空色の使い魔   作:アゾ茶

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あれは嘘だといったな、それも嘘だ。

といっても番外編なんで短めです。時系列的には二章の後、三章の途中辺りです。


番外編 水銀

 夢を、見ていた。

 

 「わたくし、アンリエッタと申します」

 

 目の前の少女がドレスの裾をつまみ優雅に一礼をする。

 

 「私はイザベラだ。今更自己紹介なんかしなくても知ってるだろ」

 

 おざなりに返す。その時、私はとても退屈していたように思える。

 

 五年ぐらい前、どこだったかは忘れたが、トリステインとガリア、王族同士の交流ってことで園遊会みたいなのが開かれたのを覚えている。

 

 「あなたは、本当は寂しがり屋なのではありませんか?」

 

 「はあ?あんた、何言ってんだい」

 

 やけにこちらに構ってきた少女、隣国の姫。

 

 「お友達になりましょう?」

 

 「……勝手にしな」

 

 帰る日になって。文通だのなんだのいろいろ押し付けてきた少女。小国の王女。

 

 「イザベラって従妹想いなのね」

 

 「うるさいよ!」

 

 相手の心に無遠慮に踏み込んでくる少女。そのくせ、誰からも嫌われない反則のような女。傾国の美姫。

 

 「好きな人がいるのよ」

 

 「そりゃ結構なことで」

 

 手紙にあれやこれやと、読んでる方が恥ずかしくなるようなことを書き連ねる少女。色ボケ姫。

 

 「じゃあお互い秘密機関の長なのね」

 

 「まあ、そうなるね。でもいいのかい、そんなに軽々にばらして」

 

 「大丈夫よ。わたしたちの手紙には、わたしたちが以外が開けると燃えるように魔法がかかってるの」

 

 国の秘密を簡単に話す迂闊な少女。そのくせ抜け目のない女。政治家の卵。

 

 「わたしたち、友達よね?」

 

 「今度はどんな厄介事だい?」

 

 友情を盾に厄介事を持ってくる少女。厄介な依頼人。北花壇騎士を何度貸したことか。

 

 「この間はありがとう。とても助かったわ。心ばかりのお礼よ」

 

 「……なんだいこれ?」

 

 「面白いマジックアイテムよ。あなたそういうの好きでしょう?」

 

 見返りを惜しまない少女。太腹な顧客。

 

 「ねえ、イザベラ?」

 

 「なんだいアンリエッタ」

 

 私の友達。

 

 

 

           ☆☆☆

 

 

 

 「……夢か」

 

 グラン・トロワにある寝室で、イザベラは目を覚ました。

 

 「随分懐かしい夢を見たもんだ」

 

 伸びをしながらイザベラは独りごちる。

 

 「それもこれも、またあいつが厄介事を持ってくるからだ」

 

 イザベラは、この間自分の元に届いた旧友からの手紙を思い出してぼやく。内乱中のアルビオンに突っ込むから手駒を貸せだなんて、可愛い顔して随分な無謀家である。そして面の皮が厚い。

 

 「まあ、それで貸す私も私だけどね」

 

 自嘲気味に笑う。そこに記されていた情報と、見返りに心動かされたのは確かだが、それでもあの姫に対して自分は少々甘いという自覚があった。

 

 「さて、さっさと準備しないと」

 

 呼び紐を引き、侍女たちを呼んで、着替えさせる。今日も公務が溜まっていた。

 

 「全く、女王も楽じゃないよ」

 

 

 

           ★★★

 

 

 

 「不穏分子?」

 

 「はい」

 

 執務机で公務をこなしながら、カステルモールの報告を聞いていたイザベラが声を上げる。

 

 「どういうことだい」

 

 「陛下が即位されてからしばらく経ちましたが、その間陛下は古い因習の撤廃や、臣や官の刷新などの改革を進められてきました。どうやらそれを不満に思う者がいるらしく……」

 

 「ふん、旧態依然の澱んだ空気を一新しただけじゃないか」

 

 「その澱んだ空気の中でしか生きられぬ者もいるのです」

 

 「そいつらが私を恨んでるってことか」

 

 「はい」

 

 「いかがいたしましょう」

 

 「その者どもの所在は?」

 

 「南薔薇花壇騎士団の者たちが調査中です。八割程の者の所在が割れています」

 

 「随分仕事が早いじゃないか、いや、早々に突き止められるような、おざなりな企てしかできないから私を恨んでるのか」

 

 「そのようで」

 

 「しばらく泳がせな。全員の所在が割れたら一気に捕まえるんだ」

 

 「御意」

 

 礼をしたあと、カステルモールは執務室から出て行った。

 

 「失礼します」

 

 カステルモールと入れ替わるように、一人の侍女が部屋に入ってくる。

 

 「お疲れ、どうだった"地下水"」

 

 その侍女にイザベラは呼びかける。

 

 侍女を操る"地下水"がニヤリと笑って答える。

 

 「不穏分子の噂は本当のようですな。しかも最近暗殺者を雇ったとか」

 

 「暗殺者?そいつは穏やかじゃないね」

 

 「ええ、なんでも、巷では"隙間風"と呼ばれるメイジらしいですな」

 

 「"隙間風"か、あんたの親戚か何かかい?」

 

 「さて、それはわかりませんが、どうやら私が北花壇騎士団に入ったのを機に台頭し始めた、私の後釜のようなものですな」

 

 「それにしても随分行動が早いね。不穏分子って言ってもここ最近のことだろう?」

 

 呆れたようにイザベラがため息をつく。

 

 「思い切りだけはいいようですな」

 

 「その手腕をちょっとでも仕事に活かせば、重用だってしたのにねえ」

 

 「まったくですな」

 

 嘆息するイザベラに、"地下水"は同意する。

 

 「とりあえず、あんたはそのまま暗殺者についての調査を頼むよ」

 

 「はっ、その間御身の周りが手薄になりますが、いかがしましょう」

 

 「それについては心配いらないよ」

 

 イザベラはチチチ、と舌を打つ。すると、執務机の下から一匹のリスが現れる。イザベラの使い魔だ。

 

 「ラタトスクに周りを監視させる。だからあんたはしっかりと暗殺者のことを調べあげるんだよ」

 

 「はっ」

 

 "地下水"は一礼すると、カステルモールと同じように執務室から退室していった。

 

 「さ、て、吉と出るか凶と出るか、それとも鬼が出るか蛇が出るか……」

 

 イザベラ以外いなくなった執務室に、つぶやきが吸い込まれて消えた。

 

 

 

            ★★★

 

 

 

 不穏分子と、暗殺者の調査を始めてから数日、その間、イザベラの周りには特に目立った変化はなかった。

 

 料理の毒見も徹底したが、毒を盛られるような事もなかった。

 

 報告を受けてから三日後の夜、イザベラは寝巻きに着替えて、寝室で一人物思いに耽っていた。

 

 (カステルモールの報告によれば不穏分子は九割がた捕捉したとのこと、しかし"地下水"からの報告では未だ暗殺者は活動を止めていない、と)

 

 そのままベッドに倒れこみ目をつぶる。

 

 (暗殺者と繋がっているのは残りの一割、しかも、その一割が本命、あっさりと所在を割られるような雑魚とは格が違うってことね。いや、そいつらを隠れ蓑にして時間を稼いだってのが正しいか)

 

 倒れたままベッドを転がる

 

 (本当に無駄なところで優秀だ。お陰でこっちはろくに眠れやしない。我慢もそろそろ限界だ)

 

 そして片目だけ開けて起き上がる。

 

 「というわけで、さっさと出てきな、暗殺者」

 

 誰もいない寝室の一角に向かって声をかける。

 

 突然のイザベラの奇行であるが、その言葉に応じる声があった。

 

 「何が、というわけで、というのかわかりませんが、いつバレたのです?」

 

 暗闇から滑るように、人影が現れた。三十代ほどの、痩身の男だ。見破られた動揺など、露とも見せない穏やかな声音で問いかける。

 

 「今、私の目は使い魔とリンクしていてね。そいつを王宮中走らせて、監視させてたのさ。それで、あんたを見つけたってわけだ。でも途中で見失ってね。当てずっぽうに声をかけたら、当たったってわけだ」

 

 そう言ってイザベラがベッドから立ち上がる。いつの間にかその手には杖が握られていた。

 

 「なるほど、カマかけでしたか、これは引っかかってしまいました」

 

 一杯食わされた、という風に暗殺者は額を叩く。

 

 「あんたが"隙間風"だね?見失った時といい、今さっきといい、どうやってるんだい?姿が消せるのかい?」

 

 「簡単なことですよ、『ステルス』というわたしのオリジナルスペルで、姿を消していたのです」

 

 こともなげに"隙間風"は種を明かす。姿を消す、という反則のような魔法でさえ、取るに足らないと言わんばかりだ。

 

 「姿を消せる?そりゃあすごい魔法だ」

 

 「いえいえ、それほど便利なものでもないのです。わたしの技量ではどうにもお粗末で、夜の闇の下でなければ、すぐに見破られてしまうのです」

 

 「なるほどね、陽の光の下ではすぐにバレるのか。でもいいのかい?商売道具のことをそんなにペラペラ喋ってしまって」

 

 イザベラの問いにも、"隙間風"は少しも慌てる風もなく答える。

 

 「ええ、死人に口なしと申します。これから死にゆくあなたにはどのみち関係のないことです」

 

 そう言って"隙間風"は手に持った杖を構える。

 

 (まいったねえ、これじゃあ叫び声を上げたところで、誰かが来るよりも早く殺されちまう。一応ラタトスクをカステルモールを呼びに走らせたけど、それも間に合いそうにないな)

 

 死が間近に迫っているというのに、イザベラはひどく冷静だった。そんなイザベラを見て"隙間風"は感心する。

 

 「わたしが今まで殺してきた相手は、私が姿を現すと動揺して叫び、死の瞬間には泣いて命乞いをしたものですが、あなたはどうやら違うようですね。さすがは一国の女王といったところでしょうか」

 

 「そんなんじゃないさ。ただ私は死なないってわかってるからね」

 

 「この期に及んで助けが来ると?それとも私が情にほだされて暗殺を止めると?どちらにしても楽観が過ぎますな」

 

 「さあ?どうかな」

 

 呆れる"隙間風"に対して、イザベラは不敵に笑う。自分が生き残ることを、毛ほども疑っていない顔だ。

 

 「よろしい、では今に現実を分からせて差し上げましょう」

 

 そう言うと"隙間風"は『エア・ニードル』を唱え、イザベラに向かって放つ、高速で飛来する風の槍が、今まさにイザベラを貫かんとしたその時、何かがイザベラと風の槍の間に割って入り、風の槍を弾いた。

 

 「なにっ!」

 

 "隙間風"は驚くも、焦らず続けて『エア・ニードル』を放つ。しかし、それも防がれてしまう。

 

 「一体何が……」

 

 呆然とつぶやく"隙間風"。しかし、その疑問も次の瞬間氷解する。

 

 「ッ!」

 

 寝室の窓から月明かりが差し込み、イザベラの周りを照らした。そして、自分の攻撃を防いだ何かも。

 

 それは水銀だった。

 

 イザベラの周りを地面から立ち上る帯のように、水銀が囲んでいた。次の瞬間、イザベラの隣に球状に集まる。イザベラの腰の高さまである水銀の塊だ。湯船一杯分ほどであろうか。

 

 「なん、です、それは……」

 

 言葉を搾り出す"隙間風"に、表情ひとつ変えることなくイザベラは答える。

 

 「何って、『ドラウプニル』私のゴーレムさ、水銀のね。私の二つ名ぐらい知っているだろう?」

 

 何を今更、といった風にイザベラが答える。

 

 「ゴーレムですって?そんな馬鹿な、あなたは水のラインのはず……」

 

 信じられないという表情の"隙間風"を見て、イザベラは、そういえばそうだったと笑う。

 

 「いや、悪い悪い、それは嘘だ。どうにも私は嘘が下手みたいで、侍女たちにも演技がバレてたから、てっきりこれもバレてるものだと思ってた」

 

 すまなかった、と謝るイザベラ。しかし呆然としている"隙間風"には届かない。

 

 「私は本当は水のラインじゃなくてね」

 

 イザベラの横に侍る『ドラウプニル』が伸び上がる。

 

 「土のトライアングル、『水銀』のイザベラだ」

 

 その瞬間、伸び上がった水銀の触手は、"隙間風"の杖を、腕ごと切り落とした。

 

 「が、ぎ、ぎゃああああああああ!!」

 

 腕を切られた"隙間風"が切り口を抑えてのたうち回る。

 

 「本当を言うとね、あんたの使う『ステルス』のことはとっくに調べがついていたのさ。だから"地下水"に監視させてたんだけど……、あんたが私の前に来たってことは、あいつ私でも勝てると踏んでわざと通しやがったね。まったく困ったナイフだ」

 

 ぼやくイザベラであるが、その言葉は激痛に喘ぐ"隙間風"には届かない。

 

 「まあ、自分の身に降りかかる火の粉も払えないってようじゃあ、北花壇騎士団の団長は務まらないからね。これぐらいは嗜みさ」

 

 そう言ってイザベラはベッドに腰掛ける。カステルモールが駆けつけるまでの残り僅かな時間を、苦痛に悶える暗殺者の叫びを聞くことで、無聊の慰めとした。

 

 

 




『ドラウプニル』
イザベラの扱う水銀のゴーレム。まんまケイネス先生のアレです。超強いです。
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