服も見つけられるだろう。

 

 

 

40分後。

私は自分の考えが浅かったことを痛感していた。

ISバトルでもこれくらい戦ったことはある(複数でおまけに各国の代表だった。…私を何だと思っているのだろうか)が、それ以上に私は疲れていた。

とはいえ、私のやることといったら、この試着室の中で真耶の持ってくる服を手早く着るだけなのだが。

「この手のタイプの服は着たことがないんだが、…少し、気になってな」と言ってしまったあたりだ。真耶が「織斑先生の初めて…頑張らなくちゃ…」などとつぶやいて妙にぎらぎらした目をし始めたのは。はて、当初会ったときのおどおどするばかりだった彼女は一体どこ…

 

「先生!」

 

試着室のカーテンが開いて私は振り向いた。

「やっぱりお似合いです!これも着けてください!」

真耶が差し出してきたのは、短めの金の鎖の先に小さなハートと透明な石のついたネックレスだ。私が髪の毛をかきあげてつけている間、真耶はほうっとため息をつきながら服の解説をしている。

「先生はいつも黒いものばかり着ておられましたが白も似合います。トップスのスカラップ刺繍がまた春らしくてかわいいですよね!フラワー柄が浮かび上がる総レースで今年らしいリラックス感を誘うショート丈は少し甘すぎるので、ゆったりめなシルエットで甘さをセーブしてみたのですがどうでしょうか?キャミソールのインナー付きなので使いやすさもあると思うのですが…。ベースが白っぽいので、キャミソールとベルト代わりのスカーフの青を差し色にしました。それに、七分のサブリナパンツにサンダルのアンクルストラップが特に足首の美しさを出しています!」

……真耶、横で店員が口を出す暇がなくて困っているぞ。あと、言っていることがちょっとよく分からん。

だが、彼女と店員のキラキラした顔や話を聞く限り『かわいい服』『似合う服』という点は少なくともクリアしたはずだ。買おう。…断じて疲れたからではない。

お礼とこのままこの服を着ていくことを伝えて真耶と別れようとしたとき、彼女は携帯電話をカバンから出した。

「先生!よろしければ、連絡先教えていただけませんか?」

「…悪い。携帯電話が壊れてしまってな…今持っていないんだ」

ひっきりなしに鳴り続ける電話がうるさくて折ってしまったことを思い出した。真耶は残念そうな顔をしたが、IS学園の名刺を取り出すとテキパキとそこに携帯電話のアドレスと番号を書いて差し出してきた。

「成長したんだな…」

今度こそ口に出してしまった。

「織斑先生ったら」

彼女は笑った。大人びて、それでいてかわいらしい。

何故か彼女のことをうらやましいと感じながら、私は「じゃあな」とその場を去った。

 

 

 

 

時間は14時過ぎ。

今から行けば十分約束の時間に間に合う。

…はなぶささんはこの格好を見てどう思うだろうな。

 


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